ジェイド・イン『仰げば尊し』動画
ジェイド・イン(Jade Yin)さんの公式サイトで無料ダウンロードできる『仰げば尊し』に動画をつけてみた。
動画を編集しつつ何度も聴いたが、日本語の発音の美しさに改めて驚かされた。何の説明もなく聴かされたら、中国人が歌っているとは誰も思わないだろう。この曲のもつ素朴な郷愁と、ジェイド・インさんの透明感のある歌声が、これ以上ないくらい調和している。
ジェイド・インさんのアルバムはiTunesでも配信されている→![]()
| 固定リンク | トラックバック (0)
ジェイド・イン(Jade Yin)さんの公式サイトで無料ダウンロードできる『仰げば尊し』に動画をつけてみた。
動画を編集しつつ何度も聴いたが、日本語の発音の美しさに改めて驚かされた。何の説明もなく聴かされたら、中国人が歌っているとは誰も思わないだろう。この曲のもつ素朴な郷愁と、ジェイド・インさんの透明感のある歌声が、これ以上ないくらい調和している。
ジェイド・インさんのアルバムはiTunesでも配信されている→![]()
| 固定リンク | トラックバック (0)

今晚我在YouTube上看了过去韩国歌手S.E.S的视频。我很想那些日子。十年以前在日本她们比较红了。我也是个她们的粉丝。其中我最喜欢BADA的超级歌唱力。可是我不会韩语,所以我无法知道BADA现在的情况。我只知道二,三年前她翻唱了中岛美嘉的《FIND THE WAY》。以后我爱唱这首歌。我很想那些日子。想到现在在日本电视上再也见不到她们了就我感到难过。
| 固定リンク | トラックバック (0)
ジェイド・イン(Jade Yin)さんのブログで王若琳(ジョアンナ・ワン Joanna Wang)という台湾の女性歌手を知った。実は毎週木曜日BS日本テレビで観ていた台湾ドラマ『美味しい関係』の挿入歌の歌い手だったのだが、てっきり英語圏の歌手だと思っていた。
ところがその「I Love You」という曲の気だるいその女性ボーカルが、実は台湾の歌手だったのだ。「台湾の小野リサ」と呼ばれているらしいが、小野リサの声にラテン的な鮮やかな色彩とリズムがあるのに対して、王若琳の声にはモノトーンの街の静かな路地が似合う。
残念ながらYouTubeで「I Love You」のミュージックビデオが見つからないので、「Let's Start From Here」をどうぞ。別のビデオでギターを弾く姿を見る限り、彼女は左利きのようだ。
| 固定リンク | トラックバック (1)
今朝、布団の中でNHK FMラジオの『ミュージックメモリー』(毎週日曜AM08:00~09:00)という平尾昌晃と葛西聖司アナウンサー司会の番組を聴いていたら、聴取者からのハガキで『星は何でも知っている』という平尾昌晃の歌うヒット曲が、中国ではテレサ・テンが『月は何でも知っている』と改題してヒットさせている、と紹介されていた。平尾昌晃は冗談で「中国でもよく歌われているのに印税は入ってこないんだよね」と言っていたが、大変な誤解である。
テレサ・テンが中国でヒットさせた『月は何でも知っている』は、『ミュージックメモリー』でも解説されていたように、確かに原題は『月亮代表我的心 yuèliang dàibiǎo wǒ de xīn』だが、『月は何でも知っている』という邦題は日本人が勝手につけたもので、純然たる中国人作詞・作曲によるテレサ・テン(鄧麗君)のヒット曲だ。
作詞は孫儀 sūn yí、作曲は湯尼 tāng ní。ネットで調べたところでは、孫儀という作詞家はジュディ・オング(翁倩玉 wēng qiàn yù)の台湾での代表曲『海鴎』の作詞家でもある。(参考:Judy Ongg Fan Site)
作曲者の湯尼は、翁清溪 wēng qīngxī の別名で、台湾POPSの創立者と言われている大作曲家らしい。詳細は百度百科の翁清溪のページ(中国語)をご覧頂きたい。
翁清溪氏は1936年生まれで、様々な楽器を演奏でき、23歳のとき台湾駐留の米軍クラブで演奏を始め、28歳で早くも自らトニー大楽団というビッグバンドを結成したらしい。台湾で500曲以上のPOPSを作曲し、編曲に至っては数万曲。映画音楽の作曲も多く、『小城故事』『原郷人』等の映画にテレサ・テンの歌う主題歌を作曲している。
ちなみに平尾昌晃は1936年生まれなので、同年輩のPOPS作曲家ということになる。NHK FMの『ミュージックメモリー』には訂正コメントをお願いしたいものだ。
| 固定リンク | トラックバック (0)
高知県のライブハウス「歌小屋の2階」を中心に地味な活動を続けている女性シンガーソングライターの矢野絢子だが、個人的に一年以上フォローしていなかったところへ、突然テレビで見たバカボン一家が登場するヨド物置のCMのBGMが、何と2007/09/19発売の四枚目のアルバム「あいのうた」収録の「恋」という曲らしい!
知らぬ間にルックスがずいぶん変わっている。僕が「てろてろ」などの曲にハマっていた頃は、どちらかといえばベリーショートのボーイッシュな髪型だったり、長いときでも日本人形のような髪型だったりしたのだが、新しいアルバムのジャケットでは長い巻き髪になって、メイクもモードっぽく、印象が大きく変わっている。
しかも彼女は来年出産を控えているという。
ちなみに、上述のヨド物置のテレビCM「家族の思い出」篇は、こちらから動画が見られる。ここにもWindows Media Playerを埋め込んでおく。
| 固定リンク | トラックバック (0)
YAMAHAの家庭用5.1チャンネル・サウンドシステム「TSS-15」だが、期待以上の性能でとても満足している。
特に、サラウンド用スピーカーを本来置くべき後方の位置に設置し(リビングの壁や天井にケーブルが這うのはやや見栄えが悪いが)、本来のサラウンドモードに切り替えて聴くようになってからは、5.1チャンネル・サラウンドが、本当にサラウンドで聞こえるので、非常に良い。
たとえばワールドビジネスサテライトなど、普通のニュース番組でも、ナレーションは前方からくっきり聞こえ、BGMは音楽っぽく響くので、両者がはっきり分かれて聞こえる。
何よりうれしいのが、クラシックの音楽番組を納得のいく音響で楽しめることだ。
たまたま今日、NHKのBSハイビジョンで、今年のチャイコフスキーコンクール優勝者、神尾真由子の特集を放送していたのだが、彼女の力強いチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を、とても2万円とは思えない迫力ある音で聴くことができた。
ちょっと低音が響きすぎで、下の階の人に迷惑かなと思えば、低音(ウーファー)だけ独立して音量を調節できる。
あまり低音が必要ないバラエティー番組などは、「ナイトリスニング」ボタンをポンと押すだけで、低音が切られて、人間の声が聞こえやすい中音域中心で残響の少ない設定に早変わりする。
サラウンド用スピーカーを後ろに置いて、本来のサラウンドモードに切り替えてから気づくのは、意外とテレビCMに5.1chサラウンドのものが多いということだ。いきなり背後に定位した音が響いてくると、何しろ今までにない音響体験なので、ちょっとびっくりするが、慣れると迫力があって心地いい。
よく考えると、このYAMAHAのサウンドシステムは、チャンネルを次々換えて観る「ザッピング」のために作られた製品なのかもしれない。リモコンのボタンひとつで音響設定を「映画」「音楽」「スポーツ」と、番組に合った設定に手軽に切り替えられるからだ。
またまたアフィリエイトブログのようになって申し訳ないが、2万円でこの音なら絶対買って損はないので、家でテレビを見る時間が長い方には、ぜひお勧めだ。
| 固定リンク | トラックバック (0)
