政治

2009/10/30

民主党をナチス呼ばわりした谷垣自民総裁の下品さ

自民・公明が野党になり、国会で臆面もなく民主党批判を展開しているが、バカバカしい。

民主党はひとことで反論できるからだ。

「こんな日本にしたのは、あなたたちだろ。われわれは、その尻ぬぐいをしてるだけだ」と。

もちろん民主党はそんな身も蓋もないことは言わず、真摯に自民党や公明党の、自分たちの過去の失政を棚に上げた、下らない批判に答弁している。

鳩山党首の所信表明演説の際の、民主党員の拍手について、自民党の谷垣総裁は「まるでヒットラーユーゲントだ」と、信じがたい発言をした。

他国(ドイツ)の過去の悲劇を、与党批判のジョークに使うとは、谷垣禎一の品位のなさがよく分かる。

弟の鳩山邦夫氏も「北朝鮮には国会はないが、あるとしたらこんなんだろう」と、民主党を北朝鮮扱い。

谷垣総裁といい、鳩山邦夫といい、野に下がった自民党には、国民に選ばれた国会議員としての自覚のかけらもない。こんな党には、もう二度と与党を任せられないのではないか。

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2009/10/14

羽田ハブ化発言で、怒りむき出しの森田知事の「品格」

森田千葉県知事も、京成電鉄も、産経新聞も、ぜんぜんダメ。

前原国交相が、羽田空港をハブ化すると発言したことで、森田健作知事は、夜も眠れないほど腹が立ったらしい。

記者会見で怒りをぶちまけるとは、彼を選んだ千葉県民のみなさん、良識が疑われますよ。

前原国交相の会見の前後の発言を、ちゃんと聞きましょう。

成田空港は、長年の地元民の反対運動で、滑走路を増やすことができず、慢性的な容量不足である。

そのため、各国の航空会社が、「成田で離着陸させてくれ!」と求めてきているのに、まったく対応できていない状態だ。

だから、やむを得ず、成田の国際便枠をめいっぱい使ったまま、羽田の国際便離着陸枠を増やしてハブ化しましょう、というのが、前原国交相の発言である。

当たり前すぎるくらいに、当たり前の話じゃないだろうか?

なぜ自民党政権は、こんな単純なことも言い出せなかったんだ、と思うくらい、当たり前の話だ。

それを、森田知事は会見で感情をあらわにして、品格のかけらもないし、京成電鉄は「もうすぐ完成する成田高速鉄道をどうしてくれるんだ」とわめくわ、産経新聞はこの両者に援護射撃をするわで、あきれてモノも言えない。

民主党の国土に関するグランドデザインは、東京一極集中の緩和だ。

高速道路の無料化も、地方の高速道路の通行料が高すぎて、高速はガラガラ、一般道はいつも渋滞、という状況を解消し、実質的に車しか移動手段のない地方の、交通事情を改善するのが主なねらいだ。

よくモノが分かっていない人たちは、高速道路を無料化すると、高速が渋滞して大変だとわめいているが、地方の実情を完全に無視した、無意味な反論だ。

羽田のハブ化も、地方のことを考えた政策である。

地方から海外に旅行する人は、いったん日本国内の空港から、国内便で羽田空港にいき、そこから成田まで移動してから、海外に飛ぶという、どう考えても不合理な不便をしいられている。

その点、韓国の人は、自民党や森田知事よりもはるかに頭がいいので、インチョン空港と、日本国内の地方空港の間に、たくさん直行便を飛ばしている。

そうすることで、日本の地方に住んでいる人は、インチョン空港へ飛べば、そこからそのまま、いろんな国へトランジットできる。

だからインチョン空港は、羽田や成田を差しおいて、ハブ空港として成功しているのだ。

羽田や成田の地位低下は、地元への利益誘導しか考えられず、日本全体のグランドデザインを考える能力のない、森田知事や旧自民党の政治家の方々のせいだ、ということを、ご本人がまったく分かっていらっしゃらない。

残念な人たちだ。

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2009/10/01

亀井金融相の返済猶予制度は完全にナンセンス

亀井静香金融相の返済猶予(モラトリアム)法制化案は、端的にナンセンスだ。

自由主義経済への国家介入になってしまうし、お金の流れを止める政策で景気が浮揚するはずがない。

同じ中小企業の資金繰り対策をやるなら、お金の流れを促す政策でないと。たとえば政府系金融機関が低利の融資を積極的に行うとか。

せっかくの政権交代が、亀井静香氏のような人物のために出鼻をくじかれたのは、とても残念だ。

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2009/09/22

じゃあなぜ八ッ場ダムに反対したの?

地元住民の方々は、八ッ場ダム反対を撤回しない限り、前原国交相と会わないと言っているようだ。

あえて地元住民の方々に質問したい。
ではなぜ反対運動をしてきたのか、と。

ダムができればハコモノで観光客を集められる。
地元住民の方々は、そんな甘言に本気で騙されたのか。

民主党は地元のインフラ整備事業は中止しないと明言している。
地元の方々は、それでもダムが完成すれば、地元経済が活性化するという夢を見ているのか。

まさにこの国家依存体質の国民にして、過去の自民党政権ありだ。

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2009/08/14

木村盛世著『厚生労働省崩壊』(講談社)を読んだ

木村盛世著『厚生労働省崩壊』(講談社)を読んだ。

著者がビデオニュース・ドットコムに出演し、厚労省の新型インフルエンザ対策が、いかにバカげているかを批判していたので、読んでみた。

著者は、現役の厚労省キャリア女性官僚で、シングルマザー。

米国留学からの帰国者で、日本組織の慣習を無視してバリバリ仕事をしたため、「出る杭は打たれる」式に転々と左遷されている。その経緯は、本書を読めばわかる。

パワハラ、セクハラの監督官庁でありながら、パワハラ、セクハラの横行する厚労省。自己保身しか考えない組織。聞きしに勝る腐敗ぶり。

こんな組織に、新型インフルエンザのパンデミック対策が、まともに打てるわけがない。

もっとも、その厚労省が出しているガイドラインにしたがって、「縮退業務」や「在宅勤務」が事業継続のためのパンデミック対策だと、信じ込んでいる民間企業も民間企業だが。

ただ、この種の官僚批判本を読むと、むなしさだけが残る。読めば読むほど、お役所の組織改革など不可能に思えてくるのだ。

というのは、厚労省が今のような「崩壊」した組織であるのは、日本社会を構成する一つの部分だからこそ、である。ある意味、厚労省のような組織は、日本社会の縮図なのだ。

民間企業だって、大なり小なり厚労省的なところがある。つきあい残業だったり、時間のかかる根回しが必要だったり。

筆者の木村盛世氏が、もし米国に残って働き続けていたら、米国社会に何の不満も抱かずに生活できていたか?そんなことはないだろう。いまの米国社会を理想郷だと思う日本人は、おそらく一人もいない。

以前からたびたび書いているが、この国民にして、この政府があり、この官僚たちがいて、こういう社会になっているのだ。

社会を一つの大きなシステムと考えれば、その一部分を取り出していくら批判しても、何の問題の解決にもならない。

例えば、こんな風に問題を立ててみればよい。

厚労省のお役人たちを、どのように動機づければ、組織の保身ではなく、国民の生命の保護を第一に行動するようになるか。

一つの答えは、自己保身ばかり考えているお役人は、辞めさせればいいということかもしれない。しかし、ある人間の動機が「純粋」か「不純」かなど、誰がどうやって判断できるのか。

それこそ、人事評価に新しい種類の恣意性を持ち込むきっかけになり、組織の中に新しい種類の「腐敗」を生み出す結果になりかねない。

たとえば、十年前くらいにはやった「成果主義」は、民間企業で組織改革をおこなう切り札と見られた。

しかし実際には、単にリストラの口実に使われたり、逆に社内の部署間のコミュニケーションを阻害したり、弊害が多かったため、結局、揺りもどしが起こった。

新型インフルエンザが強毒性になったとして、そして、今年の秋から来年にかけて流行したとして、日本で何人死ぬかわからない。

木村盛世氏が被害を最小限に食い止めるために、ある意味、ノブレス・オブリージュという自覚をもっていくら努力しても、日本が日本である限りは、日本人はその報いを自らうけるしかない。

僕は絶望しすぎだろうか?

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2009/08/08

初の裁判員裁判のバカらしいお祭り騒ぎ

初の裁判員裁判で、マスコミ各社の報道は、完全なお笑いだ。

どのテレビニュースも、まるで全く問題がなく、大成功だったかのようなお祭り騒ぎ。

要するに司法記者クラブから除名されたくないマスコミ各社が、司法当局に都合のいい「大本営発表」の情報を垂れ流しているだけ。

僕ら一般市民には、ある裁判員が審議中に「3日では絶対に無理です」と語っていた事実は、かろうじて朝日新聞の隅の方に書かれるだけ。

といか、裁判員に選ばれた人って、他人にそのことを話しちゃいけないんじゃなかったっけ?

その裁判員が、記者会見で記者クラブの大勢の記者たちに素顔をさらしているって、どういうことだ?

都合のいいことしか報道しないマスコミを信用して、「裁判員制度ってけっこう成功してるんじゃん」と思ってる日本国民は多いんだろうなぁ。

でも、そういう意味では、日本人の民度に合った制度なのかもしれない。

この国民にして、このマスコミあり、この司法制度あり。

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2009/08/02

検察からのメッセージ「つかまったら罪を認めろ」

やはり日本は意外に恐ろしい国だ。

映画のモデルにもなった、痴漢えん罪で逮捕、起訴されていた男性の有罪が確定し、先日、ついに刑務所に入ったらしい。

何が恐ろしいかといえば、検察が途中で、この男性の罪を、迷惑防止条例違反から、強制わいせつ罪に変更し、そのため1年6か月の実刑になったことだ。

明らかに検察が自らの権力を利用して、この男性に「仕返し」をし、世の中に「脅し」をかけているとしか思えない。

要するに、検察は「逮捕されたらおとなしく罪を認めなさい。そうすれば軽い罪でゆるしてあげます」と、日本国民全員に、この痴漢えん罪裁判を通して伝えているのだ。

みなさんも、万が一、痴漢でつかまったら、さっさと罪を認めて、5万円くらいの罰金で釈放してもらう方がいいかも。

さもないと、この元部長さんのように、1000万円もの弁護士費用をかけた上に、たかが痴漢で、執行猶予もなく、1年半も刑務所に入れられるはめになる。

正直者がバカを見る。それが検察が望んでいる、日本社会の姿らしい。

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2009/07/16

日本共産党をうっかり忘れた『日経ビジネスオンライン』

先日、ここで「日経ビジネスオンラインの”とんでも”アンケート」という記事を書いた。

都議選での自民党大敗を受けた「日経ビジネスオンライン」のアンケートの中で、次の自民党総裁にふさわしい人物をたずねる質問があり、選択肢が以下のようになっていた。

○舛添要一
○与謝野馨
○石原伸晃
○小池百合子
○その他(議員名を自由記述)

今日「日経ビジネスオンライン」にアンケート結果が出ていて、この質問の結果を見て大笑いした。

まさにこの選択肢の順番に、きれいに回答数が並んでいるのだ。そして、「その他」が突出して多くなっている。

ネットでこんなアンケートをやったって、回答者は上から目に着いた順番に、いい加減にクリックするだけ。ちょっと真剣に答えようという人は「その他」を選ぶ。

そういう、やる前から分かっている結果が出るだけの、まさに”とんでも”アンケートの名にふさわしい質問。

『日経ビジネスオンライン』はこの結果をもって、「国民の多くは次期自民党総裁として舛添要一氏を望んでいる」とでも結論づけるのだろうか。

もしそんな意図は毛頭ないと反論されるなら、初めからこんな質問を入れるべきではないと思う。

ところで、このアンケート結果の最後に「お詫び」として、支持政党と、投票する政党をたずねる質問の選択肢に「日本共産党」を入れ忘れていたので、結果を集計しませんでした、と書いてある。はぁ(←ため息)。

『日経ビジネス』って、こんなにレベルの低い雑誌だっただろうか。新入社員のころ定期購読していた僕は、一体何だったのか。

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2009/07/14

日経ビジネスオンラインの”とんでも”アンケート

「日経ビジネスオンライン」が今回の都議選の民主党大勝をうけて、「【緊急アンケート】自民党が取るべき道は」を実施している

冷やかしに回答しようと思ったが、途中でバカらしくなった。
何なんだ、この選択肢は?(以下そのまま引用する)


Q2.麻生首相は自ら解散すべきだと思いますか。それとも、解散せず退陣すべきだと思いますか。

○自ら解散すべきだと思う
○どちらかと言えば、自ら解散すべきだと思う
○どちらかと言えば、退陣すべきだと思う
○退陣すべきだと思う
○分からない
○その他(自由記述、20字まで)

Q3.Q2で、「退陣すべきだと思う」「どちらかと言えば、退陣すべきだと思う」と答えた方に伺います。次の自民党総裁には、誰がふさわしいと思いますか。

○舛添要一
○与謝野馨
○石原伸晃
○小池百合子
○その他(議員名を自由記述)

なぜ舛添要一氏が最初なのか?これらの名前がいったいどこから出てきたのか?

日経ビジネスオンライン編集部が何を考えているのか、さっぱり分からない。むしろ、読者をバカにしている。舛添要一氏がおすすめの最有力候補だとでも?

Q3のような質問は、明らかに最初から自由記述にすべきだ。

「日経ビジネスオンライン」は、ときどきびっくりするような下らないことをしでかしてくれるので面白い。

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2009/07/11

児童ポルノ「単純所持」禁止のバカさ加減(2)

児童ポルノ「単純所持」禁止のバカさ加減(1)から続く)

2つめの疑問は、「児童ポルノの単純所持」とはどういう意味か?

ここには2つの問題がある。「児童ポルノ」とは何か?それから「単純所持」とは何か?だ。

今回の法律で「児童ポルノ」と「単純所持」がどう定義されているかは、あえて無視する。というのは、もっともゆるい基準と、もっとも厳しい基準を仮定すれば議論できるからだ。

まず「児童ポルノ」についての、もっとも厳しい基準から。

少しでも児童ポルノ的なことを連想させるような書画の「単純所持」をすべて禁止する、というものだ。

この場合、自分の子供が水着姿で遊んでいる写真も規制の対象になる。実の親がその写真を、性的な目で見ていないという保証がないからだ。

他の例でいえば、子供服のカタログで、肌の露出が多めの写真も、規制の対象になる。いや、肌の露出がまったくなくても、規制の対象にすべきだ。

ということで、画像だけでなく、文章も含めて、子供に関するあらゆる表象が規制の対象になる。

逆に、「児童ポルノ」についての、もっともゆるい基準は、かなり定義しづらい。

基準をゆるくしようと思えば、いくらでもゆるくできるので、今回、児童ポルノの「単純所持」を禁止する法律をつくった意味がなくなるからだ。

結果として、児童ポルノの「単純所持」を禁止する法律を作ったからには、何が「児童ポルノ」に当たるかは、できるだけ厳しい基準で定義しないと、法律を作った意味がなくなる。

つまり、「児童ポルノ」の定義が、場当たり的に運用されるのは、法律の施行前から目に見えている。

児童ポルノの単純所持は、性犯罪のような親告罪でもないので、警察が「お前が持っているこれは児童ポルノだ!」と決めつければ、いくらでも恣意的に捜査、逮捕できるからだ。

つぎに、「単純所持」についての、もっとも厳しい基準。

唐突な例だが、田舎の実家の食器棚に「児童ポルノ」があって、親が「これは子供の持ち物です」と言っても、「単純所持」にあたる。

親の言うことよりも、もう少し公的な組織の言うことの方が信用できるとすれば、次のような場合も考えられる。

海外のホスティング会社が、自社のサーバ上に「児童ポルノ」が保存されているのを見つけ、「これは日本の誰々という人物がアップロードしたものだ」と主張したとする。これも「単純所持」にあたる。

そうした通報を受け、警察がその人物を逮捕し、結果、証拠不十分で不起訴や起訴猶予になっても、その人物は一生、「児童ポルノの単純所持者」という白い目で見られることになる。

逆に、「単純所持」について、もっともゆるい基準は、これも定義しづらい。

実際の法案では、民主党が繰り返し取得した場合のみを「単純所持」と主張したのに対し、自民党は、一度に大量取得する場合もあるとして反論したようだ。

「単純所持」の基準をどんどんゆるくしていくと、限りなく「製造・販売目的での所持」に近くなり、今回の法律で「単純所持」を新たに禁止する意味がなくなる。

つまり、「児童ポルノ」の定義だけでなく、「単純所持」の定義についても、できるだけ厳しく定義しないと、「児童ポルノの単純所持」をわざわざ法律で禁止する意味がなくなる。

できるだけ厳しく定義しようとすると、「児童ポルノ」のはっきりした定義も、「単純所持」のはっきりした定義も、事実上不可能となり、結果的に、定義が場当たり的に運用されるのは、法律の施行前から目に見えている。

なぜこういう困難な問題が生じたのか。

それは、法律という公的なものが、個人の嗜好という私的な領域に踏み込もうとすることに、すべての原因がある。

繰り返しになるが、僕は「児童ポルノ」の定義が何であれ、「製造」「販売」を法律で禁止することには意味があると考える。じっさいに子供が経済的な理由から、性的搾取される被害を減らせるからだ。

しかし、「単純所持」を法律で禁止しても、「単純所持」の定義が何であれ、人間の頭の中のイメージまで禁止できないので、実質的な効果がない。

逆に、行政が「児童ポルノ」や「単純所持」の定義を拡大することで、まったくお門違いの逮捕や検挙が起こるおそれがある。

どなたか、なぜユニセフが児童ポルノの「単純所持」を禁止するように世界各国に呼びかけているのか、英語の文献でもかまわないので、根拠となる資料を教えていただけないだろうか?

どう考えても、「製造」「販売」の法的な禁止には実質的な効果があるが、「単純所持」の法的な禁止は、政府による思想信条の制限につながりやすい欠点があるのは明白だ。

思想信条の自由を制限するおそれがあるようなキャンペーンを、ユニセフが大々的に行っているとは考えづらいのだ。

極端な話、「児童ポルノ」と「単純所持」の定義のやりようによっては、本来、ユニセフが禁止したい児童ポルノの単純所持を、一部の国民だけが合法的にできるような制度運用も可能になってしまうのではないか。

もっと極端な話をすれば、国家が「児童ポルノ」の「単純所持」を独占するような制度運用も可能になってしまうのではないか。

ユニセフという組織は、個人の良心は疑うが、国家の良心は無条件に信用するといったような、能天気な組織なのだろうか。

つまり、ユニセフという組織は、個人は何をしでかすか分からないので信用できず、法律で規制すべきだが、国家は法律を適切に作り、適切に運用してくれるので、信用に値するものだと考えるような、能天気な組織なのだろうか。

別に「児童ポルノ」でなくても、タバコでも酒でも麻薬でも、何でもいいのだが、そういったものの「単純所持」を法律で禁止するよう、各国に呼びかけるということは、国家権力が、私的領域へ足を踏み入れる口実を与えることになる。

それは、ユニセフが本来守りたい子供の権利を守ることに、本当につながるのだろうか。逆に国家による、より深刻な搾取に道を開くことになるのではないか。

そんなはずはないと思うので、ぜひ、どなたか、ユニセフが「児童ポルノの単純所持の禁止」を各国に呼び掛けている文書をご存じのかたは、教えていただきたい。

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児童ポルノ「単純所持」禁止のバカさ加減(1)

ユニセフによれば、児童ポルノの単純所持を禁止していないのは、先進8か国中、日本とロシアだけとのことで、自民党、公明党、民主党の3党が、ようやく禁止の方向で合意したとのこと。

日本が「児童ポルノ天国」になっていて、規制が必要なのは当然だ。

ただ、2つ素朴な疑問がある。

1つめの疑問は、なぜ「児童ポルノ」というものに限って、「単純所持」が法律で禁止されるのか?

2つめの疑問は、「単純所持」とはどういう意味か?

まず1つめの疑問。なぜ児童ポルノに限って単純所持が法律で禁止されるのか?他にも単純所持を禁止すべきものが、たくさんあるのではないか?ということ。

児童ポルノの「製造」と「販売」は、それによって金銭的な利益を得ようとする人が出てきて、子供たちが搾取の対象になる危険性に直結するので、禁止するのは妥当だ。

しかし「単純所持」の禁止は、児童ポルノを麻薬と同等に扱うことになる。

児童ポルノを楽しむことは、当然ほめられたことではないが、麻薬を楽しむことと同様、個人的な嗜好の問題だ。

それでも麻薬の「単純所持」が禁止されているのは、(1)依存性が原因で他人に危害を加える可能性があるから、(2)本人の健康被害が明白だから、この2つの理由からだろう。

(2)の本人の健康被害については、「自業自得」という観点からすると無視できる。

問題は(1)の理由だ。依存症になり、麻薬を手に入れるためなら人殺しでもやる、となると、他人に危害を加える危険性が高まる。

ただ、そうであれば、麻薬の販売を合法化するという方法がある。

実際に、タバコと酒は、「製造」「販売」「単純所持」のすべてが合法化された麻薬である。タバコも酒も依存性がある。本人の健康被害の点でも、過度の摂取は明らかに被害がある。

日本の政府が、タバコと酒を一種の「麻薬」と認めている証拠がある。これらの「製造」「販売」を規制する法律が存在するということがその証拠だ。国内のタバコの製造はJTの独占事業だし、酒の「製造」「販売」にも一定の規制がある。

自宅で勝手にビールを造れば、自宅で大麻を栽培するのと同じように、犯罪になる。

このように、タバコと酒の「製造」「販売」は、一定の規制がされている。しかし「単純所持」はまったく規制されていない。タバコと酒には依存性があることが明白なのに、「単純所持」が全く規制されていないのだ。

さて、児童ポルノの「単純所持」は、(1)依存性が原因で他人に危害を加えることにつながるだろうか?(2)本人に健康被害があるだろうか?

