2008/01/02

元日の日経新聞に東横インの全面広告

元日の日本経済新聞で東横インの全面広告を見て驚いたのは僕だけではないだろう。一昨年2006年初頭、障害者施設を一般施設に改造した違法行為で世間を騒がせた東横インは、おそらく反省期間が終わったと思ったのだろう、その件に全く触れない全面広告を年始早々打ってきた。

ご承知のようにあの違法行為当時の創業者社長は、その後も会長として君臨し続けている。当時指摘したように、この種のベンチャー企業が創業者なしで組織の求心力を維持できないのはやむをえない。

いまだに違法行為当時の社長が会長として君臨せざるをえないのは、もちろん両刃の剣である。創業者が居残ったからこそ短期間に施設の改善工事を成し遂げられたのであり、他方では当時の不祥事に全く触れない全面広告を、大胆にも元旦の新聞に掲載できるのだろう。

東横イン(繰り返しになるが東急グループとは全く無関係の企業)のWebサイトでは、障害者施設の改善委員会の最終報告を読むことができる。

この報告書は、障害者施設を違法に改造したのは、あくまでお客様のご要望にこたえるためだったと、自らの違法行為を正当化している。そして違法行為が発覚した後も、多くの顧客から励ましの声を頂いた点を強調している。

このように、客観的に自分たちを見つめることができない素朴さこそが、創業者が君臨するベンチャー企業の最大の強みでもあり、もろさでもあると実感した、元日の全面広告だった。

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2007/07/04

非正社員の正社員化は本当に合理的な判断か

人手不足のため、最近、非正社員を正社員化する動きが小売業を中心に広がっているようだ。今朝の日本経済新聞を見ても、とある小売業者が正社員化したパートの意欲が高まった結果、正社員化による経費増を収益増でまかなえた、とある。

ただ、この理屈はおかしい。

非正社員を正社員化することで一人あたりの生産性が上がったのが本当だとすれば、それは、非正社員だったときと、正社員になった後を比較して、一人当たりの収益が増えているということだ。

そうすると、正社員化による収益改善は、正社員化した瞬間にしか期待できないことになる。たとえ正社員になった後も、しばらくは生産性の向上を期待できるとしても、その向上分はだんだんと減っていくことは間違いない。

生産性の向上幅がだんだんと減っても、正社員化したことによる人件費は固定費であり、もっと言えば、ふつうは少しずつ増えていくものなので、長期的には正社員化したことによる経費増の効果だけが残ることになる。

ここで経営者はこう反論するかもしれない。いや、非正社員に比べて、正社員の方が持続的に生産性が向上するので、元非正社員は正社員化した後も持続的に生産性が向上するのだ。

しかし、この理屈もおかしい。正社員が持続的に生産性を向上させることができるなら、もともと正社員だった人たちも持続的に生産性を向上させているはずだ。もともと正社員だった人たちが持続的に生産性を向上させているなら、非正社員が正社員化したからといって、会社全体として、その経費増を相殺するほど生産性が向上するはずがない。

つまり、経営者が本当に正社員の方が持続的に生産性が向上すると分かっていたのなら、非正社員をはじめから正社員として雇用していたはずではないのか。

要するに非正社員を正社員化した経営者は、非正社員を非正社員として雇用したころは、目先の経費増を避けるために行動し、非正社員を正社員化したのは、目先の人手不足に対応したということで、何ら中長期的に一貫性のある考えにもとづいて行動しているわけではない。

重要なのは、この問題が雇用に関係しているという点だ。非正社員をいったん正社員化してしまうと、日本の法制度上、そうかんたんに解雇できなくなる。要するに、正社員化というのは「もどれない道」、不可逆な変化なのだ。

日本経済新聞はこうした正社員化の流れについて、反論もしないし、上に書いたような疑義をさしはさむことさえしない。日本経済新聞を読んでいると、ほとんどの場合、経営者の具体的な判断について、その正当性を相対化するために、記事の最後の方にひとこと反論を付け加えている。

ところがこの正社員化の流れについては、そうしたコメントがないので、あたかも全面的に是認しているかのように読める。それがとても不思議だったので、この記事を書いてみた。ぜひ次のような反論を付け加えてほしいものだ。

「正社員化で収益が改善するなら、なぜもっと早く正社員化しなかったのか」、あるいは、「正社員化による効果は短期的で、長期的には人件費増の負担を強いられることになる」などの反論を。

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2007/06/08

グッドウィルグループの行動は「合理的」か?

コムスンが行政処分を逃れるために、コムスンの事業をグループ会社へ譲渡しようとしたことに対し、厚生労働省が、法的根拠はないが、譲渡は凍結すべき、という見解を発表したようだ。

まさに、裁量行政は諸刃の剣。今回のようなケースでは、法的根拠のない道義的責任を追求する余地を生むが、ときには市民にとって不利に働く場合もある。

ところで、グッドウィルグループが徹底して法的に合理的なら、この見解を無視するだろう。しかし、介護保険の不正請求をしている段階で、すでに違法行為をしているのだから、グッドウィルグループの行動に一貫性はない。

コムスンの介護事業所指定をするのも、コムスンを行政処分をするのも、同じ法律であり、同じ法律を守ったり、破ったりするのは、法的に合理的な行動とは言えない。

したがって、グッドウィルグループについて、その「合理性の行き過ぎ」を批判するのは間違っている。グッドウィルグループは、単に非合理的な組織にすぎない。

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2007/05/05

三角合併を外資黒船説でしか論じられない愚かな日本のメディア

テレビがつまらないのでビデオニュース・ドットコムの「マル激トーク・オン・ディマンド」最新回、第318回の山崎養世氏と神保哲生、宮台真司の対談を観はじめたが、あまりに面白くて90分間ぶっ通しで観てしまった。

三角合併を「外資黒船説」という見方でしか報道できない日本のメディア非難から話は始まるのだが、そこから、楽天のTBS買収や、ホリエモン、村上ファンド事件、日本の規制業種批判、年金問題の抜本的な解決法、日本の皆保険制度擁護、教育に市場原理を取り入れようという安倍政権に対する批判、聖徳太子から頭山満にいたる日本の政治精神史まで、徹底した合理主義者である山崎養世氏が、あらゆる論点を縦横無尽に、「目からウロコ」でわかりやすく論じていく。(ちなみに『国家の品格』も斬って捨てられている)