以前からずっと自宅のビクターの26インチ液晶テレビの内臓スピーカー音の悪さが気になっていた。日曜日の朝、「題名のない音楽会」などを聴いていいても、中音域しか出ず、解像度も悪い。人の声が聞こえればいいというスピーカーなのだ。いい加減イライラしてきたので、思い立って外付けのスピーカーを買うことにした。
スピーカーだけ買うなら、ステレオミニジャックやRCA端子など、昔ながらの端子にアダプター電源つきのアクティブスピーカーを買えばいちばん安上がりだ。
でも、この手のスピーカーはパワー不足だし、どうせ買うならアンプ経由でスピーカーケーブルをつかって接続する本格的なスピーカーを、と思って探し始めた。
ところがアンプは、見つけた限りで最も安いYAMAHA DSP-AX361でも3万円弱、左右のスピーカーを合わせると5万円近くになってしまう。
いろいろ探すうちに「ホームシアター」という選択肢を見つけた。ONKYO HTX-11はサブウーファーにアンプ内臓で、左右のスピーカー付きという、一見2.1chのサラウンドシステムながら、バーチャルに5.1chを再現できる。
しかし3点セットで3万円以上する。映画のDVDもめったに観ないし、たかがテレビのスピーカーに3万円もかけられないと、もっと安い価格帯のものを探して、ついにYAMAHA シネマステーション TSS-15に行き着いた。
アンプもないし、スピーカーとの接続はスピーカーケーブルでもないので、当初の想定からはかなり質が落ちるが、ネット上の口コミを読むと意外なほど評判がいい。価格も2万円と申し分ないので、購入してみた。
もっと質を落とせば、ロジクールやクリエイティブといったパソコン周辺機器メーカーの5.1chサラウンドスピーカーシステムもある。ただ、さすがにそこまでの妥協はできないので、辛うじてYAMAHAブランドにふみとどまった。
結果は口コミの評判どおり、価格の割りにかなりの音がする。部屋の構造上、サラウンドスピーカー(後ろに置くスピーカー)を設置する場所がないので、5本の直径5cmフルレンジスピーカーはすべて前面において、サラウンドモードをオフにした。
ケーブルテレビのセットトップボックスとは光ケーブルで、DVDプレーヤーとはRCAケーブルで接続し、DVDプレーヤーにラフマニノフのピアノ協奏曲第2番や、バッハのパイプオルガン曲など、とっかえひっかえかけてみたが、テレビの内臓スピーカーと比べると、音の解像度と低音域の鳴りは天と地ほどの差がある。
低音だけを鳴らすサブウーファーをフローリングの床に置くので、低音の鳴りの良さは当たり前だが、直径5cmのおもちゃみたいなフルレンジスピーカーで、これほど解像度が改善するとは思わなかった。
たとえば、ちょっとしたことなのだが、ソフトバンクの携帯電話のテレビCMで、エレキベースってこんな音が鳴っていたんだ、とか、今までテレビの内臓スピーカーでは全く聞こえなかった音が聞こえるようになり、自宅のテレビでの音響体験が別物になってしまった。
サラウンドスピーカーを設置する場所があれば、ソースが5.1chサラウンドなら、ちゃんとサラウンドで聞こえるので、このコストパフォーマンスの良さは初めてホームシアターを購入する人に絶対におすすめだ。
「題名のない音楽会」も地上デジタル放送では実は5.1chサラウンドだし、野球ファンならジャイアンツのテレビ中継は5.1chサラウンド放送になっていることが多い。サラウンドスピーカーを設置できる部屋なら、日常生活がデジタルサラウンドになってしまう。
さすがYAMAHA。今回は安くても納得のできる買い物ができた。
(これじゃあまるでアフィリエイトブログじゃないか!!でも本当にこの音の解像度には納得したのでご紹介した。マンションにお住まいの方は、サブウーファーを鳴らしすぎて、下の階から苦情が来ないようにご注意を)
| 固定リンク | トラックバック (0)
引き続き鄧麗君(テレサ・テン)の話題で申し訳ないが、YesAsia.comに注文していた「歌迷小姐」のビデオCDが届いた。1970年代の彼女が観られるビデオCDで、プレミアがついておらず安価で入手できるのはこれですべてと思われる。
「歌迷小姐」とは鄧麗君主演の香港映画だが、インターネットで調べると製作年が1972年で、鄧麗君17歳の時とあり、彼女は1953年生まれなので計算が合わない。撮影当時は17歳だったが、映画の公開が1972年になった、ということなのだろう。
今回購入したのは「The Legend of Teresa Teng」、ジャケットにも「鄧麗君成名史」と書かれているだけなので、一見「歌迷小姐」とはわからない。
「歌迷小姐」が収録されているビデオCDで、現在入手可能なものは二種類あるようだ。
一つは「歌迷小姐:鄧麗君成名史」という題名の書籍に、映画のビデオCDが付録になっているもの。こちらはHMVのオンラインストアからも購入でき、在庫があれば24時間以内に発送される。HMVストアの「歌迷小姐:鄧麗君成名史」のページはこちら。税込価格が約3,500円と、やや高めだ。
僕が購入したのは、おそらくこの書籍の付録ビデオCDだけを取り出したものらしく、約600円という超廉価版。ジャケットのどこにもクレジットがないので、海賊版なのかもしれない。でも肝心の映画は約75分全編収録されており、繁体字と英語の字幕もついているので、映画を楽しむには”没问题”だ。
「歌迷小姐」というミュージカル映画は、田舎からレコード会社のオーディションをうけるために上京した高校生の少女が、レコード会社のオーディションに合格し、一夜にしてスターになるというご都合主義的な物語。
鄧麗君の他にも、当時の香港の人気歌手が数人登場して歌を披露するので、映画というよりは、お芝居をはさんだミュージックビデオ集と考えた方がよさそうだ。
十年ほど前にトーラスレコードから「GO!GO!テレサ」という、ちょうどこの時代の鄧麗君が歌うポップスばかりを集めたコンピレーションCDが発売され、今は廃盤になってプレミアがついているが、「歌迷小姐」」はまさに「GO!GO!テレサ」といったキャッチがぴったりの、元気いっぱい、ちゃめっ気たっぷり(死語)の鄧麗君を見ることができる。
ミニスカート姿で踊りながらよく通る声で歌う鄧麗君は、しっとりと「つぐない」を歌う日本の歌謡曲歌手としてのテレサ・テンとは全くの別人だ。
途中、鄧麗君以外の歌手が、美空ひばりの「りんご追分」や、カルメン・マキの「時には母のない子のように」の中国語カバーを歌っていたりもする。美術や衣裳は、大陸中国ではなく香港映画だけあって、1970年代のポップなカラーにあふれ、鄧麗君のあこがれる男性歌手が乗る車はBMWだったりする。
意外に楽しめる映画で、たった600円のビデオCD。出演者はみな国語(北京語)を話し、字幕は繁体字だが英訳併記なので中国語の勉強にもなる。冷やかしに買ってみても損はないビデオCDだと思う。
なお、この「愛と苦悩の日記」では、時間の許す限りこの映画の字幕をご紹介していきたい。
| 固定リンク | トラックバック (0)
鄧麗君(テレサ・テン)のビデオCDを輸入してみた。YesAsia.comというWebサイトで、購入したのはTeresa Teng 1976 Concert In Hong Kong Karaokeと、Teresa Teng In 1978 Karaoke VCDの2枚だ。
鄧麗君の中国製のカラオケ機能つきビデオCDには、本人映像が収録されていなかったり、収録されていても勝手な編集がなされたものだったりで、注意が必要だ。
インターネットであちこち調査した結果、この2枚にはは1970年代後半の鄧麗君の映像が、勝手な編集なく収録されていることがわかり、購入した。
「Teresa Teng 1976 Concert In Hong Kong Karaoke」の方は1976年の香港利舞台でのコンサートを収録したもので、ショートカットの当時23歳の鄧麗君が、ロングドレス姿で北京語、英語、日本語の歌を落ち着いたステージングで歌っている。
