2007/11/04

日曜早朝に思わぬFMラジオ番組

日曜日の早朝、FMラジオを聴いていたら、「アクセス」というグループのメンバーが一人で番組をやっていた。「アクセス」ってあのaccessのことか?大昔に解散したのでは?と思いつつ聞いていたら、やはり話しているのは貴水博之で、浅倉大介の名前も出てきた。流れてきた新曲はいかにもaccessらしいユーロビート。知らない間にaccessが活動を再開していたようだ


ただし、僕はaccessのファンでも何でもない。浅倉大介のファンでもない。浅倉大介が作るような曲が好きだというわけでもない。なぜaccessの活動再開に反応するのかというと、大学生のころの年下の友人が貴水博之の熱狂的なファンだったからだ。

あれから15年たっているのに、まだ活動している事実に単純に驚いた。同時に、レギュラーのラジオ番組が、日曜日の朝6時台というとても若者が聴けそうにない時間帯であることに、わずかな悲哀も感じた。

もう15年もたっているのだから無理はない。貴水博之も浅倉大介も、Wikipediaで調べたら僕より年上じゃないか。もうあれから15年だ。当時のaccessにまつわる想い出には、自虐的に笑えるものがあるのだが、書かないでおくことにする。

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2007/08/06

『ヤンキー先生!義家弘介の夢は逃げていかない』

ドリアン助川『正義のラジオ!ジャンベルジャン!』(ニッポン放送)以来の衝撃の(?)深夜AMラジオ番組を、昨日、見つけてしまった。それほど大騒ぎすることでもないのだが、同じニッポン放送の『ヤンキー先生!義家弘介の夢は逃げていかない』だ。

ご承知のように義家弘介氏は先日の参院選で自民党から立候補し、当選している。そのためこのラジオ番組はしばらくお休みだったらしいのだが、偶然、昨夜、参院選後に再開した番組を耳にした。

お休みの期間中、どうやら家庭内暴力で母親の腰骨を骨折させた少年とその母親からの相談を持ち越していたらしいのだが、結局、両親は離婚し、母親は息子の暴力を甘受しつづける決意をしたので、もう介入してこないでほしい、という母親からのメールで幕となったようだ。

最初にその少年と電話で直接話した放送回のテープが流されていたが、ときには声を荒げながら、「腹を割って話し合う」というパターンの介入方法で、果たして問題の解決になるのだろうかと、疑念が残った。

しかし、崩壊した学級を放置する教師や、わが子の家庭内暴力も甘受する両親が過半を占めるなかで、たしかに義家氏のように、方法論はどうあれ、問題を解決しようという強い意志をもつ人物は貴重なのだということがよくわかる。

ただ、若者の声が届かない国政を変えたいのなら、なぜ義家氏が民主党からではなく自民党から出馬したのか、その点は理解に苦しむ。

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2007/06/26

弾き語りフォーユー

NHK FMラジオで平日朝5時から「弾き語りフォーユー」という番組が放送されている。小原孝というピアニストが、リスナーからリクエストのあった誰もが知っているPOPSやスタンダードを、甘ったるくピアノでアレンジして演奏するという番組だ。

「弾き語り」と言っても小原孝氏が歌うわけではない。あくまで氏のピアノ向けアレンジが聴きどころの番組である。

早朝、目が覚めたときは、イヤフォンを耳に突っ込んで、いつもこの番組を聴いている。早朝の番組だからか、滑舌が悪すぎるせいか、小原氏の語りはほとんど聞き取れない。ただ、とにかくアレンジが甘ったるいので、二度寝するための子守唄がわりには最適な番組なのだ。

氏は1986年に国立音楽大学を首席で卒業しているらしい。すばらしい音楽家に違いないのだが、前衛的なものが好みの僕には、残念ながらその良さがよくわからない。とにかく寝入るには最適な音楽ということだ。

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2006/12/30

TBSラジオ『アクセス』に宮台真司出演

昨晩2006/12/29 22:00からのTBSラジオ『アクセス』は29日は「M2のウラ紅白・テレビじゃ聞けないJ-POP批評2006」と題して、宮崎哲弥と宮台真司がJ-POP、映画、Web2.0などについてしゃべりまくっていた。

宮台真司はインターネット放送ビデオニュース・ドットコムよりも一段と毒舌がさえわたり、今年ヒットした邦画については「はっきり言って『クソ』ですよね」と切り捨て、「悲しみ」「絶望」を表現することに成功している映画でなければ評価しないと語っていた。