この山崎氏は、東京大学経済学部卒で、米ゴールドマン・サックスの共同経営者の座にまで登りつめた人なのだが、まさに宮台真司の最近の亜細亜主義にずばりストライクゾーンの論客で、宮台真司が嬉々として対談している様子も見ものだ。

この第318回だけでも、月額525円支払ってビデオニュース・ドットコムの会員になる価値はある。「愛と苦悩の日記」の読者の皆さんは、絶対にこの山崎養世氏の回を観るべきである。

山崎養世氏の考え方をあらかじめ知っておきたい方は、僕自身は未読だが氏の著作『米中経済同盟を知らない日本人』をお読みになってからでもよいだろう。

ただ、ビデオニュース・ドットコムの対談を観て、神保氏や宮台氏の質問を通じて、ある程度相対化した方が、山崎氏の真意は正しく理解できるかもしれない。徳間書店から出版されているということもあり、もしかすると下記の書物を読んだだけでは、山崎氏の亜細亜主義が「親米ヘタレ右翼」と混同されるおそれがあるからだ。

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2007/04/14

「顧客第一」が産み出すおバカな社会

いまサービス業の社内情報システム部門で働いているせいか、顧客満足といえばできるかぎり顧客の要望を実現すること、という考え方が当たり前のように社内にまかりとおっている。しかし顧客の言いなりになるだけでなく、顧客を啓蒙することもサービス業の使命である。

わかりやすいのは環境問題だ。小売業がレジ袋を廃止すれば顧客の利便性は失われる。顧客の言いなりになることが営利企業の至上命題なら、レジ袋を廃止するのはナンセンスだ。しかし、現にレジ袋を廃止する企業が存在するのは、顧客を啓蒙するのも企業の使命だという暗黙の了解があるからだ。

家電製品やパソコン、携帯電話も、利用者のわがままをくみとって、できるだけ使いやすくというのが、一見、無条件に正しいことのようだが、実際には30年前の家電と比べると現在の家電の操作ははるかに複雑で高機能になっている。だんだん使いやすくなっているどころか、使いづらくなっている。

しかしこれは、より多くの人々が高性能な製品を使えるようになるように、家電メーカーが長い時間をかけて、製品を通して一般消費者を啓蒙していると言えないだろうか。

僕は情報システムの構築の仕事をしているわけだが、この業界では特に、顧客の言いなりになると、だいたいとんでもないシステムができあがる。だいたいはシステムを作る側よりも利用する側の方が、情報システムについての知識が不足しているためだ。

したがってシステム構築にたずさわる人たちは、自分たちが利用者の要望をくむだけでなく、利用者を啓蒙する使命もおびていることを忘れてはいけない。IBMクラスのシステム構築業者になれば、コンサルティングサービスを通じて顧客を啓蒙するということを自覚的におこなえるが、レベルの低いシステム構築業者は「安くていいものを」という顧客の言いなりになってしまい、「安くて悪いもの」を結果的に作ってしまう。

啓蒙されることを嫌がる自己中心的な顧客は、結局は良いサービスを受けることができないし、良い製品を使いこなすようになることができない。良い情報システムを構築したいなら、企業の経営者は顧客としての自社の要望が無条件に正しいなどと思ってはいけない。システム構築業者から学ぼうとする姿勢がなくてはならない。

人々を啓蒙するのは、けっして学校だけの役割ではない。一般消費者として僕らが受けるサービスや、購入する製品の一つひとつが、僕らにとっての「教師」になりうるのだ。ただし、そこから何か新しいことを学ぼうとする人たちにとってだけは。

たとえば、いま亀戸駅前のマクドナルドでこの文書を入力している僕の目の前には、僕が入店する前からコンセントつきのカウンター席で携帯ゲーム機に延々と興じている少年3人がいる。

マクドナルドは顧客の要望に忠実なので、彼らを叱り飛ばすことはないけれども、何時間にもわたって座席を占有することが、ほめられたことではないということを、これら3人の少年は学び損ねている。

高度成長を成し遂げて以降の、日本の(そしてもしかすると世界中の資本主義国家の)すべての企業は、これまで顧客満足、顧客至上主義を言いつづけることで、顧客のわがままを際限なく増長させてきた。それによって自分たちが製品やサービスを通じて顧客を啓蒙できるという、大きな可能性を自らドブに捨てるようなことをしてきた。

日本経済新聞の社説の論調も、企業の顧客至上主義を当然のことのように考えている。最近読んだ社説では、環境問題に敏感な若者のライフスタイルが、あたかも自然と環境問題をより良い方向にみちびくようなことが書いてあった。

しかしこれは完全なウソっぱちだ。環境のことを考えるなら、顧客は今までは通用したわがままを、どうしてもひっこめる必要がある。そして企業はそういう風にわがままをひっこめさせるために、顧客を啓蒙する努力をしなければならない。顧客の増大するわがままをひたすら実現することが企業の社会的責任ではなく、顧客を啓蒙することこそが、特定の製品技術やサービスについて、一般消費者より高度な知識・ノウハウをもつ企業の社会的責任ではないだろうか。

企業の管理部門にいると、現場の人たちはやたらと「管理部門は現場に対するサービス部門だ」などということを言い、まるで現場のわがままを無際限に聞き入れることが管理部門の使命のように言う。しかし、企業の管理部門は、本当は現場を啓蒙することの方が本質的な役割なのだ。

顧客満足、顧客第一という言葉がはびこることで、社会から啓蒙の機会がどんどん失われている気がする。典型的なのは学校に文句ばかり言う親たちだ。

まさに啓蒙の場である学校までが、単なるサービス業のようにみなされ、親たちはレストランやクリーニング屋の仕事に文句をつけるのと同じように、学校の教師たちに文句をつける。最後の啓蒙のとりでである学校までが、顧客第一の美名のもとに、単に顧客のわがままをくみとる機関に堕落してしまう。

関西テレビの健康情報番組のねつ造問題もまったく同型だ。啓蒙ということには、個人的に知りたくないことを知らされる、ということも含まれているのに、テレビ局は顧客の知りたいことだけを知らせるようになり、最終的には顧客の知りたいような情報を作り出す。