最後に特別映像として、何のテレビ番組なのか、同じスタジオのセットで3曲を歌う映像が収録されている。これも髪型が同じなので同じころのものらしい。
個人的には日本語や英語曲には興味がないので、王菲がアルバムでカバーした「千言萬
語」や「黄昏裡」(といってもこれは原曲は日本語)が楽しめた。
ただ、ビデオCD再生機能つきのDVDプレーヤーにかけると、最後に近づくほど読み取りエラーが頻発するので、パソコンの方が安定して観ることができる。また、ステレオの左音声がカラオケ、右音声がライブ録音となっているのが、やや困ってしまう点だ。左音声のみ、または、右音声のみをモノラルで再生できるプレーヤーでの視聴をおすすめする。
「Teresa Teng In 1978 Karaoke VCD」の方は、この商品名だけを見てもわからないが、1978年香港で収録された鄧麗君の特集テレビ番組と、どうやらファンが撮影したらしい8mmビデオの秘蔵映像を収録したものだ。以下に内容を詳しくご紹介する。
オープニングは「小村之恋」のイントロをBGMに、香港に飛行機で到着した鄧麗君の、飛行場からスタジオまでの映像。そしてスタジオで黒いチャイナドレスを着た本人が、カメラ目線で語る次のようなナレーションが入る。
各位观众你好。每次我来香港都觉得特别的亲切。因为我在香港的时间不多,每年只不过来香港两次。每次逗留的时间,也不会超过一个星期。但是香港的朋友,对我还是那么热情和爱护。所以每当我来香港不管有多忙。我都要抽时间为位朋友唱歌。不知道为什么,每次当我踏入无线电视台,我就觉得好像回到自己的家一样。
そのまま広いリビングルームを模したセットで、アップテンポな一曲目「謝謝你常记得我」が始まる。
二曲目の「香港之夜」は、後ほど「月亮代表我的心」にも登場する、一軒家の庭のようなセットのブランコで本人が歌っている。一曲目と同じ衣裳だ。
三曲目の「小村之恋」はYouTubeでも観ることができる映像で、農村を歩きながら本人が歌う屋外ロケーションによるプロモーションビデオになっている。
四曲目が「月亮代表我的心」。個人的にはこの部分だけを観たくてこのビデオCDを買ったようなものなのだが、二曲目と同じスタジオセットをスパンコールのロングドレスでゆっくりと歩きながら歌う。
五曲目の「多情的玫瑰」(玫瑰とはバラの花のこと)は一曲目と同じセットで、ソファーに座り、ひざの上に子犬を抱きながら口パクで歌っている。
六曲目の「四个愿望」(ちあきなおみの原曲をかなりアップテンポに編曲)も一曲目と同じセットで、オレンジのスパンコールのロングドレスで、軽く踊りながら歌う。
七曲目の「水涟漪」(涟漪とはさざ波のこと)は公園のような場所でのロケ。ワンピースでゆっくり歩きながら歌う。
八曲目はなぜか再び「小村之恋」で、東京の多摩川(?)近辺とおぼしき場所でのロケ。白いノースリーブのロングのワンピースで、街中をゆっくり歩きながら歌っている。三曲目のビデオはなぜかノーメイクで、かなり老けて見えるが、こちらはしっかりメイクをしている。もちろん口パクだが、録音は三曲目のものと全く同じだ。
九曲目は「你在我心中」。スタジオの舞台形式のセットで、臙脂色のロングドレスで歌っている。中ほどと最後の部分だけ、緑色のスパンコールドレスに衣裳換えする。原曲は「夜のフェリーボート」で、王菲もカバーした曲だ。
十曲目は「又见炊烟」で、九曲目と同じセットで歌っている。これは日本では「里の秋」として知られている曲で、やはり王菲がカバーしている。左耳に花を一輪つけていて、他のスタジオ収録部分と明らかにメイクが違う。アイシャドーが軽めな代わりに、チークの赤が目立ち、少女っぽい雰囲気になっている。
十一曲目は「雨不停心不定」。九曲目、十曲目と同じセットで、鮮やかなオレンジのロングスカートで歌っている。メイクは十曲目と同じメイクのようだ。
十二曲目は「我心深处」で、続けて同じセットで、今度は真っ赤なロングドレスで髪を後ろでまとめたところに大きな赤い花をつけ、腰掛けたまましっとりと歌う。
十三曲目の「相见在明天」も同じセットで、紫のワンピースだが、メイクは九曲目までのスタジオ収録のものに戻っている。
そしてエンディング。ホテルでベッドの上に開けたスーツケースに洋服をたたんで入れながら、鄧麗君がカメラに向かって次のように語る。
我又要走了。有时候我就是要这样来去匆匆的。不过只要相聚的时刻。我们和我同样的开心。那么时间的长短也不重要呢。对不对。
ナレーションの終わりに重なるように、「再见!我的爱人」のイントロが流れ、ホテルの部屋からボストンバッグを提げて出てくる鄧麗君。スローモーションがスチルになり、鄧麗君の題字が出て、ここで特別番組は終了。
ここからはおまけで収録されている映像になる。
まず、東京の原宿にあった鄧麗君の自宅と言われている部屋で、いやに豪華なソファーに草色のワンピースで腰掛けている本人が、くつろいだ様子でカメラに向かって次のように語る。
冒頭の自己紹介以外はQ&A形式になっていて、質問というか、話題は、字幕で出てくる。
なお、話しているのが広東語なまりの北京語なのか、広東語なのかよくわからない。鄧麗君の両親は大陸出身で、北京語が母語のはず、北京語がなまってしまうことはないはずなので、広東語を話しているのだと思われる。
各位朋友,你们好。我是邓丽君。这里就是我在东京的家。我来这里已经有四年的时间了。如果问我比较喜欢东京还是香港,那我一定是比较喜欢香港了。因为香港的人情味很重。
四年来在日本的生活情形-我在日本的生活,平常除了上班以外,就是留在家里看看电视,听听音乐,有时候开车,带我妈妈去横滨吃中国菜。那里除了中国餐厅以外,也没别的好看了。
还有没有去过别的地方-啊,还有就是我上一次,去了欧洲和美国回来以后,我在美国纽约看过他们的音乐剧。那些人跳得又好唱得又好。所以我回来日本以后,我现在正在学现代舞和弹钢琴。
四年も日本に住んでいるのに、東京よりも香港の方が人情が厚くて好きで、横浜は中華街の中華料理屋のほかに見たいところはなかった、という感想が、日本人としてはやや悲しいところだ。
語りの最後に、いまモダンダンスとピアノを習っていると話していることから、本人がピアノで「知床旅情」をアップライトのピアノで弾き語りする場面に変わる。日本語字幕つき、日本語での歌唱だ。日本語の歌詞の譜割りがややおかしいのは、ご愛嬌といったところか。ただ、途中でフェイドアウトして、この原宿の自宅での場面は終わりとなる。
そしてこのビデオCDの最後、1978/09/18、香港でのファンの集いらしき場面の8mm映像。おそらくフィルムの退色が激しいのだろう、画面全体が赤紫で、画質も非常に悪いのだが、舞台上で長机の前に座って、ファンからの質問に笑顔と大げさなジェスチャーで快活に答える鄧麗君の様子が微笑ましい。
そしてこの映像のBGMが、美しいバラードの「心里梦里」なので、鄧麗君の追悼という趣旨のビデオCDのエンディングとしては、少し涙が出そうなほどだ。この曲の歌詞に「我知道我不能没有你」とあるが、おそらくそれは、この8mmで撮影された会場にいた彼女のファンの心情も代弁しているからだ。
そしてこのビデオCDにはブックレットが付録になっていて、1978年の鄧麗君の動向を写真入りで伝えている。冒頭だけ引用すると、1978/01/28は香港の飛行場で記者会見、02/18はマレーシアでコンサート前に旧暦新年の記者会見、02/12はクアラルンプールでコンサート...という具合だ。
そういうわけで、どちらも1200円そこそこのビデオCDだが、特に「Teresa Teng In 1978 Karaoke」の方はロングヘアーの鄧麗君が非常に美しく、それだけに悲しい余韻をたたえた内容になっている。香港、台湾での鄧麗君ファンなら買って間違いのない商品だ。
| 固定リンク | トラックバック (0)