念を押しておくが、僕は児童ポルノの「製造」「販売」は、明らかに子供たちを経済的な搾取の対象にする危険性を生むので、禁止すべきだと考えている。

しかし、児童ポルノの「単純所持」を、タバコや酒の「単純所持」と比較した場合、はたして法律で禁止すべき問題かどうか、ということだ。

まず、(1)依存性が原因で他人に危害を加えることにつながるか?

児童ポルノに依存性があるなら、成人女性の登場する一般のポルノにも依存性があると考えないと無理がある。

一般のポルノには依存性がなく、児童ポルノだけに依存性があるということは、おそらくどんな科学的手法をつかっても立証不可能だろう。

たとえば、成人が児童の演技をして登場するポルノと、児童ポルノの間に、依存性の点で線を引くことはできない。

児童ポルノの愛好者が、依存性が原因で、じっさいに子供に性的な危害を加えるおそれがあるという理由で、「単純所持」を禁止するなら、同じ理由で、すべてのポルノの「単純所持」も禁止すべきである。

子供がレイプされるのは許されないが、大人がレイプされるのは許されるということか?

そんなことはない、と言うのなら、すべてのポルノの「単純所持」を法律で禁止すべきである。

さらに言えば、恐怖映画や残虐な殺人の場面を含む映像などの「単純所持」も、あわせて禁止すべきである。

たとえば、人体を切り刻むなどの残虐な殺し方を、たとえ特殊効果であれ再現した映像や、死刑執行の場面を集めたビデオなど。

児童ポルノに依存性があると仮定するなら、これらの映像に依存性がないという議論には無理がある。

要するに何が言いたいのかというと、「単純所持」は純粋に私的領域の問題であり、国家が足を踏み入れることを、どうやっても論理的に正当化できるはずがない、ということだ。

世の中には、愛煙家から、児童ポルノ愛好家、恐怖映画愛好家まで、いろんな嗜好をもった人間がいる。そういう嗜好そのものは私的な領域であり、それを法律という公的なもので規制すること自体が、ナンセンスなのだ。

児童ポルノ愛好家の頭の中には、たとえ目の前に児童ポルノがなくても、児童ポルノのイメージが存在する。恐怖映画の愛好家も同じことだ。

愛煙家は、じっさいにタバコを吸っていなくても、頭の中に、タバコを一服したときの気持ちよさがある。だからタバコをやめられないのだ。

そういう私的な嗜好、つまり、個人の頭の中のイメージに対して、物理的な対象、つまり、実際の児童ポルノ映像の「単純所持」を禁止しても、その人物の嗜好がなくなるわけではないので、実質的な効果がまったくない。

児童ポルノの「製造」「販売」を法律で禁止することは、子供に対する経済的な搾取を減らすことができるという点で、実質的な効果があり、意味のある法律だ。

しかし、児童ポルノの「単純所持」を法律で禁止しても、個人の嗜好を矯正できるわけではないので、実質的な効果がないのだ。

児童ポルノを根絶しようと思えば、需要と供給の両面を法律で禁止すればよい、というのが、この発想のもとにあるのだろう。

しかし、供給側は「製造」「販売」の禁止によって、実質的に流通量を減らす効果のある法規制ができるが、需要側、つまり「単純所持」の禁止は、人間の頭の中にあるイメージまで法律で規制できないので、法律を作っても全く効果がないのだ。

そこで2つめの疑問が重要になってくる。「児童ポルノの単純所持」とはどういう意味か?

児童ポルノ「単純所持」禁止のバカさ加減(2)へ続く)

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2009/06/29

子供の携帯禁止、石川県議会の大人げない責任のがれ

石川県が子供に携帯電話を持たせないようにする条例を可決し、2010/01/01から施行するらしい。

石川県議会のこの決議は、単なる大人の怠慢、責任逃れ以外の何ものでもない。

ラジオ、テレビ、インターネット、携帯電話など、技術の発達にともなって、つぎつぎに新しい媒体が生まれてくる。

いちばん大事なのは、そういった新しい媒体をどうやったら使いこなせるのか、「メディアリテラシー」をしっかり教育することだ。

遅かれ早かれ、成長するにともなって、子供たちはこうした新しい媒体を、使いこなさなければならないのだから。

本来は、そのために大人たちは知恵をしぼらなければいけない。

ところが、石川県議会を代表として、大人たちは知恵をしぼりたくない。行政も、学校も、親たちも、何か事件が起こったときの責任を取りたくない。

そこで「臭いものにフタ」の発想で、携帯電話を禁止してしまえばいいという、きわめて安易な対策に逃げる。

携帯電話の禁止は、大人たちが、いっさい頭を使わずに、自分の責任逃れをする、もっとも楽な対策なのだ。

石川県議会は自分たちが下した判断が、いかに大人げないか、天下に恥をさらしているのに、どうやらそのことに気づいていないようだ。

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2009/06/18

完全に的外れな、マスコミの「臓器移植法」報道

またマスコミはポイントを完全に外した報道をしている。臓器移植法のことだ。

臓器移植法でA案が可決されたことについて、どのテレビ局のニュース番組も、「脳死を人の死と定義した!」「臓器提供者の年齢制限がなくなった!」と報道している。

しかし、A案が今までの臓器移植法と最も異なる点は、まったく別の点にある。

今までの法律では、生前に臓器を提供「する」意思表示をしており、かつ、家族が同意した場合に、初めて臓器を提供できた。

A案では、これとは反対に、生前に臓器を提供「しない」意思表示をしておかないと、家族が同意すれば、臓器が提供される。

つまり今までは、意思表示がない場合、臓器提供「したくない」人と見なしていたのを、今回のA案では、臓器提供「したい」人と見なすことになるのだ。

このように、臓器提供の意思表示の考え方が正反対になったのだから、本来はマスコミも、この点こそを国民に周知徹底しなければいけないはずだ。

もし国民がこのことを知らなかったら、どうなるだろうか?

臓器提供「したくない」人は、てっきり今までの法律と同じだと思いこんで、生前に「したくない」意思表示をしない。

ところが、たとえば交通事故で亡くなったら、本人の意思に反して臓器提供「したい」人だと見なされるのだ。

あなたがもし臓器提供をしたくないのであれば、今までと正反対で、今すぐ「したくない!」という意思を表明しておかないといけない。(明日、交通事故にあって死ぬとも限らないし...)

本当にマスコミの報道は、最近どんどん劣化している気がする。読者の皆さんは、くれぐれもテレビのニュースは話半分に聞くように。

正確な議論を知りたい方は、ビデオニュース・ドット・コムのマル激トーク・オン・ディマンドの、臓器移植法に関する回を見てほしい。

新聞やテレビのニュースは、政府や官僚の意向に沿った偏向報道か、記者の不勉強のためにいい加減な報道かのどちらかなので、そのまま信じるのは危険きわまりない。

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2009/06/16

薬のネット販売反対の日本薬剤師会、自民党に毎年10億円!

NHK朝のニュースの「おはようコラム」を見ていたら、民主党の西松建設問題を、まだ追及していた。

民主党が設置した第三者委員会の先日の結果報告が、民主党の意向に沿った内容で、信用できない!と非難する内容だ。

NHKも含め、マスコミは検察ににらまれるのが、よっぽど恐ろしいのだろうか。

民主党が今回設置した第三者委員会は、「政治資金問題を巡る政治・検察・報道のあり方に関する第三者委員会」なのだから、検察のあり方や、報道のあり方についての提言が、報告書にふくまれるのは当たり前だ。

しかも、この第三者委員会は、検察側の主張も聞くために、検察にヒアリングを依頼したが、検察は拒否したという。

検察が西松建設問題について、自分たちのやったことが本当に正しいと思っているなら、この第三者委員会のメンバーに徹底反論すればいいではないか。

そして、第三者委員会の報告書に、自分たちの反論が反映されていなければ、記者会見を開いて反論すればいい。

ただ、みなさんご承知のように、西松建設問題について検察が記者会見を開いたとき、司法記者クラブは、記者クラブ未加入の報道機関の参加を許可したのに、検察が拒否したのだ。

これは、従来の記者クラブの慣例を、完全にくつがえす行為だ。

記者クラブという制度そのものが、日本のマスコミの閉鎖性の象徴なので、褒められたものではない。

それでも、今までは、記者クラブがOKすれば、記者クラブに加盟していない報道機関も、記者クラブ主催の会見に参加できる(質問はできな)という慣例があった。

つまり、記者会見は、あくまで記者クラブが主催者だ、という慣例があった。

ところが今回の西松建設問題で、検察はこの慣例をひっくりかえした。

記者クラブがOKしても、検察がNGを出せるという、新しい慣例を作ったのだ。

つまり、記者会見の主催者は、記者クラブではなく、検察であるという新しい慣例を作ってしまった。検察の情報公開が、さらに後退するのは確実だ。

こういった背景を一切無視し、NHKの「おはようコラム」は、「検察や報道機関を批判した、民主党の第三者委員会は、民主党のお手盛りだ」などと語っていた。議論のすりかえもいいところだろう。

ところで、医薬品のネット販売規制が話題になっている。

医薬品のネット販売に反対している、最大の利害団体は社団法人・日本薬剤師会らしい。

あえてリンクは張らないが、日本薬剤師会の、今回の薬事法改正に対する声明を読んでみてほしい。

日本薬剤師会は、離島で薬が買えなくなる人たちのための2年間の経過措置にさえ、制度の抜け穴になると言って、猛烈に反対しているのだ。

そして、日本薬剤師会は、毎年、約10億円弱を自民党に政治献金しているらしい。

NHKも、西松建設から民主党への3,500万円の献金、しかも政治資金規正法を遵守して、情報公開されていた献金を批判するヒマがあったら、日本薬剤師会から自民党への億単位の献金を取り上げたらどうか。

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2009/06/15

舛添厚労相、村木容疑者をもう有罪扱い

舛添厚労相、今日午前の記者会見で、すっかり村木厚子容疑者を有罪あつかいした。

「大変有能な局長で、働く女性の希望の星だった。非常に残念」

日本人って、どうして逮捕=有罪という発想になるのだろう。これから裁判をやって、初めて有罪か無罪かが決まるのに。

しかも厚労相ともあろう人物までが、逮捕=有罪と決めてかかったようなことを会見でしゃべる。

こんなレベルの日本で、そもそも裁判員制度がまともに運用されるわけがないだろう。

裁判員にような制度を導入するには、日本人の民度は低すぎるのだ。

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もう一つの「足利事件」、不自然な死刑執行タイミング

先日、DNA再鑑定で「白」となり、菅家さんが釈放された足利事件。

この事件に関してビデオニュース・ドットコムで驚くべき事実を知った。

じつは「東の足利、西の飯塚」と言われ、足利事件と同じ時期に起こった「飯塚事件」という事件があるらしい。

足利事件と同じ「MCT118」というDNA鑑定で、被告の有罪が確定し、被害者が女児2人のため、量刑は死刑となった。

飯塚事件は、足利事件と違って自白さえなく、純粋にDNA鑑定だけで死刑判決が確定した。

ところが、この飯塚事件について、恐ろしい経緯があるらしいのだ。

昨年、2008年10月中旬に、足利事件について、東京高裁がDNA再鑑定を行うことを決定された。弁護団の申請が受けいられたのだ。

このことは当然マスコミでも取り上げられた。

そこで、足利事件の弁護団と連携していた飯塚事件の弁護団も、刑務所の久間(くま)さんに面会し、DNA再鑑定を申請する方針で話し合った。

しかし、その約10日後、久間さんの死刑が執行されたのだ。

死刑執行の署名をするのは、ご存知の通り法務大臣だが、久間さんの死刑執行に署名したのは、現法務大臣の森英介氏である。

なおかつ、久間さんの死刑が執行された当時、先に死刑が確定しており、かつ、再審請求をしていない死刑囚は多数いたという。

ウィキペディアによれば久間さんの死刑執行当時の死刑判決順位は100人中61番目だったとのこと。

久間さんの死刑は不自然に早く、しかも、不自然なタイミング、つまり、足利事件のDNA再鑑定が決まった直後に、執行された。

これを単なる偶然と考えるのは、かなり無理があるだろう。

森英介法務大臣が足利事件のDNA再鑑定決定のニュースを知らなかったはずはない。

であれば、森英介法務大臣は、同じDNA鑑定手法で有罪の確定した久間さんについて、少なくとも死刑の執行を一定の期間見合わせ、再審請求されるかどうかを見極めるべきではなかったか。

しかも死刑は、いったん執行されれば取り返しがつかない。なおさら森英介法務大臣は、久間さんの死刑執行に慎重になるべきだった。

にもかかわらず、足利事件のDNA再鑑定決定直後という、極めて不自然なタイミングで、他の死刑囚に先だって、久間さんの死刑が執行された。

法務大臣自ら、このように、国民に疑いを持たれても仕方のないような死刑の執行をしていたのでは、かえって死刑廃止論議を後押しするようなものではないだろうか。

こういう法務大臣のふるまいを見るにつけても、まず、政権交代が必要なのではないか?

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2009/06/11

すでに死刑執行された第二の「足利事件」が存在!

足利事件で、DNA鑑定をやり直したところ、無罪が濃厚として、菅家さんが釈放された。

結局、取り調べて無理やり「自白」させられ、それだけのために17年半服役させられたということになる。

いや、まだ菅家さんは幸運だったと言える。

というのは、菅家さんと同じように、精度の低い昔のDNA鑑定と「自白」だけで有罪になり、すでに死刑が執行された人がいるらしいからだ。

ぜひ、すでに死刑が執行された人たちについても、DNA鑑定のやり直しをしてほしいものだ。

現政権の務大臣は絶対にそんなことは許さないだろうけれど、仮に今年の衆院選挙で民主党が政権をとったら、実現できるかもしれない。

万が一、DNA鑑定のやりなおしで結果が不一致になり、菅家さんと同じように、「自白」が唯一の証拠、無罪が濃厚になった人が、もう死刑執行されていました、となったら...。

検察や警察の信用は、完全に失墜するだろう。でもそうなったら、もっとも大きな損害をうけるのは、実は僕ら国民なのかもしれない。

まずは警察による取り調べの情報公開から実行すべきだろう。それも、司法取引やおとり捜査などの交換条件なしでだ。

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2009/06/01

刑法のイロハを知らない麻生首相

麻生首相は日本のトップなのに、「刑事裁判は、裁判が終わるまで有罪か無罪か決まらない」という、小学生でもわかっているような当たり前のことを理解されていないようだ。

先日の党首討論で麻生総理はこのように話している。

「やっぱり国民からして今、最大の関心事は西松(建設)の問題だと思います。

ぜひこれまで、いろいろな論議をつみ重ねて、少なくとも後援会には企業・団体からの寄付は禁止になったわけですから。

そういった意味では、それを犯された方がそこ(=民主党の意味)にいらっしゃるわけです」

みなさん当然のこととしてご承知のように、民主党・小沢一郎氏の元秘書は逮捕・起訴されただけで、まだ裁判は始まっていない。

刑事裁判が始まってもいないのに、麻生総理は起訴された人物が罪を「犯した」と、国会の党首討論の場で、恥ずかしげもなく、堂々と話したのだ。

これは国家の首長として、致命的なミスではないだろうか。

しかもこの直後、麻生総理は、もう一つ致命的なミスをしている。

民主党の鳩山党首が、保釈された小沢一郎氏の秘書が、政治資金規正法にのっとって正しいことを行ったと言っている、と反論したのに対して、麻生総理はつぎのように言ったのだ。

「本人(=小沢一郎氏の秘書のこと)が正しいと思ったというお話ですけれども...

本人が正しいと思ったことであっても、少なくとも間違った場合は、逮捕されるということは十分にあるんであって...

それは国策捜査ということには当たらないのではないかと」

わが国の刑法38条1項には次のように書いてある。

「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」

もちろん過失不作為が認定される場合もあるが、刑法は故意の行為しか罰しないというのが大原則である。

しかし、麻生総理は、「本人が正しいと思ったことであっても、間違った場合は、逮捕されることは十分ある」と言い切っている。

麻生総理は刑法38条1項にある、刑法の非常に基本的な考え方さえ理解していないのだ。

まだ始まってもいない刑事裁判の被告を有罪あつかいしたり、故意でない限り罰せられないという、刑法の基本を理解していなかったり。

これが、その辺の一般市民ならまだ許されるだろうが、一国の総理が、完全に誤った法律上の認識をもって国を治めているのだ。

麻生太郎氏に首相をつとめる資格がないことは、もはや明々白々だ。

しかし、マスメディアはどうしてこんなに重要なことを、きっちりと国民に報道しないのだろうか。

麻生総理も麻生総理なら、マスメディアもマスメディアだ。

結局、テレビ局で働いている高給とりたちも、自民党にすがって自分たちの既得権益を守りたいだけなのだろう。

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2009/05/25

くすりのネット販売規制は官僚の「暴走」?

新聞によれば、インターネットで医薬品を販売している会社2社が、医薬品のネット販売を禁止する厚労省の省令を、憲法違反だとして、東京地検に取り消しを求める訴えを起こしたらしい。

これは面白くなってきた。

今回のネット販売規制は、法律ではなく、ただの「省令」らしい。そして、今回の「省令」のもとになっている法律は、2月に改正された薬事法らしい。

毎日新聞によれば、改正薬事法の条文にネット販売の禁止条文がないのに、省令でネット販売を禁止するのが、今回の省令の最大の問題らしい。

国民に選挙で選ばれた国会議員が、審議して成立させた法律に書いていないことを、お役人たちが自由裁量で「省令」として定められるのだとしたら、これこそ民主主義の重大な危機ではないか。

そういう意味でも、今回の医薬品のネット販売規制は、重大な問題をはらんでいると言えそうだ。

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2009/05/21

剣道2段を40年も詐称していた森田健作知事

森田健作・千葉県知事が40年以上も、正式な免状なしに「剣道2段」を名乗り、今後も名乗るつもりだと会見したらしい。

それより、自民党支部長でありながら、無所属で千葉県知事に当選した件はどうなったんだ?

野党が調査特別委員会設定を求めたのに、自民党が否決したのでは?

自民党が否決したということは、まさに森田健作知事が無所属ではなく、自民党だという、何よりの証拠じゃないか!

これが詐称でなくて何だというのか。

免状もないのに「剣道2段」を詐称してもぜんぜん平気。

自民党支部長でありながら「無所属」を詐称してもぜんぜん平気。

こんな人物を知事に選んだ、千葉県民の民度の低さも、とほほな感じだ。

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裁判員制度、法相のお気楽発言

毎日新聞によれば、今日から始まる裁判員制度について、法務大臣が「必要なのは国民の皆さんが日常で培った感覚や視点。自然体で、安心して参加してください」と呼びかけたらしい。

最高裁のウェブサイトによれば、裁判員制度の対象となる事件は以下のとおり。

殺人,強盗致死,強盗致傷,強盗強姦,強盗強姦致死,強姦致死,強姦致傷,現住建造物放火,傷害致死,危険運転致死など

こんな事件に、どうやって「自然体で、安心して参加」できるというのか?

ご承知のように、被害者の死亡状況の写真を、証拠として見なきゃいけないかもしれないというのに。

法相のお気楽発言にも、ほどがある。

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2009/05/14

高速1,000円のツケは税金で回ってくるとわかって喜んでるの?

ETCをつけていれば、高速道路でどこまで行っても1,000円というので、このゴールデンウィークは日本国民が大喜びだったようだ。

しかし、そのせいで道路建設のために、たまりにたまった国の借金の返済が遅れ、また税金のかたちで国民がつけを払わされる。

それを分かっていて、日本国民は大喜びしているのだろうか?

