2008/05/07

坂本龍一ラジオで反原発を熱く語る

連休中、夜中2時頃まで夜更かししてFMラジオを聴いていたら坂本龍一が出ていて驚いた。その番組で、テレビ朝日系『報道ステーション』で日本の核燃料再処理施設の不備を報道する運動に、坂本龍一自身が深く関わっていたことを熱く語っていた。

日本の原発行政はあまりに情報公開しなさすぎて、かえって反原発勢力を煽るという愚かなことをやっている。

ただ、自分の最近の曲を紹介する音楽番組で、いくら夜中とはいえ反原発について延々と語るのを聞いて、改めて坂本龍一って左翼なんだなぁと思わされた。

そういう坂本龍一が昨秋エイベックスからデビューした中国チベット族の女性歌手alanさんの曲をプロデュースし、先日のalanさんの中国語ブログによれば録音も終わったようだ

左翼であることを自認している坂本龍一は、当然、チベット自治区は中国政府によって弾圧されてきたと考えている。Googleで「坂本龍一 チベット問題」をキーワードに検索すれば、alanさんについて言及した記事がたくさん見つかる。

いずれにせよ最悪なのは、自分は国際政治の文脈とは無縁だと思い込み、きれいごとの世界平和を単純素朴に唱えることだ。

仮に坂本龍一が自分の商売のために、あえて政治を無視したり、逆に利用したりするしたたかさを持っているとしても、そういう態度は、政治的無関心や、政治に対するナイーブさに比べればはるかに望ましい。

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2008/04/20

司法判断無視の自衛隊トップ

やはり日本はかなり危険な国になりつつある。名古屋高裁のイラク輸送違憲判決について、航空自衛隊トップが「そんなの関係ねえ」と語ったらしい。憲法とは、国家権力の乱用から国民の権利を守るための法律だ。

その憲法についての司法判断を、航空自衛隊のトップが公然と無視する発言をした。これは、「自衛隊はいつでも憲法を無視して行動するつもりだ」と解釈されてもしかたない。重大な発言である。

今の自衛隊は、太平洋戦争が始まる前の日本軍と、ほぼ同じ発想になりつつあると考えていい。

この航空自衛隊トップの発言は、かえって米国も不安にさせるだろう。まして韓国や中国などの近隣諸国は、日本の”軍隊”が憲法を無視して再び暴走を始めるのではないかと危惧するはずだ。こういう事態は安全保障上、日本を不利にするだけだ。

非常に危険だ。危険な兆候だ。

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2008/04/03

映画館が「自粛」ならネット上映を

いま上映「自粛」で話題になっている映画だが、よく考えるとプロモーションとしては大成功ではないか。これだけ話題になっているのだ。見たい!と思っている人はドキュメンタリー映画としては破格な人数になるはずだ。

インターネットで上映するとか、早めにDVD化してしまうなどすれば、商業的に大成功し、かつ上映に無言の圧力を加えた団体に対して見事な反撃を加えることができる。

ところで、この問題でとても疑問を感じたのは、テレビ朝日の朝の番組『やじうまプラス』でのベテラン男性アナウンサーの発言だ。「この問題、国も対応する必要があるんじゃないですか」という発言を、少なくとも2回聞いた。

言論の自由は憲法に定められている権利だ。憲法は国家権力に対抗して、個人の権利を守るためのものだ。その言論の自由がおびやかされている問題について、国に対応を求めるというのは、筋違いもはなはだしい。

言うまでもなく、言論の自由を守ってくれているのは国家ではない。言論の自由は、国家権力を制限することで個人が勝ち取り、その結果として憲法に定められたものである。

言論の自由は誰が守ってくれるものでもない。一人ひとりが絶えず維持する努力をしなければ、いとも簡単に失われてしまうものであって、憲法というのはそういうものだ。

ベテラン男性アナウンサーでさえ、言論の自由について根本的な「誤解」をしているのだから、日本人の民度たるや推して知るべし。上映を「自粛」する映画館が次々と出てくるのも当然である。

いずれにせよ、早い時期にネット上映するか、DVD発売するのが商業的にも最善策だ。

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2008/04/02

S.H.E.のミュージックビデオを敢えて政治的に観る


ふとしたことから、台湾の人気女性3人組S.H.E.の『我爱你』という曲のミュージックビデオ(MV)を見た。S.H.E.のことは知っていたが、12分以上にわたる長編MVがあるとは知らなかった。

コメントが212個もついているし、S.H.E.の人気もあり、かなり評価の高いMVのようだ。後半、S.H.E.の3人が泣きながら登場人物の心情を解説する場面だけは完全に無駄だと思うが、1949年に別れ、1989年に再開を果たす男女の物語部分だけを切り出せば、演出の点で文句のつけようがなく、MVというより短編映画の完成度があると思う。

しかし、あえて疑問を呈したい。もしテレサ・テン(鄧麗君)が生きていて、このMVを観たらどう思うだろうか、ということだ。

上記のビデオの物語を簡単にご紹介する。1949年に上海で別れた若い男女がいて、女性の方が40年後、すでに台湾で結婚し3人の子を設け、孫までいる。つまりこの女性はいわゆる外省人ということになる。

この女性の息子が、40年前母親が上海で別れたその男性が、まだ上海で生きていることを探し当てる。そして既に年老いた彼女は上海で40年ぶりの再開を果たす。

その後、彼女はいったん台湾に戻るが、現在の家族をすべて捨て、上海で40年前の男性とともに暮らすことを決意する。そして二人は上海で幸福な生活を再開する。

こういう物語なのだが、外省人の女性が40年の時を経て、台湾の家族を捨てて大陸へ戻るという物語を、政治的文脈を無視して、単なる「永遠の愛」の物語に回収してしまえるほど、中国と台湾の関係は単純ではないはずだ。

だからこそ外省人の両親の下に生まれたテレサ・テン(鄧麗君)は苦悩しつつも、天安門事件について公然と中国共産党政府を批判せざるを得なかった。

もしテレサが生きていて、このMVを観たとしても、決して単純に「台湾と大陸の融和が進んで素晴らしい」と喜ぶことはできないと思う。むしろ大衆音楽が、単純化された政治的宣伝の道具になってしまっている事実に、愕然とするのではないか。

...というのは、単なる僕の考えすぎだろうか。台湾の人たちはこのMVを観て、単純に「大陸と台湾は永遠の愛で結ばれている!」と涙できるのだろうか。

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2007/10/29

海上自衛隊はソマリア沖に行った方が良いのでは?