知らなかったこと、知りたくないことを知るという啓蒙の機会を失ってしまったら、人々はどうやって前に進むのだろうか。

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2007/03/18

堀江氏の実刑判決と日興の上場維持を並べてみると

元ライブドア社長の堀江貴文被告が、東京地裁で実刑判決を受けたのに対して、不正会計問題を起こした日興コーディアルグループは、東京証券取引所の上場廃止を免れた。単純に粉飾額を比べると、日興コーディアルグループの方が大きいにもかかわらず。

この二つの「判断」をならべると、非常にバランスが悪いことは明白だ。日本が大企業に甘く、成功者に嫉妬する社会であることが、端的にわかる。

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2007/01/15

いまさら気にしてみる三菱自動車の厳しい近況

ダイムラークライスラーが資本を引き揚げた後の三菱自動車が、果たして「復活」したと言えるのか、ときどき思い出したように気にしてみたりしている。

結論としては、やはり二度のリコール隠し問題の影響は避けがたく、「復活」したというより、以前とは全く別の会社になったというべきだろう。

自販連のブランド別年間新車販売台数の2005年から2006年への推移を見ても、軽自動車の伸びが全体の伸びに貢献するなか、三菱自動車は国内ブランドではシェアを落としてしまっている。

斬新なデザインの軽自動車「アイ」が各賞を受賞したということで、三菱自動車は「復活」を喧伝しているけれども、普通車や小型車の状況はとても厳しい。小型車「コルト」の勢いはもう完全に失われている。

輸出をふくむ年間販売台数で、三菱は2005年、スバル、マツダをしのいでいたが、2006年は「レクサス」ブランドを除くと国内最下位に転落した。車種別で三菱自動車はたしかに「軽」を伸ばしているが、普通車販売は半減という非常に厳しい状況だ。アウトランダーや新型パジェロが功を奏していないことになる。

おそらく三菱自動車は、奇抜な新車を単発で小ヒットさせ、限定された顧客層にアピールすることで生き残るといったタイプの自動車メーカに変質したと考えるべきだろう。

ダイムラーが去ったことで、三菱自動車はたしかに自社の伝統に回帰し、日本企業としての誇りをとりもどしたかもしれない。しかし他方で、完全にダイムラー傘下に入った三菱ふそうは、いまだに脱輪問題を引きずりながらも、対前年比で着実に新車販売台数を伸ばしている。

三菱自動車は最近、販社の大胆な統合策を打ち出したが、コスト削減にはなっても、販売台数の短期的な回復には結びつかない。これが開発部門の社内での発言力をまた肥大化させ、同じ過ちのくりかえしにつながらなければよいのだが。

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2006/08/13

近所のSHOP99が自動ドアに

今日から近所のSHOP99の出入口が、両開きの扉から自動ドアに変わっていた。

眼鏡店チェーンがつぶれてこの店に換わったときは、あまりに安っぽい造りなので早晩店じまいになるだろうと、この「愛と苦悩の日記」にも書いたおぼえがあるが、実際につぶれたのは目と鼻の先のampmの方だった。

やっぱり僕にはビジネスセンスがないらしい。数年前駅前にできた、スーパーマーケットと見まがうパチンコ屋は、真冬も真夏も毎週末、開店前から長蛇の列で、1000円美容室のQBハウスも週末は朝から赤ランプ。

以前から韓国の方は多かったけれど、最近ではムスリムの女性がママチャリをこいでいるのを見かけるほどで、目に見えて外国の方々も増えているご近所は、東京近郊でも比較的リーズナブルに生活できるのだろう。

そういう商圏ではSHOP99が強みを発揮するということなのだろうが、それにしてもあのセンスの悪いBGMはなんとかならないのだろうか。

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2006/04/05

トラック架装メーカー偽装工事で国交省の機能不全

■毎日いろいろと面白い事が起こるものだが、トラックの架装メーカー47社、昨年末までの3年間で8670台の車両に、最大積載量を水増しするための偽装工事が行われていたようだ。(ある架装メーカーのWebサイトによれば、「架装」とはもともと「加装」つまり装備を追加すると書いたようで、車体の形状そのものを変更する一次架装と、車体に対して単なる補足工事を行うだけの「二次架装」があるようだ。今回のトラックの架装は二次架装ということになる)

発覚のきっかけになったのが三菱ふそうトラック・バス子会社の架装メーカー「パブコ」だったので、またもや三菱ふそうの不祥事かと思ったら、神奈川県警の調べによればトラック業界全体でメーカーと販売会社の共謀で長年にわたって横行していた不正行為というから驚きだ。

47社もある架装メーカーのうち、今回の最大積載量偽装が発覚したのが、なぜ三菱ふそうトラック・バス子会社からだったのか。この点が非常に興味深い。パブコが不正車検を国土交通省に報告したのが2006/02/03、それから2か月たってようやく業界全体での不正行為であることが判明したということだ。

2006/02/03より以前の2006/01/10に、元三菱ふそう関連社員が、同グループの販売会社から偽の発注で車両をだまし取り、詐欺容疑で逮捕されるというニュースが共同通信から報道されている。また周知のように、三菱ふそうトラック・バスは2004年以降のリコール隠し・ヤミ改修で国土交通省から「目をつけられていた」ということもある。

想像するにこれらの状況が「幸いして」、業界全体での不正が三菱ふそう系列から明るみに出たのではないか。三菱ふそうに関係する社員の内部告発である可能性もある。

しかし、神奈川県警や国土交通省が、三菱自動車と三菱ふそうのリコール隠しであれだけ両社や系列会社に調べを入れていたにもかかわらず、トラック業界全体での不正行為を明らかにできなかったというのは何故なのだろうか。

問題の大きさとしては、三菱自動車1社の不正行為と、業界全体でのトラックメーカーや系列販社を巻き込んでの不正行為と、比較するまでもなく後者の方が重大な問題である。それを監督官庁である国土交通省が、リコール問題であれだけ三菱自動車・三菱ふそうに踏み込んでおきながら発見できなかったというのは、監督官庁としての単なる怠慢ではないか。

もちろん不正行為におよぶトラックメーカーと販社に非があることに違いないのだが、三菱1社のリコール問題にあれだけこだわっておきながら、トラック業界全体の不正行為を発見できなかった監督官庁の責任も問われてしかるべきだろう。法制度の有効性が担保されるのは、それが正しく執行される限りにおいてである。