この程度の国民だから、この程度のバラマキ政策で、かんたんに麻生内閣の支持率が上がってしまうのだ。

やはり、この国民にして、この総理大臣あり。

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2009/05/13

「裁判員制度を問い直す議員連盟」は当然の動き

「裁判員制度を問い直す議員連盟緊急総会」が、裁判員制度の凍結、見直しにむけた「12の論点」というものを出している。

裁判員制度の問題点が12個にわかりやすく整理され、裁判員制度がいかに拙速に作られ、国会でまともな審議もされずに通った法律であるかがよく分かる。

「裁判員制度を問い直す議員連盟緊急総会の報告」

はてな匿名ダイアリーで、「増田」という人物が延々とこの「12の論点」にいちいち反論しているが、それだけ議論の余地があるということ自体が、裁判員制度の実施が拙速すぎることの、何よりの証拠になっている。

(「増田」なる人物は、自分が延々と反論を展開すればするほど、裁判員制度が未解決の論点だらけだと証明することになることに、気づいていないようだが)

読売新聞が2009/04/25~04/26に面接方式で行った、裁判員制度に関する全国世論調査でさえ(この「でさえ」というのは当然「読売新聞でさえ」という意味だが)、裁判員として裁判に「参加したい」と思う人はたった18%、「参加したくない」は79%だ。

国民の8割が参加したくないと言っているのだから、実施を延期するのは当然の対応で、その点で「裁判員制度を問い直す議員連盟」の動きは、しごく当たり前のことだ。

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2009/05/06

臓器移植法改正案、マスコミのかたよった報道

臓器移植法の改正について、マスコミの報道は明らかに、移植を待つ側の家族にかたよっている。

日本では子供から子供への移植ができないので、米国に渡って移植を待ち続けたが、願いも虚しく亡くなってしまった、などなど。

しかし、逆に、脳死状態の子供を持ち、法案の改正内容によっては、いつ臓器を摘出されるかもしれなくなる家族を、もっと報道すべきではないのか。

なぜ、臓器をとられる側、とられた側の家族を、マスコミは報道しないのか。

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2009/05/05

起訴猶予の高橋洋一郎氏を、懲戒免職にした東洋大学の無責任さ

窃盗容疑で書類送検された高橋洋一郎元教授が起訴猶予になったらしい。

やはり東洋大学の処分には、大いに問題があったと言わざるを得ない。

今回、検察が起訴猶予にした理由は、東洋大学が高橋氏を懲戒免職処分にしたことなど、十分な社会的制裁をうけたから、らしい。

こういう検察のやり方は、社会の一部の良心的な人たちが、「東洋大学と検察がグルになって、霞ヶ関官僚批判の急先鋒だった高橋洋一郎氏を、社会的に葬り去った」と理解しても仕方ないだろう。

今回の事件がこういう結末を迎えたのを見ると(まだ結末かどうかわからないが)、例の植草一秀氏の件も、やっぱり「国策捜査」だったのではないかと考えてしまう。

植草一秀氏は、政府高官の関与が疑われるインサイダー取引の調査に協力していたそうだ。

女子高生のスカートの中をのぞくという微罪に始まり、メディアもスクラムをくんで、植草氏が、痴漢やセクハラの性癖があるように喧伝して、社会から抹殺する。

メディアの露出が多い専門家をスケープゴートにして、「政府や官僚にたてつくとこうなるぞ!」

どうやら検察は、そういうメッセージを僕らに伝えたいらしい。

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2009/05/03

リコール隠し事件は「国策」捜査だった?

今日、ふと考えたことがある。

最近、米国の自動車メーカー「ビッグ3」の破産や救済が話題になっている。

しかし、2000年前後の日本の経済官僚は、実は自動車市場の縮小を予測し、日本の自動車メーカーの数を減らそうと画策していたのではないか。

小型車は別として、少なくとも大型車メーカーは、米国のビッグ3同様、日本もトヨタ、日産、ホンダの3社で十分だと。

そこで、当時やや落ち目になっていた某メーカーに目をつけ、制度自体に欠陥のあるリコール制度を、検察と連携して恣意的に運用することで、刑事事件に発展させ、その某メーカーを突き落とした。

例によって、マスコミはスクラムを組んで、その某メーカーを突き落とす「国策」に全面的に協力した。

ウィキペディアによれば、最終的には、経営陣3人と法人としてのその某メーカーに対して、罰金20万円という微罪に終わっているようだが、この点も、いかにもそれらしい。

以上、単なる陰謀説だが、その後のライブドア事件、小沢一郎氏の事件を見ても、いかにもありそうな話だと思うのだが...。

かぜで熱っぽいので、単なる僕の妄想だろう。

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2009/04/20

明日、状況証拠だけの死刑判決が出ます。たぶん

明日、林真須美被告に最高裁判決が下るらしい。状況証拠だけで死刑判決が下るおそれがあるという、重大な判決だ。

個人的には、冤罪だと考えている。

ほとんどの日本人は林真須美被告を有罪だと思っているだろうが、それは彼女が再逮捕された後の、いわゆるメディアスクラムに完全に洗脳されたせいだろう。

つまり、すべてのマスメディアが、こぞって彼女のふてぶてしい態度を、まるでそれが有罪の証拠であるかのように、興味本位で延々と報道しつづけたせいだ。

しかし、刑事裁判の基本は、疑わしきは被告人の利益に、である。

事件による死亡者が複数の場合は、量刑の面ではほぼ自動的に死刑、というのはよいとして、それ以前の事実認定の面で、動機が全く不明で、状況証拠しかないにもかかわらず、有罪と確定するのは明らかにやり過ぎだ。

このケースが裁判員制度の対象になれば、あれだけのメディアスクラムがあれば、一審は間違いなく有罪になるだろう。

裁判員の事実認定にもっとも大きな影響を与えるのは、間違いなくマスメディアがその事件をどのように報道するかだろう。

とくに、みのもんたや、爆笑問題、北野武が司会をしているような、バラエティーニュースがどのように報道するかに、ほぼかかっている。

明日、仮に死刑判決が出て、多くの日本人が「やっぱりあいつは有罪だったんだ」と納得したとすれば、裁判員の事実認定もマスメディアの報道に大きく影響される危険性が強い。

やっぱり、日本という国は、なかなか恐ろしいところだ。

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2009/04/15

東京都民のオリンピック招致支持率が伸びない唯一の理由

東京へのオリンピック招致について、肝心の東京都民の支持率が都の思うように伸びない理由は、おそらく一つに絞れる。

石原都知事の日ごろの尊大な態度に反感を抱いていて、「だれが都知事のお祭り騒ぎに乗っかってやるか」という都民が多いからだろう。

まず石原都知事が自ら招いた負の要素と考えて間違いない。

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高橋洋一氏の腕時計窃盗による書類送検は陰謀??

「小泉政権ブレーンの高橋洋一教授 脱衣所で窃盗容疑」

この2009/03/30付け朝日新聞のニュースについて、ビデオニュース・ドットコムのニュースコメンタリーで話題になっていた。

高橋洋一氏といえば、「霞ヶ関埋蔵金」の存在を指摘し、官僚批判の急先鋒だった。

天下り問題についても、民主党の江田憲司衆議院議員や、自民党の渡辺喜美衆議院議員といっしょに、徹底した批判と制度改革の必要性を訴えていたようだ。

そういう人物が、温泉施設の脱衣所のロッカーから高級時計を盗んだという、中学生がやるような窃盗の疑いで書類送検された。書類送検だけで、逮捕はされなかった。

何かヘンな感じがしないだろうか?

こちらのJ-CASTニュースの記事も、その疑念について書いている。

「認知症の一種ピック病説まで出る 高橋教授・窃盗事件の「不可解」」

ビデオニュース・ドットコムでは、官僚批判の急先鋒である高橋洋一氏が、どう考えてもまともな大人がやるはずのないような窃盗の容疑で、身柄を拘束されず、書類送検だけされた事実の不自然さに、強い疑問を投げかけている。

僕個人としては、官僚批判の識者である高橋洋一氏の、社会的評価を落とすために、検察・警察の高官が証拠の残らない形で暗黙の指示を出し、警察の現場が微罪でこじつけて高橋洋一氏を送検した。

こんな風に考えると、いちばん筋が通るような気がする。これが事実だと決して主張するつもりはないが。

日本人のほとんどが、逮捕(または書類送検)=有罪と勘違いしているので、今回の高橋洋一氏についても、「いい年をして腕時計を盗むなんて」と思い込む。

結果として、高橋洋一氏は二度とマスメディアで官僚批判の論理的支柱として活躍することはできなくなる。

官僚の天下りを徹底批判する民主党の党首の公設秘書が、絶妙のタイミングで逮捕・起訴された件も合わせて考えると、全体として官僚批判勢力をつぶす、よくできた戦略のようにも見える。

僕らは意外に、かなり、おそろしい社会に住んでいるのかもしれない。

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2009/04/13

NHK世論調査結果に見る日本人の民度の低さ

やっぱりほとんどの日本人はダメだ。「民度」が低すぎる。今日のNHK世論調査の結果を見て実感した。

以下の僕の議論は、すべてビデオニュース・ドットコムの受け売りであり、僕自身の独創では全くない。

「民度」の低い日本人から脱出したければ、ビデオニュース・ドットコムを試聴すべきだ。

まず、麻生内閣支持率が前回調査から12%も上昇しているらしい。見事、政府による国民の「買収工作」成功というわけだ。

定額給付金や、ETCなら地方の高速道路でどこまで走っても1,000円などなど、金をつかまされれば、かんたんに買収されて、たちまち支持率が上がる。

メディアも国民も、偉そうに小沢一郎氏の建設業者との「癒着」体質を批判しているが、当の国民も、地元に金を落としてくれれば喜んで投票するという、旧来の土建体質と何ら変わっていない。

要するに、金をばら撒いてくれれば、喜んで支持しますというわけだ。まさに、この国民にしてこの政府あり。

それから、政府が北朝鮮ミサイル発射に対して、ミサイル防衛システムで国内への落下物を打ち落とす態勢をとったことを、「大いに評価する」「ある程度評価する」の合計が68%。

結局、日本政府も日本国民も、北朝鮮の仕組んだミサイル騒動に見事に踊らされたことになる。

技術的には、万一ロケットが日本に落ちてきたとしても、日本の迎撃ミサイルで打ち落とすことは不可能である。

それよりも、ロシアや中国が配備している核弾頭が、数百発という単位で日本に照準を合わせている事実をどうするのか。

日本が、ミサイル騒動と拉致問題をからめて、北朝鮮に強硬姿勢を取り続けた結果、今回の安保理でも、最後は米国、ロシア、中国の調整に押し切られた形に終わった。

北朝鮮への制裁措置を強めたことへの賛否では、「賛成」が67%という。

強硬姿勢を取り続けさえすれば、北朝鮮がいつかは折れて拉致被害者を返してくれるだろうという、何の策略もない能天気な発想。

民主党の小沢代表が検察の対応を批判していることについては、「あまり納得できない」と「まったく納得できない」が68%。

結局、今回の公設第一秘書の逮捕・起訴問題で、検察が致命的なミスを犯しており、それを何とかごまかそうとしている点は、マスコミもまったく取り上げない。

「民度」の低い日本人に乗じて、検察はこのまま国民に代わる主権者の地位につきかねないほどの大問題を、今の検察が抱えているというのに。

これらNHK世論調査を見れば、国民の7割の考えていることの、すべてが的外れ、すべてが大いなる勘違いだ。

繰り返しになるが、この国民にして、麻生首相あり。

ところで麻生首相は、2009/04/10の追加経済対策に関する記者会見で、「三種の神器」の「神器」を「シンギ」と何度も読み間違えたらしい。

しかも得意気に、昔はテレビ、洗濯機、冷蔵庫を「サンシュのシンギ」と呼んだんですよと、何度も記者クラブの記者たちに説明している。(このあたりはビデオニュース・ドットコムでしか見られないので必見)

記者会見の場は、たちまち失笑の雰囲気になったらしいが、「神器」という言葉単独では「シンギ」と読むこともあると、広辞苑に書いてあったこと、そして天皇家に関わる用語でもあることから、マスコミは報道を自粛したらしい。

「不二家製品を店頭から撤去しろ」と連日呼びかけ、ついに問題のシュークリームと全く無関係な製品まで、あらゆる不二家製品をスーパーから撤去させることに成功したみのもんたを代表とする、低レベルなマスコミに、情報を遮断され、日本国民の「民度」は絶望的なほど落ち込んでいるということが、よくわかるNHK世論調査の結果である。

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2009/04/08

民主党と検察、どちらが説明責任を果たそうと努力しているか?

小沢一郎氏の公設秘書起訴の件で、小沢一郎氏ばかりが「説明責任を果たしていない」と、相変わらず責められている。

でも、説明責任を果たしていないのはどっちだ?

今回の件で民主党の記者会見は、以前からと同様、記者クラブに所属していないフリーランスの記者にも開放されている。

それに対して、検察が開いた記者会見は、会見の主催者である司法記者クラブが、慣例どおりに、記者クラブに所属していない記者も参加を許可しようとしたにもかかわらず、検察がそれを拒否した。

記者会見の主催者は記者クラブであるはずなのに、その記者クラブの判断にまで、検察は権力をもって介入し、記者会見の参加者をスクリーニングしたのだ。

さて、どちらが国民に対する説明責任を果たす努力を、よりしていると言えるだろうか。

よほどのおバカさんでない限り、おわかりだろう。

検察はこの10年間くらいで、明らかに変質しつつある。そのことはビデオニュース・ドットコムの最近の一連の放送を見ればわかる。

テレビや新聞など、ふつうのマスメディアの報道しか見ていない人は、検察の変質の恐ろしさを、ずいぶん遅れて知ることになるだろう。

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2009/04/06

森田健作知事、「無所属は虚偽」で告発されたらしい

森田健作千葉県知事、やり方がみみっちい。イメージと全く違って「男らしくない」。

政党に所属していても、選挙管理委員会に自民党所属であるという証明書を提出しなければ、無所属で立候補できる。

森田健作氏はその制度を巧みに利用して、れっきとした自民党支部代表であるにもかかわらず、千葉県知事選に「無所属」で立候補し、見事当選した。

実にあざとい。千葉県民をなめているとしか言いようがない。

しかし、そういう森田健作氏を当選させた千葉県民も千葉県民。この県民にして、この県知事ありだ。

千葉県民の皆さん、悔しかったら公職選挙法第202条にもとづいて、選挙管理委員会に異議申し立てをしてはどうだろう。

法律の詳しいことはよく分からないけれど、選挙日から十四日以内はこの条文で異議申し立てが可能で、その結果の決定についても決定書の交付から二十一日以内に、再度、申し立てができるらしい。

異議申し立てをしないなら、森田健作知事の任期中、千葉県民はポピュリズムに踊らされた人々と非難されても仕方ないだろう。

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2009/03/30

ビデオニュース・ドットコムで元検事・郷原氏が緻密な検察批判を展開

ビデオニュース・ドットコムのマル激トーク・オン・ディマンド第416回に元検事の郷原信郎氏が出演し、民主党小沢代表の公設秘書が政治資金規正法で起訴された件について厳密な議論を展開している。

詳しくはぜひ、この放送回をじっくりお聴きいただきたいのだが、やはり検察は今回の起訴で、致命的な政治資金規正法の法解釈上の誤りを犯したようだ。

そしてその誤りを糊塗するために、政治資金規正法の立法趣旨を曲げて、無理やり公設秘書の起訴に踏み切った。

政治資金規正法は、もともと政治活動には政治献金が必要だという前提に立っている。

ところが、元検事で財団法人さわやか福祉財団理事長・堀田力(ほった つとむ)氏の意見に代表されるように、検察は政治資金規正法の立法趣旨を、政治献金イコール「汚いもの」であるという風に、ねじ曲げて解釈している。

そしてほとんどのマスコミも、「悪」である政治献金を規制するのが政治資金規正法であり、政治献金をもらっている政治家は、どんどんつかまえろという、堀田力的な曲解に乗っかって、世論をあおっている。

でも、本当にそうなら、政治資金規正法は「規制法」という名前になっていたはず。

トーク・オン・ディマンドの中でも郷原氏がていねいに解説しているが、この政治資金規正法は、米国流の、政治活動には政治献金が必要だという前提で、その資金の流れを「正しい」ものにする法律である。だから「規正」法という名前がついている。

関口宏もみのもんたも、堀田力氏と同じレベルで、金のかかる政治は何でもかんでも悪いという、極端な理想主義をふりかざしているに過ぎない。

日本人によくある、本音と建前の使い分けだ。

政治活動に一定の資金が必要なのは自明である。なのに、関口宏やみのもんた、堀田力氏、そして彼らの「正義漢」ぶりに何も考えず同調する多くの日本人は、金の掛からない政治という、実現不可能な理想論を垂れ流し続ける。単なる自己満足以外の何ものでもない。自分だけが良い子ぶっているというわけだ。

ただ、郷原氏はトーク・オン・ディマンドの中で、本当に政治資金そのものを禁止したいなら、検察は政治資金規正法をそのような趣旨の法律に改正するためのロビー活動を行うべきだとも語っている。

また、小沢氏のような建設業利権に依拠する政治スタイルを、決して擁護するつもりはない、とも語っている。

郷原氏が、今回の検察による逮捕や起訴を批判している理由は、今回のように法律の立法趣旨をねじ曲げてまで、特捜が逮捕や起訴をできてしまうとすれば、それは明らかに検察権力の乱用である、という一点なのだ。

ほとんどの日本人はその危険性を理解せず、「金に汚い小沢一郎氏」というイメージを無反省に受け入れて、マスコミに流され、小沢氏おろしの大合唱になりつつある。

まあ、これが日本人の「民度」と言ってしまえばそれまでなのだが。

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2009/03/09

小沢氏秘書逮捕で逆に民主党有利?

ビデオニュース・ドットコムのニュースコメンタリで、宮台真司が今回の小沢一郎氏の公設第一秘書逮捕について、興味深いことを話していた。

仮に小沢氏が民主党を追われれば、経世会色が払拭されることで、かえって民主党が政権をとる可能性が高まる可能性もある。そう考えると今回の逮捕は、一概に民主党に不利とは言えなくなる、というのだ。

なるほど、そういう見方もあるのかと思った。

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2009/03/06

ビデオニュース・ドットコムが小沢氏秘書逮捕で元検事にインタビュー

さっそくビデオニュース・ドットコムが、小沢一郎氏の第一秘書逮捕について、元検事にインタビューしている動画が公開された。

こちらをクリック。

この元検事・郷原氏は、みのもんたの『朝ズバッ』の不二家報道が捏造であることを最初から指摘していた人物らしい。

今回もみのもんたは同じ番組で、民主党の若手議員に対して正義漢ぶった詰問をしていたわけだが、また謝罪することになるのだろうか。

いずれにせよビデオニュース・ドットコムの郷原氏のインタビューを聞くと、政治資金規正法の虚偽記載を適用することが、非常に難しそうな今回の件で、なぜわざわざ東京地検がこの時期に小沢氏の秘書を逮捕したのか、疑惑がますます強く感じられてくる。

仮に東京地検が今後、小沢一郎氏だけを狙い撃ちし、他の政治家への西松建設からの政治資金の流れをまったく調べなかったとすれば、間違いなく検察の捜査は不公正と言える。

僕らは思ったより恐ろしい国に住んでいるらしい。

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2009/03/05

「疑わしきは罰せよ」と言い放った、みのもんた

今朝、みのもんたの番組をちらっと見たら、みのもんたが小沢代表の秘書逮捕の件について、番組に出演している民主党の若手議員を問い詰めていた。

「疑われるようなことをすること自体が問題だと思いませんか」

完全におかしい。みのもんたは「疑わしきは罰せよ」と言っているのだ。

こういう人間が朝のワイドショーでもっともらしいことをしゃべり、しかも一定の人気を博していることからしても、ほとんどの日本人の法律に対する感覚は、完全におかしいことがわかる。

たしかに「李下に冠を正さず」などの古い言葉には、「疑われるようなことをする人間のほうが悪い」という道徳観があり、多くの日本人にしみついてしまっている。

みのもんたは、そういう大多数の凡庸な日本人を代弁しているだけだ。

しかし、一体いつになったら日本人は、近代的な司法制度の原則を理解し、実践できるのか。

それもできないうちに、「上からの」啓蒙活動として裁判員制度を導入し、日本人に「民主主義」を教育しようたって、やる前から失敗することは見えている。

マスメディアの役割としては、お茶の間を代弁していれば十分だ。その程度の認識のみのもんたのような人間が、テレビで偉そうにしゃべっている限り、裁判員制度による啓蒙も、みのもんたのような人間のたったひとことで吹き飛んでしまうのだ。

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2009/03/04

小沢氏秘書逮捕にみる検察権力のおそろしさ

ひきつづき小沢一郎氏の公設第1秘書逮捕の件について。

裁判員制度についてのビデオニュース・ドット・コムのマル激トーク・オン・ディマンドを見て初めて知ったのだが、逮捕された人が、実際に裁判にかけられるかどうかは、検察が決めている。

つまり、裁判で有罪になるかどうか以前に、逮捕した容疑者(まだ有罪かどうかも分からない人)を、そもそも裁判にかけるかどうか、それはすべて検察が決めているのだ。

このことをちゃんと認識している日本国民がどれくらいいるだろうか?