読売新聞によれば、日本のタンカーがアフリカのソマリア沖で海賊にのっとられたそうだ。「ソマリア近海では近年、組織化された海賊による船員の誘拐や人質事件が多発している」らしい。

海上自衛隊はインド洋でガソリンスタンドをやるより、ソマリア沖を航行する日本のタンカーの護衛をするほうが、よっぽど自民党の議員のみなさんの言う「国益」にかなっているのでは?

インド洋のガソリンスタンドなど、所詮「米国のケツ舐め」政策の一つに過ぎない。アフガニスタン政情の安定化について、日本が国際社会から期待されているのは、本当にインド洋の給油活動だけだろうか。そんなはずがない。日本政府が情報操作しているのは明らかだ。

日本国民のみなさんも、自民党政府にずいぶんバカにされたものだ。

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2007/10/24

インド洋の給油活動が国際貢献ではない理由

日本経済新聞は今朝の社説でも、インド洋の給油活動を続けるための立法を急げと、バカの一つ覚えのように繰り返している。

ビデオニュース・ドットコムのマル激トーク・オン・ディマンド第324回を見て、自民党政府の「自衛隊のインド洋での給油活動が重要な国際貢献だ」というのが、かなりバカげた議論だということがだんだんと分かってきた。

アフガニスタンの人々にとって、日本は先進諸国で唯一、アフガニスタンに対する軍事作戦に関係していない国だった。本当なら日本はこれを外交カードとして使い、アフガニスタンの腐敗した警察組織を正常に機能させるなど、安定化のための真の国際貢献をすべきだった。

ところが、今回の安倍首相退任にからむ騒動で、日本がアフガニスタンの対テロ戦争支援のための給油活動をしていることがアフガニスタンにも知られてしまい、日本は重要な外交カードを失った。その結果、アフガニスタンに関しても、米国追従の外交政策しかとれなくなってしまった。

自民党政権は自らそのような結果を招いておきながら、いまさら「給油活動こそ国際貢献だ」といった、歯の浮くような議論を恥ずかしげもなく展開している。

同じようなことは、北朝鮮政策についてもいえる。日本にとって、拉致問題で譲歩することが、唯一かつ非常に強力な外交カードだった。にもかかわらず自民党政府がまったく譲歩しなかったため、ご承知のように、北朝鮮との交渉は今や日本抜きで進められている。

最悪の事態を避けるためには、「悪魔」とも手を結ばなければならないという、外交の常識を無視した日本の「潔癖症」が、かえって自らを国際貢献ができない状況に追いやっている。

そして日本国民も、拉致問題でまったく譲歩しない政府に声援を送る始末。この国民にしてこの政府あり。こと外交に関して日本の「民度」は低すぎて話にならない。

...といったことらしいのだ。なるほどねぇ。

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2007/10/11

民主党衆院選大勝の可能性消える?

民主党小沢党首、衆議院の解散が遠くない今、せっかくの政権交代の好機に、「ISAFへの自衛隊派遣は違憲ではない」という主張で、党内まで分断するのは得策ではないだろう。

これで、衆院選で民主党が過半数をとる可能性はなくなってしまった。まったく残念なことだ。

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2007/10/08

「格差」という言葉でおおい隠される日本の「貧困」

休日で何もすることがないので、ビデオニュース・ドットコムの「貧困は自己責任でいいのか」という放送回を観ていた。

「格差」という言葉で、その格差の最底辺にいる人たちの「貧困」の問題が隠されてしまう、という指摘は新鮮だった。

たしかに格差はあってもいい。しかし、だからといってその最底辺にいる人たちが、憲法で保障されている「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」まで失ってもいいことにはならない。

ところが、世間一般の論調では、「活力ある社会を維持するには、格差はあってもいい」という意見がもっともらしく通ってしまい、格差社会の最底辺にいる人たちの生存権が軽視されつつある。

このビデオニュース・ドットコム放送回によれば、その背景の一つとして「高度経済成長」「一億総中流」という、後にも先にもない例外的な時代に生きてきた「団塊の世代」が、日本社会を動かすようになったことがある。

「団塊の世代」のおじさんたちは、自分たちが例外的に恵まれた時代に生きてきたことに鈍感なのだ。小泉首相の格差バンザイ政策に乗っかり、「貧困は自己責任だ」と若いワーキングプアを批判する。そういう今の日本社会の実態がよく理解できる。

ところで、このビデオニュース・ドットコム放送回で初めて知ったのだが、レオパレス21に入居するときの契約は、賃貸借契約ではないらしい。つまり、レオパレス21に入居した人は、借地借家法の恩恵を受けられない。

借地借家法では、家を借りている人が突然家を追い出されないように、解約を制限する制度があるのだが、レオパレス21はそういったセーフティーネットがかからないことになる。

そして最近は、スマイルサービスという企業があって、この企業の物件に入居するときの契約は、鍵付きの部屋を貸すというだけの契約らしい。つまり、スマイルサービスのマンションに入居している人は、法的にはホームレスになるのだ。

このような貧困層をターゲットにしたビジネスを、この放送回では「貧困ビジネス」と称している。米国の貧困ビジネスの最たるものは、貧困層の子女を米軍に就職させることらしい。国家が貧困ビジネスに加担しているということだ。

スマイルサービスのような企業が出てくるのも、小泉首相のネオリベ的政策、竹中平蔵氏の「経済が良くなれば、社会が崩れてもいい」という政策の結果、日本で「貧困」層が着実に増加しつつあることの証左、ということだ。

この放送回に出演している、東京大学大学院博士課程・湯浅誠氏の最新刊へのリンクを張っておく。

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2007/08/10

民主党にも「老害」はあるらしい

参院選での圧勝をうけて、民主党が活発に動きはじめているのは、基本的には歓迎すべきことだ。

小沢党首がテロ特措法に反対していることについて、日経新聞がやたらと批判的なのは意味不明だ。

小泉首相以来の過剰な親米路線への対抗軸として、民主党が「米国と対等な関係」を標榜するのは、政治的手法としてまったく適切だ。それに、日本経済新聞は、根拠のないイラク占領に結果的に手を貸してしまった親米路線の過ちを、完全に無視してしまっている。