YouTubeについてはJASRACの姿勢を「バカですね」とバッサリ。そもそも著作権とは表現者の食いぶちのための権利であって、JASRACのような中間業者の既得権益を守るためのものではない。

YouTubeによって表現の場を得る表現者がいるのだから、YouTubeが著作権者にとって利益になる点を理解せず、やみくもにYouTubeに講義するJASRACは、自らの利権にしか関心のない「バカだ」というわけだ。

ただ、いちばん興味深かったのは番組の締めに宮台氏が語った来年の抱負で、「来年はフィールドワークからはなれて、理論構築の仕事にシフトしていきたい」とのことだった。いったいどんな著作が公刊されるのか、とても楽しみだ。

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2006/08/08

三十年来の難病の原因がセロトニン欠乏

少し前、夜中に目が覚めたので、いつものようにNHKのAMラジオ第一放送『ラジオ深夜便』を聞き始めたら、原因不明の病で三十年間も床に伏せて、ついには自分で食事もとれずにやせ細り、つねに静脈から点滴を打たなければならない生活になったという女性のインタビューを放送していた。『ラジオ深夜便』のファンにはおなじみに、4時台の「こころの時代」というコーナーである。

いまNHKのWebサイトで調べてみると、インタビューをうけていたのは生命科学者であり、歌人でもある、柳澤佳子という人のようだ。タイトルは「生命科学で読み解く般若心経」。インタビューの中で柳澤女史は、三十年間の闘病生活の末に、何かにすがりたい気持ちになり、般若心経に出会ったと語っていた。

いろいろな宗教にふれた中で、科学者であった女史にいちばんしっくりきたのが般若心経だというのだ。その理由は、般若心経が原子論だからだという。女史はそのことを一人で発見し、その後に仏教研究者から裏付けを得たらしい。実際、仏教の開祖であるお釈迦様は古代ギリシアの原子論を学んでおり、仏教には、それ以上細かく分割できない単位という概念がたしかに存在するとのことだ。

僕が興味を持ったのは般若心経と女史の出会いではなく、三十年間、原因が分からなかった女史の難病の原因が、ようやく十年ほど前になって解明されたという部分だった。三十年間も女史を苦しめ、最後には点滴で命をつなぐまでに追い込んだ難病の原因、それはセロトニンの欠乏だったのである。現在、女史はセロトニンを増やす薬、おそらくSSRIかそれに類似した薬だろうが、薬剤による治療でラジオ番組に出演できるほどには回復しているということだ。

要するに脳の病気だったわけだが、セロトニンの欠乏というのは、これほどまでに人を悲惨な生活に陥れるものなのかと、ラジオを聴きながら、あらためてセロトニンという脳内物質の重要性を思い知らされた。そして、SSRIのような、セロトニンの減少を抑止する薬が、人類にとっていかに重要な発明だったかということも再認識した。

ふつうの人は、やっぱり「病気」というと、どうしても消化器だったり、循環器だったり、血液だったりの物理的な異常を思い浮かべ、たとえ脳の病気と言われても、脳の組織が物理的に壊れる病気しか思い浮かべられない。そして人間というものは、体が物理的に壊れる病気でしか、三十年間も苦しむようなひどい病気にならないと考えがちである。

しかし、脳内物質の欠乏だけでも、一人の人間を三十年間も苦しめるような病気を引き起こしうるのだ。人間は最近やっとのことでこの事実を発見し、SSRIのような薬が発明され、柳澤女史のような人がまともな治療を受けることができるようになったのだ。

ところが、いまだに多くの人が誤解をしたままで、体が物理的に壊れない病気は、すべて「心の病気」とひとくくりにし、本人の性格がゆがんでいるからだとか、気が弱いからだとか、考え方が悲観的だからだとか、細かいことを気にしすぎるからだとか、根性がないからだとか、そんな非科学的な考え方しかできないでいる。適応障害で休養されている雅子さまに対するバッシングが、いまだに続いていることを見てもわかる。

しかし、そのツケは、そういう誤解をしている人たち自身が、遅かれ早かれ自分で払うことになるだろう。今日NHKの9時のニュースで取り上げられていた、何か月も疲れがとれない「疲労症候群」にしても、昔は「自律神経失調症」という意味不明の病名で片付けられていた病気にしても、二十一世紀の現代では薬で対処できる病気なのだ。