ご承知のように、日本ではいったん逮捕されたら、有罪率が100%に限りなく近い。ただし、正確に言い直すと、日本ではいったん逮捕され、裁判にかけられた場合には、有罪率が100%に限りなく近い。

言い換えると、日本では、逮捕されたら、裁判にかけられるかどうかで、ほぼ有罪か無罪かが決まる。厳密に言うと「有罪」か「有罪か無罪かを問わずに放免」かが決まる。

その選択権を握っているのは、すべて検察なのだ。

さらに今回のように、検察は警察の力を借りず、自ら犯罪捜査を行い、容疑者を逮捕することができる。

これで小沢一郎氏の秘書が東京地方検察庁に逮捕されたことの、ある種の「恣意性」がよく理解できる。

もし東京地検がこのまま秘書を起訴、つまり、裁判にかけるぞ!と決めたら、100%に近い確率で政治資金規正法違反で有罪になるだろう。

くり返しになるが、日本という国で、あやしい人間を有罪にするかどうか、それを入り口のところで振り分けているのは検察庁なのである。

問題は、検察庁は第三者のチェックを受けているのかということだが、日本では事実上チェックを受けていない状態だ。管轄大臣である法務大臣さえ、検察の独立性を守るために、指揮権は制限されている。

しかし、法務大臣がそもそもあからさまに指揮権を発動するようなバカなことはやらないだろう。

検察が過去、警察の力を借りず、直接逮捕にふみ切った事例としては、ウィキペディアによれば、ロッキード事件、リクルート事件、ライブドア事件、村上ファンド事件などがある。

これらの経緯や、過去、検察によって、限りなく恣意的と思われるかたちで起訴され、結果有罪になった事例をよく知っている小沢一郎氏は、だからこそ今朝(2009/03/04)の会見で、日本の民主主義が危機に瀕していると語った。

ほとんどの日本人は、逮捕=有罪だと思い込んでおり、昨夜のニュースで放送されたインタビューでも、民主党支持者が「ショックです」と、もう有罪が決まったようなことを話していた。

有罪かどうか以前に、まだ裁判にかかるかどうか(=起訴されるかどうか)も決まっていないのにである。一般の日本人の認識なんて、この程度のものだ。

検察は、ある意味、日本とい国で最も大きな権力を握っているといってもいい。今回のように、政局にまで影響を及ぼすことができるのだから。

その意味で、日本の民主主義の危機であるという、小沢一郎氏の言葉は、現状認識として正しい。

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2009/03/03

ジャスト・タイミングの国策捜査、小沢一郎第一秘書の逮捕

来た。小沢一郎氏の第一秘書が逮捕されたが、ほぼ間違いなく国策捜査だろう。いよいよ政権交代が現実的になってきたところで、まさにジャスト・タイミングの民主党つぶし。西松建設の献金は小沢一郎氏の陸山会だけではないことは報道されているのに、いちじるしく金額が高いという恣意的な理由で民主党・小沢代表を狙い撃ち。さすが東京地検。自民党は笑いが止まらないだろう。

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2009/02/15

ビデオニュース・ドットコムで裁判員制度賛成派が反論

先々週、ビデオニュースドットコムで放送分の裁判員制度賛成派の河合幹雄桐蔭横浜大学教授の議論は非常に参考になった

河合教授によれば、そもそも裁判員制度は司法制度改革ではなく、いつまでたっても主体的に民主主義という制度の維持に参加しない日本国民を、強制的に「教育」するというマクロの目的があるのだという。たしかに裁判員制度導入によって、司法関係者は誰も得しない。

また、日本は優秀な裁判官を刑事事件のような、国家レベルで見ると瑣末な裁判まで緻密に審議しすぎであり、全体の費用対効果から考えて、これまでの刑事裁判の品質をある程度落としてでも、より重要な裁判にリソースをより重点的に配分すべきだという。

したがって裁判員制度による審議の短縮化は、全体の費用対効果から考えると合理的とのこと。

残る問題は被害者家族の裁判への適切な参加をどう実現するかという、既に始まっているもう一つの司法制度改革だが、これについても、まず、(1)裁判員制度の対象となる事件では、被害者家族イコール加害者であることが少なくないこと、(2)裁判員制度が始まると、犯行現場の惨状が証拠として法廷で開示されたり、被害者家族のメンタル面の支援が重要になること、(3)被害者家族が有罪と確信してきた被告の無罪が目の前で証明されたとき、逆に被害者家族の無念さが深まることなど、被害者家族の参加が必ずしも被害者家族の利益にならない場合が多い点が指摘されていた。

ただ、個人的に思ったのは、僕自身も含め、民主主義は戦い取るものであるという認識のない日本国民に、民主主義を再教育するという壮大な目的は結構だが、市民革命を経ていない日本という国で、たかが裁判員制度ごときでその目的が実現されるとは思えない。

また、河合氏自身も認めているように、裁判員制度は結局、余裕のある大企業が社員に特別休暇をあたえて参加させることを期待しており、結果として制度に参加するのは、大企業の正社員に非常に偏ることになる。裁判員制度の推進者はこのことを認めている。

ならば、日本国民に民主主義を再教育するというマクロの目的と矛盾する。政治参加に無関心で、小泉元首相のポピュリズムに、いとも簡単に動員されてしまうのは、むしろ裁判員に参加する余裕のない国民の方だからだ。

以上のことから、僕個人としてはやはり裁判員制度はあまりに拙速な税金の無駄遣い制度で、導入には反対だ。

河合氏は合法的に裁判員を拒否する国民が多く出てくることは、制度導入の関係者は折込済みだと話していたので、裁判員に選ばれたら拒否できないと、まだ本気で信じている方のために、西野喜一氏の著作を改めてご紹介しておく。

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2009/01/21

麻生首相が国民の潜在力を引き出したか?

オバマ大統領就任演説に対する麻生首相の感想に「はぁ?」と思ったのは僕だけではないだろう。

「世界における経済危機への認識や国民の潜在力を引き出す手法は一致していると思った」

いったい麻生首相がいつ日本国民の潜在力を引き出した?日本国民を失望させ続けているだけなのでは。この勘違いぶりが、なおさら日本国民を失望させるだけ。

定額給付金問題といい、本当に自分の政策に対する評価を的確に認識できない人なのだと感じた。一日も早く解散総選挙してもらいたいものだ。

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2008/12/06

エセ良識派の橋下知事、ケータイ叩きよりリテラシー教育を

大阪府知事が、公立小中学校へ児童の携帯電話の持ち込みを禁止する方針を発表し、話題になっているが、親や学校関係者の無責任ぶりが如実に現われている。

何でもかんでもお役所まかせ。自分たちでルールを作って自分たちで守る気がまったくない。

そんな程度の国民だから、官僚の言いなりにしかならない政治家を自分で選んでおいて、その政治家に文句を言うはめになるのだ。まさに自業自得。

それに、『8時だよ全員集合』のような「低俗」バラエティー番組が子供たちの大人気を博したころも、同じような議論があったはずだ。

テレビを見る時間が増えたせいで学習時間が減ったという統計を引っ張り出して、だから子供にテレビを見させないようにしましょうなどなど。

そうやって低俗バラエティーを見ながら育った子供たちが、いまや小中学生の親になって、テレビ同様、新しいメディアである携帯電話を使う時間が増えたせいで学習時間が減ったという統計を見せつけられて、だから子供に携帯電話を使わせないようにしましょう。

これをデジャヴュ(既視感)と言わずして何と言おう。橋下知事だって「低俗」バラエティー番組を見て育ち、そして大人になってからは自ら出演してきたのではないのか。

テレビにせよ、ゲームにせよ、携帯電話にせよ、新しいメディアが子供に悪影響を与えると言って叩かれるのは、いつものこと。そのたびに橋下知事のような「エセ良識派」が登場する。本当に下らない。

テレビについても、結局、「低俗」バラエティーに対する表面的な批判に終わり、本当に子供たちに必要だったはずのメディア・リテラシー教育は、いまだに行われていない。

携帯電話についても、禁止をぶち上げる「エセ良識派」が一時的に注目を集めるだけで、本当に子供たちに必要なはずの情報リテラシー教育は行われずじまいになるのだろう。

日本というのは、この程度の国だ。

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2008/12/05

さすがNHKのニュース、裁判員辞退事例のレポート

今晩のNHK9時のニュースで、裁判員の通知を受け取った漁船の熟練操縦士が、社長と相談の上、辞退の返信をしたというレポートが放送された。なかなか画期的な報道だ。

操縦士がいなければ、当然、漁師がいても船を出せないので漁ができない。1日漁に出られなければ数百万円の損失というから死活問題だ。

仮にこの漁師の辞退を裁判所が認めなければ、裁判所は国民に「失業しても裁判所へ来い」と行っているのと同じことになる。

漁師のような一次産業者や自営業者、非正規雇用者にとって、裁判員の審議に強制的に呼び出されることは、まさに死活問題だ。

この漁師さんはもちろん顔を映さず、匿名で紹介されていたが、その後姿や社長の顔は放送されたので、分かる人には分かるだろう。そもそもこの人を知らない人は、顔を見たって誰だか分からない。

これが裁判所の禁じている、裁判員になったことを公にすることに当たらないのか興味のあるところだ。

また、この漁師さんはインタビューに答えて、誰彼かまわず裁判員にするんじゃなくて、やりたいという人だけを裁判員にすればいいじゃないかと、非常に全うな意見をおっしゃっていた。

その通り。だから「裁判をやりたい」という人間を、何年もかけて法律家として養成し、裁判官にして人を裁かせてきたのだ。

この漁師さんの率直な感想に、裁判員制度が国民の意見とまったく無関係に、裁判員制度導入の「狂信者」によって無理やり作られた制度だということが、はっきりと現われている。

さすがNHK、裁判員のテレビCMの広告費というエサに食いついて、裁判員制度に対する批判的な報道に及び腰の民放と違う。NHKにはどんどん裁判員辞退者の事例を紹介してほしい。

先日もご紹介したように、裁判員を合法的に辞退する方法はたくさんある。

『裁判員制度の正体』(講談社現代新書)の第9章に書いてあるので、みんなで辞退して、国民の合意に基づかない、ずさんな制度は一日も早く廃止に追い込もう。

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2008/11/30

いろんなQ&Aサイトで『裁判員制度の正体』を広めよう!

「Yahoo!知恵袋」を覗いていると面白い。「裁判員候補者通知が届いたのですが」と書込みをして、Yahoo!に削除されている人が何人かいるようだ。

たぶん実際に通知が届き始めているので、ネット上のQ&Aサイトのあちこちで同じような混乱が起こっているのだろう。

個人的に「Yahoo!知恵袋」の裁判員制度関連の質問については、できるだけ『裁判員制度の正体』(講談社現代新書)を紹介する回答を書き込んでおいた。

「愛と苦悩の日記」の読者のみなさんも、他のポータルサイトのQ&Aで、どんどん『裁判員制度の正体』を紹介して、裁判員の合法的な拒否方法を広めよう。

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2008/11/29

裁判員制度を合法的に拒否するマニュアル本

合法的に裁判員を拒否するマニュアル本がある。『裁判員制度の正体』西野喜一著(講談社現代新書)だ。筆者は元判事の大学教授で刑事裁判の専門家。

ただし立ち読みはおすすめしない。拒否する方法を間違えると「前科」がつくおそれがある。必ず購入して、「第9章 この『現代の赤紙』から逃れるには」をきっちり読み込もう。そうすれば、完全に合法的に裁判員を逃れられる。

今日から読者の皆さんにも「裁判員候補者名簿記載通知書」が届き始めるが、裁判員制度は矛盾だらけ、かつ、「違憲のデパート」と言われるほどずさんなものだ。

裁判員制度に参加することは、日本の司法制度の崩壊に加担するようなものだ。

裁判員制度は憲法違反の疑いがきわめて強く、拒否しても全く問題ない。仮に拒否したことで裁判所から何らかの不利益な扱いを受けたら、インターネットでどんどん告発しよう。

そうすれば社会問題になり、ますます誰も裁判員制度に協力しなくなる。結果として裁判員制度を廃止に追い込める。

裁判員制度への協力をみんなで拒否し、速成で欠陥だらけ、妥協の産物でしかないサイテーな制度を一日も早く廃止に追い込もう。

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2008/11/17

裁判員制度は憲法違反!?

ビデオニュース・ドットコムのマル激トーク・オン・ディマンド第398回「今あらためて問う、この裁判員制度で本当にいいのか』を見て、裁判員制度がとんでもない制度だということがよくわかった。


裁判員制度は読者の皆さんにとっても他人事ではない。いつ呼び出されるか分からない。月額500円を一回払ってでも、今回のビデオニュース・ドットコムは絶対に見てほしい。

まず裁判員制度の成立そのものが「茶番」だったという事実がある。

裁判員制度は司法制度改革審議会で内容が議論され、その結論を受け、小泉首相の鶴の一声で、衆参あわせてたった4週間の審議で成立した、急ごしらえの法律だ。

しかも、その審議会のメンバー13名中、刑事裁判の実務家は一人もいなかった。7名が法律の素人、3名は法廷に立ったことのない法学者。唯一裁判官経験のあるメンバーは民事の専門家。

これだけ偏ったメンバーなら、お役人が初めから裁判員制度自体を骨抜きにするつもりだったと考えるのが自然だろう。

さらに、裁判員制度が多くの点で憲法に違反しているという議論もある。

現行憲法は裁判官による裁判しか想定しておらず、裁判員制度の存在自体が憲法と矛盾しているおそれがある。

また、憲法には、裁判官は独立であって憲法と法律にのみ拘束されるとあるが、裁判員制度では、裁判員の意見が一致すれば、裁判官は意に反する判決を書かなければいけない。これも憲法と矛盾する。

また、憲法は、被告人が「公平な裁判所の裁判」を受ける権利を定めているが、裁判員制度では、国民の参加を促すために(国民に逃げられないように)、裁判の審議をおおむね3日間で終わらせると公言している。

被告が犯行を認めている場合でさえ4日はかかると言われる刑事裁判の手続きを、3日間にすると公言しているような裁判が、公平な裁判所による裁判と言えるか、という問題がある。

また、裁判員制度では、途中で裁判員が足りなくなった場合、裁判員を選びなおして入れ替える仕組みになっており、証拠のすべてを見ていない裁判員が量刑を決めるケースが出てくる。

これらの点で、公平な裁判所による裁判とはとても言えない、ずさんな裁判が行われることになり、憲法に反している可能性がある。

また、裁判員として呼び出される国民の立場からすると、国家によって強制的に呼び出され、本人の意思とは無関係に裁判に参加させられ、その内容については他人に一切話してはならず、話すと懲役または罰金になる。

これは憲法が禁じている「意に反する苦役」にあたり、この点でも憲法に反しているおそれがある。

国家が国民に特定の労役を強制的に課するという、今回の裁判員制度は、徴兵制への布石だとする法律家もいるらしい。

さらに驚くべきことには、裁判員制度が違憲のおそれがあるということは、上述の司法制度改革審議会でいっさい議論されなかったという事実だ。

法律の素人が過半数を占めているような審議会なら当たり前の結果だが、ここにもお役人のずるがしこさが透けて見える。

その他、裁判員制度がなぜ、裁判員の心理的負担が軽いはずの民事訴訟ではなく、わざわざ刑事事件だけを対象としているのかなど、今回のマル激トークオンディマンドは目からウロコの論点ばかり。500円の価値は十二分にあるので、ぜひご覧いただきたい。

ところで、不幸にも裁判員のお呼びがかかった場合、この「苦役」から逃れる方法があるらしい。

裁判員は周知のように事前の面接がある。これは思想面の偏りをチェックする面接なので、このチャンスを利用しない手はない。

「私は死刑制度には絶対に反対です!」

面接の席でこう言い張ろう。そうすれば、ほぼ確実に裁判員から外され、読者の皆さんは平穏な日々を送ることができる。

そのかわり、冤罪で死刑になる人が多少増えるかもしれないが、自分自身が冤罪で死刑にならないよう、祈りながら生活するしかない。

『私は貝になりたい』は決して50年前の昔話ではなく、裁判員制度の施行によっていよいよ現実味を帯びてくるのだ。

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2008/11/04

貧困ビジネスは「必要悪」ではない

以前この「愛と苦悩の日記」で、貧困ビジネスは「必要悪」だと認めたような記憶がある。もしそうなら訂正する。

貧困層を対象とする、敷金ゼロ・礼金ゼロ物件の「施設付鍵利用契約」など、いわゆる貧困ビジネスが「必要悪」として正当化されるのは、当事者が別の選択肢を持っており、どちらを選ぶか決定する自由を持っている場合だけだ。

それ以外に選択肢がなく、当事者がその選択肢をとるしかない、という立場に置かれている場合、貧困ビジネスを「必要悪」として正当化することはできない。

そして貧困層を、貧困ビジネスを選ぶしかない状況に追いやるのは、明らかに政治の失敗である。ただし、政治の失敗だからといって、まず貧困ビジネスを規制するのは順番が違う。

例えば日雇い派遣も一種の貧困ビジネスだが、日雇い派遣を規制する前に、セーフティーネットを整備すべきだ。セーフティーネットを整備せずに貧困ビジネスを規制すると、貧困層は唯一の選択肢さえ奪われる。

言い換えれば、リバタリアニズム(libertarianism)が正当化されるのは、文字どおり、当事者に選択の自由(liberty)がある場合だけ、ということだ。

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2008/11/03

アパグループの「うさん臭さ(?)」

航空自衛隊元幕僚長がアパホテルの「真の近現代史観」懸賞論文に応募して最優秀藤誠志賞を受賞して懸賞金300万円を獲得した件。

(「藤誠志」というのはAPAグループ代表である元谷外志雄氏がフジサンケイグループの論壇誌『正論』などに反自虐史観の論文を書くときの筆名らしい)

元幕僚長の公私混同は論じるに値しないので置いておくとして、数年前、アパホテル女性社長の、自己愛丸出しの恥ずかしい新聞全面広告を初めて目にしたとき、おそらく誰もが、ある種の「うさん臭さ」を感じたと思う。

今回の件で、なるほどと納得できた。

要するにアパグループは、先の大戦での日本の戦争責任を完全否定する自由主義史観に組し、右翼と何らかのパイプを持っていて、それが不動産開発業者としての急成長と、何らかの関係があるに違いない。僕個人の単なる推測だが。

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2008/10/25

急患受入れ拒否で妊婦死亡も国民の自業自得

医療が充実していると言われた東京都内でも、ついに急患受け入れ拒否で妊婦が死亡したというニュース。根本的な原因は産科勤務医の絶対的な不足で、短期的な解決策はないとのこと。

産科に限らず、全般的に大病院の勤務医が不足しているという。

何の裏づけもない推測だが、そもそも医者になるための高額な学費を負担できる裕福な家庭の子女が、合理的な判断をするようになっただけではないのか?

つまり、親の後を継いで開業医になったり、歯科医など開業医として成立しやすい科で開業するなら医者になるが、大病院の勤務医では激務に見合う報酬が得られないので、他の職業を選択するようになった、というだけのことではないか。

単純化して言えば、所得格差の固定化によって、医者の子供しか医者になるための学費を負担できないのに、医者の子供は医者になる経済的合理性がなくなった、ということだ。

もし政府が本気で大病院の勤務医を増やしたいなら、低所得世帯の子女が医学部に進学する場合に、学費を全額国が負担するとか、一部負担して医師免許を取得した後に、全額還付するなどの政策はどうだろうか。

ただ、それでも、医学部のある大学に進学するには、予備校に通う費用がかかるので、その部分の補助までやらないと、「医者になりたい」と思う子供を低所得世帯にまで広げることにならないが、予備校の費用まで国が負担するのは明らかに公正さを欠く。

かといって、勤務医の待遇を改善して、裕福な家庭の子女にも勤務医になる動機付けを与えれば、医療費が高くなり、国家か患者、どちらかの医療費負担が確実に増える。

こういう状況も、セーフティーネットのない新自由主義政策という、政策的失敗の一つの帰結だろう。

国民一人ひとりは、国家の設計した制度の下で、経済合理性のある選択をしているだけで、その結果が勤務医の絶対的な不足である。一義的な原因は、やはり国家による制度設計のまずさだ。

耐震偽装と建築基準法厳格化による官製不況、汚染米が食用米として流通した問題も、どちらも官僚による制度設計のまずさ。

そしてまずい制度を設計している官僚たちも、非効率的な国会運営のあおりを食って、信じられないほど非効率的な長時間労働を強いられている。付け焼刃的な制度改正しかできないもの仕方ない。

どうやら短期的な解決だけでなく、中期的な解決も望めそうにない。

とりあえずは、自民党の一党支配が長期化したために、議会が官僚をコントロールするのでなく、逆に官僚が議会をコントロールしてしまっている現状を変えるために、定期的な政権交代を定着させる有権者の行動が必要ではないか。

つまり、民主党だって当てにならないかもしれないけれど、自民党の他に民主党しか選択肢がないのだから、自民・民主の二大政党制を実現するところから始めるしかないのではないか。

そういう変化がイヤで、自民党の長期安定政権の方が良いというなら、急患受け入れ拒否で今後100人死のうが、業者と農水省が癒着して汚染米が食用として流通しようが、それは国民が自分で選んだ結果で、「自業自得」ということだ。

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2008/10/14

「埋蔵金」とは本来国民が使い方を決める「剰余金」

民主党のマニフェストに財源の裏づけがないと、自民党が批判している点で、よく「埋蔵金」が話題になる。

「埋蔵金」というネーミングが「徳川埋蔵金」を連想させ、「そんなものあるはずがない」と思われがちだが、ビデオニュースドットコムの第393回マル激トーク・オン・ディマンドを観ると、とても単純な話であることがわかる。

民間企業は、毎年利益が出ると、そのうちいくらを内部留保して投資の元手にし、いくらを株主に配当金として分配するかを、株主が決める。

各省庁やその傘下にある特殊法人でも、同じことが起こっている。

資金を運用している場合は利益が出るし、予算に余りが出ることもある。これが民間企業の利益にあたるものだ。

各省庁、特殊法人、特別会計などの「株主」に当たるのは、それらに税金というかたちで資金を提供している国民である。

だから本来は、国民を代表する国会が、それらの「利益」をどう使うかを決める。

ところが、国会が「利益」の使い方を決めているのは、各省庁や特殊法人の予算のうち、「一般会計」と呼ばれる部分だけなのだ。

「特別会計」の部分は、まったく不思議なことに、各省庁の官僚たちが勝手に使い方を決めているのである。

民間企業になぞらえれば、株主の議決を得ずに、経営陣や従業員が、勝手に利益の処分を決めているのだ。

官僚たちは、もともと自分たちに決定権のない特別会計の「利益」を、国民の知らないうちに既得権益化して、勝手に使い方を決めている。

それを本来の姿、つまり、国会を通じて国民が使い方を決める「一般会計」化しようというのが、民主党の主張である。この民主党の主張のどこがおかしいというのだろうか?