国連中心主義は、たしかに一見、理想論に見えるかもしれないが、現実的だから親米路線が正しいという日本経済新聞の論調は、ただただ安易である。

また、民主党は参議院に郵政民営化の延期法案を提出したが、これをバックラッシュだと批判するのも間違っている。

この法案について、民主党は地方への目配せとして、わざと「地域格差をなくし、ユニバーサルサービスを堅持する」ことを前面に出しているが、民主党の本当の意図は二番目の理由、つまり、民業圧迫させないことにある。

もし民主党が本当にユニバーサルサービスを理由に郵政民営化に反対しているなら、民営化の「延期」ではなく「中止」をするはずだ。「中止」ではなく「一年延期」にしたのは、郵政公社にとって有利な民営化を進めようとしている政府与党を押しとどめるためにほかならない。

ただ、昨日になって出てきた民主党・西岡武夫氏の、参議院クールビズ中止案はいただけない。「参観の子供たちが征服を着ている中、大人がノーネクタイではダメ」という理由でクールビズを中止するなら、民間企業も「お客様がネクタイをしている中、うちだけノーネクタイではダメ」という理由で、クールビズはなし崩しになる。

それに、参議院でクールビズを続けるか廃止するかなど、はっきり言ってどうでもいい問題で、こんな下らないことで民主党の独自性を主張するのは時間の無駄だ。

西岡武夫氏は71歳だということだが、民主党にも自民党にも「老害」はあるということだろう。

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2007/07/29

政権交代のない日本に未来はない

参院選の結果は直接、政権交代にむすびつかないので、逆に国民は安心して民主党に投票できる。それが今日の投票結果だ。

しかし、良識ある日本人なら、二大政党制が定着するまで、自民党以外に投票しつづけるべきだろう。

自民党と野党が拮抗して政権を担う体制にならないかぎり、日本は外部からのチェックが働かない官僚機構によって支配されつづける。

いまの日本の政治の悪い部分は、自民党の失政が直接の原因なのではなく、政権交代がおこらないことによる、官僚支配が直接の原因と考えていいだろう。それを止めるには、この日本に二大政党制を確立するしか方法がないことは明らかだ。

近々、衆議院が解散される可能性もあるが、そのとき自民党以外に投票するかどうか、本当に日本人の良識が問われることになる。

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2007/07/02

ビデオニュース・ドットコム無料放送回に小林よしのり氏登場

ビデオニュース・ドットコムは、ふつう月額525円を払って会員にならないと、放送が観られないが、その月に第5週目の金曜日があるときは、その回の「マル激トーク・オン・ディマンド」は無料になる。

そして先月はたまたま5回目の金曜日があったので、「第326回マル激トーク・オン・ディマンド」は久しぶりの無料放送となった。

ホスト役はいつものように社会学者の宮台真司氏(なぜか今回は神保氏は欠席だった)。ゲストは『ゴー宣』などでおなじみ、最近は漫画家小林よしのり氏である。なにしろ無料なので観ないと損だ。

第326回のテーマは右翼と左翼。

小林よしのり氏が出演するインターネット番組を「みなさんも観ないと損だ」などと言って、「愛と苦悩の日記」の筆者もとうとう右翼になってしまったか、と早合点されぬように。

僕は、デリダ研究で有名な高橋哲哉氏から現代西欧哲学を学びたくて某国立大学に入学したこともあり、高校から大学時代にかけて明らかに「左寄り」だったし、最近まで「左翼」的な言説に同調する傾向があった。

今回のマル激トーク・オン・ディマンドの中で、社会学者の宮台真司自身、昔は「左翼」だったと話している。知識人の多くが「左翼」出身である理由を、宮台氏はこう説明している。若いころには誰しも正義感を持っていて、その正義感から社会的弱者の味方をしたいと思うものだ。

そして宮台氏が決定的に「左翼」と袂を分かったきっかけは、コソボ紛争だったらしい。コソボへの派兵問題で、ドイツ国内ではユルゲン・ハーバーマスを含む知識人たちを二分する大論争が起こったのに、日本国内ではほとんど話題にもならなかった。

最悪の暴力を回避するには、自ら暴力に手を染める必要もあるということから、日本の「左翼」知識人は目をそむけている。それで宮台氏が日本国内の「左翼」知識人に決定的な不信感を抱くようになった。

知識人志望者としてご多分にもれず正義感が強かった僕も、まさにそういう理由で「左寄り」だったが、正直、最近の高橋哲哉氏の「左翼」的言説にはついていけない。

かといって「左翼」から決別できるほど、確実な反「左翼」の理論的基礎を手に入れているわけでもない。(もっとも、ジャック・デリダの脱構築を正しく理解していれば、そもそも「左翼」的言説に無批判に同調できるはずがないと言われれば、その通りなのだが)

小林よしのり氏は、沖縄において「左翼」的な同調圧力がいかに強いか、そしてそのことが沖縄に住む人たちを実は不幸にしているかもしれない点を指摘している。

そして宮台真司は、日本のアカデミズムの「左翼」たちが、自分たちが暴力の行使を免れているのは、国家が暴力を独占することで成立しているからだという事実を意図的に忘却している点を批判する。

その他、興味深い論点がたくさん出てくるので、「第326回マル激トーク・オン・ディマンド」は必見である。

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2007/07/01

故宮沢喜一氏の身もふたもない合理主義

宮沢喜一元首相が死去した翌日の日経朝刊二面に、記者が氏と初めて対談したときのことを書いていた。誕生日が同じなんですよ、と切り出したところ、宮沢喜一氏は「それが何か?」と身もふたもない返答をしたという。

また、大平元首相などの地方出身者は、何かにならなければという思いがあるのに対し、東京生まれの自分はその必要がないと、とあるインタビューに答え、大平元首相を憤慨させたということも紹介されていた。

