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2009/11/13

米WIRED記事『なぜ日本人はiPhoneが嫌いか』と、林信行のKYな反論

先日、日経ITProというサイトで、林信行という自称「ITジャーナリスト」が、『iPhoneの衝撃』『iPhoneショック2』という、いわゆる「黒船襲来」系のトンデモ記事を書いていることを取り上げ、ここで反論を書いた。

要は、林信行氏の思いこみに反して、iPhoneは絶対日本で売れないという反論だ。

ところが、すでに米国のWIRED.comに、米国人による「なぜ日本人はiPhoneがキラいなのか」という記事があることを知った。

日本語による解説記事はこちらをクリック。

そして原文の英語の記事はこちらをクリック。

で、やはり林信行氏はこの記事で自分の意見が正確に引用されてないことにカチンと来たらしく、英語で反論の記事を書いていたらしい。

『My view of how iPhone is doing in Japan by Nobi(日本でiPhoneがどうなっているかについての私見)』

ただ、以前も書いたように、林信行氏のいかなるiPhone擁護論に対しても、反論するのは不毛である。(僕はそういう不毛なことをして時間をムダにするのが大好きなのだが)

彼は日本のごくフツーの携帯電話ユーザーとは全く異なる世界の住人だからだ。

日本のごくフツーの携帯電話のユーザーとは、通勤・通学電車で親指で絵文字入りのメールを頻繁にやりとりしたり、自宅でモバゲーなどのSNSサイトを純粋なヒマつぶしに閲覧したり、ごてごてストラップをぶら下げたり、端末のデコレーションにいそしんでいるような、そういう人たちのことだ。

英語が堪能で、凡庸な学生でもなく、凡庸な会社員でもない。そんな林信行氏に、そもそも日本の携帯電話にiPhoneが勝つか負けるかなどという話題を論じる資格はない。

林信行氏は、いわるゆ「上の人」、ITリテラシーの高いエリートであって、携帯電話をジャラジャラとデコレーションしている日本のユーザーにまでiPhoneが普及するかを論じる立場にない。

まして、林信行氏のiPhoneに関する議論は、分裂している。

林信行氏は、上記の自身のブログに引用した、WIRED.comのChen Brian氏あてのメールでは、日本におけるiPhoneの状況について、冷静かつ中立的に論じている。

にも拘わらず、その同じ林信行氏が、日経ITProに連載している『iPhoneの衝撃』『iPhoneショック2』の内容の偏り具合は、一体何なのだろうか?

日経ITPro 連載『iPhoneの衝撃』

日経ITPro 連載『iPhoneショック2』

これらの連載は、個人的な思い込みによるiPhone礼賛記事と取られても仕方ないほど、無根拠な希望的観測にあふれている。まさに梅田望夫の『ウェブ進化論』的なセンセーショナリズムやプロパガンダに満ち満ちている。

林信行氏は、日本のジャーナリズムの文脈の中では、日経ITProの連載記事が、自分のITジャーナリストとしての信頼性を台無しにする、ということに気づいていない。

梅田望夫氏が、いまや「とんでもエッセイスト」の殿堂入りをしているのと同様、林信行氏も、遅かれ早かれ「とんでもITジャーナリスト」の殿堂入りをするに違いない。

林信行氏がどれだけiPhoneを礼賛しようと、iPhoneが日本の携帯電話文化に「衝撃」というほどの「衝撃」を与えることはない。

林信行氏のように、特定の機種について熱く語るタイプの人間は、日本の携帯電話ユーザーの中では、ウザがられるだけである。

なぜなら、日本の携帯電話ユーザーの機種選択は、合理的判断によって行われているわけではないからだ。

携帯電話の機種を選ぶとき、機能や使いやすさ、料金などを総合的に比較するユーザーは、日本では少数派である。

日本のほとんどの携帯電話ユーザーは、単なるキャリアやブランドの好き嫌い、友達がドコモだから、auだから、ソフトバンクだから、などといった、きわめていい加減で、非合理的な理由にもとづいて機種を選択する。

それを合理的に分析しようとしたり、iPhoneの優位性を合理的に説明しようとすること自体、林信行氏が、いかに日本の携帯電話文化を理解していないかの証拠である。

WIREDの記事も、日本人がなぜiPhoneを嫌うのかを、合理的に説明しようとしている点で、同じように、日本の携帯電話文化をまったく理解していない。

その他、日本でなぜiPhoneがメジャーになれないのかを、機能面、通信費用などで合理的に説明しようとしている人々は、すべて、日本の携帯電話文化を誤解している。

日本人にとって携帯電話とは、もはや携帯電話自体の機能や料金体系について語るべきものではなく、コミュニケーションの道具として、もっと感情的側面の大きなものになっている。