自民党がこの民主党の、非常にまっとうな主張を批判するのは、要するに官僚と結託した族議員がいるからだ。

「埋蔵金」というのは、問題の一面しか見ていない言い方であって、本来国民が用途を決めるべき国の予算が、いつの間にか官僚たちに勝手に用途を決められてしまっているので、本来の姿にもどしましょう、ということを言っているにすぎないのだ。

しかし一般会計よりも特殊会計が倍以上あるというのは、日本の官僚組織がいかに腐敗しているか、ということを如実にあらわしている。

自分たちで勝手に「利益」の使い道を考えられるので、そういうものは自分たちの天下り先の特殊法人に流れたり、箱物行政に流れたりするのである。

詳しくはビデオニュースドットコムの第393回マル激トーク・オン・ディマンドを観てほしい。

東京大学理学部数学科卒業の第一級の数学者で、かつ、元大蔵官僚の高橋洋一氏が、元大蔵官僚ならでは鋭い視点で「埋蔵金」問題をスッキリと説明してくれている。

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2008/08/15

日本メディアの見苦しい「中国あらさがし」報道

日本のテレビの北京オリンピック報道を見ていると、中国を見下す発言の多いこと。そんなに中国を批判できるほど、日本はまともな国だろうか?

たとえば中国政府による報道規制。少数民族過激派による破壊行為を取材する日本人ジャーナリストが、中国公安当局に拘束され暴力をうけた事件。

これはたしかに非難されるべきだが、留置所を「代用監獄」として、法的根拠なく、まだ有罪の確定していない容疑者の身柄を、延々と拘束する日本の警察も、それに劣らず恐ろしいと思うのだが...。

そしてこういった実態をまったく報道しない日本のマスメディアの”自主規制”の方が、中国当局の”目に見える規制”よりもよっぽど恐ろしい。

日本の報道機関は”自主規制”や、閉鎖的な「記者クラブ」システムなどによる事実上の言論統制をしているのに、その事実を棚に上げて、中国の報道規制を批判する権利などあるのか。

そして中国観客の応援マナーについて、小倉智昭が「中国が今後もっと豊かになれば、他国選手にも声援を送る余裕や礼儀が出てくるのだろう」と、完全に上から目線で発言していた。

確かに中国の若者の愛国心は、日本人から見れば過剰かもしれない。しかし、それならなぜ、イラク侵攻の正当性を疑いもしない米国の若者の愛国心を批判しないのか?また、サッカーワールドカップでの日本人サポーターの応援マナーの問題は忘れてしまったのか?

小倉智昭の公式ブログが、日本人選手のメダルの話題でほぼ埋め尽くされているのを読むと、彼のコメントに全く説得力がないことがわかる。

そして開幕式については、大きな足跡の花火の一部が実はCGだった、少女の歌が口パクだった、少数民族衣装を着て登場した子供の大部分が実は漢族だったなど、日本のマスメディアは嬉々として、あらさがしをしている。

ところで、当然のことだが、開幕式というのは、真実を伝えるための報道ではなく、演出があることを前提としたショーである。

たとえば日本の劇団が中国を舞台にした演劇を上演するときは、必ず中国人俳優が演じなければならないのか。カンフー映画の俳優は、ワイヤーなしで10メートル飛ばなければならないのか。

単なるショーであり、エンターテインメントである開幕式が、すべて本物でなければいけないと、一体誰が決めたのか。

単なるショーである開幕式に、CGや口パク、漢族が少数民族を「演じる」ことがあってはいけないというのは、日本メディアが勝手に作った倫理基準でしかない。

そんなにわか仕立ての基準を一方的に他国に押しつけ、開幕式という単なるショーに文句をつけること自体、日本メディアの勘違いも甚だしい。

日本の報道機関が、真実を伝えるべき報道において、一度も「やらせ」をやったことがないとでも言うのだろうか。

結局、日本の報道は中国を批判できるほど、自由だとはとても言えないのだ。民法にはスポンサーの圧力があり、国営放送には政治家の圧力がある。

NHKの従軍慰安婦問題を主題とする番組が、2人の政治家の圧力で大幅に内容を改変させられた問題を、大部分の国民が問題とさえ感じない日本に、中国を批判する資格はない。

以上、日本国内での一連の北京オリンピックがらみの中国批判を見ていると、日本の方こそ、実に心が狭く、自国の欠点に無関心な、レベルの低い国だと思えてくる。一人の愛国者として、実に恥ずかしい。

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2008/07/11

加藤紘一氏の「北へ戻すべきだった」発言

自民党の加藤紘一元幹事長が、「拉致被害者5人は北朝鮮へ返すべきだった」と発言したことに非難が集中しているようだ。

しかし、2002年当時、日本が北朝鮮との約束を一方的に破棄して、本来「一時帰国」のはずだった5人を、そのまま永住帰国させたのは、れっきとした事実である。

これは当時の安部首相の、日本国内に対する「人気取り」的な独断であり、外交交渉としては非常にまずい決断だった。5人を永住帰国させてしまったことで、その後の6か国交渉で、日本が外交交渉上の決定的な「カード」を失い、結果として米国や中国に交渉の主導権を握られてしまったことからもよく分かる。

こういう当たり前のことを発言しただけで、日本国中から感情的な非難を受けるのもまた、日本という国の現実である。ただ、日本の世論がこのような形で形成されている限り、日本が北朝鮮との交渉の主導権を握れることは、二度とないだろう。米国の「テロ指定国家解除」についても、言いなりになるしかないのだ。

人情として永住帰国したのは良かった、それはもちろんそのとおりなのだが、外交というのは、どうやらもっと打算的で、ある意味「非情」に進めなければ、具体的な成果を生むことができないものらしいのだ。

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2008/07/06

コンビニ深夜営業規制に対する稚拙な賛成論

コンビニの深夜営業規制に関する記事に『春夏秋冬 喜怒哀楽』というブログからトラックバック頂いた。

ただ、そのブログの議論があまりに稚拙で、日本人の環境問題に対する認識の低さをよく表しているので、ここで反論してみたい。

まず、そもそもなぜコンビニだけを狙い撃ちするのか?そこが問題の核心なのに、このブログの筆者はこの論点を無視している。

コンビニの深夜営業がダメなら、ファミレス、スーパーマーケット、ファーストフード(ハンバーガー、吉野家もすべて含む)、飲み屋、銀行ATM、ラジオ・テレビ等の放送、インターネットプロバイダ、携帯電話・固定電話など各種通信事業者などなど、ありとあらゆる24時間サービスについても、当然、規制対象にするかどうかの議論は少なくともすべきである。

このブログの筆者の言うように「北極のクマさんや、南極のペンギンさんだけでなく、あなたや私の子供達にも有効」な議論をするなら、いま日本で深夜営業している全ての業種・業態を対象にすべきではないのか。

なのに、なぜ今、コンビニだけが狙い撃ちされているのか?この点こそが最も重要な論点なのに、この『春夏秋冬 喜怒哀楽』というブログの筆者は、この論点を完全に無視しているのだ。

この筆者の議論をそのまま採用すれば、そもそも夜中に自宅のパソコンを起動してブログの記事を書くこと自体、「北極のクマさんや南極のペンギンさん」に悪いのではないか?

また、このブログの筆者はプログラマのようだが、コンビニの深夜営業規制に賛成しておきながら、仮にご自身が深夜残業をした経験があるとすれば、そのことは正当化するのか?

自分の勤務する会社が深夜残業を許しているなら、まず自分の会社に対して、地球環境を守るために、一切の深夜残業を禁止せよ!という要求を、労働組合を通じて提出すべきではないのか?

コンビニの深夜営業に文句を言うなら、まず自分の深夜活動を規制することから始めるべきではないのか?

それをやらずに、コンビニ業界が所詮「他人事」であるのをいいことに、安全な立場からコンビニの深夜営業規制に賛成するというのは、それこそ自己中心的な考え方である。

残念ながら、一般的な日本人の環境保護に関する議論のレベルは、この程度のものなのである。

では僕の意見はどうなのかと言えば、コンビニの深夜営業規制をするなら、上に挙げたように、コンビニ以外のありとあらゆる業態・業種の深夜営業・深夜操業も禁止すべきである。

特に大手製造業の工場の深夜操業も停止すべきである。鉄鋼、自動車、精密機器、家電、あらゆる工場の深夜連続操業も停止すべきだ。

しかし、自民党政府がそんなことをできるわけがない。経団連を初めとする各種経営者団体の反発を食らえば、政治資金が集められなくなるからだ。

だからこそコンビニのように、流通業界の中でも政治的発言力の弱い業界が「狙い撃ち」されるのである。『春夏秋冬 喜怒哀楽』の筆者はそういった政治的な背景を考えてみたこともないだろう。

ただ、CO2の排出を抑制するために、政府と経営者団体の利害が一致する政策はいくつかある。その一つは、原子力発電の推進だ。原子力発電はCO2の排出が非常に少なく、発電効率も高い。まさに「地球にやさしい」発電方法なのである。

さて、『春夏秋冬 喜怒哀楽』の筆者は、原子力発電推進派になれるだろうか?

白クマさんやペンギンさんの生命を優先するなら、先進諸国で原発事故が発生して、多少、放射能漏れで人命が失われても、その確率はきわめて低いのだから、日本中に原子力発電所を建設すべきではないか?

送電効率を考えれば、冷却水が確保できる限り、できるだけ都市圏に近い場所がいい。つまり、神奈川、千葉、茨城、静岡などに、もっとたくさん原子力発電所を建設し、火力発電所を廃止すれば、CO2排出は劇的に削減できる。何なら、お台場か、晴海あたりに建設するのもいいだろう。

要するにこの『春夏秋冬 喜怒哀楽』の筆者は、自分自身も自分の勝手な都合で議論を組み立てているのに、その自覚がまったくないのである。自分は公正無私な意見を述べていると思い込んでいるのである。

このように、ほとんどの日本人の「エコ意識」は、単なる理想論に終わっており、現実的な有効性に乏しい。

たしかに日本の国家全体の経済活動を縮小すれば、CO2の排出量は削減される。コンビニの深夜営業規制という、僕に言わせれば「ナンセンス」な意見もその一つだ。

しかし、よく考えてみてほしい。国家全体の経済活動を縮小したとき、まっさきに失業したり、経済的貧困に陥ったりするのは、富裕層ではなく、社会的弱者である。

『春夏秋冬 喜怒哀楽』の筆者は、夏には熱中症で、冬には凍えて死ぬホームレスが増えても、白クマさんやペンギンさんのために日本の経済活動を縮小すべきだと言うのだろうか?

最近悪評の高い「日雇い派遣」くらいしか働き口のない、まともな職業訓練を受ける機会を奪われた20代、30代の若者(ニート)がもっと増えても、白クマさんやペンギンさんのためにはやむをえないというのか?

CO2排出量の削減という問題は、そんな単純な問題ではないのだ。

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2008/05/23

コンテンツ規制も「お上」頼り、民度の低い日本人

日本人はいつになったら「政府依存症」を卒業できるのか。最近、美少女アダルトアニメ・ゲーム規制、有害サイト規制など、コンテンツ規制関連の法案提出が活発だ。

何でも政府に規制してもらわないとダメなのか?日本人には、自己責任で情報の選別をするぞという、自立した自由な市民としての判断力も気概もないのか?

そりゃ、何でも政府に規制してもらえば楽だろう。でもそのために自分たちがいかに重要なものを失うか、将来、今度は自分たちが自由に物を言えなくなるかもしれないという危険性を想像できないのか。

映画『靖国』の上映自粛問題にしてもそうだが、自分から「自由」をあっさり捨て去るとは、日本人の民度はますます低下しつつあるようだ。

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2008/05/07

坂本龍一ラジオで反原発を熱く語る

連休中、夜中2時頃まで夜更かししてFMラジオを聴いていたら坂本龍一が出ていて驚いた。その番組で、テレビ朝日系『報道ステーション』で日本の核燃料再処理施設の不備を報道する運動に、坂本龍一自身が深く関わっていたことを熱く語っていた。

日本の原発行政はあまりに情報公開しなさすぎて、かえって反原発勢力を煽るという愚かなことをやっている。

ただ、自分の最近の曲を紹介する音楽番組で、いくら夜中とはいえ反原発について延々と語るのを聞いて、改めて坂本龍一って左翼なんだなぁと思わされた。

そういう坂本龍一が昨秋エイベックスからデビューした中国チベット族の女性歌手alanさんの曲をプロデュースし、先日のalanさんの中国語ブログによれば録音も終わったようだ

左翼であることを自認している坂本龍一は、当然、チベット自治区は中国政府によって弾圧されてきたと考えている。Googleで「坂本龍一 チベット問題」をキーワードに検索すれば、alanさんについて言及した記事がたくさん見つかる。

いずれにせよ最悪なのは、自分は国際政治の文脈とは無縁だと思い込み、きれいごとの世界平和を単純素朴に唱えることだ。

仮に坂本龍一が自分の商売のために、あえて政治を無視したり、逆に利用したりするしたたかさを持っているとしても、そういう態度は、政治的無関心や、政治に対するナイーブさに比べればはるかに望ましい。

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2008/04/20

司法判断無視の自衛隊トップ

やはり日本はかなり危険な国になりつつある。名古屋高裁のイラク輸送違憲判決について、航空自衛隊トップが「そんなの関係ねえ」と語ったらしい。憲法とは、国家権力の乱用から国民の権利を守るための法律だ。

その憲法についての司法判断を、航空自衛隊のトップが公然と無視する発言をした。これは、「自衛隊はいつでも憲法を無視して行動するつもりだ」と解釈されてもしかたない。重大な発言である。

今の自衛隊は、太平洋戦争が始まる前の日本軍と、ほぼ同じ発想になりつつあると考えていい。

この航空自衛隊トップの発言は、かえって米国も不安にさせるだろう。まして韓国や中国などの近隣諸国は、日本の”軍隊”が憲法を無視して再び暴走を始めるのではないかと危惧するはずだ。こういう事態は安全保障上、日本を不利にするだけだ。

非常に危険だ。危険な兆候だ。

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2008/04/03

映画館が「自粛」ならネット上映を

いま上映「自粛」で話題になっている映画だが、よく考えるとプロモーションとしては大成功ではないか。これだけ話題になっているのだ。見たい!と思っている人はドキュメンタリー映画としては破格な人数になるはずだ。

インターネットで上映するとか、早めにDVD化してしまうなどすれば、商業的に大成功し、かつ上映に無言の圧力を加えた団体に対して見事な反撃を加えることができる。

ところで、この問題でとても疑問を感じたのは、テレビ朝日の朝の番組『やじうまプラス』でのベテラン男性アナウンサーの発言だ。「この問題、国も対応する必要があるんじゃないですか」という発言を、少なくとも2回聞いた。

言論の自由は憲法に定められている権利だ。憲法は国家権力に対抗して、個人の権利を守るためのものだ。その言論の自由がおびやかされている問題について、国に対応を求めるというのは、筋違いもはなはだしい。

言うまでもなく、言論の自由を守ってくれているのは国家ではない。言論の自由は、国家権力を制限することで個人が勝ち取り、その結果として憲法に定められたものである。

言論の自由は誰が守ってくれるものでもない。一人ひとりが絶えず維持する努力をしなければ、いとも簡単に失われてしまうものであって、憲法というのはそういうものだ。

ベテラン男性アナウンサーでさえ、言論の自由について根本的な「誤解」をしているのだから、日本人の民度たるや推して知るべし。上映を「自粛」する映画館が次々と出てくるのも当然である。

いずれにせよ、早い時期にネット上映するか、DVD発売するのが商業的にも最善策だ。

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2008/04/02

S.H.E.のミュージックビデオを敢えて政治的に観る


ふとしたことから、台湾の人気女性3人組S.H.E.の『我爱你』という曲のミュージックビデオ(MV)を見た。S.H.E.のことは知っていたが、12分以上にわたる長編MVがあるとは知らなかった。

コメントが212個もついているし、S.H.E.の人気もあり、かなり評価の高いMVのようだ。後半、S.H.E.の3人が泣きながら登場人物の心情を解説する場面だけは完全に無駄だと思うが、1949年に別れ、1989年に再開を果たす男女の物語部分だけを切り出せば、演出の点で文句のつけようがなく、MVというより短編映画の完成度があると思う。

しかし、あえて疑問を呈したい。もしテレサ・テン(鄧麗君)が生きていて、このMVを観たらどう思うだろうか、ということだ。

上記のビデオの物語を簡単にご紹介する。1949年に上海で別れた若い男女がいて、女性の方が40年後、すでに台湾で結婚し3人の子を設け、孫までいる。つまりこの女性はいわゆる外省人ということになる。

この女性の息子が、40年前母親が上海で別れたその男性が、まだ上海で生きていることを探し当てる。そして既に年老いた彼女は上海で40年ぶりの再開を果たす。

その後、彼女はいったん台湾に戻るが、現在の家族をすべて捨て、上海で40年前の男性とともに暮らすことを決意する。そして二人は上海で幸福な生活を再開する。

こういう物語なのだが、外省人の女性が40年の時を経て、台湾の家族を捨てて大陸へ戻るという物語を、政治的文脈を無視して、単なる「永遠の愛」の物語に回収してしまえるほど、中国と台湾の関係は単純ではないはずだ。

だからこそ外省人の両親の下に生まれたテレサ・テン(鄧麗君)は苦悩しつつも、天安門事件について公然と中国共産党政府を批判せざるを得なかった。

もしテレサが生きていて、このMVを観たとしても、決して単純に「台湾と大陸の融和が進んで素晴らしい」と喜ぶことはできないと思う。むしろ大衆音楽が、単純化された政治的宣伝の道具になってしまっている事実に、愕然とするのではないか。

...というのは、単なる僕の考えすぎだろうか。台湾の人たちはこのMVを観て、単純に「大陸と台湾は永遠の愛で結ばれている!」と涙できるのだろうか。

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2007/10/29

海上自衛隊はソマリア沖に行った方が良いのでは?

読売新聞によれば、日本のタンカーがアフリカのソマリア沖で海賊にのっとられたそうだ。「ソマリア近海では近年、組織化された海賊による船員の誘拐や人質事件が多発している」らしい。

海上自衛隊はインド洋でガソリンスタンドをやるより、ソマリア沖を航行する日本のタンカーの護衛をするほうが、よっぽど自民党の議員のみなさんの言う「国益」にかなっているのでは?

インド洋のガソリンスタンドなど、所詮「米国のケツ舐め」政策の一つに過ぎない。アフガニスタン政情の安定化について、日本が国際社会から期待されているのは、本当にインド洋の給油活動だけだろうか。そんなはずがない。日本政府が情報操作しているのは明らかだ。

日本国民のみなさんも、自民党政府にずいぶんバカにされたものだ。

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2007/10/24

インド洋の給油活動が国際貢献ではない理由

日本経済新聞は今朝の社説でも、インド洋の給油活動を続けるための立法を急げと、バカの一つ覚えのように繰り返している。

ビデオニュース・ドットコムのマル激トーク・オン・ディマンド第324回を見て、自民党政府の「自衛隊のインド洋での給油活動が重要な国際貢献だ」というのが、かなりバカげた議論だということがだんだんと分かってきた。

アフガニスタンの人々にとって、日本は先進諸国で唯一、アフガニスタンに対する軍事作戦に関係していない国だった。本当なら日本はこれを外交カードとして使い、アフガニスタンの腐敗した警察組織を正常に機能させるなど、安定化のための真の国際貢献をすべきだった。

ところが、今回の安倍首相退任にからむ騒動で、日本がアフガニスタンの対テロ戦争支援のための給油活動をしていることがアフガニスタンにも知られてしまい、日本は重要な外交カードを失った。その結果、アフガニスタンに関しても、米国追従の外交政策しかとれなくなってしまった。

自民党政権は自らそのような結果を招いておきながら、いまさら「給油活動こそ国際貢献だ」といった、歯の浮くような議論を恥ずかしげもなく展開している。

同じようなことは、北朝鮮政策についてもいえる。日本にとって、拉致問題で譲歩することが、唯一かつ非常に強力な外交カードだった。にもかかわらず自民党政府がまったく譲歩しなかったため、ご承知のように、北朝鮮との交渉は今や日本抜きで進められている。

最悪の事態を避けるためには、「悪魔」とも手を結ばなければならないという、外交の常識を無視した日本の「潔癖症」が、かえって自らを国際貢献ができない状況に追いやっている。

そして日本国民も、拉致問題でまったく譲歩しない政府に声援を送る始末。この国民にしてこの政府あり。こと外交に関して日本の「民度」は低すぎて話にならない。

...といったことらしいのだ。なるほどねぇ。

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2007/10/11

民主党衆院選大勝の可能性消える?