「歌うムーディー・ペンギン」シリーズ第二弾としてテレサ・テン「月亮代表我的心」をYouTubeにアップしてみた。伴奏のMIDIデータは自作、歌は筆者自身によるもの。
WAVファイル変換した伴奏をシーケンサ・ソフト「SONAR」に読み込んだ後、SONARに直接自分の歌声をWAVファイルで録音、軽くリバーブをかけてから一本のWAVファイルにまとめ、Windows Movie Makerで音声を無音化した動画と統合。歌詞の英訳の字幕を追加、WMV形式で書き出してからYouTubeに掲載するという手順だ。
次はカーペンターズの「青春の輝き」かノラ・ジョーンズの「Don't Know Why」にでも挑戦してみるか。
| 固定リンク | トラックバック (0)
著作権法違反の動画を観てばかりいるのも何なので、YouTubeに自作動画を掲載してみた。
といっても、MIDIシーケンサで自作したカラオケを伴奏に、テレサ・テンの1970年代後半のヒット曲「千言万語」を自分で歌っているだけ。
画面には僕の代わりに、ムーディーペンギンと名づけたペンギンのぬいぐるみに登場してもらうことにした。今後は「歌うムーディーペンギン」としてシリーズ化してみたい。
| 固定リンク | トラックバック (0)
鄧麗君(テレサ・テン)について近所の図書館で『テレサ・テンが見た夢―華人歌星伝説』(平野久美子著・晶文社)を借りて読んだ。この本からわかったこと、そしてネット上で見つけた彼女の台湾、香港時代のほぼ完全なディスコグラフィーについては後日まとめてみたい。
台湾、香港で十代前半から活躍していた彼女が、なぜ主に国語(北京語)で歌ったのか、今までよく分からなかったのだが、上掲書を読んで、彼女の家族が第二次大戦後、大陸から台湾に逃れてきた「外省人」で、大陸の中でも北方の北京語を話す地域の出身であることがわかった。
それはそれとして、YouTubeでなんと彼女のコスプレ・ビデオを見つけてしまった。「コスプレ」などという単語を入れると、いかがわしいトラックバックがついて、いちいち削除するのが面倒なのだが、事実なので仕方ない。
「説一説、笑一笑」というポップな曲のプロモーションビデオで、ウェイトレス、看護婦(お約束の極太注射器を持っている)、婦人警官(カメラにむかってウィンクまでする)、ビリヤード選手、タクシードライバー、プロカメラマンと、次々に衣装を換えて登場するおどけた感じの彼女は、やはり1980年代の日本での、しっとりした演歌歌手というイメージとかけはなれた明るさだ。
ただ、こうした自分自身の活躍を、単なるコマーシャリズムだと冷めた目でふり返る一面が、鄧麗君にあったことも忘れてはいけない。
今日は他にもネット上で、彼女が台湾の宇宙唱片と契約して1967/09、14歳で発売したデビューアルバムの一曲、中国安徽省の民謡「鳳陽花鼓」も入手できた。こうなったら徹底的に鄧麗君の楽曲を渉猟してみたい。
ちなみに同じく宇宙唱片から発売したセカンドアルバムのタイトル「心疼的小宝宝」とは、日本では梓みちよが歌ったヒット曲「こんにちは赤ちゃん」のカバーである。
| 固定リンク | トラックバック (0)
再びYouTubeの話題で恐縮だが、『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビシリーズにはまった後、最近はテレサ・テンの1970年代の映像にはまっている。
ご承知のように、2007/06/02テレビ朝日で彼女の生涯を描いた木村佳乃主演のテレビドラマ『テレサ・テン物語~私の家は山の向こう』が放送された。ドラマの出来は観ずとも分かっていたので、ザッピングした程度だが、その番組宣伝として、彼女の日本での音楽活動をふりかえる特別番組が放送されていたことから、テレサ・テンの動画検索にはまったというわけだ。
以前は僕もほとんどの日本人と同じく、テレサ・テンは「つぐない」や「時の流れに身をまかせ」が代表曲の演歌歌手という程度の認識だった。それ以上のことを知ったのは、フェイ・ウォンのおかげだ。
10年以上前、フェイ・ウォン(王菲)という北京出身の歌手のファンになり、彼女がたまたまテレサ・テンへのトリビュートアルバム『菲靡靡之音(マイ・フェイバリット)』(1995年)を発売したのを、オンタイムで購入して聴き込んだことからだ。(そういえばテレサ・テンが急死したのは、偶然にもこのアルバムの発売とほぼ同時期だった)
おそらく中国人アーティストにとって、鄧麗君(テレサ・テン)は日本人にとってとは比較にならない重要性をもつ歌手なのだろう。
ただ、フェイ・ウォンのトリビュートアルバムを聴き込んだ10年前の僕は、せいぜいこのアルバムの2曲目、邦題「夜のフェリーボート」一曲を中国語で歌えるようにしただけで、それ以上、鄧麗君に深入りすることはなかった。
それが今やYouTubeをはじめとするネット上の厖大なリソースを検索できる時代になり、10年前なら大型CDショップを何軒もはしごしなければ見つからなかったような音源が比較的かんたんに手に入る。
おかげで1970年後半の鄧麗君のふくよかな姿と、伸びと艶のある美しい歌声をパソコンで楽しむことができる。
フェイ・ウォンのトリビュートでも取り上げられていた「又見炊烟」(日本語では「静かな静かな里の秋」で始まる童謡として知られている)を歌う姿や、同じくトリビュートに収録されていた「但願人長久」を、中国の古典的な民族衣装を身にまとって小舟のセットで歌う姿など、1970年代後半の鄧麗君の美しい声には時間を忘れて聴き入ってしまう。
トリビュートにもあった「南海姑娘」を歌う1970年代の鄧麗君も見つかった。ゆったりしたテンポに合わせて、バックダンサーはフラダンスを踊り、鄧麗君自身も間奏で優雅に踊っている。
フェイ・ウォンの『マイ・フェイバリット』に収録されていない曲で、これまで聴いた鄧麗君の曲の中でも、僕のいちばんのお気に入りになったのが、「月亮代表我的心」だ。とても美しいバラードで、テレサの少し中国歌唱風の味付けもあいまって、何度聴いてもうっとりしてしまう。
YouTubeで見つけた動画では、1970年代の彼女がスパンコールのロングドレスで、月明かりのさす西洋庭園風のセットの中をゆっくりと歩みながらこの曲を歌っている。
そしてもう一曲、お気に入りになったのが「小村之恋」(日本語原曲「ふるさとはどこですか」)というバラード。YouTubeには、題名のとおり地方の小さな村のロケで歩きながら歌う化粧気のない鄧麗君の姿を観ることができる。
こうしたバラード曲以外にも、ミドルテンポやアップテンポで、今の僕らが聴くと少しふき出してしまいそうな、愛らしい曲を歌う一面もあるようだ。
その典型が「甜蜜蜜」だろう。中国では知らない人がいないほど有名な歌らしい。同じ系統でかなりチャーミングだと感じたのは、アップテンポな「阿里山的姑娘」と「陪我去買菜」だ。この2曲はまさにアイドル時代ど真ん中だが、鄧麗君の歌唱力の幅の広さを教えてくれる。
他にYouTubeでは洋楽を英語で歌う1970年代の彼女の姿も見ることができる。トーラスレコード(ユニバーサル)には『GO!GO!テレサ』をぜひとも再発して欲しいものだ。
彼女の「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」的な面しか知らない日本人は、彼女の音楽性の大きな広がりの、ごくごく一部分しか知らないことになり、鄧麗君を正当に評価できていないままなのではないかという気がする。
なお、鄧麗君の北京語CDを買うならHMVのインターネットショップが良い。Amazon.co.jpよりも品揃えがはるかに豊富だ。
| 固定リンク | トラックバック (0)
夜中に目が覚めてNHK『ラジオ深夜便』をつけたらマイケル・ジャクソン特集で、彼がまだ若い頃の美しいバラード「あの娘が消えた」(She's Out of My Life)が流れていた。