そんな空気の中で、iPhoneは日本の携帯業界に衝撃を与えるなどと、大真面目に、かつ、理論的に語る林信行氏のような人物は、完全にKYである。

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2009/11/05

iPhoneは決してケータイを変えない

社団法人・電子情報技術産業協会によれば、この記事を書いている時点で、最新の2009年8月の統計で、1か月の携帯電話出荷台数は約187万台で、14か月連続マイナスとなっているらしい。

うち、ソフトバンクのシェアは、総務省によると、ざっくり20%と言われているので、2009年8月の1か月で約37万台。

ところで、アップル社発表による、2009年4~6月期の、「全世界」でのiPhoneの販売台数は約521万台だ。これを1カ月平均にすると、174万台。

仮に、ソフトバンク加入者の半分がiPhoneを購入するという、非現実的な想定をしても約18万台で、iPhoneの2009年8月単月の国内シェアはたった10%。

実際にはiPhoneの累計販売台数は100万台に届くか届かないか、程度の台数だと言われている。

総務省の「平成19年通信利用動向調査報告書(世帯編)」(2008年6月)によれば、国内の携帯電話機・PHSの世帯普及率は2007年末で95.0%とのこと。

2005年の日本の世帯数が約4,900万なので、2007年の世帯数が少し減っているとして、iPhoneがすでに累計100万台売れていたとしても、シェアはたった2%。

要するにiPhoneは、日本国内では極めてマイナーな機種なのだ。

ところが国内のIT系メディアは、iPhoneに関して「バカ騒ぎ」状態。特に日経ITProなどは、iPhone専用のコーナーまで設ける始末。

そのコーナーに「ケータイを変えたiPhone」などという、勘違いもはなはだしいタイトルを付けている。

しかも「ケータイを変えた」と過去形。一体いつ日本のケータイ文化がiPhoneによって変えられてしまったのだろうか。

日経ITProのこのコーナーは「とんでも記事」のオンパレードで、ここまで来ると「お笑い」だ。

梅田望夫の『ウェブ進化論』に始まる「グーグル狂想曲」以来、IT系メディアのこの種の「根も葉もない流言飛語」には、目に余るものがある。

たった数%の機種が、いつ、どうやって、相変わらず親指でメールを打ちまくり、モバゲーでヒマをつぶしている、大多数の日本の携帯利用者の文化を変えたというのか?

いったいiPhoneが日本の携帯電話業界に、どんな顕著な「功績」をもたらしたというのか?

iPhoneのテレビCMのセンスが良くて、「さすがアメリカ」などと、いまさら、米国かぶれの頭がからっぽのフリーライターが、iPhoneが日本のケータイ業界に革命を起こすと、完全に誤った妄想を抱く様子は、某新興宗教がハルマゲドンを本気で信じていたのと大差ない。

こんな特集コーナーを組む日経ITProの編集部は、妄想にもとづいて特定商品の宣伝記事を書く自らの編集姿勢を恥じ、謙虚に現実を伝える方向に正すべきだ。

というか、日経の記者って、もう三流スポーツ新聞と同じレベルになってしまっているのかもしれない。

以前ここで批判したAsteriskの連載にしてもそうだが、日経ITProの特集記事は、いわゆる「都市伝説」が書いてあるんだ、くらいの気持ちで、8割引くらいで読むべきだろう。

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2009/11/01

つくりがヘボい、柴田淳のファンクラブサイト

柴田淳が、デビュー8年目にして作ったファンクラブ「蠍一座龍世柴田組」(※)に加入したことは、すでに書いた。

(※「さそりいちざ・りゅうせ・しばたぐみ」と読む。柴田淳が蠍座で、辰年生まれであることから)

ファンクラブ専用ウェブサイトがあり、当然、ユーザ、パスワードでログインし、「組員」しか閲覧できない。

ところが、このウェブサイトの出来が、とにかくヒドいのだ。

株式会社ロム・シェアリングという会社のシステムを利用しており、この会社はファンクラブの運営・管理を全般的に代行する専門会社らしい。

しかし、株式会社ロム・シェアリングの企業サイトにアクセスした後、延々とFlashや画像のロードに待たされることからも分かるように、明らかにデザイン偏重で、基礎的なシステム開発の技術レベルが低いことがわかる。

というのは、ファンクラブが開設して1か月もたたないのに、ファンクラブ専用サイトの掲示板システムがダウンしたのだ。

柴田淳には悪いけど(ごめんね、しばじゅん)、柴田淳のファンはそんなに多くない。決して、mixiのように分単位で書込みが殺到するような掲示板ではない。

事実、サイト内の掲示板のうち、最も書込みが多いものでも約1,300件だ。

これでダウンするのだから、システム基盤の設計技術のレベルの低さは明白だ。

しかも、この掲示板、PCと携帯電話の両対応しているのはいいが、携帯電話の一部の機種に非対応で、一部のファンがファンクラブ先行のコンサートチケット予約に申し込めなかったらしいのだ。

