古賀茂明『官僚の責任』(PHP新書)を読んだ
古賀茂明著『官僚の責任』(PHP新書)を読んだ。
テレビでもおなじみ、経産省から退職を迫られている改革派官僚、古賀茂明氏の発売されたばかりの新書を読んでみた。
本来は単行本『日本中枢の崩壊』(講談社)を読もうかとも思ったのだが、論旨は読む前からわかるので、細かいエピソードの記述が冗長だろうと思い、やめていた。そこへコンパクトな新書が発売されたので、さっそく読んでみた次第。
一言で要約すると、官僚は自分の利権を守ることしか考えていない、という、言い古された内容になるが、やはり古賀氏が身をもって体験した具体例を読むと、ここまでひどいのかと、暗い気持ちになる。
それでも古賀氏のような人物が経産省の内部にいる限り希望がもてるが、氏はすでに退職勧奨をうけており、経産省にすっかり取りこまれている海江田大臣は、氏を守ろうとしない。
震災後の復興も、福島第一原発事故対応も、このまま行けば従来どおり、縦割りの各省庁が自らの利権を守るために、無駄な税金が投入される、と。おっしゃるとおり。
ただ、古賀氏の官僚批判はまわりまわって、結局は国民の投票行動の批判になる。これは正しいのだが、そうすると「この国民にしてこの官僚あり」となり、国民をこんなふうにしたのは教育であり、教育の内容は官僚が法律を通じて定めているのだから、やはり循環論法になる。
国民の投票行動を変えるには、教育改革が必要であり、教育改革のためには文部省改革が必要であり、文部省改革のためには真の政治主導ができる政府が必要であり、そういう政府ができるには国民の投票行動が変わらなければならない。これでひとまわり。
国民の投票行動を変えるための策として、本書の後半で古賀氏は、国家によるさまざまな過剰な保護、つまり、国民の側がもっているさまざまな「既得権益」の抜本的な廃止を訴えている。
たとえば赤字の零細農家の保護をやめて農業を集約化し、国際競争力をもたせる、正規雇用者の解雇についての厳しすぎる規制をなくす、年金の支給開始年齢を80歳くらいまで一気に上げる、などなど。
これらの各論になると、今度は官僚ではなく、「既得権益」を得ている国民の側が主導で、官僚を味方に引き入れて抵抗する。
この抵抗を利用して自分の票にするのが、日本における選挙の戦い方で、古賀氏の改革案に国民の側が抵抗すれば、すべては元のもくあみになる。
結局のところ、官僚の責任は国民の責任ということになる。
国民の側が、多少たよりない政府であっても、「すべて政府におまかせ」ではなく、むしろ自ら痛みをともなう改革を引きうけるくらいの意識を持てるか。
今のように、マスコミふくめて、何かヘマがあると政府をたたいて溜飲を下げているような国民である限り、官僚の利権体質も変わらないということだ。
そう考えると、ちょっと絶望的になる。たぶん日本は国債がデフォルトを起こすところまで、転げ落ちるのではないかと。
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