正直言ってマイケル・ジャクソンはあまり好きではないので、1979年発売のアルバム『Off The Wall』収録のこの曲も初めて聴いたのだが、イントロを耳にした瞬間、どこかで聴いたような...。
そう、伊藤薫作曲、水越恵子が歌う「Too Far Away」のイントロにそっくりなのだ。剽窃と言っても言い過ぎではない。ぜひ聞き比べてみてほしい。「She's Out of My Life」の方はYouTubeを検索すればすぐに見つかる。だからといって「Too Far Away」という曲の美しさにも変わりはないのだが、ここまで酷似したイントロもいかがなものか。
| 固定リンク | トラックバック (0)
引越してからAMラジオの入りが悪くなったので、寝入りばな、やむなくFMばかり聴いている。土曜日の深夜、NACK5という埼玉ローカルのFM放送で『WEEK-END PARTY~forever young~』という番組があることに最近気づいた。題名から想像がつくように、40~50代向けの番組で、一か月ほど前はキャンディーズの元プロデューサーがゲストで、たまたま聴いた昨日のゲストは、なんと水越恵子だった。
と言っても、スマッシュヒットになったサードシングル『ほほにキスして』しか知らなかったのだが、谷村新司がカバーした『Too Far Away』がもともと彼女のサードアルバム『アクエリアス』の収録曲だったことを初めて知った。
彼女は山梨県の信用金庫に勤めていた19歳のとき、友人となかば冗談で応募したアイドル発掘番組『スター誕生』の県予選に、思いがけず勝ち残ってしまう。
しかし、彼女は高校時代から友人とアマチュアバンドを組んでおり、東京の決勝で歌った曲も明らかにアイドル路線ではなく、年齢も高めということで、どのレコード会社からも声がかからずに終わった。
ところが、その後しばらくして、とある事務所から勤務先の信用金庫に直接電話があり(当時一人暮らしをしていた彼女の部屋には電話がなかったらしい)、叙情フォーク系の新人として売り出したいので上京してくれないかと誘いがあったらしい。
上京した彼女は事務所の言うままに、その事務所の養成所出身の奥谷美保子とフォークデュオ「姫だるま」を結成し、当時のかぐや姫などと同系統の叙情派フォーク曲『道祖神のある坂道を』でテイチクレコードからデビューした。

姫だるまという名前は、彼女自身の談によれば、前髪を切りそろえ、二人そろって顔が丸かったので、お姫様みたいなだるまということで事務所が付けたのだろうとのこと。『道祖神のある坂道を』のジャケット写真を見ると分からないでもない。もう一つは、おそらく「かぐや姫」を意識した名前でもあったのだろう。
ただ、奥谷美保子は事務所の意図どおり叙情派フォークのシンガーソングライターだったのに対して、水越恵子のバックグラウンドは飽くまで洋楽だったため、奥谷美保子が姫だるまのマネージャと結婚したのを期に、2枚目のシングル『吉田川』を最後に解散した。
『吉田川』は明らかに『神田川』を意識したタイトルだが、奥谷美保子の作詞・作曲によるもので、水越恵子の作詞・作曲した『流れるままに』はB面になっている。おそらくデビューシングルの『道祖神のある坂道を』も奥谷美保子の作品で、B面の『恋人の条件』が水越恵子ではないだろうか。
姫だるま解散の翌年、1978年に水越恵子はシングル『しあわせをありがとう』でソロデビューすることになる。このデビュー曲は歌唱法も含め、同じニューミュージックでも荒井由美の都会的センスより、中島みゆきを連想させる。
本格的なブレイクは3枚目のシングル曲『ほほにキスして』だが、アイドル的な曲調で大ヒットになり、コンサートの観客がいきなり「ヤンキーの皆さん」(本人談)ばかりになってしまったことに、かなり戸惑いを感じていたようだ。
大ヒットの後、彼女はテレビ番組への出演を控え、アルバム制作とコンサートを中心とした活動にシフトしたため、当初の「大人のニューミュージック」を指向するファン層がもどってきたという。
とくにサードアルバム『アクエリアス』の最後に収録されている『Too Far Away』は、シングルカットされているわけでも、特別なキャンペーンをしたわけでもないのに、結婚式のキャンドルサービスのBGMなどとして少しずつ全国に広まっていき、ついには谷村新司がカバーするまでの隠れた名曲となっている。
NACK5の番組の中でしきりに強調されていたのは、ソロデビュー当時の水越恵子のルックスの良さが、『ほほにキスして』で「アイドル一発屋」的なイメージを定着させてしまったのではないかということだった。たしかに彼女のことを、1980年代にはロサンジェルスでアルバム制作をしたり、TOTOと共演したこともあるアーティストだと認識している人は少ないのではないか。
最近では、日経新聞や読売新聞で、ダウン症児の一人息子を女手ひとつで育てていることで再び知られるようになっているが、番組では最新アルバムの発売が歌詞の書き直しで延期になっているといった、妥協を許さない女性アーティストとしての変わらない側面も見せていた。
その他詳細は彼女自身の著書『神さまレイくんをありがとう』を直接あたって頂くのがよいだろう。
ちなみに韓国のUNという男性デュオも『Too Far Away』をカバーしていたようだ。韓国POPSにまったく詳しくない僕には、UNが誰なのかわからないが。
また、YouTubeを検索すると、安倍なつみまでが『Too Far Away』をカバーしていることがわかる。しかも来週発売の新曲としてで、インターネット上の解説を読むと、どこもかしこも「谷村新司の1988年の曲のカバー」と書かれてある。オリジナルは水越恵子なので、皆さんお間違えなきよう。
| 固定リンク | トラックバック (0)
先日NHKでカーペンターズのドキュメンタリー番組が放送されていたが、彼らの有名なヒット曲の中で唯一弾き語りしたことのなかった「I Need to be in Love」(邦題『青春の輝き』)を、ふとどうしても覚えたくなって、迷わずYouTubeで検索してみた。こういうときにYouTubeは強力な道具になる。
期待どおり、本人たちが歌唱する歌詞の字幕つきライブ版と、プロモーションビデオ版が見つかり、歌詞は別のWebサイトから入手してMS-Wordで行間をたっぷりとって印刷し、メロディーを聴きながら、行間の余白にギターをつかって伴奏のための和音を自分でつけていく。
我流なので自信はないが、メジャー7thやディミニッシュコードが多様された優雅なコード進行で、カーペンターズ作品のメロディーの美しさにはいつもながら鳥肌が立つ。
歌詞も素晴らしい。文字どおりには、理想を追い求めすぎた過去の恋愛を悔やむ内容だが、過度の完全主義を自省する、より普遍的な解釈もできそうなので、思わず替え歌を作りたくなる。言うまでもなくもっとも美しい部分は次の一行だ。
I know I ask perfection for a quite imperfect world
And fool enough to think that's what I'll find
Youtubeでカーペンターズの他の曲、「Close to You」「Rainy Days and Mondays」などを検索して観るうちに、偶然、関連する動画一覧にREO Speedwagonが現れ、そこから1980年代に熱中していたBillboardヒットチャートに脱線してしまった。
そこでふと思い浮かんだ名前がTracy Ullmanだ。「They Don't Know」のプロモーションビデオを20年以上ぶりに観て、そういう意味だったのかと今さらながら納得した。所帯じみた主婦が1960年代の若かりし頃を振り返る内容だったのだ。中学生の頃の僕はまったく理解していなかった。