単純なHTMLを吐き出すだけのCGIで、なぜ携帯電話の一部機種に非対応になるのか、理解に苦しむ。

問題の掲示板コーナーについては、個人的に気になってHTMLのソースコードをのぞいたところ、複数ある掲示板へのハイパーリンクの<A HREF="~">タグが、どれも閉じられていない。(要は</a>がない)

運営者にメールで連絡したが、いまだに改修されていない。

それにこの掲示板、PC版の本文入力欄が、携帯版に合わせて横半角40文字と、極端に狭いし、自分の書いた記事の削除機能さえない。

また、サイト全体は、どこのコーナーに行っても、いちいち結構な高さのあるトップバナーが表示され、PCで見るときは毎回たてにスクロールする必要がある。

デザイン偏重で、使いやすさが犠牲になっている。

さらに、会員情報の編集機能があるのは当然だが、自分で初期パスワードの変更ができないのだ。

ユーザ認証のあるウェブサイトで、パスワード変更ができないサイトなんてあるだろうか?初期パスワードが漏れてしまったら、個人情報保護の観点から、株式会社ロムシェアリングは一体どうするつもりなのか。

さらに、HTMLのソースコードをのぞいて気になったのが、ローカルの開発環境のスタイルシートへの参照が残ったままになっていることだ。

...などなど、この株式会社ロムシェアリングという会社のウェブサイトは、突っ込みどころ満載の、かなり品質の悪いシステムだ。

ただ、よく考えてみると、なぜビクターほどの有名なレコード会社のアーティストが、個別にファンクラブ・サイトを構築しなきゃいけないのか?

柴田淳が所属するVictor Music Artsは、ビクターエンタテインメントの100%子会社だ。

親会社がファンクラブ運営システムを、一括してまともなシステム構築業者に発注し、それをASPの形でシェアすれば、ビクターグループ全体としても費用削減になるだろう。

レコード会社には、そういうことをマネジメントできるCIO的な人間がいないのかね。まったく。

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2009/10/31

「キンドル」は日本で絶対売れないが、iPodは売れた理由

前回は、米アマゾンが開発した「キンドル」のような電子書籍端末が、日本では絶対に売れない理由を、ぐだぐだと書き連ねた。

今回は、「キンドル」が絶対に売れない日本で、なぜiPodのような携帯音楽プレーヤーが売れたのか、その理由を考えてみる。

まずは、下らない理由から。昔のLP盤がCDの大きさになることで、すでにレコードの「モノ」としての価値が小さくなっていたこと。

「音さえ聞ければいい」というニーズが、すでに十分に大きくなっていたことだ。

そして、より重要な理由は、音楽配信で実質的な値下げになっていることがある。

CDはシングルでも普通1,000円するが、音楽配信で1曲単位で購入すれば200円ほどで済む。アルバムも、音楽配信で購入すれば、CDを買うよりも約3割は安くあがる。

「キンドル」のような電子書籍端末をヒットさせるポイントがあるとすれば、この点だけだ。

たとえば電子書籍が、紙の書籍の半額になったら、新書・文庫を「キンドル」のような機器で読もうという消費者が出てくるかもしれない。

ただ、それでも機器の物理的な大きさで、ケータイとの競争に敗れるだろう。

書籍を読むには、どうしても一定の大きさの画面が必要だが、音楽を聴くにはケータイより小さい画面で十分だ。

じっさい、携帯音楽プレーヤーは、フルカラー液晶をもつ機種もあるが、動画配信端末としては失敗している。曲名などを表示する、最小限の画面があれば十分。

なので、ケータイに加えて携帯音楽プレーヤーを持ち歩くことを、面倒がる人はほとんどいない。

じゃあ、ケータイ自体を音楽配信端末として使えばいいのに、なぜケータイの音楽配信サービスは、「着うたフル」どまりで中途半端なのか?

音楽配信で、ケータイが圧倒的に不利な理由は、大量の音楽ファイルの管理に不向きだからだ。

1年で100冊の本を読む人は少ないが、1年で100曲の音楽を聴く人は普通にいる。

音楽ファイルは、1アルバム1ファイルではなく、1曲1ファイルなので、どうしてもファイル数が膨大になる。

すると、大量の音楽ファイルを整理する道具が必要になり、iTunesのようなパソコンで動くソフトウェアと、携帯音楽プレーヤーを組み合わせて使うことになる。

そして、iPodなどの携帯音楽プレーヤーは、パソコンが誰でも使えるふつうの機械になってから登場したので、成功した。

パソコンを買うお金のない消費者層は、ケータイの着うたフルや、CDレンタルで音楽を聴き、経済力がつけば、自然と携帯プレーヤーとパソコンの組合せへ移行していく。

また、書籍は書籍そのものが売れなくなっているが、音楽はそうではないという根本的な市場規模の違いもある。

当り前のことを書き連ねてきたが、要するに「キンドル」のような電子書籍端末は、日本でマーケティングするだけ販促費のムダなので、やめた方がいいということだ。

米アマゾンの米国人社員は、日本のケータイがいかに若年層の生活に浸透しているか、また、社会人がいかに単行本を読まないか(漫画ばっかり読んでいるか)といった、文化的背景の違いを軽視し過ぎているに違いない。