ところがそれを知らない人は、ある年齢になって、わけのわからない体の不調に襲われたとき、適切な対処ができないまま、病気を悪化させるに違いない。

セロトニンのような脳内物質の異常による病気については、柳澤女史の「告白」のように、まだまだ地道な啓蒙活動が必要だ。柳澤女史とまったく同じ病気で、いまも寝たきりで苦しんでいる人がいる可能性も十分にある。自分の病気には治療法があるのだ、ということを知らないままに、無知ゆえに苦しんでいる人がたくさんいるに違いない。

無知ほど恐ろしいものはないと、柳澤女史のインタビューを聴いて実感した。

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2006/01/22

連合会長と女子アナのかみあわないトーク番組

■早朝、深夜のAMラジオ番組は、外国の短波放送を盗聴しているような気分にさせることがある。テレビのゴールデン番組では絶対に成立しないような会話が、恥ずかしげもなく堂々と放送されていることがよくあるからだ。

昨日、土曜日の早朝、たまたま目が覚めたので耳にイヤホンをつっこんで文化放送に合わせると、ありがちな人生相談のコーナーが聞こえてきた。が、その相談内容がめずらしい。「最近、勤め先に労働組合ができて加入を勧められているのですが、加入すると上司や経営層から目をつけられるのでやめた方がいいという人もいます。どうすればいいでしょうか」。

そんな相談に対して、きわめて聴きとりづらいダミ声の中年男性メインパーソナリティーが、「会社の経営者のなかには労働組合を毛嫌いする人もいますが、信じられません。労働組合ほど経営者にとってありがたいものはないんですよ。会社をよくするために一生懸命、協力してくれるんですから。ぜひ加入してください」。アシスタントの女性がさりげなくフォローを入れて、「まわりの方たちとよく相談した上で決めてみてはいかがでしょうか」と言うと、メインパーソナリティの中年男性はこの意見を完全に無視して、「ぜひ労働組合に入ってください」とくりかえした。

番組の終わりを告げる軽快なBGMがなり始めると、アシスタントの女性はいきなり話題をかえて、「ところで高木さんはどんなおなべがお好きですか」。すると高木というメインパーソナリティは何事もなかったかのように「やっぱりカキの土手鍋ですねぇ」「味噌味ですね」「ええ、大好きなんですよ。鍋をつつきながら日本酒で一杯」。さっきまでの真剣な労働組合談義はどこへやら。

この番組、文化放送毎週土曜日朝6:50から10分間放送されている『おはよう!高木茶屋』というらしい。高木というメインパーソナリティーと、アシスタントのアンバランスが強烈に印象に残ったので、インターネットでいろいろ調べてみた。

まずこの高木というダミ声の中年男性は、なんとまぁ僕の大先輩、東京大学法学部卒業の62歳、全旭化成労働組合連合会書記長、UIゼンセン書記長を歴任し、2005/10に連合・日本労働組合総連合会の会長に選出された高木剛氏だったのだ。どうりで労働組合擁護論を熱く語るわけだ。

一方、まったくかみあっていない「常識人」であるアシスタントの女性は、1974/04/16秋田県秋田市生まれ、早稲田大学政治経済学部経済科卒業で1997年文化放送に入社したアナウンサー石川真紀さんということがわかった(ちなみに同姓同名のグラビアアイドルがいるようだが別人)。

こういう下らない発見があるので、早朝・深夜、ふと目が覚めたときのAMラジオ聴取はやめられない。

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2005/08/29

ラジオ深夜便3時台

■昨晩のNHK『ラジオ深夜便』午前3時台は1982年のヒット曲特集だった。岩崎宏美『聖母たちのララバイ』、欧陽菲菲『ラブ・イズ・オーバー』、河合奈保子『けんかをやめて』に続いて、薬師丸ひろ子の『セーラー服と機関銃』がかかった。夜中の3時台の主たる聴取者である戦中・戦前世代には何の感慨もないのだろうが、岩崎宏美の歌う歌はどの曲も美しい。『セーラー服と機関銃』を聴くと、ワンシーンワンカット、固定ロングショットの相米監督の映像とともに、胸の奥をキュッとつねられたような切ない想い出がよみがえる。