さらに脱線して、1980年代後半に放送されていたらしい「Tracy Ullman Show」で、彼女が主役を演じるコントもいくつか観ることができた。英語を完全に聴き取れないのが残念だったが、エキセントリックな女性キャラを演じさせると一級のコメディアンであることが確認できた。
そうするちにふとStrawberry Switchbladeの名前を思い出して検索し、プロモーションビデオを観たのだが、ゴシックロリータ・ファッションの原点はもしかすると彼女たちなのではないかと思った。
そんな風に、YouTubeの著作権違反動画を観つつ、無為に過ごす黄金週間である。
| 固定リンク | トラックバック (0)
毎朝通勤電車の中で聞いているMP3プレイヤーの中には、まだキャンディーズの2枚組ベストアルバム『GOLDEN☆BEST』が入ったままだ。
『あなたに夢中』から『微笑がえし』までのシングルを音楽的に分析すると、『あなたに夢中』をはじめ、田中好子がメインボーカルだった初期のシングル群は、ザ・ピーナッツの妹分としてのコーラスグループ色が強く、一曲中で三人がハモっている小節数の割合がとても高い。
例えばファーストシングル『あなたに夢中』では、Aメロの冒頭から、伊藤蘭のメロディーに藤村美樹、田中好子が順にハーモニーをかぶせていき、最後までハモったまま歌われる。Bメロでは田中好子がメロディーを歌い、残りの二人がバックコーラスとなる。この曲はAメロ、Bメロしかないので、一曲を通して三人が常にハモっている。
よく言われるようにキャンディーズの転換点は、メインボーカルが田中好子から伊藤蘭に入れ替わった5枚目のシングル『年下の男の子』だが、この曲ではまったく正反対に、伊藤蘭が一曲を通してメロディーを歌い続け、残りの二人はBメロで「ハウ・ハウ」という目立たないバックコーラスと、二度目のAメロで伊藤蘭に合わせてユニゾンするだけ。
この曲もAメロ、Bメロしかないので、一曲を通してほぼ伊藤蘭がメロディーを歌っているだけなのだ。『年下の男の子』の二番煎じである『内気なあいつ』も状況はまったく同じで、藤村美樹、田中好子はバックコーラスに徹している。
キャンディーズのコーラスグループ色が復活するのは森田公一作曲の『ハートのエースが出てこない』で、この曲はサビから始まるが、ここで三人がいきなりハモっている。Bメロでは『あなたに夢中』のAメロ同様、ハーモニーがかぶさっていく展開になる。この曲はAメロ、Bメロ、サビという構成で、Bメロとサビで三人が迫力のあるハーモニーを聴かせる。
ところが次の9枚目のシングル『春一番』ではふたたびコーラスが後退する。ただ、この『春一番』という曲、ちょっと聴くと何でもないようでいて、かなり前衛的でミニマルな名曲だ。
コーラスは二度目のAメロの「春ですねぇ」の部分だけに意図的に限定されていて、それ以外はひたすらユニゾンのみ。しかも三番の歌詞は一番の使い回し。
その上、一番の中の構成がAメロ/Aメロ/Bメロ/Aメロとなっており、最後のAメロの繰り返しを含めると、一曲中Aメロが10回も使い回されている。「POPミュージックは反復である」という本質に忠実なヒット曲だ。
ただしよく聴くと一曲を通して伴奏に電子楽器が使われている(左のヘッドフォンから聞こえる)。また、一番の歌詞を使いまわしている三番の冒頭は、いきなり伴奏が電子楽器とドラムスだけにしぼられる。
ライブ映像を観ていても、この三番の冒頭、伴奏がドラムスと電子楽器だけになる部分は、『春一番』の反復の中でも独特のアクセントをもたらしていることがわかる。
次のシングル『夏が来た!』は『春一番』の二番煎じで、キャンディーズのシングルには非常に珍しく、歌詞が男言葉の男目線になっていること意外に特記すべきことはない。ユニゾンとコーラスのバランスも凡庸である。
『哀愁のシンフォニー』はキャンディーズのシングル中、唯一の三木たかし作曲作品のせいか、曲の展開が他になくドラマティックで、『春一番』のようなミニマルな作品の対極にあると言える。特にサビの「こっちを向いて/涙をふいて」という部分は、それまでの曲展開から予想できない劇的な盛り上がりで意表を突く。
藤村美樹が初めてメインボーカルをつとめた『わな』は、キャンディーズのシングル曲中ではあらゆる意味で異色だ。音楽的にはどうでもいいことなのだが、個人的にはサビの部分の、藤村美樹のやたらとキレのいい振り付けが素晴らしい。
『微笑がえし』は改めて何も書く必要はないので、その次にメンバーの意図に反して発売されたというシングル『つばさ』。イントロがオーボエで始まり、オーケストラ伴奏で終曲に向かって劇的に盛り上がるという、涙なくして聴けない感動の一曲だ。
作詞は伊藤蘭で、新しい人生に旅立っていく自分たち自身を主題にした内容。しかも間奏部分に伊藤蘭からファンへの感謝をこめた「語り」入り。
「・・・私たちは自分たちのことをまだ大人だとは思っていません。人間としてもまだまだ未熟で、たとえれば小鳥のようなものです。でも、私たちは、私たち自身の『つばさ』で飛び立ちたくなったんです。さみしくないと言ったら嘘になります。でもその勇気を下さったのは皆さんです。ありがとう・・・」
終曲では突然アップテンポになり、『春一番』のサビの引用で終わるという、やはり泣かせる一曲だ。
この2枚組ベストアルバム『GOLDEN☆BEST』にはその他にも気になる曲がいくつかある。1枚目の最後には『キャンディーズ1676日』という11分04秒にもわたる大曲が収録されている。この曲の製作経緯はよく分からないのだが、間奏に主要なヒットシングルのメロディーがひととおり引用されていて、曲全体が三部に分かれている。独立した三つの曲を無理やり一曲にしたような感じだ。
その一曲目はミドルテンポのしっとりした曲、二曲目はアップテンポで歌詞の中に「イエスタデイ」「イマジネーション」「コミュニケーション」「センセーション」「メイクアップ」「テイクオフ」「イルミネーション」など、英語がやたらと織り込まれているのが特徴。
三曲目はストリングスとギターのアルペジオ伴奏のゆったりしたバラードで、『つばさ』に雰囲気が似ている。『つばさ』はマイナーコードだが、こちらはメジャーコードでサビの三人のコーラスが非常に美しい。
そして三曲目が終わった後、この三曲目のAメロをかすかに聞こえる寂しいピアノが若干ジャジーな編曲で奏でて、そのままフェイドアウトするという、意外なほど雰囲気のある終曲となる。この『キャンディーズ1676日』を聴くためだけでも『GOLDEN☆BEST』を聴く価値があると言ってもよい、秀逸な一曲だ。
2枚目の収録曲の中でどうしても気になる一曲は、何と言っても『インスピレーション・ゲーム』である。曲調はAORなのだが、歌詞が阿木燿子ならでは。全くアイドルグループらしくない、とんでもないシュールさなのだ。引用してみる。
「ブラックコーヒー/日曜日/スポーツ中継/アメラグ/ウェストコースト/太陽/砂浜/青い瞳の金髪娘/ビキニ姿の金髪娘/A ha ha A ha ha/あとは言えないよ/A ha ha A ha ha/あとは言えないよ」
別に僕はアイドル評論家でも何でもなく、POPミュージックもミニマルミュージックの一種として分析的に聴きたいだけなのだが、キャンディーズのこのベストアルバムは何度聴いても飽きのこない不思議なアルバムだ。
| 固定リンク
キャンディーズ『GOLDEN☆BEST/キャンディーズ』((c)2002 Sony Music House Inc.)。2002年リリースのベスト盤。CD1はシングルA面コレクション。CD2はその他の曲。
キャンディーズというアイドルグループはシングルの曲数だけ見ると大したことないと思ったが、アルバム収録曲も含めると活動期間中に200曲以上も録音しているらしい。2004/06発売の『CANDIES PREMIUM~CANDIES ALL SONGS CD BOX~』がほぼ全曲網羅しているようだ。
| ―CD1― | |||