民主党小沢党首、衆議院の解散が遠くない今、せっかくの政権交代の好機に、「ISAFへの自衛隊派遣は違憲ではない」という主張で、党内まで分断するのは得策ではないだろう。

これで、衆院選で民主党が過半数をとる可能性はなくなってしまった。まったく残念なことだ。

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2007/10/08

「格差」という言葉でおおい隠される日本の「貧困」

休日で何もすることがないので、ビデオニュース・ドットコムの「貧困は自己責任でいいのか」という放送回を観ていた。

「格差」という言葉で、その格差の最底辺にいる人たちの「貧困」の問題が隠されてしまう、という指摘は新鮮だった。

たしかに格差はあってもいい。しかし、だからといってその最底辺にいる人たちが、憲法で保障されている「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」まで失ってもいいことにはならない。

ところが、世間一般の論調では、「活力ある社会を維持するには、格差はあってもいい」という意見がもっともらしく通ってしまい、格差社会の最底辺にいる人たちの生存権が軽視されつつある。

このビデオニュース・ドットコム放送回によれば、その背景の一つとして「高度経済成長」「一億総中流」という、後にも先にもない例外的な時代に生きてきた「団塊の世代」が、日本社会を動かすようになったことがある。

「団塊の世代」のおじさんたちは、自分たちが例外的に恵まれた時代に生きてきたことに鈍感なのだ。小泉首相の格差バンザイ政策に乗っかり、「貧困は自己責任だ」と若いワーキングプアを批判する。そういう今の日本社会の実態がよく理解できる。

ところで、このビデオニュース・ドットコム放送回で初めて知ったのだが、レオパレス21に入居するときの契約は、賃貸借契約ではないらしい。つまり、レオパレス21に入居した人は、借地借家法の恩恵を受けられない。

借地借家法では、家を借りている人が突然家を追い出されないように、解約を制限する制度があるのだが、レオパレス21はそういったセーフティーネットがかからないことになる。

そして最近は、スマイルサービスという企業があって、この企業の物件に入居するときの契約は、鍵付きの部屋を貸すというだけの契約らしい。つまり、スマイルサービスのマンションに入居している人は、法的にはホームレスになるのだ。

このような貧困層をターゲットにしたビジネスを、この放送回では「貧困ビジネス」と称している。米国の貧困ビジネスの最たるものは、貧困層の子女を米軍に就職させることらしい。国家が貧困ビジネスに加担しているということだ。

スマイルサービスのような企業が出てくるのも、小泉首相のネオリベ的政策、竹中平蔵氏の「経済が良くなれば、社会が崩れてもいい」という政策の結果、日本で「貧困」層が着実に増加しつつあることの証左、ということだ。

この放送回に出演している、東京大学大学院博士課程・湯浅誠氏の最新刊へのリンクを張っておく。

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2007/08/10

民主党にも「老害」はあるらしい

参院選での圧勝をうけて、民主党が活発に動きはじめているのは、基本的には歓迎すべきことだ。

小沢党首がテロ特措法に反対していることについて、日経新聞がやたらと批判的なのは意味不明だ。

小泉首相以来の過剰な親米路線への対抗軸として、民主党が「米国と対等な関係」を標榜するのは、政治的手法としてまったく適切だ。それに、日本経済新聞は、根拠のないイラク占領に結果的に手を貸してしまった親米路線の過ちを、完全に無視してしまっている。

国連中心主義は、たしかに一見、理想論に見えるかもしれないが、現実的だから親米路線が正しいという日本経済新聞の論調は、ただただ安易である。

また、民主党は参議院に郵政民営化の延期法案を提出したが、これをバックラッシュだと批判するのも間違っている。

この法案について、民主党は地方への目配せとして、わざと「地域格差をなくし、ユニバーサルサービスを堅持する」ことを前面に出しているが、民主党の本当の意図は二番目の理由、つまり、民業圧迫させないことにある。

もし民主党が本当にユニバーサルサービスを理由に郵政民営化に反対しているなら、民営化の「延期」ではなく「中止」をするはずだ。「中止」ではなく「一年延期」にしたのは、郵政公社にとって有利な民営化を進めようとしている政府与党を押しとどめるためにほかならない。

ただ、昨日になって出てきた民主党・西岡武夫氏の、参議院クールビズ中止案はいただけない。「参観の子供たちが征服を着ている中、大人がノーネクタイではダメ」という理由でクールビズを中止するなら、民間企業も「お客様がネクタイをしている中、うちだけノーネクタイではダメ」という理由で、クールビズはなし崩しになる。

それに、参議院でクールビズを続けるか廃止するかなど、はっきり言ってどうでもいい問題で、こんな下らないことで民主党の独自性を主張するのは時間の無駄だ。

西岡武夫氏は71歳だということだが、民主党にも自民党にも「老害」はあるということだろう。

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2007/07/29

政権交代のない日本に未来はない

参院選の結果は直接、政権交代にむすびつかないので、逆に国民は安心して民主党に投票できる。それが今日の投票結果だ。

しかし、良識ある日本人なら、二大政党制が定着するまで、自民党以外に投票しつづけるべきだろう。

自民党と野党が拮抗して政権を担う体制にならないかぎり、日本は外部からのチェックが働かない官僚機構によって支配されつづける。

いまの日本の政治の悪い部分は、自民党の失政が直接の原因なのではなく、政権交代がおこらないことによる、官僚支配が直接の原因と考えていいだろう。それを止めるには、この日本に二大政党制を確立するしか方法がないことは明らかだ。

近々、衆議院が解散される可能性もあるが、そのとき自民党以外に投票するかどうか、本当に日本人の良識が問われることになる。

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2007/07/02

ビデオニュース・ドットコム無料放送回に小林よしのり氏登場

ビデオニュース・ドットコムは、ふつう月額525円を払って会員にならないと、放送が観られないが、その月に第5週目の金曜日があるときは、その回の「マル激トーク・オン・ディマンド」は無料になる。

そして先月はたまたま5回目の金曜日があったので、「第326回マル激トーク・オン・ディマンド」は久しぶりの無料放送となった。

ホスト役はいつものように社会学者の宮台真司氏(なぜか今回は神保氏は欠席だった)。ゲストは『ゴー宣』などでおなじみ、最近は漫画家小林よしのり氏である。なにしろ無料なので観ないと損だ。

第326回のテーマは右翼と左翼。

小林よしのり氏が出演するインターネット番組を「みなさんも観ないと損だ」などと言って、「愛と苦悩の日記」の筆者もとうとう右翼になってしまったか、と早合点されぬように。

僕は、デリダ研究で有名な高橋哲哉氏から現代西欧哲学を学びたくて某国立大学に入学したこともあり、高校から大学時代にかけて明らかに「左寄り」だったし、最近まで「左翼」的な言説に同調する傾向があった。

今回のマル激トーク・オン・ディマンドの中で、社会学者の宮台真司自身、昔は「左翼」だったと話している。知識人の多くが「左翼」出身である理由を、宮台氏はこう説明している。若いころには誰しも正義感を持っていて、その正義感から社会的弱者の味方をしたいと思うものだ。

そして宮台氏が決定的に「左翼」と袂を分かったきっかけは、コソボ紛争だったらしい。コソボへの派兵問題で、ドイツ国内ではユルゲン・ハーバーマスを含む知識人たちを二分する大論争が起こったのに、日本国内ではほとんど話題にもならなかった。

最悪の暴力を回避するには、自ら暴力に手を染める必要もあるということから、日本の「左翼」知識人は目をそむけている。それで宮台氏が日本国内の「左翼」知識人に決定的な不信感を抱くようになった。

知識人志望者としてご多分にもれず正義感が強かった僕も、まさにそういう理由で「左寄り」だったが、正直、最近の高橋哲哉氏の「左翼」的言説にはついていけない。

かといって「左翼」から決別できるほど、確実な反「左翼」の理論的基礎を手に入れているわけでもない。(もっとも、ジャック・デリダの脱構築を正しく理解していれば、そもそも「左翼」的言説に無批判に同調できるはずがないと言われれば、その通りなのだが)

小林よしのり氏は、沖縄において「左翼」的な同調圧力がいかに強いか、そしてそのことが沖縄に住む人たちを実は不幸にしているかもしれない点を指摘している。

そして宮台真司は、日本のアカデミズムの「左翼」たちが、自分たちが暴力の行使を免れているのは、国家が暴力を独占することで成立しているからだという事実を意図的に忘却している点を批判する。

その他、興味深い論点がたくさん出てくるので、「第326回マル激トーク・オン・ディマンド」は必見である。

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2007/07/01

故宮沢喜一氏の身もふたもない合理主義

宮沢喜一元首相が死去した翌日の日経朝刊二面に、記者が氏と初めて対談したときのことを書いていた。誕生日が同じなんですよ、と切り出したところ、宮沢喜一氏は「それが何か?」と身もふたもない返答をしたという。

また、大平元首相などの地方出身者は、何かにならなければという思いがあるのに対し、東京生まれの自分はその必要がないと、とあるインタビューに答え、大平元首相を憤慨させたということも紹介されていた。

宮沢氏が70歳を過ぎるまで首相になれなかったのは、本質的に義理人情の世界である政界をうまく渡れなかったからだと言われているらしい。

この日経の記事を読んで、日本の政界で合理的な意思決定を堅持し続けた宮沢氏に、いまさらながら敬意を抱いた。

そして小泉氏のワンフレーズ・ポリティクスから、安倍氏のいわば「開き直りポリティクス」にいたる流れを見ると、宮沢氏のような「異端」を失った日本の政界は、これからますます合理性を軽んじる衆愚政治の方向へ突っ走っていくのだろうと、暗い気持ちになった。

僕が日々生活している日本のサラリーマン社会も、本質的には合理的判断よりも義理人情が優先される。日本の政界は、日本社会が本質的に合理的判断を軽視するものであることを、凝縮して表現しているに過ぎない。

最近、日本の選挙戦についてのドキュメンタリー映画が公開されたという

先輩議員が初出馬の候補者を体育会系のノリで(英語の字幕では「軍隊式に」となっていた)叱りつけているその一場面を見ると、民意を反映させる場である選挙そのものがこの状態では、とても日本の政治が合理的判断にもとづいて運営されていくとは思えない。

いってしまえば、日本というのはそういう国なのだ。

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2007/06/28

自殺増を抗うつ剤のせいにするのは厚労省の保身

今朝2007/06/28の毎日新聞に「抗うつ剤:『パキシル』服用の自殺者増加 副作用の疑い」という見出しで、厚生労働省の調査結果にかんする記事が掲載されたらしい。(僕は毎日新聞をとっていないのでWebサイトでしか確認できないのだが)

この見出しと併載のグラフだけを見ると、まるで抗うつ剤のせいで、うつ病患者の自殺が増えているかのような印象を与える。毎日新聞は明らかに、わざとそうしている。

厚労省の外資系製薬会社に対するネガティブ・キャンペーンの片棒を、毎日新聞があっさりかついでしまっているといったところか。

そしてここには、もう一つ見え隠れする意図がある。うつ病による自殺を抗うつ剤のせいにすることで、うつ病の環境的な原因から世論をそらすことだ。

日本のうつ病の環境的な原因で最大のものは「同調圧力」だろう。つまり、みんないっしょに仲良くすることを強制し、突出した個性を嫌い、目立つ人間をつまはじきにする空気のことだ。

都市圏では地域共同体が崩壊し、となり近所の密な付き合いもなくなり、少子化で兄弟が少なくなったこともあり、そもそも同調圧力を利用して組織を維持することに無理が出てきている。

にもかかわらず、日本の学校組織や会社組織は、いまだに個人間の違いをできるだけ目立たせないようにして組織を維持する方法しかとらないので、個人と組織の間にズレが生じる。

企業の人事評価に成果主義のような個人間の違いを前提とした制度をもちこんでも、企業組織そのものがいまだに同調圧力、たとえば、夜の飲み会をベースにした人間関係の構築や、つきあい残業をふくむ長時間労働の半強制などを利用して維持されているので、不具合が起こるのは当然なのだ。

そうした根本的な環境要因にくらべると、医師による抗うつ剤の投与のやり方がまずいなど、部分的な問題でしかない。

厚生労働省としては外資系製薬会社に責任をなすりつけることで、国内の製薬会社の利益を保護できるだけでなく、自殺者の増加やうつ病対策の遅れに対する批判をそらすこともできるので、一石二鳥といったところだろうか。

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2007/06/27

コムスンもミートホープも制度設計のまずさが原因

コムスンにせよミートホープにせよ、違法行為におよぶ法人が何パーセントか出てくるのは、個人の犯罪者がなくならないのと同じことで、マスコミの報道も、個別企業をたたいて終わりでは無意味だ。重要なのは、違法行為を発見する機能と、それに対して適切な処罰をあたえる制度や機能が、正常に働いているかどうかである。

その意味で、コムスンの場合は介護保険の制度設計そのものの問題、ミートホープの場合は北海道庁や苫小牧保健所への内部告発が放置されたことの問題の方が大きい。

介護保険の制度設計上の問題については、ビデオニュース・ドットコムで第324回マル激トーク・オン・ディマンド「コムスンを叩くだけでいいのか」をご覧いただきたい。国が定める介護報酬が段階的に下げられ、個々人の介護サービスの内容を決めるケアマネージャが、事業者からの独立を保てないなど、介護保険の制度設計に根本的な欠陥があることがわかる。

また、内部告発の放置については、告発の受付窓口が、告発内容の調査をおこなう権限をもつ組織に調査指示の権限をもたなければ、告発制度は機能しないだろう。

企業に対して法令順守の精神論をくりかえすことが、それほど有効な対策とは思えない。結局は適切な制度設計がなされているかどうか。

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2007/02/25

六か国協議、拉致問題が日本のボトルネック

少し前の話になるが、北朝鮮の六か国協議で、日本だけが拉致問題を理由に、直接的な経済支援に参加しなかった。ビデオニュース・ドットコムによれば、宮台真司はこの日本の意思決定は完全な失敗とのことだが、僕もこの意見に賛成する。

第一に、今回の協議で北朝鮮は、米国から経済支援が得られれば成功だったのだから、日本など初めから眼中にない。

第二に、宮台真司曰く、経済制裁が意味をなすのは、今までおこなっていた経済支援を打ち切る場合だけだ。今までもずっと制裁を続けている日本が「まだ続けるぞ」と脅したつもりでも、外交交渉上の効果はゼロである。これも当たり前のことだ。

今回支援を決めた日本以外の国々は、今回支援を決めたことによって、逆に、今後「支援打ち切るぞ!」という外交カードを手に入れたことになる。この重要な外交カード手に入れるチャンスを、日本はみすみす逃してしまったことになる。

さらに慶応大教授・金子勝氏は、北朝鮮に各国がどんどん経済支援をおこなって、同国内の経済的な枠組みを根本的に変えてしまうのが、実は独裁体制崩壊への近道になるのだと主張している。

以上のように、日本はいろいろな外交戦略をとることができるのに、結局のところ北朝鮮との外交交渉では、いつも拉致問題を理由に強硬姿勢をとりつづけるところに行き着いてしまう。

北朝鮮のような国家を相手に、拉致問題を正面突破で解決しようなどというのは、外交の専門家に聞かなくても、素朴すぎて稚拙な戦略だということはすぐに分かる。

なのに日本の政府も外務省も、拉致家族の「感情」と拉致問題に関する国民の「感情」に「配慮」するあまり、北朝鮮との外交交渉で自ら手足を縛らざるを得ない状況におちいっている。

もし日本政府が戦略的に拉致問題を棚上げするなどという戦略をとれば、それこそ参院選で大敗を期すことになることになる。だから国民の「感情」に配慮すれば、政府も外務省も北朝鮮との交渉では、手詰まりになってしまう。

結局のところ、本当に拉致問題を解決したいなら、まず北朝鮮との国交正常化するか、北朝鮮の独裁体制を内部崩壊させるしかない。いま日本がとりつづけている「兵糧攻め」は、今回の日本以外の経済支援決定で、まったく無効になった。

だとすれば日本に残された唯一の選択肢は、拉致問題を正面きって北朝鮮に問いただすことを、いったんやめることしかない。そうしない限り、拉致された人々は永久に日本に帰ってこれないだろう。

しかし日本国民は何かと「感情」をベースに意思決定する国民性があるから、こうした思い切った合理的な方針転換をすることは、まずできないだろう。つまり日本は政府も外務省も世論も、拉致問題の解決について、自分で自分の首を締めつづけるだろう、ということだ。残念なことに...。

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2007/02/11

宮崎県知事定例会見の低レベルな記者陣

日本の記者クラブ制度はやはり廃止すべきだ。東国原知事の初の定例記者会見は、ほとんどが対立候補だった持永氏が副知事候補とされている件で占められた。今後実施される政策の優先順位などのまともな質問は一切なし。

せっかくの定例会見が完全に時間の無駄、つまりは税金の無駄。興味本位のスキャンダル報道のために犠牲にされている。記者クラブなどという大手メディアの既得権益保護制度があるから、記者のレベルが落ちるのは当然なのだ。

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2007/01/31

刑事裁判への被害者参加でますます「えん罪」増加懸念

法務相の諮問機関で、犯罪被害者が刑事裁判に参加し、被告や証人に質問したり、求刑に意見を述べられるようにする「被害者参加精度」を導入する要綱をまとめたようだ。

日本経済新聞の朝刊によれば、ドイツ、フランスには同様の制度があり、米国では求刑に意見を述べる制度だけ存在するという。

しかし刑事裁判の有罪率99.9%で、「疑わしきは罰する」、「十のえん罪を出すとも、一人の犯罪者も逃すなかれ」の日本で、被害者が刑事裁判に参加すれば、ますます「えん罪」が増えるのではないか。

被害者感情を考えるなら、とくに重い犯罪について、終身刑の導入など、刑法の量刑を見直すのが、近代司法制度としては本筋だろう。米国はその前提があって、量刑に意見を述べる部分のみ被害者の参加が許されているので、合理的である。

日本のように、量刑の見直しをする前に、被害者を刑事裁判に参加させてしまったのでは、前近代的な日本の刑事裁判がますます「リンチ(私刑)」色を強めて、さらに前近代的になってしまうではないか。

法務相の諮問会議が、このように優先順位を間違った意見を出してしまうこと自体、日本の司法制度がいかに前近代的かの証拠である。

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2007/01/28

女性を「出産する機械」に例えた柳沢厚労相

毎日新聞によると2007/01/27、柳澤厚生労働相は松江市の自民党県議会議員集会で「15から50歳の女性の数は決まっている。生む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」などと述べたという。

Yahoo!JAPANニュース:「柳沢厚労相 女性を「出産する機械」とも例える発言」

女性が「出産機械」なら、男性は「労働機械」兼「種付け機械」といったところか。国家にとっては国民も石油や水と同じ資源(リソース)の一つに過ぎないという、柳澤厚生労働相のきわめて合理的な発想が、それ自体「善」か「悪」かはかんたんに決められない。

少子化の一因が、男性が「労働機械」として私生活まで企業に取り込まれてしまっていることである点は、だれも反論できないだろう。産業革命直後から言われている、わかりやすい人間疎外論である。

人間が企業全体としての経済合理性のために、私生活も含めた自分の生活時間の全てを、単一の目的、たとえば「労働」という目的のためだけに使い尽くさなければならない。典型的な人間疎外だ。

柳澤厚生労働相の発想は、男性が「労働機械」として人間らしい生活を送れなくなっていることが、少子化の一因であるのに、それを女性の「出産機械」化によって解決しようとするものだ。

つまり、柳澤厚労相の思考は、経済合理性追求の帰結を、経済合理性によって克服するという風に、経済合理性の中で閉じてしまっている。

ただし、この考え方そのものは極めて合理的で、合理的である限りにおいて一貫性がある。高度経済成長期に日本の国家が男性を「労働機械」として徴発できたのは、地方の農村共同体からはぎとられた男性たちを、会社共同体にしっかりと組み込んだ日本的雇用制度の賜物である。

だとすると柳澤厚労相はその合理主義を徹底して追及するしかない。つまり、今度は女性を「出産機械」として徴発するために、日本的雇用制度のようなインセンティブを、出産適齢期の女性に与えなければならない。女性が経済合理性だけを基準にして、出産しないよりも出産することを選ぶような制度を設計しなければならない。

それこそが女性を「出産機械」と発言した柳澤厚労相の責任である。仮に柳澤厚労相が、経済合理性だけで女性を「出産機械」として徴発するアイデアも何もなしに、単なる女性蔑視から「出産機械」発言をしたのであれば、明らかに厚生労働省の長としては不適格者である。即刻、辞任すべきだ。

柳澤厚労相は、自分の発言について下手な弁解をせず、女性を出産に動機づける経済合理性のある具体的な政策を、ただちに発表しなければならない。

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2006/09/23

石原都知事国旗·国歌訴訟控訴で意味不明の反論

東京都の都立校に国旗掲揚と国歌斉唱を義務付ける条令について、地裁が違憲の判断を下し、石原都知事は控訴の意向だという。

裁判官は都立校の現場を見るべきだ、規律の維持のためには国旗·国歌は必要だと、記者会見で意味不明の反論をしていた。

義務化した点が違憲なのであって、国旗掲揚、国歌斉唱が違憲だと判断されたわけではない。そんなことよほどのバカでない限りわかる。普段から衆愚をバカにしているわりに、見え透いた稚拙な論点のすり替えだ。

規律を守りたいなら朝夕トイレ掃除でも義務化した方がはるかに実効がある。

小泉首相も同主旨の反論をしている。ここまで小馬鹿にされて国民が怒らないことの理解に苦しむ。

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2006/08/17

NBOnline宋文洲氏の小泉首相靖国参拝評

『日経ビジネス』の試読をしたら、日経ビジネスオンライン(NBOnline)のメルマガが届くようになったのだが、コラムの中で読む価値があるのは、ソフトブレーンという会社の会長、宋文洲氏の「傍目八目」だけである。