宮沢氏が70歳を過ぎるまで首相になれなかったのは、本質的に義理人情の世界である政界をうまく渡れなかったからだと言われているらしい。

この日経の記事を読んで、日本の政界で合理的な意思決定を堅持し続けた宮沢氏に、いまさらながら敬意を抱いた。

そして小泉氏のワンフレーズ・ポリティクスから、安倍氏のいわば「開き直りポリティクス」にいたる流れを見ると、宮沢氏のような「異端」を失った日本の政界は、これからますます合理性を軽んじる衆愚政治の方向へ突っ走っていくのだろうと、暗い気持ちになった。

僕が日々生活している日本のサラリーマン社会も、本質的には合理的判断よりも義理人情が優先される。日本の政界は、日本社会が本質的に合理的判断を軽視するものであることを、凝縮して表現しているに過ぎない。

最近、日本の選挙戦についてのドキュメンタリー映画が公開されたという

先輩議員が初出馬の候補者を体育会系のノリで(英語の字幕では「軍隊式に」となっていた)叱りつけているその一場面を見ると、民意を反映させる場である選挙そのものがこの状態では、とても日本の政治が合理的判断にもとづいて運営されていくとは思えない。

いってしまえば、日本というのはそういう国なのだ。

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2007/06/28

自殺増を抗うつ剤のせいにするのは厚労省の保身

今朝2007/06/28の毎日新聞に「抗うつ剤:『パキシル』服用の自殺者増加 副作用の疑い」という見出しで、厚生労働省の調査結果にかんする記事が掲載されたらしい。(僕は毎日新聞をとっていないのでWebサイトでしか確認できないのだが)

この見出しと併載のグラフだけを見ると、まるで抗うつ剤のせいで、うつ病患者の自殺が増えているかのような印象を与える。毎日新聞は明らかに、わざとそうしている。

厚労省の外資系製薬会社に対するネガティブ・キャンペーンの片棒を、毎日新聞があっさりかついでしまっているといったところか。

そしてここには、もう一つ見え隠れする意図がある。うつ病による自殺を抗うつ剤のせいにすることで、うつ病の環境的な原因から世論をそらすことだ。

日本のうつ病の環境的な原因で最大のものは「同調圧力」だろう。つまり、みんないっしょに仲良くすることを強制し、突出した個性を嫌い、目立つ人間をつまはじきにする空気のことだ。

都市圏では地域共同体が崩壊し、となり近所の密な付き合いもなくなり、少子化で兄弟が少なくなったこともあり、そもそも同調圧力を利用して組織を維持することに無理が出てきている。

にもかかわらず、日本の学校組織や会社組織は、いまだに個人間の違いをできるだけ目立たせないようにして組織を維持する方法しかとらないので、個人と組織の間にズレが生じる。

企業の人事評価に成果主義のような個人間の違いを前提とした制度をもちこんでも、企業組織そのものがいまだに同調圧力、たとえば、夜の飲み会をベースにした人間関係の構築や、つきあい残業をふくむ長時間労働の半強制などを利用して維持されているので、不具合が起こるのは当然なのだ。

そうした根本的な環境要因にくらべると、医師による抗うつ剤の投与のやり方がまずいなど、部分的な問題でしかない。

厚生労働省としては外資系製薬会社に責任をなすりつけることで、国内の製薬会社の利益を保護できるだけでなく、自殺者の増加やうつ病対策の遅れに対する批判をそらすこともできるので、一石二鳥といったところだろうか。

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2007/06/27

コムスンもミートホープも制度設計のまずさが原因

コムスンにせよミートホープにせよ、違法行為におよぶ法人が何パーセントか出てくるのは、個人の犯罪者がなくならないのと同じことで、マスコミの報道も、個別企業をたたいて終わりでは無意味だ。重要なのは、違法行為を発見する機能と、それに対して適切な処罰をあたえる制度や機能が、正常に働いているかどうかである。

その意味で、コムスンの場合は介護保険の制度設計そのものの問題、ミートホープの場合は北海道庁や苫小牧保健所への内部告発が放置されたことの問題の方が大きい。

介護保険の制度設計上の問題については、ビデオニュース・ドットコムで第324回マル激トーク・オン・ディマンド「コムスンを叩くだけでいいのか」をご覧いただきたい。国が定める介護報酬が段階的に下げられ、個々人の介護サービスの内容を決めるケアマネージャが、事業者からの独立を保てないなど、介護保険の制度設計に根本的な欠陥があることがわかる。

また、内部告発の放置については、告発の受付窓口が、告発内容の調査をおこなう権限をもつ組織に調査指示の権限をもたなければ、告発制度は機能しないだろう。

企業に対して法令順守の精神論をくりかえすことが、それほど有効な対策とは思えない。結局は適切な制度設計がなされているかどうか。

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2007/02/25

六か国協議、拉致問題が日本のボトルネック

少し前の話になるが、北朝鮮の六か国協議で、日本だけが拉致問題を理由に、直接的な経済支援に参加しなかった。ビデオニュース・ドットコムによれば、宮台真司はこの日本の意思決定は完全な失敗とのことだが、僕もこの意見に賛成する。

第一に、今回の協議で北朝鮮は、米国から経済支援が得られれば成功だったのだから、日本など初めから眼中にない。

第二に、宮台真司曰く、経済制裁が意味をなすのは、今までおこなっていた経済支援を打ち切る場合だけだ。今までもずっと制裁を続けている日本が「まだ続けるぞ」と脅したつもりでも、外交交渉上の効果はゼロである。これも当たり前のことだ。

今回支援を決めた日本以外の国々は、今回支援を決めたことによって、逆に、今後「支援打ち切るぞ!」という外交カードを手に入れたことになる。この重要な外交カード手に入れるチャンスを、日本はみすみす逃してしまったことになる。

さらに慶応大教授・金子勝氏は、北朝鮮に各国がどんどん経済支援をおこなって、同国内の経済的な枠組みを根本的に変えてしまうのが、実は独裁体制崩壊への近道になるのだと主張している。

以上のように、日本はいろいろな外交戦略をとることができるのに、結局のところ北朝鮮との外交交渉では、いつも拉致問題を理由に強硬姿勢をとりつづけるところに行き着いてしまう。