| 曲名 | 作詞 | 作曲 | 編曲 |
|---|---|---|---|
| 01 キャンディーズ | 山上路夫 | 宮川 泰 | 宮川 泰 |
| 02 あなたに夢中 | 山上路夫 | 森田公一 | 竜崎孝路 |
| 03 そよ風のくちづけ | 山上路夫 | 森田公一 | 穂口雄右 |
| 04 危ない土曜日 | 安井かずみ | 森田公一 | 竜崎孝路 |
| 05 なみだの季節 | 千家和也 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 06 年下の男の子 | 千家和也 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 07 内気なあいつ | 千家和也 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 08 その気にさせないで | 千家和也 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 09 ハートのエースが出てこない | 竜 真知子 | 森田公一 | 竜崎孝路 |
| 10 春一番 | 穂口雄右 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 11 夏が来た! | 穂口雄右 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 12 ハート泥棒 | 林 春生 | すぎやまこういち | 船山基紀 |
| 13 哀愁のシンフォニー | なかにし礼 | 三木たかし | 馬飼野康二 |
| 14 やさしい悪魔 | 喜多條 忠 | 吉田拓郎 | 馬飼野康二 |
| 15 暑中お見舞い申し上げます | 喜多條 忠 | 佐瀬寿一 | 馬飼野康二 |
| 16 アン・ドゥ・トロワ | 喜多條 忠 | 吉田拓郎 | 馬飼野康二 |
| 17 わな | 島 武実 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 18 微笑がえし | 阿木燿子 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 19 つばさ | 伊藤 蘭 | 渡辺茂樹 | 渡辺茂樹 |
| 20 キャンディーズ1676日 | 島 武実 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| ―CD2― | |||
| 01 ラッキーチャンスを逃さないで | 竜 真知子 | 宮本光雄 | 渡辺茂樹 |
| 02 悲しきためいき | 山上路夫 | 宮川 泰 | 竜崎孝路 |
| 03 雨と涙とあのひとと | 千家和也 | 穂口雄右 | あかのたちお |
| 04 どれがいいかしら | 千家和也 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 05 恋のあやつり人形 | 竜 真知子 | 馬飼野康二 | 馬飼野康二 |
| 06 あなたのイエスタデイ | 喜多條 忠 | 吉田拓郎 | 馬飼野康二 |
| 07 キャンディ・ツイスト | 森 雪之丞 | 馬飼野康二 | 馬飼野康二 |
| 08 銀河系まで飛んで行け | 喜多條 忠 | 吉田拓郎 | 馬飼野康二 |
| 09 銀河空港 | 竜 真知子 | 馬飼野康二 | 馬飼野康二 |
| 10 アンティック ドール | 伊藤 蘭 | 伊藤 蘭、渡辺茂樹 | 渡辺茂樹 |
| 11 午前零時の湘南道路 | 田中好子 | 田中好子、渡辺茂樹 | いじだかつのり |
| 12 あこがれ | 藤村美樹 | 藤村美樹、渡辺茂樹 | 渡辺茂樹 |
| 13 インスピレーション・ゲーム | 阿木燿子 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 14 100% ピュア・レディ | 島 武実 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 15 グッド・バイ・タイムズ | 阿木燿子 | 穂口雄右 | 穂口雄右 |
| 16 暑中お見舞い申し上げます Part2 | 喜多條 忠 | 常富喜雄 | 穂口雄右 |
| 17 アン・ドゥ・トロワ パートⅡ | 喜多條 忠 | 吉田拓郎 | 馬飼野康二 |
| 18 Candies Beats (Exteneded Version) | |||
| 固定リンク | トラックバック (0)
先日、隣の駅にある古本屋に入ったら、聞いたことのある歌だけど、誰の歌だっけ、という曲が流れていた。髪がなくて今度は、腕を切ってみた、切れるだけ切った、温かさを感じた(中略)、教室で誰かが笑ってた、それはとても晴れた日で。
この力強いリスカ(リストカット)ソング、誰だっけ...。帰宅してインターネットで検索したら、約10年前のCoccoのヒット曲『Raining』だった。最近のヒットチャートでここまでネガティブな歌詞の曲は全く聴かなくなってしまったのには何か理由があるに違いない。
10年前といえば『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒットとアダルト・チルドレンという流行語。『Raining』もそのサブカルチャーの系列に収まる。いまやこうした自傷癖、OD(薬物の過量摂取)も、エヴァンゲリオンがパチンコになってしまうくらいで単なるネタと化し、誰も真面目に取り上げない。
こうした内向的な生き方は超少数派になり、大多数の日本人はワールドカップのプチナショナリズムに共振したり、下らない問題について恐ろしく保守的な正論を吐いたりする「思考停止右派」になってしまったのだろう。そして残りは、その場その場で異なる人格を使い分ける「冷笑派」で、僕はいまだに「内向派」を引きずっている冷笑派といったところか。
| 固定リンク | トラックバック (0)
この週末、avex主催の国内最大級の野外ライブ『a-nation』を初体験した。直前になって「棚ぼた」式にチケットが手に入ったのだ(チケットをくれた人には重ねて感謝!)。とりあえずのお目当ては「パワーステージ」という入場無料の会場に出演する「天上智喜」。
身長165cm以上の韓国人女性4人組で、ダンスも日本語もうまく、ルックスもそれなりに良く、歌唱力はゴスペラーズばりのアカペラをこなすほどというスーパーグループ。パワーステージでもABBAの『ダンシング・クイーン』をアカペラで聞かせてくれた。
せっかくチケットがあるので、有料全席指定のスタジアム会場(味の素スタジアム)にも入った。15時に開演する直前の前座、謎のレゲエ・バンドのボーカルが吉本新喜劇の間寛平だったのは意味不明だが、オープニングアクトの鈴木あみから、スタジアムはいきなり盛り上がった。『Be together』など、知っている曲が多かったのも助かった。
サプライズアーティスト(要するにavex以外のレコード会社所属のアーティスト)としてm-floも登場したが、個人的にはLISAが抜けたあとのm-floに興味はない。
同じくソニー所属のサプライズアーティスト、T.M.Revolutionは曲間のMCが面白かった。「去年も出演していて『サプライズ』もないんですけどね。ソニー所属ですので、一生、ソニーに骨をうずめるつもりでございます」など、自分で自分にツッコミを入れていた。
hitomiは最近ヒット曲が少ないせいか、僕も知っている曲ばかりで、会場全体も一気にヒートアップ。ただ、スタジアムでの演奏全般に言えたが、音量が大きすぎて音が割れ、音楽そのものを楽しむというより、振動を楽しむといった感じだった。