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2006/02/05

東横インに見るワンマン経営者チェック機能の重要性

■やはり東横インが支配人に女性を活用しているというのは、決して社会的貢献として誇れるような種類の女性労働力の活用(やっぱり労働力をモノ扱いするような表現が気になる)ではなかったようだ。

東横インの女性支配人の初任給は年収たった320万円で賞与なし。勤続10年でも570万円という。東横インが離婚暦のある女性などを積極的に支配人として雇用したのは、(1)安い労働力だから、(2)東横インぐらいしか雇ってくれないという弱みがあるため御しやすいから、この二つの理由があったからだと断言してもよいだろう。

あるテレビ番組で、元東横インの女性支配人だった女性が匿名の電話インタビューに答えていたのだが、全国の支配人を集めた会議では少しでも社長に対して意見すると、その場でやりこめられるのだという。多少の誇張はあるとしても、女性支配人の方がコントロールしやすいのは真実だろう。

違法改造直後の会見を見ても、この東横インという会社に経営に対するチェックがまったく機能していなかったのは明らかだ。経営陣に対して批判的な意見を進言できる体制が機能していれば、社長があそこまで無神経な語り口になるはずがない。社長の周囲にイエスマンやイエスウーマンしかいないために、あの社長は自分の言葉づかいがいかに常識からズレているかさえ分からなくなってしまっているのだ。

経営陣に対するチェック機能が働かない企業の抱えるリスクが、東横インのケースにはよく現れている。創業者のワンマン経営が、東横インのようなコンプライアンス問題を引き起こさないようにするには、よほどワンマン経営者自身の倫理観が強くない限り、労働組合や監査役などのチェック機能が必須なのではないか。

これは一企業の問題というよりも、日本の法制度の未熟さの問題なのではないか。

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2006/01/29

東横インの不正改造問題

■ほとんどの支配人が女性であるということで、以前から女性労働力の活用(人間をモノ扱いしたこの表現、自分で書いていて強い違和感があるのだが)で注目されていた「東横イン」というホテルチェーンで、身体障害者のために義務付けられている施設をいったんは建設しながら、法定検査の後、撤去、ロビー拡張や客室を増やすなどの偽装工事を行っていたとして、建築基準法違反に問われているようだ。

「東横」という名前が付いているので、てっきり東急グループ企業だと僕も勘違いしていたのだが、東急グループとはまったく無関係だ。コンプライアンス意識が低く、「バレなければ多少の違法行為は許される」という「赤信号みんなでわたれば恐くない」的意識は、耐震偽装やライブドアに限らず、官製談合も含めて、日本の実業界にあっては「古き悪しき伝統」であり、今に始まった話ではない。

したがって、最近になって急激に日本に拝金主義がはびこっているかのような、「関口宏のサンデーモーニング的」論調は浅はかすぎて、議論としてはまったく生産的でなく、自体の改善にもつながらない。

結局、一企業の中でそのような違法行為が始まったときに、同じ組織の中でそれを阻止する自浄作用が働くしくみが、違法行為が起こる以前から組織に組み込まれているかどうかが本質的な問題だ。

こういった急成長ベンチャーに典型的なのが、創業者の周囲をかためる経営陣に、創業者に根本的な批判や疑義をさしはさむことのできない「イエスパーソン」ばかりが集まってしまうという弊害である。創業者が意図してイエスパーソンばかりを集めているというよりも、創業以来、創業者の理念に心酔して、結果的に会社の中枢が創業者の単なるフォロワーで固められてしまう、と言った方が正確だろう。

このようなベンチャー企業でコンプライアンスが正常に機能するには、創業者自身が自分とは異質なものを、監査役なり適切な位置に配置するだけの、冷静さや、相対主義的な考え方を身につけているかどうかにかかっている。

おそらくヒューザーの小島社長や、東横インの西田社長は、ある意味「純粋」な人たちであったために、自分自身の経営理念に一転の疑問も抱かず、がむしゃらに事業に打ち込み、自分の周囲がイエスパーソンで固められていくことに無自覚だったのだろう。企業理念というものに対して純粋でナイーブ過ぎるがゆえに、社内の部門間牽制が働かず、違法行為を発生させる温床を作り出してしまったのだ。

ライブドアの堀江元社長に彼らのようなナイーブさはなく、まったく逆で、意図的に法制度の限界に知的に挑戦するゲームを楽しんでいたのだろう。

多くの日本人はこれらの企業家と同じようにナイーブで、企業理念の実現を目指して仕事に打ち込む企業家の純粋さを、かんたんに称揚してしまう。拝金主義を批判する前に、一つの企業には創業者の情熱という「熱い」側面と、コンプライアンスのような、ある意味「しらけた視点」の「冷たい」側面の両方があって、初めて永続的な法人として成立するのだという、当たり前のことを思い出すべきだろう。

そして企業内に「熱い」側面と「冷たい」側面の拮抗状態を作り出すよう強制する制度が、日本の資本主義には未整備であることが最大の問題である。日本のマスコミも、関口宏の『サンデーモーニング』に典型的に現れているように、制度の未整備という本質的な点を議論せず、拝金主義批判や「お金より大切なものがある」などといった安易な道徳論ばかりをふりかざす。それが結果として制度の未整備を放置するという悪循環がある。

創業者の周囲にイエスパーソンばかりという企業は、財務諸表に現れない経営リスクを抱えているということが、もう少し経済界の常識になっていいと思うのだが、歴史大河ロマンの好きな日本人はなかなか考え方を変えられないのだろう。

2月からの日本経済新聞の連載は堺屋太一の『チンギスハン』だというし。また歴史物か、という感じで、うんざりだ。

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2006/01/21

ライブドア狙い撃ちの底知れぬ恐ろしさ

■見事にライブドアは当局に狙い撃ちされたな、という印象だ。株式市場にこれほどの混乱を与える危険をおかしてまで、なぜ東京地検が一ベンチャー企業の摘発に血道をあげたのか。意図的なライブドア攻撃以外に理由は見あたらない。

他方では、なんど独禁法違反に問われても、飽かず談合をくり返す大企業集団がいるし、まだ明るみに出ていない粉飾決算は上場企業の中にも星の数ほどある(じっさい僕自身、過去とある勤務先で粉飾の片棒をかついでいたくらいなのだから)。