北朝鮮のような国家を相手に、拉致問題を正面突破で解決しようなどというのは、外交の専門家に聞かなくても、素朴すぎて稚拙な戦略だということはすぐに分かる。

なのに日本の政府も外務省も、拉致家族の「感情」と拉致問題に関する国民の「感情」に「配慮」するあまり、北朝鮮との外交交渉で自ら手足を縛らざるを得ない状況におちいっている。

もし日本政府が戦略的に拉致問題を棚上げするなどという戦略をとれば、それこそ参院選で大敗を期すことになることになる。だから国民の「感情」に配慮すれば、政府も外務省も北朝鮮との交渉では、手詰まりになってしまう。

結局のところ、本当に拉致問題を解決したいなら、まず北朝鮮との国交正常化するか、北朝鮮の独裁体制を内部崩壊させるしかない。いま日本がとりつづけている「兵糧攻め」は、今回の日本以外の経済支援決定で、まったく無効になった。

だとすれば日本に残された唯一の選択肢は、拉致問題を正面きって北朝鮮に問いただすことを、いったんやめることしかない。そうしない限り、拉致された人々は永久に日本に帰ってこれないだろう。

しかし日本国民は何かと「感情」をベースに意思決定する国民性があるから、こうした思い切った合理的な方針転換をすることは、まずできないだろう。つまり日本は政府も外務省も世論も、拉致問題の解決について、自分で自分の首を締めつづけるだろう、ということだ。残念なことに...。

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2007/02/11

宮崎県知事定例会見の低レベルな記者陣

日本の記者クラブ制度はやはり廃止すべきだ。東国原知事の初の定例記者会見は、ほとんどが対立候補だった持永氏が副知事候補とされている件で占められた。今後実施される政策の優先順位などのまともな質問は一切なし。

せっかくの定例会見が完全に時間の無駄、つまりは税金の無駄。興味本位のスキャンダル報道のために犠牲にされている。記者クラブなどという大手メディアの既得権益保護制度があるから、記者のレベルが落ちるのは当然なのだ。

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2007/01/31

刑事裁判への被害者参加でますます「えん罪」増加懸念

法務相の諮問機関で、犯罪被害者が刑事裁判に参加し、被告や証人に質問したり、求刑に意見を述べられるようにする「被害者参加精度」を導入する要綱をまとめたようだ。

日本経済新聞の朝刊によれば、ドイツ、フランスには同様の制度があり、米国では求刑に意見を述べる制度だけ存在するという。

しかし刑事裁判の有罪率99.9%で、「疑わしきは罰する」、「十のえん罪を出すとも、一人の犯罪者も逃すなかれ」の日本で、被害者が刑事裁判に参加すれば、ますます「えん罪」が増えるのではないか。

被害者感情を考えるなら、とくに重い犯罪について、終身刑の導入など、刑法の量刑を見直すのが、近代司法制度としては本筋だろう。米国はその前提があって、量刑に意見を述べる部分のみ被害者の参加が許されているので、合理的である。

日本のように、量刑の見直しをする前に、被害者を刑事裁判に参加させてしまったのでは、前近代的な日本の刑事裁判がますます「リンチ(私刑)」色を強めて、さらに前近代的になってしまうではないか。

法務相の諮問会議が、このように優先順位を間違った意見を出してしまうこと自体、日本の司法制度がいかに前近代的かの証拠である。

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2007/01/28

女性を「出産する機械」に例えた柳沢厚労相

毎日新聞によると2007/01/27、柳澤厚生労働相は松江市の自民党県議会議員集会で「15から50歳の女性の数は決まっている。生む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」などと述べたという。

Yahoo!JAPANニュース:「柳沢厚労相 女性を「出産する機械」とも例える発言」

女性が「出産機械」なら、男性は「労働機械」兼「種付け機械」といったところか。国家にとっては国民も石油や水と同じ資源(リソース)の一つに過ぎないという、柳澤厚生労働相のきわめて合理的な発想が、それ自体「善」か「悪」かはかんたんに決められない。

少子化の一因が、男性が「労働機械」として私生活まで企業に取り込まれてしまっていることである点は、だれも反論できないだろう。産業革命直後から言われている、わかりやすい人間疎外論である。

人間が企業全体としての経済合理性のために、私生活も含めた自分の生活時間の全てを、単一の目的、たとえば「労働」という目的のためだけに使い尽くさなければならない。典型的な人間疎外だ。

柳澤厚生労働相の発想は、男性が「労働機械」として人間らしい生活を送れなくなっていることが、少子化の一因であるのに、それを女性の「出産機械」化によって解決しようとするものだ。

つまり、柳澤厚労相の思考は、経済合理性追求の帰結を、経済合理性によって克服するという風に、経済合理性の中で閉じてしまっている。

ただし、この考え方そのものは極めて合理的で、合理的である限りにおいて一貫性がある。高度経済成長期に日本の国家が男性を「労働機械」として徴発できたのは、地方の農村共同体からはぎとられた男性たちを、会社共同体にしっかりと組み込んだ日本的雇用制度の賜物である。

だとすると柳澤厚労相はその合理主義を徹底して追及するしかない。つまり、今度は女性を「出産機械」として徴発するために、日本的雇用制度のようなインセンティブを、出産適齢期の女性に与えなければならない。女性が経済合理性だけを基準にして、出産しないよりも出産することを選ぶような制度を設計しなければならない。

それこそが女性を「出産機械」と発言した柳澤厚労相の責任である。仮に柳澤厚労相が、経済合理性だけで女性を「出産機械」として徴発するアイデアも何もなしに、単なる女性蔑視から「出産機械」発言をしたのであれば、明らかに厚生労働省の長としては不適格者である。即刻、辞任すべきだ。

柳澤厚労相は、自分の発言について下手な弁解をせず、女性を出産に動機づける経済合理性のある具体的な政策を、ただちに発表しなければならない。

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2006/09/23

石原都知事国旗·国歌訴訟控訴で意味不明の反論

東京都の都立校に国旗掲揚と国歌斉唱を義務付ける条令について、地裁が違憲の判断を下し、石原都知事は控訴の意向だという。

裁判官は都立校の現場を見るべきだ、規律の維持のためには国旗·国歌は必要だと、記者会見で意味不明の反論をしていた。

義務化した点が違憲なのであって、国旗掲揚、国歌斉唱が違憲だと判断されたわけではない。そんなことよほどのバカでない限りわかる。普段から衆愚をバカにしているわりに、見え透いた稚拙な論点のすり替えだ。