今日は、8月15日の小泉総理の靖国参拝のとき、予想される日本のマスコミの喧騒をさけて北京にいた、という内容だったが、「靖国神社を政治問題化したのは中国や韓国ではなく、日本の方である」という論旨は明快だ。

一般の中国人は、たしかに首相が靖国神社に参拝することは不快に思うが、だからと言って抗議デモを行ったりすることはなく冷静である。むしろ8月15日の朝から晩まで、首相の靖国参拝についてあれほど騒ぎ立てた日本のマスコミの方が過剰反応だ、というのだ。

そして、靖国参拝が政治問題になってしまったのは、小泉首相がこれを「公約」にしてしまったからで、首相の靖国参拝に対して過激な行動に走る急進派は、中国人のごく一部の、特殊な人たちにすぎない、とのこと。

宋文洲氏のコラムを読むと、小泉首相の靖国参拝をめぐる騒動は、日本の大人気ないひとり芝居という観点が得られる。

靖国参拝のようなことを公約にしてしまう小泉首相も大人気ないし、それを騒ぎ立てるマスコミも大人気ないし、騒ぎ立てられて「心の自由だ」とか、わけのわからない抗弁をする小泉首相は、自分の大人気なさに恥の上塗りをしているだけ、というのが宋文洲氏の見方だ。

そういう観点もあるのかと、あらためて小泉外交の稚拙さを納得させられたという意味では、宋文洲氏のコラムは非常に興味深い。

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2005/10/03

靖国参拝の憲法判断と日本の違憲審査制

■大阪高裁で小泉首相の靖国参拝について違憲の判断が出たことについて、これは判決ではないので法的効力をもたないのではないか、と、読者の方からメールを頂いた。しかしWikiぺディアで「違憲審査制」を検索してみて頂きたい

日本では「具体的争訟の解決に付随して違憲審査をすることができると解釈するのが通説である」と書いてある。つまり、日本には憲法違反かどうかそのものを判断する法律上の制度は存在せず、裁判所は、今回の損害賠償請求のように、個々の訴訟の「おまけ」として憲法判断をすることしかできないのだ。

だから、今回の靖国参拝の違憲判断が、判決の主文ではないからといって、法的効力がないとは言えないようである。このあたりのことは先日ご紹介した、高橋哲哉著『靖国問題』でも触れられているので、ご参照いただきたい。


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2005/09/30

靖国参拝と一太郎

■今日はうれしい司法判断が2つあった。一つは松下電器がジャストシステムを訴えていた、例のアイコン特許侵害裁判で、ジャストシステム逆転勝訴とのこと。判決を下した知財高裁というのは、知財立国を目指して今年の4月に東京高裁に設立されたばかりの司法機関ようだが、良識を感じさせる判決だ。

そしてもう一つは小泉首相の靖国参拝に対する、高裁初の違憲判決。賠償請求は棄却されているが、憲法判断に初めてはっきり踏み込んだ点が画期的な判決だ。この判決にもかかわらず、小泉首相があえて憲法違反の行為をつづけるかどうか、かなり面白い見ものだ。(この記事に対して、トラックバックのスパムをやりたくて仕方がない読者がいることはわかっている)

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2005/08/29

仁義ある戦い

■辻本清美の出馬について執行猶予の身でと批判かまびすしいが、亀井静香の応援演説で「仁義ある選挙を」と堀江氏への当てつけをする菅原文太氏しかり、選挙にきれいごとを持ち込もうとすればするほど、偽善の悪臭で鼻が曲がりそうになる。

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2005/08/21

堀江氏、広島6区で何をする

■まさかライブドアの堀江社長が衆院選に出馬するとは想定外だったが、関係の浅い土地の小選挙区で仮に当選したとして、一体なにがやりたいのだろうか。一人でも多く郵政民営化賛成の議員が衆議院に増えることは、郵政民営化が日本のパブリックセクターの効率化の第一歩として必要不可欠であることを考えると、望ましいことなのだが、堀江氏が何をやりたいのかがよく分からない。

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2005/05/22

女性ヘルパーの4割がセクハラ経験

山形新聞の2005/05/20付け記事によると、山形県天童市内で県内187事業所を通じて1179人の女性ヘルパーを対象としたアンケート調査で、その4割が利用者や利用者の家族からセクハラを受けた経験があり、勤務する事業所に報告しても、まともに取り合ってもらえず泣き寝入りになるケースが多いという。

介護保険制度で介護が有料化されたことから、逆に「何をやってもいい」という意識が利用者に生まれているのではないかという分析もあるようだ。当然、被害者となったヘルパーはセクハラを受けた利用者の家庭を訪問することに嫌悪や恐怖を抱くようになる。

様々な制度上の欠陥が指摘されている介護保険制度だが、こういったセクハラのようなミクロレベルからの「自滅」が起こるのは、ウェットな日本社会ならではだ。介護保険制度は今まで身内が行っていた介護を「社会化」する制度なわけだが、社会化しても介護行為自体のもつウェットな「甘え」の側面は残り、ヘルパーとの間でそれが再現されてしまう。

いくら介護事業所でセクハラ防止の取り組みをしても、利用者側の意識を改善する対策でなければ効果はない。「成人どうしの身体的接触が必要な私的領域」の社会化としては、介護は近代社会が性的行為の社会化の次に経験する二度目の社会化ではないか。

だとすれば、性的行為が社会化された結果、良くも悪くもこれだけの産業に育ってしまっている現実を考えると、女性ヘルパーをセクハラの被害から守るには、残念ながら、本当に残念ながら、介護サービス利用者に対して既存の性的サービス(デリヘル等)を代替案として勧めるしか現実的な解決策はなさそうだ。

「介護利用者の男性に性欲がない」などというのは単なる幻想である。そのことを介護事業者は認識せざるをえないのかもしれない。さもないと介護の社会化という大きな社会的事業そのものが破綻してしまう。本当に残念なことではあるが、避けて通れない問題のようである。

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2005/05/02

自民党議員たちの論理的な破綻

■郵政三事業民営化に反対している自民党の議員はまったくわけがわからない。自民党議員は郵政民営化をマニフェストとしてかかげる小泉氏を自民党総裁に選んだのだから、そのマニフェストを有権者との約束どおり実行しようとする段になって自民党議員が反対する権利はない。郵政民営化に反対なら総裁選挙で小泉氏に投票すべきでないし、総裁に従えないのなら衆議院を解散するか、離党するしか彼らに選択肢はない。郵政民営化が適切な政策かどうかは僕には判断できないが、自民党にしがみつきながら郵政民営化に反対する自民党議員が完全に国民を無視していることだけは明瞭に理解できる。

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2005/04/18

まずは制度上の問題をクリアに

■今日の日本経済新聞朝刊一面に「石は投げた人に向かう」という大きなコラムタイトルが見えたので、てっきりこの「人」というのは日本人のことだと思った。ところがこの日中関係についてのコラムをよく読んでみると中国人のことらしいのだ。中国全土に波及しつつあるデモで事実として投石しているのはたしかに中国人だが、このコラムで小泉首相の靖国参拝問題と教科書検定問題が後半に付け足しのように述べられているのは、きわめてバランスを欠いている。こんな記事が経済紙の一面に載ってしまうのでは、日本全体が右傾化していると中国や韓国に解釈されても無理はない。ただし同じ朝刊の社説は首相の靖国参拝をきちんと批判的な観点から論じているので、日本経済新聞全体としてはバランスがとれている。

日中関係や日韓関係がこじれるたびに、この問題をイデオロギー問題だと勘違いする人が多いようだが、純粋に制度の問題だと割り切った方がいい。一つは教科書検定という制度があるために、まるで日本政府が一部の国粋主義的な教科書に「お墨付き」を与えているかのような印象を、中国や韓国に抱かせる。そもそもの元凶は検定制度にあるのであって、国粋主義的な教科書があったり、自虐史観的な教科書があったりする言論の多様性そのものには何ら問題はない(というより別の次元の問題としてちゃんと論じられるべきである)。

また、靖国参拝についても、そもそも30年前にA級戦犯を合祀してしまったことがすべての元凶なのであって、戦没者の慰霊施設を別に新設するなどの制度的な対応をとって、小泉首相にはそちらを毎年参拝してもらえばいい。

こういう制度上の問題を放置したまま、無神経に靖国神社に参拝したり、教科書検定を続けたりしていたのでは、中国や韓国から見れば、日本政府がわざと近隣アジア諸国の神経を定期的に逆なでして、彼らの不満や怒りを鬱積させているのだと解釈されても仕方ない。

まずはこれら制度上の問題を解決した上で、それでも「新しい教科書をつくる会」の言っていることには問題があるとか、それでも小泉首相が新しい慰霊施設ではなく靖国神社に参拝したいというなら、そのときに問題ははじめて政治的イデオロギーの領域に入っていく。

制度改革など単なる技術論の問題なのに、その努力を先にやらずに、中国や韓国の反応を行き過ぎたナショナリズムだと批判する権利は日本にはないと思うのだが。今の状態は、日本政府が単なる制度上の問題を、わざわざイデオロギー対立の問題にまでこじらせてしまっていると言える。これはあまりスマートなやり方ではない。

日本政府が靖国参拝や教科書問題がじつは単なる制度上の問題ではなく、その背後に日本政府として確固たる政治的イデオロギーがあった上で、教科書を検定し、靖国神社に参拝しているというなら、日本政府は意図的に中国や韓国を挑発してきたことになる。この問題が単なる制度上の問題でないならば、今回の大規模なデモはまさしく、日本が投げた石が、日本に帰ってきただけの話で、日本政府がこれまでおこなってきた中国や韓国に対する挑発の、当然の代償だ。

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2005/01/30

政治的圧力に敏感な組織

■NHKの会長が辞任した直後「後進の育成」という理由で顧問に就任したが、抗議の電話が殺到して新会長があわてて本人の希望という形で取り消したという騒動。番組改変問題とは直接関係ないが、顧問就任取り消し会見で記者が質問していたように、元会長の顧問就任に抗議が殺到することなど誰でも予想できることだ。それさえ予想しなかった、あるいは予想しても押し通そうとしたのだとすれば、やはりNHKの経営陣は視聴者よりも、自分たちの上の権力者を重んじていると非難されても仕方ないだろう。

もちろん権力者寄りの放送局があっても構わないのだが、公共放送局がここまであからさまに権力者寄りであることは許されない。本来ならNHKは事業収入の9割以上を占める受信料を受け取っている事実を逆手にとって、視聴者を味方にして権力者に対抗する戦術をとりやすいはずだ。「あんたが圧力をかけると受信料の支払い拒否がもっと増えますよ、それでいいんですか」という具合に。これこそ経営陣が様々な圧力に対する自律性を確保するためのもっとも経済合理性のある戦術だろう。

なのに、実際支払い拒否が広がっているにもかかわらず、元会長を顧問に就任させるなどということをやってしまうのは、経済合理性以外の理由で意思決定が行われていると判断せざるをえない。それが何かと言ったら政治的圧力しかないだろう。NHKという組織は、会長を辞して部外者になった人物でも政治的圧力をかけられるような、政治的圧力に対する感受性の高い組織であると考えるしかないだろう。視聴者からの意見に対する感受性は極端に低いけれども。

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2005/01/22

NHK番組内容変更問題の「理想」と「自由」

■NHKの番組内容変更問題について、もう二言。

まず一言め。各放送局が組織内での「自己検閲」まったくなしに、ある意味で「偏向」した番組をどんどん放送しながらも、視聴者がそれらを正しく評価できるという社会の状態は、確かに実現がほぼ不可能な理想状態だ。しかし「戦争のない世界」も同じように理想状態である。「戦争のない世界」を追い求めることは悪いことだろうか。

つぎに二言め。放送の自己検閲にはいくつかの段階がある。番組企画者個人の内心での自己検閲、番組制作グループ内部での自己検閲、放送局内部での自己検閲、日本という国の内部での自己検閲という具合に、個人から集団に至る段階がある。どの段階までの自己検閲を認めるかというとき、その線引きをできるだけ個人の方へ寄せるのが自由主義の大原則ではないのか。放送局内部での自己検閲をあっさり認めてしまうなら、国家単位での自己検閲、つまり国家による報道統制の実現は簡単だ。この線引きを公共の福祉とバランスを取りつつも、できるだけ個人の方へ寄せる自由主義的な努力をあきらめるのれあれば、むしろ堂々と国による報道統制に賛成すればいい。その時は「国による報道統制に賛成」と発言することさえ統制されるだろうが。

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2005/01/19

NHK従軍慰安婦番組問題:番組を判断するのは視聴者

■従軍慰安婦特集番組の問題について、とある読者の方から、政治家がNHKに圧力をかけて番組内容を変更させたという記事は、朝日新聞記者の捏造というのが真実だというご指摘を頂いた。この方は様々な情報源を調べた上でそう結論づけているので、この点については僕が間違いで、政治家が圧力をかけて番組内容を変更させたというのは嘘だと意見を変えたい。そもそもNHKが何者かに圧力を受けた事実さえなかったのかもしれない。

しかし、NHK自身が同番組の担当デスクの意図に反して、番組内容を変更した事実に変わりはない。番組内容が事実に反する捏造であるという理由で変更したのなら正当だが、仮に番組内容が「偏っている」というだけの理由で放送前に番組内容を変更したとすれば、問題がある。

従軍慰安婦問題について、例えば強制連行の事実はなかったと主張する人たちが、NHKが番組内容を変更した事実そのものに問題はないと考えているとすれば、それは別個の問題を一緒にする誤りをおかしている。今回の問題と、「従軍慰安婦」という歴史的事実があったかどうかという問題は、まったく別の問題である。今回問題になっているのは、NHKが放送前に番組内容を変更するという行為が放送局として正しいか否かということだ。放送局が放送前に番組を自己検閲することに問題はないのかという問いだ。

もちろんこの問いについても相反する意見があるだろう。「NHKが一個の組織である以上、自己検閲は当然であり、担当デスクは組織を離れて同様の番組なり映画なりを作るべきだ」という意見と、「NHKだけでなく全ての放送局は自己検閲などすべきでなく、自己検閲はメディアの自己否定だ」という意見があるだろう。

僕は「番組内容について判断する権利を持っているのは視聴者である」という考えだ。メディアはどんな奇妙キテレツな意見であれ、じゃんじゃん放送すべきである。メディアは単なる「媒体」で、「メディアの自己検閲」というのは形容矛盾だ。真の議論は、番組が視聴者に届いたときに初めて始まるのである。

今回の問題でNHKは朝日新聞記者の記事捏造をあばくことに成功したとすれば、そういう情報は様々な番組を通じて僕らにちゃんと届いた。ところが、当時NHK内部で何があったのか、そのことについての情報はいまだ僕らに届かない。朝日新聞は自分で仕掛けたワナにはまる失態を露呈したが、そのような自分自身の失態さえ露呈してしまうだけ、まだメディアとして正しく機能している。ところがNHKは、番組内容変更の理由について何も説明していないか、または、「内容が偏っていたから」(つまり「自己検閲しました」)という以外の説明をしていない。これはNHKがメディアとして機能不全に陥っていることを示していないか。

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2005/01/14

受信料不払で徹底抗戦!

■NHKの従軍慰安婦番組の問題で、政治家の圧力で番組内容を変更した事実はないとしてNHKが朝日新聞に訂正を求めたけれども、おそらく今晩の『報道ステーション』で天野祐吉が言っていた、NHK幹部が政治家の言葉に過剰反応して「自主規制」してしまったというあたりが真実だろう。

このWebサイトでも過去には間違えてNHKのことを「国営放送」と書いたこともあるが、NHKは「国営放送」ではなく「公共放送」である。事業収入の9割以上を受信料でまかなっている公共放送が、政治家の圧力に過剰反応するばかりか、その事実を報道した他のテレビ局に抗議まで行うとは、制作費詐取事件とはまったくレベルの違う話だ。読者の皆さんもこれに便乗して受信料不払いで徹底抗議してはどうか。

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2004/10/13

小泉首相が本当にやりたいこと

■郵政三事業の民営化で、総理大臣は自民党内の逆風を受けている分、国民の支持を得やすい立場にある。ただじっさいには総理大臣が推進している民営化は、政府の手厚い保護を受けた郵政公社が、ヤマト運輸などの民間企業を圧迫するというすがたになっている。

小泉総理大臣は、日ごろから郵政三事業の民営化、民営化と、異常なほど熱心にさけんでいるわりに、とても中途半端な民営化を許している。小泉首相が本当にやりたいことは、民営化そのものではないとしか考えられない。郵政三事業の民営化は、小泉首相イコール正義の味方、自民党内の保守派イコール悪者、という、わかりやすい対立の図式を国民に示して、自分の政権をすこしでも長く維持するための、たんなる道具立てにすぎないと考えるのが合理的だ。

では、小泉首相が本当にやりたいこととは何か。たぶん憲法改正、とくに第九条の改正だろう。だれもがしっているように、小泉首相はバリバリのタカ派で、ほんとうは自衛隊を正規の日本国軍にしたくてしょうがない。でも、それを実現するには、まず、憲法を改正しなければならない。憲法改正までは、ぜったいに政権の座を明け渡すことはできない。憲法改正まで、政権を維持するための「つなぎ」が必要だ。その「つなぎ」として、つまり、国民の支持をつなぎとめておくための道具として、郵政三事業の民営化はうってつけだった、ということだ。

たぶん小泉首相は、本当は完全民営化するつもりなどまったくない。民営化を言い出すことで、保守派を挑発し、保守派が怒りだしたら、「ほら抵抗勢力だ。抵抗勢力と小泉とどっちかいい?」と国民に問いかける。国民は当然、「どっちか取れと言われれば、そりゃ小泉首相だ」ということになる。いまのところ第三の勢力である民主党は、政権をとれるまでの政党になれていないので、小泉首相は安心して保守派との対立を、自作自演で思い存分あおることができる。そしてそうやってあおっていられる間は、自分の政権は維持できる。自分の政権が維持できれば、何とか憲法改正を国会に通すことができる。最終的には自衛隊の軍隊化までたどりつけるかもしれない。これこそが、小泉首相の「本当にやりたいこと」なのだ。

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2004/09/27

歯科医師連盟1億献金陰謀の臭い

■日本歯科医師連盟の1億円裏献金事件で、村岡氏が政治資金規正法違反で起訴されたようだが、派閥内のほんとうに醜悪なつぶしあいという感じで、ニュースを聞くだけでも不愉快な感じがする。この献金を政治資金規正法にもとづいて申請する期限だった2002年3月前後、橋本氏はちょうど入院していたというから出来すぎた話だ。

もうその時点で、橋本氏が「私は知りませんでした」と言えるような環境をうまくととのえていたとしか考えられない。そして、すでに第一線を引退しており、派閥として切り落としてもいちばん影響の少ない村岡氏をスケープゴートにすることで、今回の問題を乗り切ろうという意図が見え見えだ。

この際、仲間に裏切られた村岡氏が検察の取調べに対して、裏工作のすべてを暴露することを期待するしかない。が、おそらく彼らは村岡氏が取調べで口を割らないように、有罪になった後のフォローも考えているに違いない。フォローなしに村岡氏を検察送りにして、みすみす口を割らせてしまうほど、橋本氏はバカではないはずだから。そう考えるとますます不愉快になってくる。ああやだやだ。

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2004/06/23

岩手県自民党の被害妄想

岩手県の選挙管理委員会の作成した参議院選挙向けに有権者に投票を呼びかけるポスターに、地元の自民党会派がクレームをつけたため、撤去が決まったようだ。「どうして岩手の人は不満があるのに何も言わないの?」「投票しなきゃ変わらない!」というコピーの背景にタレント、セイン・カミュの写真があるというポスターだが、自民党がクレームをつけた理由は、現状を変える必要があるということを前提とした内容になっているからだということらしい。

僕は自民党がクレームを付けた結果、このポスターが撤去されたという事実そのものが、選挙管理委員会に対する自民党の不当な介入、というより、ほとんど言いがかりであって、大問題だと考える。このポスターにある「現状を変える必要がある」というメッセージを、自民党会派は「自民党以外の政党に投票する必要がある」と解釈したことになるのだが、これは曲解もいいところだろう。

「現状」の中には普通に考えてふがいない民主党や、つまらないスキャンダルでマイナー政党に落ちてしまった社民党、いつまでたっても共産主義の看板をはずせないでいる共産党も含まれているのであって、自民党だけが攻撃対象になっていると解釈するのは、岩手県自民党会派の被害妄想としか言いようがない。むしろ選挙管理委員会に対してそれほど強力な圧力をかけることができ、実際にかけてしまったという事実こそ、政権党としての自民党の横暴であり、ほとんど言論弾圧ではないか。まったくおかしな話だ。

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2004/05/12

個人情報保護法ガイドラインは一体いつ発表?