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2005/06/26

『岡村孝子 STYLE GARDEN』

日曜日の朝は昔を懐かしむ時間帯と決まっているのだろうか。

たまたま朝早く目覚めてNACK5という埼玉ローカルのFMラジオ局を聴いていると、43歳になった岡村孝子が相変わらずスローペースなしゃべりで、リスナーからのリクエストにこたえて80年代全盛期の自分の曲をかけている。新しいリズムに挑戦してみました、という最新曲『フックエンド・マナーの丘』も、確かにリズムは若干バウンスしているけれど、判で押したような岡村作品と何も変わっておらず、音程の不安定さにだけ年齢が感じられる。これが7:30~8:00『岡村孝子 STYLE GARDEN』。変わっていないけれども確実に歳月は過ぎている。

そして彼女と同じ年代のリスナーが、コンサートで『アイ・アム・ザ・エディター』を聴いて、両親とテーブルを囲んで楽しく夕食をとっていた16歳の自分を思い出しました、というハガキを送るのは9:00~9:30『財津和夫の人生ゲーム21』。あの頃は友達と出かけたチューリップのコンサートも、今は結婚19年目の主人と。16歳の自分には二度と戻れないと思うと悲しいですが、チューリップの曲にひととき、あの頃の想い出が鮮明によみがえってきました、という内容。

16歳のころの僕自身は、実存主義哲学にふれる一方で、『夕やけニャンニャン』を見ながら東京での生活にあこがれていた単なるミーハーな男子。物心ついて初めて上京したとき、まだ河田町にあったフジテレビで夕ニャンの収録スタジオを見学し、渋谷の「SAILORS」でお土産を買い、華やかさの一方で「コンビーフ」の錆びついた看板も見える山手線からの風景に、ああこれも東京だと無意味に納得して、必ず東京で生活するぞと心に決めて大阪に帰ったあの日。

リクエスト曲は、ユーミンで『あの日に帰りたい』。
(何じゃそりゃ)

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2005/06/05

財津和夫作曲・松田聖子『チェリーブラッサム』

■今朝も遅寝の布団の中で財津和夫の『人生ゲーム21』を聞いていたが、リスナーからのリクエストで松田聖子『チェリーブラッサム』をかける前に、例によった訥々とした語り口で「聖子さんのために私が作りました曲、最近はすっかりお声が掛からなくなってしまいましたが」という自虐的なんだか批判がましいんだかわからないコメントがあり良い味を出している。この番組がクセになるのは意外に毒のあるこの財津トークのせいだな。でも松田聖子に何曲か楽曲提供しているということは、チューリップとしての活動以外でかなり儲けてるんだな。

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2005/05/29

財津和夫の人生ゲーム21

■『林原めぐみのTokyo Boogie Night』、『小森まなみのエールを君に』、『普天間かおりのヘルシー&ダイエット』に続いて、最近また一つ「知る人ぞ知る」タイプのラジオ番組を見つけて聴くようになってしまった。ちなみに最近はネット上にWikipediaという、一般人がよってたかって作る百科事典のようなものが出来ていて、上述の2番組もここで詳細を調べることができる。う~ん、しかし小森まなみが1959年生まれだったとは...。

話を戻して、新たに見つけた番組とは『財津和夫の人生ゲーム21』(キー局:東海ラジオ、提供:トヨタ自動車)だ。過去の青春を懐かしむだけでなく、第二の青春を見つけようという財津和夫の年齢にふさわしいテーマの30分番組で、リクエスト曲ばかりかかる合間に、財津和夫のとつとつとしたしゃべりがなんとかすべりこんでいるという感じだ。もとは60分番組がネット曲の拡大と同時に30分に短縮されたというが、確かにあのしゃべりで60分は少々きつい。

一度リスナーからaikoの『カブトムシ』がリクエストされたときも、財津氏は彼女のことを全く知らなかったらしく、曲がかかった後に、「いいんじゃないですか。ちょっと転調っぽいところもあったりして。でも曲はまあまあ。詞も、まあいいですね。いちばんいいのは彼女の声。声が好きになりました」と大御所らしい辛口コメント。

別の回でリクエスト曲にGacktがかかった後は予想どおりコメントなしだった。リクエストメッセージの中に「ぜひGacktさんをゲストに呼んでください」と書かれてあったのに対しては、「Gacktさんのような方が、こんな『第二の青春を見つけましょう』なんて番組に出ていただける訳がないじゃないですか。もっとチャラチャラした番組に出るのがいいんじゃないんですか」と、朴訥な語り口ながらも、やはり大御所らしく超辛口コメント。