日本では「キンドル」なんて、絶対に売れません。

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米アマゾンの「キンドル」が日本で絶対売れない理由

『電子書籍「キンドル」上陸の衝撃』

日経ビジネスオンラインの上記の記事によれば、米アマゾンは、電子書籍を読む携帯機器「キンドル」快進撃のおかげで、大幅な増収増益を記録したらしい。

米アップル社のiPodが日本の音楽業界を激変させたのと同様、「キンドル」が上陸すれば日本の出版業界を激変させるかも...

...という主旨の記事だが、絶対ならない。保証してもいい。

「キンドル」は、ブラックベリーのようなPDA型携帯電話と同じく、日本では絶対にヒットしない。
Amazon Kindle will never sell in Japan, just as Blackberry doesn't sell well.

「キンドル」が売れない理由も、ブラックベリーがヒットしない理由も同じ。日本には独自の「ケータイ文化」があるからだ。
The reason why Kindle will never sell in Japan is the same as why Blackberry doesn't sell. There is a unique "Keitai Culture (mobile phone culture)" in Japan.

「キンドル」やブラックベリーに食いつく日本人がいるとしたら、ケータイ文化の根深さに鈍感な「米国かぶれ」だけだ。
If there are any Japanese who are going to get Kindle, such Japanese are mere a kind of Americophilia who are not sensitive their own cultural background.

日本の出版物を、雑誌、新書・文庫、漫画、その他全ての単行本に、大きく分けてみよう。
Let's categorize published books into magazine, paperback (called 'Shin-sho' or 'Bunko' in Japanese), manga (Japanesse comics) and all the other hardcover.

雑誌のなかでも、上質紙に印刷された写真の美しさが必須のファッション誌のようなものは、「キンドル」では売れない。
Among manazines, such as mode managinzes in which beautiful photos printed on a high-quality paper are important will never sell with Kindle.

「キンドル」で売れるが文字中心の雑誌(論壇誌、文芸誌、大衆小説誌など)の読者層は、「キンドル」のような最先端のIT機器に手を出す層とは、おそらく一致しない。
Magazines without beautiful pictures, such as critique or novels magazines can be sold with Kindle. However, those who are interested in such old-fashioned serious magazines will never be interested in a new IT device like Kindle.

次に、新書・文庫だが、これは電子化する価値がある。しかし、これらが電子書籍として売れるとすれば、「キンドル」ではなくケータイだろう。
Paperbacks can be electronized and sold with Kindle. But in Japan, there is already a strong-sell device for this purpose, i.e. mobile phone.

新書・文庫の利点は、持ち歩きやすさだ。もし、新書や文庫の新刊が、ケータイで読めるようになったら、誰がケータイの他に、もう一台、「キンドル」のような、かさばるものを持ち歩くだろう。
The merit of paperbacks is their portability. If Japanese paperbacks can be read on mobile phone, who dear to bring an annoyingly big device like Kindle in addition to a mobile phone?

しかも「キンドル」のデザインは、味もそっけもなくて、全然カワイくない。ダサダサである。
And the design of Kindle is boring and not attractive at all. In Japanese we say Kindle is NOT 'kawaii'.

電子手帳(PDA)もそうだが、通勤電車の中で「キンドル」なんか持っていたら、間違いなくオタク扱いだ。
If Japanese bring a Kindle in the train, people will surely regard him/her as an 'Otaku' and look down on him/her.

なので、「キンドル」は、新書・文庫の配信機器としても、まったく魅力的でなく、実用的でもない。ケータイで十分だ。
So Kindle is neither attractive nor practical in Japanese context of 'Keitai Culture' for reading paperbacks. Mobile phone is enough for Japanese.

最後に漫画だが、漫画しか読まない読者層も、経済水準的に、また、趣味嗜好的に、「キンドル」のようなIT機器を購入する層とは明らかに異なる。
Regarding the last category, manga, those who read only manga and never read novels have totally different background from those who are interested in a state-of-art IT device like Kindle.

また、ページ全体のコマ割りが、ストーリー展開と直結する漫画のようなビジュアル重視の書籍は、ファッション雑誌と同様、電子化に向かない。
In addition, the visual design of each page is really important for manga. But the LCD screen of Kindle isn't suitable for representing an avantgarde page design of Japanese comics.