日本社会は時にこうして出る杭をきちんと打ちのめすことで、「バランス」という美名の下に悪しき平等主義をとりかえそうとする。そこに政府の意思がはたらいていない、単にライブドアは「運が悪かっただけだ」というのは、あまりに能天気な考え方である。

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2006/01/09

ニート問題の主因は企業の不作為

■日本経済新聞の若者についての記事を読むたびに、偏見に満ちた内容に怒りをおぼえる。そういう偏見に凝り固まった四十代、五十代が人事権を握っているから、ニートと呼ばれる人たちにはいつまでたってもまともな就業機会が与えられないのだが、もちろん日本経済新聞の記者にその自覚はない。

日本経済新聞の若者に関する論調をまとめると次のようになる。今の若者はひ弱だし、コミュニケーションも下手くそだし、企業にとって即戦力になるわけではない。しかしITを駆使できる人もいるし、外国人アレルギーのない人もいる。欠点より長所を見て若年層労働力を活かそう。

しかし、社会人経験のない若者が、企業にとってはさまざまな欠点のある労働力であるのは当然だ。これまで企業は、そういう「使いものにならない」若者を「使いものになる」労働力に育て上げるという社会的責任を果たしていた。

ところが今の四十代、五十代は、自分たちが会社に育ててもらう前は、ニートと同じく「使いものにならない」労働力だったことを見事に忘れ去り、まるで現代の若者が労働力として「使いものにならない」のは若者自身の責任であるかのように考えているのだ。

だからこそ、若者についての記事が、若者の長所やニート就業の成功例を必死になって探すといった論調になってしまうのである。もし企業の中核を担っている四十代、五十代の「おじさん」たちが、「自分たちも会社が育ててくれなかったらただのニートだった」という事実を自覚していたら、若者についての記事は、ただただ企業の怠慢を批判する内容になっているはずだ。


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2005/12/12

松下電器、一種の「リコール隠し」

■VIERAのテレビCMが完全になくなって、すべてファンヒーター回収のお知らせに差し替えられているが、読売新聞の2005/12/12の報道によれば、どうやら今年、2005/01/05最初の死亡事故の1か月後から顧客サービスキャンペーンと称して、すでに部品の無料交換を始めていたらしい。

キャンペーン上は「無料点検」、販売業者には「原則、部品交換を指示」していたとのこと。これはやはり一種の「リコール隠し」、家電なのでPL法に抵触することになるのではないか。松下電器は「事故を隠す意図はなかった」と話しているが、言葉どおりに信じるのは難しいだろう。

ある意味、「うまくいき過ぎ」の中村社長による大胆な事業構造改革の副作用で、非主力の旧製品でアフターサービスに穴が開いたのではと、非難されてもやむを得ないのではないか。本当に2005/02の時点で同社が事故の重大性を認識していたとしたら、ジャストシステムの「アイコン特許」訴訟に引き続き、パナソニック・ブランドはかなりのダメージを受けるのだろう。

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2005/11/29

リコール隠しと耐震強度偽装

■支離滅裂な言行で一躍、有名企業になったヒューザー。今回のマンション耐震強度偽装問題を、自動車のリコール隠し問題と比較すると、いかに不動産業界が消費者軽視の古い体質を残しているかがわかる。

自動車の場合は、設計に問題があろうと部品の強度に問題があろうと、消費者に対してその責任を負うのは、エンジニアリング会社でもなく、部品メーカでもなく、完成車メーカとされている。だからこそ、完成車メーカは外注先業者の選定にも責任を負う。電気製品のPL法だって、消費者に対する責任の所在という意味では、まったく同じ考え方だ。

ところが今回の醜い「罪のなすりつけ合い」を見ると、不動産業界では、なぜかこの消費者保護の基本的な考え方が通用しないようなのだ。少し前の森ビルの自動回転ドア死亡事故にしても、森ビルが全面的に責任をとるということがなかった。

完成品を販売する会社として、業者選定の責任や、業者の納入した設計図や部品・部材の品質チェック責任を負うのは当然だと思うのだが、なぜ不動産業界ではそうならないのだろうか。もう少しよく考えてみたい。

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2005/11/18

たばこ税を20倍に

■数日前、知っている人は知っている夜のTBSラジオ番組『アクセス』で、世の中の禁煙・分煙は行き過ぎではないかというテーマが取り上げられていた。この番組は一般聴取者が電話で参加できる討論番組なのだが、例によって喫煙者は肩身の狭さに憤り、禁煙・分煙を緩和しろという主張しかせず、新味のない議論が展開されていた。

ただし、僕は非喫煙者だが、禁煙・分煙を厳格にするよりもっと有効な策があると以前から考えていた。そして今朝の日本経済新聞の社説に、まさにその策が提案されている。それはたばこ税の大幅増税だ。

社説の題名は「安すぎないか日本のたばこ」なのだが、まさにその通り。思い切ってマイルドセブンを一箱2,000円にすれば、公共交通機関や各企業がこれ以上費用を負担して禁煙キャンペーンを行ったり、喫煙コーナーを設置したりする必要はなくなる。自治体が路上喫煙禁止のマークをわざわざ歩道に印刷したりする費用も不要になる。

これらの喫煙者対策費用が、まわりまわって非喫煙者の運賃や税金にはねかえっているのだから、非喫煙者にとってはいい迷惑である。ならば、これら公的機関・民間企業による禁煙キャンペーンを全部やめてしまう代わりに、たばこ税を20倍にすればいい。そうすれば、喫煙者だけが禁煙施策のコストを負担するという、極めて合理的な費用負担の仕組みができあがり、最終的には日本たばこがたばこ事業を廃業するところまでこぎつけることもできる。

実効性の乏しい禁煙・喫煙キャンペーンよりも、たばこ税の大幅増税ははるかに合理的で効果的ではないか。

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2005/10/24

ホワイドバンドにだまされた人々

■ようやくYahoo!JAPANのニュースに、毎日新聞の記事としてあがってきたが、OxfamというNPO団体が世界的におこなっている「貧困をなくそう」というキャンペーン。白いブレスレッドのような樹脂製のバンドを購入しようという、有名スポーツ選手や芸能人の呼びかけに、まんまとだまされた人が、やはりかなりいるようだ。