規律を守りたいなら朝夕トイレ掃除でも義務化した方がはるかに実効がある。

小泉首相も同主旨の反論をしている。ここまで小馬鹿にされて国民が怒らないことの理解に苦しむ。

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2006/08/17

NBOnline宋文洲氏の小泉首相靖国参拝評

『日経ビジネス』の試読をしたら、日経ビジネスオンライン(NBOnline)のメルマガが届くようになったのだが、コラムの中で読む価値があるのは、ソフトブレーンという会社の会長、宋文洲氏の「傍目八目」だけである。

今日は、8月15日の小泉総理の靖国参拝のとき、予想される日本のマスコミの喧騒をさけて北京にいた、という内容だったが、「靖国神社を政治問題化したのは中国や韓国ではなく、日本の方である」という論旨は明快だ。

一般の中国人は、たしかに首相が靖国神社に参拝することは不快に思うが、だからと言って抗議デモを行ったりすることはなく冷静である。むしろ8月15日の朝から晩まで、首相の靖国参拝についてあれほど騒ぎ立てた日本のマスコミの方が過剰反応だ、というのだ。

そして、靖国参拝が政治問題になってしまったのは、小泉首相がこれを「公約」にしてしまったからで、首相の靖国参拝に対して過激な行動に走る急進派は、中国人のごく一部の、特殊な人たちにすぎない、とのこと。

宋文洲氏のコラムを読むと、小泉首相の靖国参拝をめぐる騒動は、日本の大人気ないひとり芝居という観点が得られる。

靖国参拝のようなことを公約にしてしまう小泉首相も大人気ないし、それを騒ぎ立てるマスコミも大人気ないし、騒ぎ立てられて「心の自由だ」とか、わけのわからない抗弁をする小泉首相は、自分の大人気なさに恥の上塗りをしているだけ、というのが宋文洲氏の見方だ。

そういう観点もあるのかと、あらためて小泉外交の稚拙さを納得させられたという意味では、宋文洲氏のコラムは非常に興味深い。

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2005/10/03

靖国参拝の憲法判断と日本の違憲審査制

■大阪高裁で小泉首相の靖国参拝について違憲の判断が出たことについて、これは判決ではないので法的効力をもたないのではないか、と、読者の方からメールを頂いた。しかしWikiぺディアで「違憲審査制」を検索してみて頂きたい

日本では「具体的争訟の解決に付随して違憲審査をすることができると解釈するのが通説である」と書いてある。つまり、日本には憲法違反かどうかそのものを判断する法律上の制度は存在せず、裁判所は、今回の損害賠償請求のように、個々の訴訟の「おまけ」として憲法判断をすることしかできないのだ。

だから、今回の靖国参拝の違憲判断が、判決の主文ではないからといって、法的効力がないとは言えないようである。このあたりのことは先日ご紹介した、高橋哲哉著『靖国問題』でも触れられているので、ご参照いただきたい。


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2005/09/30

靖国参拝と一太郎

■今日はうれしい司法判断が2つあった。一つは松下電器がジャストシステムを訴えていた、例のアイコン特許侵害裁判で、ジャストシステム逆転勝訴とのこと。判決を下した知財高裁というのは、知財立国を目指して今年の4月に東京高裁に設立されたばかりの司法機関ようだが、良識を感じさせる判決だ。

そしてもう一つは小泉首相の靖国参拝に対する、高裁初の違憲判決。賠償請求は棄却されているが、憲法判断に初めてはっきり踏み込んだ点が画期的な判決だ。この判決にもかかわらず、小泉首相があえて憲法違反の行為をつづけるかどうか、かなり面白い見ものだ。(この記事に対して、トラックバックのスパムをやりたくて仕方がない読者がいることはわかっている)

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2005/08/29

仁義ある戦い

■辻本清美の出馬について執行猶予の身でと批判かまびすしいが、亀井静香の応援演説で「仁義ある選挙を」と堀江氏への当てつけをする菅原文太氏しかり、選挙にきれいごとを持ち込もうとすればするほど、偽善の悪臭で鼻が曲がりそうになる。

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2005/08/21

堀江氏、広島6区で何をする

■まさかライブドアの堀江社長が衆院選に出馬するとは想定外だったが、関係の浅い土地の小選挙区で仮に当選したとして、一体なにがやりたいのだろうか。一人でも多く郵政民営化賛成の議員が衆議院に増えることは、郵政民営化が日本のパブリックセクターの効率化の第一歩として必要不可欠であることを考えると、望ましいことなのだが、堀江氏が何をやりたいのかがよく分からない。

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2005/05/02

自民党議員たちの論理的な破綻

■郵政三事業民営化に反対している自民党の議員はまったくわけがわからない。自民党議員は郵政民営化をマニフェストとしてかかげる小泉氏を自民党総裁に選んだのだから、そのマニフェストを有権者との約束どおり実行しようとする段になって自民党議員が反対する権利はない。郵政民営化に反対なら総裁選挙で小泉氏に投票すべきでないし、総裁に従えないのなら衆議院を解散するか、離党するしか彼らに選択肢はない。郵政民営化が適切な政策かどうかは僕には判断できないが、自民党にしがみつきながら郵政民営化に反対する自民党議員が完全に国民を無視していることだけは明瞭に理解できる。

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2005/04/18

まずは制度上の問題をクリアに

■今日の日本経済新聞朝刊一面に「石は投げた人に向かう」という大きなコラムタイトルが見えたので、てっきりこの「人」というのは日本人のことだと思った。ところがこの日中関係についてのコラムをよく読んでみると中国人のことらしいのだ。中国全土に波及しつつあるデモで事実として投石しているのはたしかに中国人だが、このコラムで小泉首相の靖国参拝問題と教科書検定問題が後半に付け足しのように述べられているのは、きわめてバランスを欠いている。こんな記事が経済紙の一面に載ってしまうのでは、日本全体が右傾化していると中国や韓国に解釈されても無理はない。ただし同じ朝刊の社説は首相の靖国参拝をきちんと批判的な観点から論じているので、日本経済新聞全体としてはバランスがとれている。