また、コアな漫画ファンは、コアな単行本ファンと同じように、本の装丁や、紙の質感、ページレイアウトなど、本の持っている装飾的な価値を重視する。中身だけ電子化しても、売れない。
And those who really love manga love not only the contents but also the cover design, the quality of paper and the whole layout of each pages, just like those who really love hardcover books. So if you encode only the contents of manga, it will never sell.

その他の書籍、例えば、百科事典、地図、電話帳、ガイドブックなど、純粋に情報提供のための出版物は、すでに電子化されており、ケータイから閲覧できるので、「キンドル」は不要だ。
The other kind of books, e.g. encyclopedia, maps, yellow pages and various guidebooks, i.e. information providing books are already turned into numberless websites. Japanese can already search such contents with "Keitai" (mobile phone).

これで、「キンドル」が新し物好きのおもちゃとしてしか売れないことは明らかだろう。
As written above, Amazon Kindle will sell only for neophilia in Japan.

というより「キンドル」に限らず、書籍を電子化し、専用端末へ配信するサービスは、少なくとも日本では、ケータイがある限り、大きなビジネスにはなりえない。
In Japan the electronic book itself will never be a big business as far as the context of Japanece "Keitai Culture" exists.

ただ、最後に付け加えるとすれば、いわゆる「ケータイ小説」はどうなんだ、という話がある。たしかに「ケータイ小説」は成功している。

電子書籍がケータイで読めるサービスは、ケータイが出始めたころから存在する。

しかし、配信されている書籍にろくなものがなく、かつ、すでに書籍化されているものの電子化なので、読者の需要を度外視した価格設定がされている。

それに対し「ケータイ小説」は、ケータイだけのために書かれ、読者層(大多数は若い女性)のニーズに合った内容だ。

後に書籍化される場合でも、最初にケータイで配信されるときは、おそらく筆者がプロであっても、流通コストがかからないため、配信価格を低くおさえられるのだろう。

それに、現実には「ケータイ小説」全般が成功しているのではなく、一部の「ケータイ小説」が成功しているだけだ。

別に、小説がケータイで読まれることが普通になったわけではない。相変わらず、小説は紙の書籍で読まれるのが普通だ。

一部の「ケータイ小説」の成功は、小説のネット配信時代の到来を告げるものでもはない。まして「キンドル」のような電子書籍端末の成功を予告するものでもない。

以上が、紙の書籍とケータイが存在する限り、「キンドル」のような電子書籍端末が、絶対に日本で成功しない理由だ。

(ところで、ブラックベリーなどのPDAが売れない理由は、iPhoneのように、PSPやDSと同じカテゴリのゲーム機として使えないからだ。日本では、遊びに使えないPDAは絶対に売れない)

では、「キンドル」のような電子書籍端末が、日本で絶対に成功しないと断言できるのに対して、なぜiPodは成功し、日本の音楽業界を激変させたのか?

それについては、回を改めて書くことにする。

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2009/10/27

twitterで「何ができないか」を書いてくれ!

IT業界って「Web2.0はすごい!」「オープンソースの電話交換ソフトはすごい!」「twitterはすごい!」などなど、素朴な新しモノ好きの、浅はかな発言があとを絶たない。

その背後に何があるのか、考えてみると、一人の人間が使えるリソースは有限だ、という認識が欠けていることだ。

ここでいうリソースとは、時間、知能、知識、体力、人脈、性格、信念などなど、僕らが日常生活をするときに、意識して、あるいは無意識に利用している、あらゆるものを含むことにする。

例えば、一人の人間が使える時間、知識、体力は、言うまでもなく有限だ。違法なクスリでも使えば、ちょっとは増やせるかもしれないが(笑)。

個人の性格や信念といったものも、そう簡単には変わらないという意味で有限と見なせる。

性格や信念といったものは、その人の持っている人脈など、周囲の環境や人々とどのように接し、どのような結果を出すかを、大きく左右する。

そして、これらのリソースは、人によって大きな差がある。

例としてあげるのは申し訳ないが、瀕死の状態の方もいるし、そこそこ健康な人もいるし、健康でも他人と適切な意思疎通ができない人もいるし、天才と呼びたくなるような人もいるし、などなど...。

「twitterはすごい!」と能天気に書いてしまう素朴な新しモノ好きには、人々の間にある、こうした残酷なリソースの格差が見えていない。

「twitterは面白い!」と能天気に書く人は、そう書いているとき、自分と同じようにtwitterを楽しんでいる人々のことしか考えていないという、自分の認識範囲(これも一つのリソースである)の限界を忘れてしまっている。