■個人情報保護法関連のニュースを見つけた。今朝の日本経済新聞朝刊5面に「情報窃盗罪」を新設するという記事があった。組織だけでなく、組織内の個人に対しても情報漏えいに対して責任を問えるようになるということで、これまで情報技術上の対策では防ぎようのなかった故意の情報漏えいに抑止効果を期待できるので良いことだ。

ところでこの記事の最後に次のような部分がある。「政府は四月に『個人情報の保護に関する基本方針』を閣議決定、各省庁は同方針を具体化する形で所管業界が講じるべき対応策の指針作りに取り組んでいる」。要するに、基本方針の後、四月中にも発表される予定だった各省庁からの個人情報保護法に関する「ガイドライン」は、まだ作成中ということだ。以前からずっと待っているのだが、この「ガイドライン」は一体いつになったら発表されるのだろうか。来年4月の施行までに各企業は対策を具体化しなければならないのに、各省庁の皆さんはちょっと悠長に構えすぎなのではないか。

I found a news about Personal Information Protection Law in today's Nikkei Shimbun on the fifth page. Ministry of Economy, Trade and Industry is now planning to make a law that punishes the individuals who intentionally steal information from the company. So far only the organizations are punished in case of information theft. If this new law is published, not only organizations but also individuals can be prosecuted in case of information leakage. Technical countermeasures can't prevent malicious individuals from stealing information but I hope that this law will become a really effective prevention against intentional information theft.

By the way, at the end of this article there is a sentence as follows. "The government defined 'Basic Policy about Personal Information Protection Law' in April and each ministry is now defining the detailed guideline for the industry sectors which each ministry is responsible for." This guideline is expected to be issued by the end of April but this article means that they are still drafting it. I'm waiting for this guidline since March. I wonder when they will publish it. By the next April each company has to implement concrete measures for protecting personal information. I thing that the ministries take things too easy.

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2004/05/09

福田官房長官、年金未納問題で辞職

■ついに福田官房長官が辞職したが、彼が年金未納問題についての釈明に利用した「個人情報だから」という言葉、この言葉が最近よく使われる原因となった個人情報保護法(2005/04から一般企業も対象となる)でいう「個人情報」とは、公知、つまりすでにみんなが知っている情報も含むのだ。

福田官房長官が言いたいのは、年金が未納かどうかは「プライバシーだから」という意味であって、それを「個人情報だから」というのはまったくの間違いなのだ。プライバシーという言葉には非公知、つまり本人しか知らない情報だけが含まれる。法律を施行する政府の要人自身が「個人情報」という言葉を間違って使っていたのでは、個人情報保護法の実効も疑われる。

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2004/01/02

天王寺公園のカラオケ屋台問題

■天王寺公園のカラオケ屋台がまた違法営業を再開したみたいだけれど、あれは知っていて違法駐車をする運転手や、暴走族の言い分と同じ理屈だ。天王寺公園も道路も公のもので、特定の個人や団体のものではないのだから、誰がどう使ってもかまわないということなんだろう。

つまり彼らは特定の個人や団体が権利を主張しないものは誰でも自由に使えると思い込んでいる。公であるということは、たんに誰のものでもないという否定的な意味だけでなく、すべての人が共有するものだという積極的な意味ももっているんだけれども、彼らの弱い頭には理解できない。

彼らにそれを本当に分からせようと思ったら、たとえばカラオケ屋台のすぐとなりで、大音響でレイブ・パーティーでもやってみたらどうだろう。その騒音で彼らもカラオケどころではなくなるけれど、レイブ・パーティーの主催者に抗議したところで、自分自身を同じ理屈で抗議しなきゃいけないことになる。

結局そうまでしなければ分からないバカには、大阪市が淡々と処分を進めるしかないということになる。違法駐車や暴走族も、警察が淡々と検挙していくしかないのと同じように。ああいう「庶民の味方」気取りのバカ(テレビのニュースに登場していたカラオケ屋台の女店主のことだけど)につけるクスリはないってことだ。

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2003/12/11

タカ派・小泉首相の仮面はがれる

■日ごとにタカ派・小泉首相の仮面の下の本当の顔が明瞭に見えてきた。自衛隊の視察をし、「マスコミのみなさんも批判ばかりしないで(自衛隊を)激励してやって下さい」と記者に答えているところなどを見ると、いよいよ日本もまともな軍隊をもった独立国家になったかと感慨無量である(念のために付け加えておくともちろんこれは皮肉だ)。

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2003/12/07

政府のプロパガンダに利用されたイラク犠牲者

■家にいるときはテレビをつけっぱなしにしていることが多いのだが、番組の間にニュースが流れるたびに、イラクで犠牲になった外交官の話題なので、いったいどうしてしまったのだろうとぼんやりした不安におそわれた。しかもニュースに登場するのは彼らの使命感をたたえる言葉がほとんどで、はやくも日本のマスコミは戦争の犠牲者を美化し、自衛官よ、彼らに続け、とばかりのプロパガンダを始めたのではないかと錯覚したためだろう。これが単に僕の錯覚であればよいのだが。

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2003/11/18

think or die読者の衆院選出口調査

■一週間が経過したので今回の衆院選についての「think or die出口調査」を締め切った。投票はYahoo!JAPANのeGroupsにある投票機能を使った。二重投票がやりにくい仕組みなのでそこそこ信頼できると思う。

比例区でのじっさいの各政党の得票率と「think or die」出口調査を比較した結果が下のグラフだ。

民主党は倍、自民党は五分の一、公明党はほとんどゼロ、共産党はちょっと多く、社会党はちょっと少ない。think or dieの方に「その他」という区分があるのは、「think or die出口調査」にご協力いただいた読者の中に、比例区を棄権したので小選挙区で投票した候補者の政党名を選択したか、間違って小選挙区で投票した候補者の政党名を選択したか、まだ選挙権がない学生さんが自分ならこの党に投票するだろうという政党が比例区に含まれていないかのいずれかだろう。

ただし注意すべきは、この「出口調査」に参加して頂いたということ自体がある種のふるいになっているという点だ。自民党支持の読者は、「この人がつねづね書いていることからするときっと左翼だ。自分は自民党支持だから出口調査には協力しにくいな」と考えたかもしれない。それにしてもこの出口調査の結果は次のようにまとめられるのではないか。「think or dieの読者は保守と宗教がキライ。だってどっちも独断的だもん」。

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2003/11/12

衆院選 think or die 読者出口調査中

■いま、Yahoo!JAPAN eGroups上のthink or die会員領域で、「think or die出口調査」をやっている。まだ会員でない方も、トップページから会員専用領域を読むための登録をすれば、この「出口調査」に参加できる(会員登録はこちらから可能)。今回の衆院選でどの政党に投票したか(小選挙区も含めて)。さてさて、このページの読者ということで、実際の比例区の結果とどれくらい差が出るのかが楽しみだ。今後もちょくちょく、こういったアンケート調査を定期的にやっていきたい。何かアンケートのネタを思いついた読者の方は、ぜひ筆者あてにお寄せ頂きたい。

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2001/03/09

建築家・隈研吾氏の講演

建築家・隈研吾氏の講演を聴く機会があった。1979年東大大学院建築学を修了、馬頭町広重美術館(2000年)や松竹新社屋を手がけた人。

論旨は明快で「20世紀の都市の問題点は『郊外』に過剰な期待を抱いたことだ」というもの。第一次大戦後の米国は戦後の住宅不足を解消するため、住宅ローン制度の創設で郊外の持ち家政策を推進、経済成長と反映を実現したが、都心部の衰退(ニューヨークを除く)や郊外の自然破壊、交通渋滞など様々な都市問題をもたらした。他方、欧州は都心に安価な賃貸住宅を提供する政策で、経済成長では遅れをとったが、今、21世紀を迎えて欧州型の都市生活が見直されつつある。

日本は第二次大戦後、米国流「郊外の夢」を非常にまずいやり方で真似て、都心もなければ郊外もないという惨憺たる状況に。大戦前は日本でも「長屋」という賃貸生活が一般的だったが、戦後の無理な持ち家政策で水平過密の醜い都心ができあがってしまった(かのエンゲルスは持ち家は労働者を農奴以下の存在にすると言っていたらしい)。なるほどと思いながら氏の話を聴いていた。結局のところ話はつねに同じ結論に達し、日本には後藤新平など適切な都市のグランドプランを描ける人間がいたにもかかわらず、その価値を理解する政治家が一人もいなかったということだ。

それにしても冷静に考えると住宅を取得するためにだけ特別に低利の資金を貸し付けるというのは、ひじょ~に恣意的な金融政策だ。住宅ローンが20世紀初頭の米国の「発明」だと知った今、現代の日本人がウサギ小屋をめぐってまだそんな「郊外の夢」に踊らされているという状況が少し滑稽に思える。もちろん老人の住環境にかんする政策が貧困な日本では、持ち家を持つしかないのだが、「持ち家主義」というのも僕らが老人になる頃にはきっと20世紀の遺物になっているに違いない。

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2001/02/25

櫻井よしこ氏と米倉教授の対談

■先日、櫻井よしこ氏と一橋の米倉教授の対談を生で聴く機会があった。櫻井氏のメッセージは明解で、日本が国家として自立するには憲法を改正して自衛隊を正規の軍隊にしなければならないということ。教育問題については、戦後のゆとり重視・個性を伸ばす教育は完全な失敗で、小・中学生までは詰め込み教育、高校生になって初めて創造性を育てる教育が必要だということ。

それに対して学生時代左翼だった米倉教授は「聴講者の中には『今日はたいへんな右翼のオバサンが来たぞとお思いの方もいらっしゃるでしょうが』」と思い切った論評をしたが、自衛隊の合法化については文民統治を明文化する観点から米倉氏も賛成のようだ。

聴講者から民間産業と軍隊が協同で技術開発を進めることの副作用(兵器開発への加担)について質問が出たが、櫻井・米倉両氏の回答は「わたしたちは軍という言葉に変なアレルギーがある」と冴えない。両氏の共通点は世界を国家対国家の政治力学の場と見る点である。世界をそう見る限り「国家としての自立=軍隊を持つこと」という結論に達するのは当然だ。

一部の左翼や女性団体が平和を求めてきたのは、国民国家という既成の枠組み以外の観点から世界を構成できないかというalternativeの模索の過程だったはずでは?両氏の議論にはこの観点が欠けている。

結局、米倉氏はglobalizationを国家対国家の経済戦争(戦争という言葉が穏当でなければ「競争」)としてしか認識できていない。日本に構造改革が必要なのは確かだが、それは経済戦争に勝つためではなく、少数者の既得権を解除して最大多数の幸福を実現するためではなかったか。米倉氏まで櫻井氏に扇動されたようで、後味の悪い講演会だった。

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2000/11/01

日本人の権威主義の根深さ

■ものすごい皮肉がさらっと書いてあるのが英『The Economist』誌の醍醐味だが、今週号の森内閣批判記事もその例に漏れなかった。森首相が単なるあやつり人形だ、という批判は日本人なら誰でも分かっていることなのだが、おもしろいのはこの記事の最後のパラグラフだ。

曰く、「目まぐるしい経済成長が日本の政治を眠らせた。その空白を埋めたのは権威への盲従だ。経済状況が徐々に改善するなかで、日本人は目を覚まし始めている」。つまり森首相を選んだ日本人にの権威主義にこそ根本的な原因があるというわけだ。

よく日本企業のサラリーマン社会では「声の大きな人が勝つ」と言われるが、これも日本的な権威主義の一形態だ。意見の内容そのものではなく「声の大きさ」でしか判断できないというのは、「私は考える能力がありません」と言っているのと同じことだ。日本人の権威主義は一人ひとりにまともな判断力が備わっていないことの裏返しにすぎない。

そう考えると長野県や東京都の知事も本当に人々のまともな判断力で選ばれたのか疑わしい面がある(両知事自身の善し悪しを言っているわけではない)。同じ人々が衆議院選挙では自民党を含む保守連合を勝利させているわけだから。

つまり長野県民は田中氏の勝利が初めから分かっていたから、田中氏に投票したのではないか。石原氏についても初めから石原氏が優勢だったから石原氏に投票したのではないか。市民は最もふさわしい人物を自分で判断したわけではなく、最も当選しそうな人に投票したにすぎないのではないか。

誰が最も当選しそうかはメディアなど第三の権威がそれとなく人々に知らせる。どこまで行っても「誰か権威となる人」の判断にすがっているだけで、自分で考えているわけではない。たとえ声が小さくてもあえてその意見を採る健全な判断力。それを日本人が失っているのであれば、政治が迷走するのは当然と言えば当然。

よく言われるように、この国民にしてこの政治あり、ということだ。森首相を批判する前に自分自身が日常生活で権威におもねず自分の頭で考えているかを反省するべきだろう。

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1999/05/30

「介護は嫁がするもんだ」という常識の打破から

■今朝5時半に目がさめてしまって、もうひと寝入りできるまでと、仕方なくTV音声も聞ける携帯ラジオでTVを聞いていたら、フェミニズム関係者にはおなじみの樋口恵子氏が来年4月に導入される介護制度についてしゃべっていた。先進諸国における福祉制度の論争は「保険か税金か」という財源の話になるのだが、女性差別の根強い日本ではまず「介護は嫁がするもんだ」という「常識」を打破するところから始めなければならないのだという。日本は先進国といいながら、実際には古臭い儒教道徳から抜け出せない文化後進国なのだ。

その他にも「老人介護は昔からあった問題なのではない」という興味深い指摘があった。ことあるごとに「親の面倒は昔から嫁が見てきたもんだ」というご老体や自民党議員がいらっしゃるが、大正生まれの世代までは「人生50年」、介護が必要な年齢になる前にほとんどの人が寿命を迎えた。実は老人介護問題は昭和以降に生まれたきわめて「新しい問題」なのだ。それをあたかも大昔から存在したかのような言い方をすることで、介護問題は先送りにされつづけてきた。「あそこの嫁は親の介護を他人まかせにして」と陰口をいう人たちこそが、日本の老人介護問題を悪化させているというわけだ。

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1999/05/05

選挙の街宣車の騒音公害について

■このページで選挙の街宣車の騒音公害について取り上げた「選挙街宣車の反政治性」というエッセーについて、読者の方から情報をいただいた。神田織文堂の作者の方から。このサイトの「なぜ選挙カーは候補者の名前を連呼するか」を参照頂きたい。それにしてもこのサイト、他にも面白い雑文が満載なのでリンク集にも追加した。

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1999/04/29

「箱モノ」行政は自治体のセンスしだい

■ニュースを見てるといつも「箱モノ行政」は税金のムダ遣いだと言ってるけど、東京都の臨海副都心開発はお台場を一大観光スポットにして大成功してる。箱モノ行政そのものが悪いんじゃなくて、箱モノを作る自治体のセンスが悪いだけだ。

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1999/04/02

改正男女雇用機会均等法施行

■昨日から改正男女雇用機会均等法が施行された。ニュース番組ではコンピュータ2000年問題と同じくらいの扱いだったように思う。たとえばJALの女性乗務員がさっそく男女格差の是正を求めて労働省に調停を申し立てたと報道されていた。

ご存知ない方のために付け加えると、均等法改正前は会社の「お許し」が出ない限り、いくらひどい性差別があっても調停申し立てはできなかった。今回の改正で「お許し」がなくても調停が可能になる。おそらくほとんどの日本企業では陰に陽にセクハラが横行している。あなたがセクハラと思っていなくても立派な「環境型セクハラ」の場合だってある。

そのくせ2000年問題に比べて企業のリアクションが地味すぎると思うのは僕だけだろうか?事の重大さにまだ気づいていないだけなのか。それでも多くの大企業にはセクハラ相談窓口が設置されていると思う。しかし同じ社員に社内のセクハラ相談などできるわけがない。窓口担当が男性社員だとしたら、その会社が問題をまじめにとらえてない証拠だ。そういうときは全国の県庁所在地に女性少年室という労働省の出先機関があるので、有給を取ってちょっと相談に行ってみるのもいい。

今回の改正を機に上述のJALの他に、住友系金融機関のOLさんたちも調停を申し立てたようなので、新聞やニュースでウォッチしておくと自分で調停を申し立てるときの参考になるだろう。とにかく僕のような男性社員さえ不愉快にさせるようなセクハラおじさんには、ちゃんとした罰を与えよう。[参考]改正均等法についての労働省のページはこちら

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1999/02/21

名古屋市の「ゴミ非常事態宣言」

■同じくゴミ問題について名古屋ローカルなニュース。名古屋市が先週「ゴミ非常事態宣言」なるものを発表した。藤前干潟をゴミ処分場に使えなくなったので、市民と企業にゴミ減量を訴える「緊急メッセージ」なのだが、何か「非常事態宣言」だ!と言いたくなる。

名古屋市は今年の5月からやっと資源ゴミの分別回収を始める。このゴミ問題に対する意識の低さ、後進性(名古屋市民も同罪だが)。リサイクルの取り組みを後手にまわして埋め立て処分場に依存してきたのは明らかに行政の落ち度だろう。東京都じゃ僕が学生時代に都内に住んでいた約10年前から、すでに半透明ゴミ袋でないと回収しない仕組みになっていたぞ。「マイカー天国」名古屋は、ゴミ問題についても「利己主義」が徹底してる。

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1999/02/19

所沢のほうれん草騒ぎ

■所沢のほうれん草騒ぎ。『ニュースステーション』も最近ますます軽薄になってるので信用ならないけど(だいたいスポーツの時間が多すぎる!)、農家側の環境リスクに対する取り組みも無責任だ。そもそも民間調査機関に指摘されるまで、自分で作った野菜の汚染を知らなかったなんて無神経すぎる。

たとえばフツーの第二次産業の企業なら、PL法対策とかで自社製品の「危険度」を事前に調べておくのは常識だ。農業だって農薬・水質汚染などの「危険度」を調べているはずだろう。周りにゴミ焼却場がたくさんあって、しかもこれだけダイオキシンが騒がれているなら、例えば所沢農協でとりまとめて付近の農作物の汚染状況を調査するのが生産者としての品質管理の姿勢だろう。

それをニュース番組に不意打ちされたからといって国にまで文句を言うのはちょっと違う気がする。少し前『桃の天然水』にカビが混じっているという消費者の報告で、メーカーが急いで製品を回収するということがあったけれど、自社製品の欠陥が分かれば即刻リコールするというのが製造者責任ってもんだ。仮に『桃の天然水』のメーカーが通報した消費者に反論して、「うちの製品にカビなんかない!」と言い張ったら、逆に社会的信用を失うだろう。

所沢のほうれん草も無害なレベルとはいえダイオキシンが含まれていたのは事実なわけだから、農家でこぞってテレビ局や自治体や国に文句を言いまくるというのは、生産者としての責任を果たしていないと思う。どうしてこの国はここまで農家に甘いんだろうか(答え:自民党の票田だから)。

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1999/02/08

有馬文部大臣の正論の効果

■『ニュース23』で文部大臣のインタビューを聞い。確かに有馬さんの言っていることは正論だ。しかし、どうしたらその正論どおりに人が動いてくれるのか、「インセンティブ」ということを有馬さんは全く分かっていない。たとえば一頭の馬がいて、その目の前に毒入りニンジンがぶら下がっている。馬は必死でニンジンにかぶりつこうとするが、有馬さんはこの馬を止めるのに「そのニンジンは食べるな!」とお説教することしかできていない。

確かにその通りなのだが、そんなこと言われたって馬はニンジンに食いついて、結局は死んでしまうだろう。これをバカ正直という。本当に馬を助けようと思えば、バカ正直ではダメなのだ。馬がニンジンに食いつこうとしたら体に電流が流れるような「仕組み」を作らなければならない。この「仕組み」がインセンティブだ。

教育を地域社会にも分担してもらうように「一生懸命お願いする」のは確かにまっとうなやり方だが、それで地域社会が動くのなら誰も苦労しない。地域社会が自然と教育に協力したくなる(せざるをえなくなる)ような「仕組み」づくりの方が大事なのだ。正論を組み立てるよりも、いかにインセンティブを与えるか、こっちの方が実務者としては重要なんじゃないの?

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1999/01/31

名古屋郊外の無駄な大型バス

■今日、名古屋郊外を2km以上歩いた。市内某所に用事があったのだが、僕の住まいから直線距離ではほんの4~5kmなのに、電車なら一度都心に出て大回りする20km以上の道のりだ。唯一市バスだけが最短距離を行けるが、バス停で時刻を調べると次のバスまで40分ある。そこで路線に沿って歩き始め、バスに追いつかれたころには東名阪自動車道に出ていた。もちろん歩行者など一人もいない。たまにはこういう旅もいいが、1時間に一本しかない路線、しかも乗客は僕以外に4人なのに、大型バスを走らせる名古屋市はバカだ。マイクロバスにかえて1時間に2本にしろ。

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1998/04/11

愛知県政の閉鎖性

■高知県が知事の交際費について、相手の名前までの公表に踏み切ったそうだ。県庁に行けばだれでも書類を閲覧できるとのこと。高知県はなにかと地方行政の先端を行っている感じがする。それに引きかえ愛知県はつい最近、情報公開の全国ランキングで不名誉な最下位となっている。だから名古屋は閉鎖的で住みにくいのだ。

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1998/02/06

沖縄の心情を無視した基地問題報道

■最近の沖縄県基地問題の報道は、ちょっと沖縄の人がかわいそうなくらい「本土びいき」だ。普天間を廃止する代わりにヘリポート建設というのは、ガンを治してやるかわりにエイズを染(うつ)すぞ!と脅しているようなものだ。「本土」でどこも基地受入れしなかったせいで、結局また沖縄に疫病神を押しつけておいて、それを太田知事が拒否したら「わがままだ」と中央の政治家が言う。わがままなのは中央の政治家の方だろう。

いままで20年以上も基地のために苦労してきた沖縄の人たちの心情をまったく無視して、太田知事を「わがまま」よばわりする権利が彼らに(そして僕らに)あるだろうか?まず沖縄振興策を可決して、それから代替案を太田知事と話し合うのが、沖縄の人たちにたいする「礼儀」というものだろう。

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