日中関係や日韓関係がこじれるたびに、この問題をイデオロギー問題だと勘違いする人が多いようだが、純粋に制度の問題だと割り切った方がいい。一つは教科書検定という制度があるために、まるで日本政府が一部の国粋主義的な教科書に「お墨付き」を与えているかのような印象を、中国や韓国に抱かせる。そもそもの元凶は検定制度にあるのであって、国粋主義的な教科書があったり、自虐史観的な教科書があったりする言論の多様性そのものには何ら問題はない(というより別の次元の問題としてちゃんと論じられるべきである)。

また、靖国参拝についても、そもそも30年前にA級戦犯を合祀してしまったことがすべての元凶なのであって、戦没者の慰霊施設を別に新設するなどの制度的な対応をとって、小泉首相にはそちらを毎年参拝してもらえばいい。

こういう制度上の問題を放置したまま、無神経に靖国神社に参拝したり、教科書検定を続けたりしていたのでは、中国や韓国から見れば、日本政府がわざと近隣アジア諸国の神経を定期的に逆なでして、彼らの不満や怒りを鬱積させているのだと解釈されても仕方ない。

まずはこれら制度上の問題を解決した上で、それでも「新しい教科書をつくる会」の言っていることには問題があるとか、それでも小泉首相が新しい慰霊施設ではなく靖国神社に参拝したいというなら、そのときに問題ははじめて政治的イデオロギーの領域に入っていく。

制度改革など単なる技術論の問題なのに、その努力を先にやらずに、中国や韓国の反応を行き過ぎたナショナリズムだと批判する権利は日本にはないと思うのだが。今の状態は、日本政府が単なる制度上の問題を、わざわざイデオロギー対立の問題にまでこじらせてしまっていると言える。これはあまりスマートなやり方ではない。

日本政府が靖国参拝や教科書問題がじつは単なる制度上の問題ではなく、その背後に日本政府として確固たる政治的イデオロギーがあった上で、教科書を検定し、靖国神社に参拝しているというなら、日本政府は意図的に中国や韓国を挑発してきたことになる。この問題が単なる制度上の問題でないならば、今回の大規模なデモはまさしく、日本が投げた石が、日本に帰ってきただけの話で、日本政府がこれまでおこなってきた中国や韓国に対する挑発の、当然の代償だ。

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2005/01/30

政治的圧力に敏感な組織

■NHKの会長が辞任した直後「後進の育成」という理由で顧問に就任したが、抗議の電話が殺到して新会長があわてて本人の希望という形で取り消したという騒動。番組改変問題とは直接関係ないが、顧問就任取り消し会見で記者が質問していたように、元会長の顧問就任に抗議が殺到することなど誰でも予想できることだ。それさえ予想しなかった、あるいは予想しても押し通そうとしたのだとすれば、やはりNHKの経営陣は視聴者よりも、自分たちの上の権力者を重んじていると非難されても仕方ないだろう。

もちろん権力者寄りの放送局があっても構わないのだが、公共放送局がここまであからさまに権力者寄りであることは許されない。本来ならNHKは事業収入の9割以上を占める受信料を受け取っている事実を逆手にとって、視聴者を味方にして権力者に対抗する戦術をとりやすいはずだ。「あんたが圧力をかけると受信料の支払い拒否がもっと増えますよ、それでいいんですか」という具合に。これこそ経営陣が様々な圧力に対する自律性を確保するためのもっとも経済合理性のある戦術だろう。

なのに、実際支払い拒否が広がっているにもかかわらず、元会長を顧問に就任させるなどということをやってしまうのは、経済合理性以外の理由で意思決定が行われていると判断せざるをえない。それが何かと言ったら政治的圧力しかないだろう。NHKという組織は、会長を辞して部外者になった人物でも政治的圧力をかけられるような、政治的圧力に対する感受性の高い組織であると考えるしかないだろう。視聴者からの意見に対する感受性は極端に低いけれども。

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2005/01/22

NHK番組内容変更問題の「理想」と「自由」

■NHKの番組内容変更問題について、もう二言。

まず一言め。各放送局が組織内での「自己検閲」まったくなしに、ある意味で「偏向」した番組をどんどん放送しながらも、視聴者がそれらを正しく評価できるという社会の状態は、確かに実現がほぼ不可能な理想状態だ。しかし「戦争のない世界」も同じように理想状態である。「戦争のない世界」を追い求めることは悪いことだろうか。

つぎに二言め。放送の自己検閲にはいくつかの段階がある。番組企画者個人の内心での自己検閲、番組制作グループ内部での自己検閲、放送局内部での自己検閲、日本という国の内部での自己検閲という具合に、個人から集団に至る段階がある。どの段階までの自己検閲を認めるかというとき、その線引きをできるだけ個人の方へ寄せるのが自由主義の大原則ではないのか。放送局内部での自己検閲をあっさり認めてしまうなら、国家単位での自己検閲、つまり国家による報道統制の実現は簡単だ。この線引きを公共の福祉とバランスを取りつつも、できるだけ個人の方へ寄せる自由主義的な努力をあきらめるのれあれば、むしろ堂々と国による報道統制に賛成すればいい。その時は「国による報道統制に賛成」と発言することさえ統制されるだろうが。

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2005/01/19

NHK従軍慰安婦番組問題:番組を判断するのは視聴者

■従軍慰安婦特集番組の問題について、とある読者の方から、政治家がNHKに圧力をかけて番組内容を変更させたという記事は、朝日新聞記者の捏造というのが真実だというご指摘を頂いた。この方は様々な情報源を調べた上でそう結論づけているので、この点については僕が間違いで、政治家が圧力をかけて番組内容を変更させたというのは嘘だと意見を変えたい。そもそもNHKが何者かに圧力を受けた事実さえなかったのかもしれない。

しかし、NHK自身が同番組の担当デスクの意図に反して、番組内容を変更した事実に変わりはない。番組内容が事実に反する捏造であるという理由で変更したのなら正当だが、仮に番組内容が「偏っている」というだけの理由で放送前に番組内容を変更したとすれば、問題がある。