Web2.0でもtwitterでも何でもいいのだが、何かをすごい!と言うためには、まず自分のリソースの限界を認識し、それによって、Web2.0やtwitterの限界を語る必要がある。

つまり、「twitterで何ができるか」をいくら訴えたところで、「それはあんたが×××だからでしょ」と、発言者自身の持っているリソースの限界を指さされておしまいだ。

そうではなく、「twitterで何ができないか」をできるだけ細かく記述するのが、適切なtwitterの論じ方である。

Web2.0など、他の新しモノについても同じことだ。

「それを使って何ができるか」ばかりを、自分の知識や見識といったリソースの限界を棚に上げて書き連ねても、まったく説得力がない。

(梅田望夫や勝間和代やITProの記者は、自分の肩書、バックグラウンド、過去の実績などが、自分の書くものに自動的に権威をあたえてくれるとでも思っているのだろうか?)

「それを使っても何ができないか」を記述するには、「それ」(Web2.0でもttwitterでも何でもいい)について、まず「疑う」必要がある。

「疑う」という作業は、人間が本質的にかかえているリソースの有限性を、克服とは言わないまでも、相対化する唯一の手段だ。

そもそも人間はいつかは必ず死ぬ。人間にとって時間というリソースは絶対的に有限である。

本質的に有限な存在である人間が、「疑う」ことを忘れるのは、致命的な誤りだ。

だから僕は、梅田望夫や勝間和代のような「疑う」ことを知らない人々の意見を批判する。

彼らのような人々が言っていることを聞いたら「何ができるか」を記述するのではなく、彼らの言っていることを聞いても「何ができないか」を記述する。

それが、任意の対象について、有限な存在である人間として、より適切な語り方なのだ。

だから、twitterにのめりこんでいる人には、twitterで「何ができないか」を責任をもって記述して欲しいものだ。

特に記者を職業とする人には、ナイーブな礼賛記事を読ませて、読者の有限な時間をムダにさせないでほしい。

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2009/10/26

MS Office Project 2010の画期的な機能

うむむ、Microsoft Office Project 2010 には「ユーザ管理型スケジューリング」という画期的な機能ができるらしい。詳細は下記のマイクロソフトの公式「Microsoft Project Team Blog」の記事へ。

'Project 2010:Introducing User-Controlled Scheduling'

これは、プロジェクト計画の初期段階で、各タスクの開始日、終了日を確定できないとき、Project Professional 2010で、開始日、終了日を空白にしたままで、タスクの洗い出しと前後関係の定義だけを行うことができる、という機能だ。

もともとボトムアップ型、部門間調整型で、あいまいなスケジューリングしかできない多くの日本企業にとって、この機能はかなり有用だろう。

また、親タスクの開始日と終了日は、上層部の意向で決定したが、その中身の、個々のサブタスクに、それぞれ何日かかるのか分からない、なんてこともよくある。

下手をすると、サブタスクどうしに前後関係を定義した後、所要日数を積み上げてみたら、親タスクの終了日を大幅にオーバーした、なんてことも。

Project Professional 2007までは、親タスク(サマリータスク)は、常に自動的にサブタスクのうち、もっとも早い開始日と、もっとも遅い終了日に設定されていた。

ところが、Project Professional 2010で、Projectのプロパティーを「手動スケジュール」モードにすると、親タスクの開始日・終了日を固定したまま、サブタスクの積み上げが予定オーバーするのを許しているのだ。

このとき、親タスクを示すガントチャートのバーが赤色に変って、サブタスクのお尻が、親タスクの予定終了日をオーバーしていることを知らせてくれる。

さらに、前後関係をつけたタスクの日程の「ダブり」が許される。

Project Professional 2007までは、タスクどうしをリンクして前後関係をつけると、先行タスクの終了日を遅らせると、自動的に後続タスクの開始日がズレる。

しかし、Project Professional 2010の「手動スケジュール」モードでは、自動的にズレずに、赤の波線で警告が表示されるだけになる。

そして、いよいよサブタスクまで開始日・終了日が確定したら、該当するタスクだけを選択して、「自動スケジュール」モードに切り替えることもできる。

そうすると、リンクされているタスクや、親タスクの開始日・終了日は、Project Professional 2007までと全く同じ動きで、自動調整される。

いやぁ、この「手動スケジュール」って、なかなか良さそうな機能だ。

特に、最後の段階まで、なかなか意思決定ができない日本企業にとっては。

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twitterをめぐるバカ騒ぎに既視感

twitterの何がいったい革新的なのか、まったく分からない。1日にブログを数十回更新する人がいたら、それはすでにtwitterだろう。

ITProの記者が「Twitterの便利さと、オープンであること」という記事を書いている。

だが、情報収集を口実に、会社で堂々とtwitterのフォローができるのは、出版社ならでは。

発信する側だって、日常の些細な出来事を、日中に延々とtwitterでつぶやけるのは、きわめて限られた職種だ。

モバイル環境でtwitterを利用するといっても、国内の携帯電話なら、すでにmixiやモバゲーやGREEなど、先行のSNS業者が1,000万単位のユーザーを獲得済み。

twitterは、まだ国内では100万ユーザーにさえ届かない。日本のケータイ文化の世界では、マニアのおもちゃの域を超えていないし、これからも超えないだろう。

こんな状況で、「twitterをフォローしていれば、初対面でもいきなり本題に入れる」など、上述のITProの記者が書いているtwitterの利点を享受できるのは、ごく限られた人たちに過ぎない。