ホワイトバンド:趣旨説明不足で購入者から批判

そういう僕も、つい3週間前まで、あのホワイトバンドの売上が、すべてOxfamのふところに入っていることを知らなかったクチだ。TBSラジオの土曜朝の番組『中村尚登ニュースプラザ』の1コーナーに大宅映子が出演していて、OxfamなどのNPOが金の集まるビジネスになってきているという、米『NEWSWEEK』誌の記事をかんたんに紹介していた。それではじめて、あのホワイトバンドの売上が、寄付されるのではないということを知ったのだ。

そのNEWSWEEKの記事は、こちらで読むことができる。

Where the Money Is

読者の中にも、いまだにだまされている人がいるかもしれないので確認しておこう。あのホワイトバンドというのは、貧困をなくそうという「意識を高める」ためのキャンペーンであって、ホワイトバンドの売上が途上国に寄付されるわけではない。ホワイトバンドの売上はすべて、Oxfamの活動資金になるのだ。

今朝の毎日新聞の記事によれば、ファッション感覚でOxfamのキャンペーンにのせられてしまった日本人たちが、今ごろになってようやく文句を言い始めたらしい。

以前からここで話題にしている、『セサミストリート』の製作元、セサミワークショップもまたNPOである。日本での放送を、NHKからテレビ東京にくらがえした途端、マペットたちはじつにさまざまな企業のCMに登場しはじめた。NPOは人々の善意にうったえてお金を集めるところであり、純然たる慈善団体では決してない。

その存在の是非は別として、僕らはNPOと慈善団体の区別くらいは、ちゃんとつけられるようにならなければ。

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身近な偽造通貨

■今朝、最寄り駅のホームでいつものように自販機でミネラルウォーターを買おうとすると、二人のご婦人が自販機の連絡先電話番号へ携帯電話で連絡をとろうとしておられる。「ああっ、買うのはやめた方がいいですよ。ほら」と一人のご婦人が手のひらを僕のほうにひろげてみせた。

その上には五百円玉大の銀色の奇怪な貨幣が二枚。ほんとうなら「500」とあるべき場所に、「十」と「中」を足して二で割ったような奇妙な記号が二つ刻印されている。明らかに偽造通貨だ。「お釣りなしでお買いになるならいいですけれど、こんなヘンなのが出てきたんじゃぁねぇ」と、ご婦人は電話をかけ始めた。

さいわい僕はきっかり120円もっていたので、いつものミネラルウォーターを買うことができたが、偽造通貨が、東京郊外の住宅街で、こんなに身近なところで初めてお目にかかれるなんて。日本の国際化はまだこれからのようだ。

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2005/09/19

個人情報の「横並び」過保護

■今朝の日本経済新聞『経済教室』欄は、「個人情報保護に行き過ぎ」というテーマだった。筆者である青柳教授の主張は、保護すべき個人情報は飽くまでプライバシーにかかわる範囲に限定すべき、というものだ。例示として、先日のJR福知山線脱線事後で負傷者の搬送先の病院が、個人情報保護法を理由に、搬送された負傷者の氏名開示を拒否したことがあげられている。

この病院の対応は明らかに行き過ぎで、個人情報保護法上も第二十三条第2項に次のようにはっきりと書かれている。「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」。

筆者の青柳教授が問題にしているのは、このような日本社会の過剰反応である。僕もまったくその通りだと考える。病院だけでなく民間企業も、この法律に明らかに過剰な反応をしている。

個人情報の漏えいがあった場合、あたかも企業がすべての責任をとらなければならないかのように、この法律を解釈し、必要以上のセキュリティ対策を実施して従業員をがんじがらめにしている企業・組織は少なくないだろう。まるで、しっかり戸締りをしていても、泥棒に入られれれば入られた家の責任だ、と言わんばかりの、個人情報の過保護が広がりつつある。実際には泥棒こそが窃盗罪で起訴されるべきなのだ。

今年2005年4月に施行されたばかりの法律なので、当面は「過保護」が同業他社に対する差別化要素になるだろうが、いかにも日本人らしい「横並び意識」による過剰投資合戦にならないか、不安である。

と、言いながら、僕も一組織人としては、同業他社が「過保護」施策に出てきた場合には、対抗して「過保護」施策を取らざるを得ない立場にあるわけだが。

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2005/09/11

セブン&アイ・ホールディングスのお祭り騒ぎ

■いつも使う電車に乗っていると、車窓からセブン&アイ・ホールディングスの看板が見えた。たぶん元はイトーヨーカ堂のあの鳩のマークの看板だったはずの店舗だ。テレビでも設立記念セールのコマーシャルをさかんに放送しているが、日々イトーヨーカ堂やセブン-イレブンを利用している消費者には、持ち株会社の設立などどうでもいいことで、なぜテレビCMを放送するほど大騒ぎしているのだろうと、正直ピンと来ない。内輪のお祭りに無理やり消費者が付き合わされているような気分がするのは僕だけだろうか。

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2005/08/13

過程の陳腐さが結果の独創性を担保する

■ビジネス戦略を考えるという行為は非常に不思議である。デカルト風の誇張懐疑の手法を使って、自分が当たり前と考えていることをすべて疑っていけば、それぞれの業界で常識と思われていることなど簡単に捨て去ることができる。しかし、ビジネスの世界でこの方法的懐疑を押し進めすぎると、確実にどこかでただのナンセンスに突き当たる。

では、どこまでがビジネスとして有効性のある「斬新なアイデア」で、どこからが「単なるナンセンス」なのか、その境界線を演繹的に決定することはできない。演繹的に定義できないということは、仮説、検証のサイクルを繰り返すことで、帰納的にその境界を定めるしかないわけだ。つまり、やってみてダメなら、それは「単なるナンセンス」だったということが後からわかる、ということだ。

ところが問題をもっと複雑にしているのは、仮説、検証を行うビジネス環境そのものが、時とともに変化しているということだ。ある時期に失敗したものが、別の時期に成功することもあり得る。業界経験が長い人ほど「斬新なアイデア」と「単なるナンセンス」の境界線をより保守的に見積る確率が高いが、業界経験の短い人は「単なるナンセンス」の試行に経営資源を浪費する確率が高い。こういった問題に対しては、より多くの人の意見を聴くことが有効なのか、自分の信念にもとづいて仮説を立てることが有効なのか、それさえ事前に決定することができない。