それでも会場の雰囲気や、暗くなってからのライティング、会場をおおいつくす星空のような「光るうちわ」の圧巻の眺めは楽しめた。
音響の悪い中、唯一、音楽として聴けたのは大塚愛のピアノの弾き語りによる『花火』。曲のクライマックスで本当に打ち上げ花火が2発だけ上がったのには、不覚にも目頭が熱くなった。『さくらんぼ』では会場全体がお祭り騒ぎ。
早めに帰るつもりだったのが、結局、倖田來未の終わりまで残っていた。倖田來未は、知っている曲が『Butterfly』だけだった。彼女は「信じれば夢はぜったいかなうから!」と客席に向かって絶叫していた。信じればかなう夢のある世代の観客にだけ通じる言葉だ。
最後の浜崎あゆみも物珍しさに見たい気はしたが、数万人が殺到する満員電車に乗る気がしなかったので、やむなく帰ってきた。豆粒ほどの大きさではあるが、7,800円でメジャーなアーティストを何人も見られるのだから、随分お得な「a-nation」だ。何なら来年も行きたいぐらいである。
| 固定リンク | トラックバック (0)
やはり、ちあきなおみは良い。毎朝、通勤電車で耳を完全に覆うタイプのヘッドフォンをつけて、携帯MP3プレーヤーで音楽を聴いている。そろそろ『エウレカセブン ORIGINAL SOUNDTRACK』も飽きてきたということで、またノラ・ジョーンズ『Come Away With Me』や、中島美嘉の『LOVE』を引っ張り出したりしていた。
また、最近、ちょっとしたことからYAMAHA株主優待CDというものが手に入り、谷山浩子、遊佐未森、中島みゆきなどが収録されていて、なかなかコアなファンを泣かせる内容で感動しながら聴いていた。
それも聴き飽きてきたので、昔に某ファイル交換ソフトで入手したMP3ファイルを探していたら、久しぶりに聴きたい曲がいくつか見つかった。たしかEL&Pのキース・エマーソンが作曲しているローズマリー・バトラー『光の天使』(映画『幻魔大戦』主題歌)、マイク・オールドフィールド『チューブラベルズ』、ケイト・ブッシュ『クラウドバスティング』。
洋楽ばかりではつまらないということで、見つけ出したのがちあきなおみの歌う2曲。『アカシアの雨がやむとき』と『喝采』である。
『アカシアの雨がやむとき』はオリジナルの西田佐知子よりも、ちあきなおみの方が曲本来のもつけだるさが際立って何とも言えない。『喝采』は何度聴いても、なぜか鳥肌が立ってしまう名曲だ。今朝も二度、リプレイしてしまった。
ちあきなおみの声は低くて艶があって、ハスキーすぎず、実は細かいこぶしがよく回る。それでも決して演歌っぽくならず、飽くまでポップスの気どらなさに徹していて、完全に力が抜けているようで、細部のフレージングには驚くほど技巧が行き届いている。
ちあきなおみは、この「愛と苦悩の日記」で以前にも絶賛していると思うが、改めて良いと感じた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
■(ナターシャ・サン=ピエール経歴つづき)
参照元:Le site de référence sur NATASHA ST-PIER
―2001/09/08 次のアルバムは一部はフランス(パスカル・オビスポとのコラボレーション)、一部はモントリオールで録音される。
ナターシャフランス入り。6週間にわたって多くのテレビ・ラジオ番組の録画・録音がある。そしてセカンドアルバム『A chacun son histoire』から2枚目のニューシングル『Tu m'envoles』(訳注:ふつうenvolerという動詞は代名動詞として自分自身の「飛び立つ」「吹き飛ばされる」などの動作を示すためにしか使われず、この曲の題名のように「あなたが私を飛び立たせる」のような形では使わない)を発売する。
―2001/09/12 本日からガルーのツアーがモンペリエのゼニト(訳注:会場の名前)で始まり、12/01モントリオールのサンドニ劇場での公演まで続く。ナターシャは前座をつとめる。
―2001/09/15 30分間のガルーの前座でナターシャが歌ったのは以下の6曲。
1.『A chacun son histoire(人それぞれの物語)』
2.『Tous les cris les SOS(SOSの叫び)』(ダニエル・バラヴォワンヌの曲)
3.『Tu m'envoles』
4.『Can't find the moonlight』(映画『コヨーテ・ガールズ』から、リーン・ライムの曲)
5.『Je n'ai que mon âme』
6.『The winner takes at all』(アバの曲)
―2001/09/18 ナターシャが『Je n'ai que mon âme』でフランスのゴールデン・シングルに。30万枚以上の売上!
―2001/09/28 今晩午前1時からTV5がモントリオールのモルソン・センターからの中継で特別番組を放送。ケベックのアーティストが多数出演し(セリーヌ・ディオンも!)、米国9.11テロの犠牲者に哀悼の意を示す。ナターシャはベルギーでツアー中だが、激励のメッセージを録画しており、番組中で放送される予定。
―2001/10/04 第23回ADISQ授賞式が開かれる(訳注:ADISQとは1978年にケベック州の音楽振興のために設立された団体。Association québécoise de l'industrie du disque, du spectacle et de la vidéo〔ケベック州レコード・芸能・ビデオ産業振興会〕の略)。ラジオ・カナダの19時30分からのテレビ放送で10/28に開催される第23回授賞式のノミネートがサンドニ劇場からの中継で発表される。
ナターシャは「年間最優秀女性歌手」と「ケベック州の外で最も名声を上げたケベック出身のアーティスト」の2つのカテゴリーでノミネートされている。一般の人たちは2001/10/14まで「最優秀女性歌手」と「最優秀男性歌手」に投票できる。
―2001/10/11 ナターシャは明日の晩、リヨン郊外のラジオ・スクープでプライベート・コンサートを開く。フランスでナターシャが初めて開くソロコンサートである。
―2001/10/16 ナターシャの最新アルバムは予告された今年秋にはケベックで発売されず、2002/02になる予定とのこと。2002/03にはヨーロッパでも入手可能。
―2001/11/01 ナターシャはADISQで受賞することができなかった。彼女は新たなパートナー、セバスチャン・ブノワに抱かれて輝かしく登場。公式の場に初めていっしょに現れた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
■(ナターシャ・サン=ピエール経歴つづき)
参照元:Le site de référence sur NATASHA ST-PIER
―2001/06/21 今晩20:50、テレビ局「フランス2」のミシェル・ドリュッカー、ジュリー・スニダー司会による番組『レッド・カーペット』が音楽祭について放送。ナターシャは『Je n'ai que mon âme』を歌った。
―2001/06/27 『スタークラブ』誌2001年7月号の記事。『ナターシャ・サン=ピエール、私は決して泣かない』
「彼女は上位5位に入った。賭けに勝ったのだ!先日、5月21日のユーロビジョン・コンクールで第4位に入賞したナターシャ・サン=ピエールはカナダ出身で、フランス代表として目覚しい活躍をした。それでも人々は彼女に『ノートルダム・ド・パリ』英国公演でのフルール・ド・リ役としての輝かしい演技を期待していた。
私はカナダ南東部、米国国境近くのバトゥルストで、1981年2月10日に生まれました。結婚も、婚約もしていません。
16歳のジョナサンという弟がいます。私のことを誇りにしてくれていますが、私も弟のことを誇りに思っています。私たちの国ではホッケーの名選手ですから。
パパは刑務