まして、人身事故で特定の電車路線が使えなくなったとき、他のどの路線がすいていそうとか、そんなtwitterのつぶやき情報は、首都圏に勤務する会社員にしか当てはまらない。

東京中心主義を相対化できないような人間が、日経新聞子会社の記者にならないで欲しい。

他方のmixiやモバゲーやGREEのユーザーは、地方の携帯電話ユーザーも獲得している。

mixiやモバゲーやGREEが「国産」サービスで、良くも悪くも日本的なコミュニケーションの文脈に依存することで、利用者を獲得しているのに対し、twitterは、所詮、米国のものだ。

日本では開放的ななコミュニケーション基盤を作ったって、遅かれ早かれ、閉じられた島宇宙に細分化する。

そして、それぞれの島宇宙の中でも同調圧力がはたらき、「真の鬼束ちひろファンとは?」などといった不毛な議論が始まる。

坂本龍一、オバマ大統領、ホリエモンが使っていることが、売りになるかのような言説がネットに流布している時点で、そうとうイタイ。

「米国発なら何でも良い」という名誉白人的な臭いがぷんぷんする。

新しモノ好きの無反省なヒマ人には困ったものだ。

経済格差の進んだ日本社会で、twitterを使うことが「勝ち組」であるかのように喧伝する言説には、既視感をおぼえる。

梅田望夫的言説に対する反省から、誰も何も学んでいないのだろうか。

ネットは基本的にバカと暇人のものであって、そうでない人たちだけが、米国発の、ちょっと頭が良さそうで先進的なお遊びであるtwitterに喰い付いている。

それだけのことだ。下らない。実に、下らない。

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2009/10/13

梅田望夫氏は、すでに過去の人物である

読者の方から、梅田望夫がまたおかしなことをしゃべっているというメールを頂いた。

『日本のWebは「残念」 梅田望夫さんに聞く』というIT Media Newsのインタビュー記事だ。

このインタビューの中で梅田望夫氏は、中川淳一郎著『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)を「まだ全部は読んでいない」が、「彼の書き方はフェアだ」と感じていると話している。

中川淳一郎氏は『ウェブはバカと暇人のもの』の中で、梅田望夫の『ウェブ進化論』は「頭の良い人の世界」であり、自分が書くのは「普通の人とばかな人の世界」だと明記している。

梅田望夫氏は、この点を「彼の書き方はフェアだ」と言っているのだろう。

しかし、これを読むにつけても、梅田望夫という人物は、どこまで無自覚なエリートなんだろうかと実感する。(まさに勝間和代氏のように)

中川淳一郎氏の議論が「フェア」なら、梅田望夫氏の『ウェブ進化論』はまったく「フェア」ではない。

『ウェブ進化論』は、普通に読めば、インターネットは、より多くの人に、情報資産の共同産出の機会を均等に与えると書いてある。多くの人がインターネットに参加することで、より良い社会が実現されるという希望の書として書かれている。

だから「進化」や「革命」といった、ナイーブな弁証法的歴史観(=歴史は失敗をくりかえしながらも、だんだんと良い方向へ発展していくと信じる考え方)を連想させる言葉が使われている。

梅田望夫氏はそれを今になって、「あの『ウェブ進化論』は、たしかにごく一部の頭の良い人たちについて書いたものだった」と、あっさり認めているのだ。

仮に、『ウェブ進化論』を書いた当時、梅田望夫氏が、ネットの進化によって、「バカと暇人」が「頭の良い人」に進化する可能性があると信じていたのだとしたら、梅田望夫氏のナイーブさには言葉を失う。

そうではなく、梅田望夫氏が、無意識のうちに「頭の良い人」たちだけを想定して『ウェブ進化論』を書いたのだとしたら、やはりそのナイーブさには言葉を失う。

この場合、もう梅田望夫氏の発言は傾聴に値しない。所詮、エリートの自己満足に過ぎないからだ。自分がエリートであることを自覚していないエリートの発言は、中川淳一郎氏のいう「バカと暇人」のネットへの無反省な書き込みと大差ない。