従軍慰安婦問題について、例えば強制連行の事実はなかったと主張する人たちが、NHKが番組内容を変更した事実そのものに問題はないと考えているとすれば、それは別個の問題を一緒にする誤りをおかしている。今回の問題と、「従軍慰安婦」という歴史的事実があったかどうかという問題は、まったく別の問題である。今回問題になっているのは、NHKが放送前に番組内容を変更するという行為が放送局として正しいか否かということだ。放送局が放送前に番組を自己検閲することに問題はないのかという問いだ。

もちろんこの問いについても相反する意見があるだろう。「NHKが一個の組織である以上、自己検閲は当然であり、担当デスクは組織を離れて同様の番組なり映画なりを作るべきだ」という意見と、「NHKだけでなく全ての放送局は自己検閲などすべきでなく、自己検閲はメディアの自己否定だ」という意見があるだろう。

僕は「番組内容について判断する権利を持っているのは視聴者である」という考えだ。メディアはどんな奇妙キテレツな意見であれ、じゃんじゃん放送すべきである。メディアは単なる「媒体」で、「メディアの自己検閲」というのは形容矛盾だ。真の議論は、番組が視聴者に届いたときに初めて始まるのである。

今回の問題でNHKは朝日新聞記者の記事捏造をあばくことに成功したとすれば、そういう情報は様々な番組を通じて僕らにちゃんと届いた。ところが、当時NHK内部で何があったのか、そのことについての情報はいまだ僕らに届かない。朝日新聞は自分で仕掛けたワナにはまる失態を露呈したが、そのような自分自身の失態さえ露呈してしまうだけ、まだメディアとして正しく機能している。ところがNHKは、番組内容変更の理由について何も説明していないか、または、「内容が偏っていたから」(つまり「自己検閲しました」)という以外の説明をしていない。これはNHKがメディアとして機能不全に陥っていることを示していないか。

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2005/01/14

受信料不払で徹底抗戦!

■NHKの従軍慰安婦番組の問題で、政治家の圧力で番組内容を変更した事実はないとしてNHKが朝日新聞に訂正を求めたけれども、おそらく今晩の『報道ステーション』で天野祐吉が言っていた、NHK幹部が政治家の言葉に過剰反応して「自主規制」してしまったというあたりが真実だろう。

このWebサイトでも過去には間違えてNHKのことを「国営放送」と書いたこともあるが、NHKは「国営放送」ではなく「公共放送」である。事業収入の9割以上を受信料でまかなっている公共放送が、政治家の圧力に過剰反応するばかりか、その事実を報道した他のテレビ局に抗議まで行うとは、制作費詐取事件とはまったくレベルの違う話だ。読者の皆さんもこれに便乗して受信料不払いで徹底抗議してはどうか。

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2004/10/13

小泉首相が本当にやりたいこと

■郵政三事業の民営化で、総理大臣は自民党内の逆風を受けている分、国民の支持を得やすい立場にある。ただじっさいには総理大臣が推進している民営化は、政府の手厚い保護を受けた郵政公社が、ヤマト運輸などの民間企業を圧迫するというすがたになっている。

小泉総理大臣は、日ごろから郵政三事業の民営化、民営化と、異常なほど熱心にさけんでいるわりに、とても中途半端な民営化を許している。小泉首相が本当にやりたいことは、民営化そのものではないとしか考えられない。郵政三事業の民営化は、小泉首相イコール正義の味方、自民党内の保守派イコール悪者、という、わかりやすい対立の図式を国民に示して、自分の政権をすこしでも長く維持するための、たんなる道具立てにすぎないと考えるのが合理的だ。

では、小泉首相が本当にやりたいこととは何か。たぶん憲法改正、とくに第九条の改正だろう。だれもがしっているように、小泉首相はバリバリのタカ派で、ほんとうは自衛隊を正規の日本国軍にしたくてしょうがない。でも、それを実現するには、まず、憲法を改正しなければならない。憲法改正までは、ぜったいに政権の座を明け渡すことはできない。憲法改正まで、政権を維持するための「つなぎ」が必要だ。その「つなぎ」として、つまり、国民の支持をつなぎとめておくための道具として、郵政三事業の民営化はうってつけだった、ということだ。

たぶん小泉首相は、本当は完全民営化するつもりなどまったくない。民営化を言い出すことで、保守派を挑発し、保守派が怒りだしたら、「ほら抵抗勢力だ。抵抗勢力と小泉とどっちかいい?」と国民に問いかける。国民は当然、「どっちか取れと言われれば、そりゃ小泉首相だ」ということになる。いまのところ第三の勢力である民主党は、政権をとれるまでの政党になれていないので、小泉首相は安心して保守派との対立を、自作自演で思い存分あおることができる。そしてそうやってあおっていられる間は、自分の政権は維持できる。自分の政権が維持できれば、何とか憲法改正を国会に通すことができる。最終的には自衛隊の軍隊化までたどりつけるかもしれない。これこそが、小泉首相の「本当にやりたいこと」なのだ。

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2004/09/27

歯科医師連盟1億献金陰謀の臭い

■日本歯科医師連盟の1億円裏献金事件で、村岡氏が政治資金規正法違反で起訴されたようだが、派閥内のほんとうに醜悪なつぶしあいという感じで、ニュースを聞くだけでも不愉快な感じがする。この献金を政治資金規正法にもとづいて申請する期限だった2002年3月前後、橋本氏はちょうど入院していたというから出来すぎた話だ。

もうその時点で、橋本氏が「私は知りませんでした」と言えるような環境をうまくととのえていたとしか考えられない。そして、すでに第一線を引退しており、派閥として切り落としてもいちばん影響の少ない村岡氏をスケープゴートにすることで、今回の問題を乗り切ろうという意図が見え見えだ。

この際、仲間に裏切られた村岡氏が検察の取調べに対して、裏工作のすべてを暴露することを期待するしかない。が、おそらく彼らは村岡氏が取調べで口を割らないように、有罪になった後のフォローも考えているに違いない。フォローなしに村岡氏を検察送りにして、みすみす口を割らせてしまうほど、橋本氏はバカではないはずだから。そう考えるとますます不愉快になってくる。ああやだやだ。

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