一言で表現すれば、ビジネス戦略を練る行為は、純然たるバクチに限りなく違い。こういう問題系を相手にするとき、僕は正直言ってどう対応すればいいのか、ただ途方に暮れるだけだ。その点、社内SEとして利用者の要求を実現する過程で突き当たる問題群は、大部分が安定している。問題への対処方法を事前に決定できる。

しかし、本当にビジネス戦略を考えるという行為は、事前にコントロールできないバクチのような行為だろうか。僕がかつてドイツ人の上司から学んだことの一つに「方法論において独創性はいらない。独創性が求められるのは結果である」ということがある。

ビジネス戦略を考えるプロセスに独創性はいらない。教科書どおりにコントロールすべきである。真の問題は、その結果として産み出される戦略に独創性があるかどうかだ。プロセスさえコントロールできないのでは、産み出された戦略が戦略と呼べる代物なのかどうかさえ確認不可能になってしまう。

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2005/07/10

SE転職市場は堅調!

■僕が正社員として中途入社したものの、働きづらさから退職した某企業が、社内SEの求人広告を出しているのを偶然見つけた。僕が三十歳以降に転職した企業で、入社一年以内に退職したのは二社だけで、その二社ともが「半年と間をおかずに社内SEの求人広告を再び出し」ている。そのうち一社は、僕が退職した理由を改善しないまま後任の社内SEを中途採用し、その後任者も同じ理由で退職したと見られる。もう一社はもともと社内SEをかなり増員する計画だったので、計画どおりの求人のようだ。いずれにせよ、社内SEの求人は日本経済全体の動向と同じく堅調だ。数字を追いかけるより、モノづくりに専念したいITプロフェッショナルにとって、ますます転職のチャンスは広がってきていると言えるだろう。(何だか転職情報誌のコラムみたいな文体だ)

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2005/06/19

鉄道の安全と衆愚

■2005/06/17付けの共同通信配信のニュース。2005/06/04、午後3時過ぎ、JR中央線の国分寺駅で強引な駆け込み乗車をした乗客に対して、車掌が車内放送で「駆け込み乗車はおやめください。そのような乗り方でけがをした時は、お客さまの責任になります」と注意した。この放送についてJR東日本が行き過ぎた内容だったと謝罪したという。

僕にはJR東日本が謝罪しなければならない理由がまったく分からない。危険な駆け込み乗車をした上に、電車の発車を遅らせて、遅延回復のために速度を上げる運転を運転士に強要する原因を作ったのは、この乗客の方だ。こんな自己中心的な行為が、顧客として当然の「権利」であるかのように履き違えられていることこそ、鉄道の安全性に対する大きな脅威になっている。他の乗客にとってはいい迷惑だ。

少し前に起こった東武伊勢崎線の「開かずの踏切」での死亡事故にしても、踏切前で待たされている横断者が踏切の開閉を担当していた社員に対して、日常的に「早く開けろ」などの文句を言っていたという。ここにも顧客の理不尽なわがままが許され、社員が安全を守る立場として毅然とした態度に出ることが「悪」であるかのような了解ができあがってしまっている。

危険行為に対する当然の注意や管理を、逆に鉄道会社側が引け目に感じなければならないなどという主客転倒がまかりとおっているのでは、いくら鉄道会社が安全管理を行っても、乗客みずからそれを骨抜きにしているようなものだ。まさに「衆愚」の典型例である。

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2005/05/02

失敗から学んでいたJR東日本

東京大学名誉教授・畑村洋太郎著『失敗学のすすめ』(講談社文庫)を読み終えたが、文庫版だけに収録されている「あとがき」に一つ貴重な情報があったので読者の皆さんにぜひ紹介させて頂きたい。

2004/10に起こった新潟県中越地震で上越新幹線が脱線事故を起こしたとき、読売新聞をはじめとしてほとんどの報道機関が「新幹線の安全神話が崩壊した」などと否定的な論調だった。

しかし畑村名誉教授は一人の負傷者も出さなかったこの脱線事故の背景に、JR東日本の地道な安全対策があったことを指摘している。阪神大震災の教訓から、JR東日本は管内新幹線の高架部分の支柱補強工事を着々と進めていた。そのおかげで、新潟県中越地震が直下型だったにもかかわらず支柱はびくともせず、高架橋全体が崩壊するという最悪の事態を見事に回避したというのだ。

文庫版の「あとがき」には上越新幹線の高架のすぐ近くにあるマンホールが地盤の液状化で石塔のように1メートル以上も浮き出している写真が紹介されている。それくらい地盤が急激に軟弱化したあの地震にあっても、上越新幹線の高架橋は無事で、新幹線は車両が脱線しただけですみ、負傷者は出なかった。

阪神大震災の失敗から学んだJR東日本の地道な努力を評価せず、脱線の負の側面ばかりを非難する日本の社会(というより報道機関)こそが、企業が失敗から学ぶことを妨げる環境をつくりだしているのだという畑村氏の主張には説得力がある。失敗から学ぶことなく同じ失敗をくりかえす企業は論外だが、失敗から学んだ形跡がないかを注視することはたしかに重要だ。

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2005/04/16

手のひら認証カードのナゾ

■今、某銀行が手のひら静脈認証付きのカードを年会費無料で作れると、ものすごい勢いで宣伝している。ただ、この件についてまったく理解できないことが一つある。

同行のWebサイトに最小のフォントで書いてある「ご留意事項」を、よくよく読んでみると、こんなことが書いてある。「クレジットカード機能・電子マネー『Edy』機能では身体認証(バイオメトリクス)をご利用いただけません」。えっ?手のひら認証って、カードの安全性を高めるための機能じゃなかったでしたっけ。ところが手のひら認証付きカードを作るには、クレジットカードと「Edy」の機能をつけなければいけない。しかもこの2つの機能については手のひら認証機能が使えない。