東海ラジオの同番組のページを見ると、普天間かおりがゲストとして出演したことがあるらしい。これこそマイナーラジオ番組つながり。

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2002/10/13

久しぶりに耳にした普天間かおりの声

■日曜日の早朝、ふと目を覚ましたときの習慣でイアフォンを耳にねじこんでラジオをつけると、懐かしい声が。しかし運悪く番組の最後の部分で、「また来週!」という言葉しか聞けなかった。最近『涙そうそう』というヒットを飛ばした夏川りみのアルバムを数寄屋橋のHMVで立ち聴きしたとき、久しぶりに『芭蕉布』のメロディーに触れた。僕がこの歌を覚えたのは普天間かおりの『真南風』という1997年発売のアルバムだ。

もうあれから5年たっていることも驚きだが、普天間かおりがまだラジオに出演できていることも驚きだった。東海ラジオを聴ける中部地方の方々は幸運だ。文化放送ではアシスタントとしての彼女の声しか聴くことができないのだから。その他の地域の方でも運が良ければ彼女の声が聴ける。

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1999/12/23

仕事の移動中のタクシーで「やる気大学」

■先日、仕事の移動中にタクシーの中で10年ぶりに吉田照美と小俣雅子の「やる気大学」を聴いた。一気に学生時代にタイムスリップ。まだやってるのか、とあきれた(笑)。

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1999/01/10

声優ラジオ番組のおママごと脚本

■日曜日の夜、たまにAMラジオをかけっぱなしにしていると、声優ラジオ番組が耳に入ってくる。若手のアニメ声優がパーソナリティーをつとめているが、大抵5分くらいのラジオドラマが放送される。ところがこの脚本がヒドい。おままごとみたいな性別役割分業の恋愛ドラマを飽きもせずくり返している。小学生の頃、番組名は忘れたが毎回凝ったプロットのラジオドラマがあり、出演声優も大御所ばかりで毎週楽しみに聴いていた。今のラジオ局は子供だましの声優ラジオ番組を制作し続け、聴取者の満足水準を下げる悪循環に陥り、自ら声優という商売の衰退を招いているように思える。

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1998/10/31

普天間かおり『ヘルシー&ダイエット』終了

■普天間かおりさんの『ヘルシー&ダイエット』、今日放送分で終了!そりゃ当たり前だ。彼女一人でトークすればいいものを、番組ディレクターが出てきてお説教くさいことをしゃべるようになって以来、普天間かおりファンにとっては番組の魅力は半減した。この番組のスポンサー、自分の都合しか考えてない。こんな番組づくりじゃ誰がパーソナリティーをやってもダメでしょ。

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1998/04/19

ドリアン助川『正義のラジオ』で「教師の性暴力」

■昨夜、久々にドリアン助川の「正義のラジオ」を聞いた。テーマは「教師の性暴力」。じっさいに被害にあっている女子高生2人が、電話で出演。ドリアン助川氏はその理不尽さに怒りを表現。全国からも(やられるあんたが悪いという一部のバカを除いて)励ましの電話やFAX。来週もこのテーマで行こう!

これはおかしい。そう思いません?性暴力の被害者である彼女たちに必要なのは、訴訟に持ち込んで加害者を有罪にするための実際的なノウハウでしょ?いくらドリアン助川が義憤を表現したところで、何になるの?もしこのページを読んでいる方で、自分も性暴力の被害にあってるという方は、別項で紹介した『御直披』という本を買ってください。巻末に各都道府県の警察署にある相談窓口一覧がのってます。また、この本そのものが告発から訴訟にいたる一連のプロセスの入門書になってます。

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1997/12/29

小森まなみのラジオ番組打ち切り

■どうやら東海ラジオの小森まなみの番組の1本が、東海地区ネットだけ打ち切りになるらしい。それでも2本残っているんだから。

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1997/12/20

普天間かおり『ヘルシー&ダイエット』でハガキが読まれた

■今日、普天間かおりの『ヘルシー&ダイエット』でまたハガキが読まれた。しかも僕のハガキで、リスナーの理想体重と現実の体重のギャップをきいてみよう!という企画までできた。もうこうなったらハガキ職人でしょ(ちなみにペンネームは「中二階のハンドバッグ売り場」っす)。

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