3つめの仮定として、梅田望夫氏が、実は「頭の良い人」たちだけを想定しつつも、まるで「バカや暇人」も参加できるかのような扇動として『ウェブ進化論』を書いたのだとしたら、悪意を感じざるを得ないだろう。

つまり、若者に対して「夢をあきらめるな!」と扇動して、大量のフリーターや派遣労働者を生みだすのと大差ないということだ。

まぁでも、梅田望夫氏は、すでに過去の人である。

日本のまともなインターネット観察者は、梅田望夫氏が、実は単なるアメリカかぶれの「とんでも批評家」の部類に入る書き手であることを分かっている。

『ウェブ進化論』も、小泉・竹中改革の生んだ格差社会の、インターネットにおける追認作業だと総括してしまえば、すでに過去の遺物、歴史的文献である。

ITMediaを含むネットメディアや出版業界も、これからは梅田望夫氏をあまりまともに取り上げないだろう。

氏の発言は、何の批判的切り口もない、単なる「頭の良い人」の自己満足であることが、すでに明らかになってしまったのだし、梅田望夫氏自身、それを認めているのだから。

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2009/09/28

安くて管理も楽な、企業向けの携帯から社内メールを読むツール

仕事の関係で、携帯電話から社内メールが読めないかと、いろいろな製品を比較したが、結論として「CACHATTO(カチャット)」になった。

CACHATTOポータルサイト

東レからスピンアウトしたベンチャー企業「いいじゃんネット」社の開発したLinuxベースの製品だ。

ずばり、長所は以下のとおり。

■ファイアウォールに穴を開けなくていい

ファイアウォールに外部から社内へのインバウンドの穴を一切開けなくていい。社内から外部へSSLのポートさえ開いていればよい。

多くの企業は、社内から社外のウェブサイトへ、SSL(https)でのアクセスすることを許可しているはずなので、「CACHATTO」ファイアウォールの設定変更が不要だ。

■社外にデータを置かなくていい

社外のサーバーに社内のメールデータを蓄積する必要がない。携帯電話からの接続先にあたる、「CACHATTO(カチャット)」のアクセスポイントは「いいじゃんネット」社が24時間365日監視しているが、単に携帯電話からのリクエストに応じて、社内メールサーバからデータを受け渡すだけなので、メールデータを蓄積することはない。

■ワンタイムパスワード機能がついている

携帯電話からアクセスするとき、マトリックス式のワンタイムパスワード機能が標準で付いている。わざわざ別にワンタイムパスワードの仕組みを導入する必要がない。

セキュリティレベルが低くても許される企業なら、この機能はOFFにできる。

■携帯電話の端末ID認証ができる

携帯電話の端末ID認証を強制することができる。つまり、ふつうのパソコンのウェブブラウザからの接続を拒否できる。

もっとも、端末ID(製造番号)を偽装するようなソフトをインストールしたり、iモードのエミュレータを使えば、ふつうのパソコンからでも接続できる。

しかし、そういう場合は、ユーザーごとに許可する端末IDの個数を設定できてしまうので便利だ。

つまり、各ユーザーにつき、ある特定の1台の携帯電話からしか接続させない、という設定ができる。

■社内に立てるサーバーは最新パソコン程度の性能で十分

「いいじゃんネット」社の管理するアクセスポイントに対して、社内からSSLで接続するサーバを構築する必要があるのだが、このサーバーに要求される性能は、もちろんユーザー数にもよるけれど、最新のパソコン程度の性能で十分。

保持するデータはユーザーなどの各種設定情報や、テキスト形式のログファイルくらいなので、ディスク容量も最新のパソコン程度で十分。とにかく安く始められるのが良い。

■端末を選ばない

国内で販売されている第三世代の携帯電話なら、全キャリアのほぼ全機種で使える。ブラックベリーのように、端末が限定されることがない。

■英語対応

ログイン画面やメニューがすべて英語対応している。ブラウザの言語設定が英語になっていれば、自動的に英語表示になる。ユーザーごとの設定で、表示言語を日本語・英語のどちらかに固定することもできる。

もちろんメールの中身が英語でない言語の場合、携帯電話端末が英語以外の表示に対応しているかどうかの方が、問題になってくる。

海外拠点での仕様に耐えうるかどうかは、導入時に販売会社とよく相談した方がよい。


以上のように、構築がお手軽で、アクセスポイントのメンテナンスは「いいじゃんネット」にお任せでき、管理も楽。

しかも、設定次第では、セキュリティ・レベルを非常に厳しく設定でき、ISMS等の情報セキュリティ認証取得企業でも安心して導入できる。

ブラックベリーのように、専用端末を購入する必要もなく、社員がすでに持っている携帯電話で使える。

こんな便利でセキュアなしくみ、もっと爆発的に売れてもいいと思うのだが...。

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