とすると、万が一カードを盗まれたら、たしかに銀行のキャッシュカードとしては手のひら認証で保護されるかもしれないけれど、クレジットカードとして買い物にじゃんじゃん使われたり、キャッシングされたりしたら、手のひら認証の意味がない。たしかにクレジットカードのキャッシングには利用限度額があるが、ショッピング利用可能枠の範囲内で何度も買い物されてしまえば同じこと。そうとは知らずに手のひら認証カードを作ってしまった人たちは別として、預金者側のメリットはほとんどない。全銀協は先日カード盗難の場合の賠償には応じない方針を発表したばかりだし、なのにどうして手のひら認証をあんなに大々的に宣伝しているのだろう。本当に不思議だ。

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2005/03/29

おいしい対日投資とライブドア

■立花隆が日経BP社のWebサイトに新しい連載を始めており、ライブドアによるニッポン放送買収を取り上げている。『WEDGE』の記事を引用して、買収資金調達のために、ライブドアがリーマンブラザーズから不利なCB発行条件をのまされた点に注目しており、小泉改革が米国の対日投資を利する方向に効いているというところで第五回は終わっている。

ここからナショナリスティックな調子の議論が展開されることは想像に難くないが、今回の買収劇に関するもう一つの観点として注目できる(先日日曜朝のTBS『サンデージャポン』でも西和彦が同様のことを言っていたけれども)。

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2005/03/27

フィットネスと小売業界の類似性

■同じく日経の記事からだが、都心のオフィスビルを間借りして、一店舗あたりの会員数を200~300人に絞った狭小型フィットネスクラブが広まりつつあるらしい。会社帰りのOLが汗だくにならない軽い運動というコンセプトのようだ。ダイエーのような郊外型総合スーパーから、専門店・コンビニエンスストアーという、小売業界の流れにフィットネスクラブ業界も学ぶところがあるのではないか。

郊外型の大型フィットネス施設は、同じ郊外にある大型団地の高齢化とともにスーパー銭湯のような娯楽施設に置き換わるだろう。一方都心型の施設は、純粋に体を鍛えたい人たちのための専門店型ワークアウト施設と、今回日経が取り上げたような、会社帰りに軽い運動をするためのコンビニ型フィットネスに二分化するだろう。都心で大型店舗が生き残れるとすれば、六本木ヒルズ近辺にあるような外国人向け高級スポーツクラブだけになりそうだ...なんてことを僕が考える必要はまったくないのだが。

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2005/03/02

フジテレビの二重規範

■株式の時間外取引についての法律を改正して、ライブドアが行ったような取引がこれからは違法になる。そのことについてインタビューをうけたフジテレビ社長は、「株主に対する公平性の観点から望ましいことだ」と話していたが、株主に対する公平性を無視しているのは、明らかにフジテレビの方だ。

ニッポン放送の新株予約権の発行が本気なら、どう考えたって株式の発行数を増やしてニッポン放送の株価を下げ、買収をやりやすくする意図があるとしか考えられないではないか。フジテレビは村上ファンドやライブドアをふくむ、ニッポン放送の株主を、明らかに不公平に取り扱っている。よく「株主に対する公平性」などといったことを堂々と言えたものだ。

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2005/02/23

ニッポン放送の「内輪の理論」

■とうとうニッポン放送が既存の株主を犠牲にしてまでライブドアに買収されるのを避ける最終手段に訴えたようだ。新株予約権は飽くまで権利であって、今回これを買ったフジテレビが実際に新株の引受を行使するかどうかはわからないが、別に新規事業を展開するために資金調達するわけではないのだから、ニッポン放送という会社そのものの企業価値が変わらないまま、発行済み株式数だけがドカンと増えるので、一株あたりの価値が大幅に下がることくらいは、企業ファイナンスの素人の僕にだって分かる。これでは株価の下落は必至で、既存のニッポン放送株主は、他ならぬライブドアも含めて大損害をこうむるおそれがある。

ライブドアの堀江社長は、本当に実現できるかどうかは別にして、少なくとも、ニッポン放送の企業価値を高めるというポジティブな意図で買収をしかけているだけ、ニッポン放送の今回のやり口よりもまだましだ。今回のニッポン放送のグループ内での新株予約権の発行は、ただただフジサンケイグループが保身を図るためだけの、完璧に後ろ向きな内輪の理論にもとづく対抗策だ。

もしフジテレビが本当にニッポン放送との事業提携によるシナジーを、今まで少しでも本気に考えたことがあるなら、ライブドアに買収をしかけられて初めて、思い出したようにニッポン放送の株を買い始めるなどということにならなかったはずだ。ライブドアが行為に出るよりも前に、ニッポン放送を子会社化するなどの策を打っていたはずだ。今までそれをせずに、今ごろになってライブドアへの対抗上、ニッポン放送の株を買い始めるなど、一般の株主の利益を無視した、フジサンケイグループの保身以外の何物でもない。

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2005/02/03

松下製品不買運動

■松下電器がアイコン特許侵害裁判でジャストシステムに勝訴し、「一太郎」「花子」を製造販売中止の判決が下りたとのこと。仮執行は見送られ、すぐに販売中止になるわけではないが、すでにジャストシステムには株価のストップ安という経営上の実害が出ている。

どうやら松下電器は同じ特許についてソーテックやジャストシステムなど、特許係争対応力が弱い企業を狙い撃ちしているようだ。ジャストシステムはATOKに並ぶ主力製品の「一太郎」「花子」の販売を停止するわけにはいかないので、最終的にライセンス契約を結ばざるを得なくなる。わずかばかりのライセンス利用料が毎年松下電器に入るというわけだ。どう考えても進歩性の低いこのアイコン特許をネタに、日本で唯一マイクロソフトに対抗できるOAソフト「一太郎」や「ATOK」を開発するジャストシステムから小金を稼ごうという松下電器の特許戦略は、松下電器にとっては合理的な経営判断かもしれないが、企業の社会的責任の観点からすると明らかに誤った経営判断だ。

松下電器とソーテックやジャストシステムでは誰が見ても企業規模の差が大き過ぎ、一般消費者から「中堅企業の係争能力の弱みにつけこんだ小金稼ぎ」というそしりを受けることは避けられないのではないか。現に松下電器製品の不買運動を呼びかけるWebサイトもすでに出てきているようだ。一方で松下電器は好業績にもかかわらず今期中にデジタル家電部門で1000人、子会社の松下電子部品などで600人の人員削減も進めている。「消費者向け」製品メーカーとして、松下電器は社会的責任をもう少し考えた方がいい。もちろんこのWebサイトでも松下製品の不買を訴えておく。

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