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2008/12/31

大久保松恵さんが亡くなったことについて(4)

飯島愛(大久保松恵)さんが亡くなったことについて、社会が芸能人に対して、過剰な倫理的要求をしており、彼女はその犠牲者の一人だったのでは、という気がしてきた。

芸能人がメディアを通じて、一般人よりはるかに大きな社会的影響力をもっていることは確かだ。

ただ、一般人は自分自身がどれだけ「正しく生きているか」は棚上げにして、芸能人が大きな社会的影響力を持っていることを口実に、芸能人の倫理的な失態なら、いくら叩いても構わないという「ワル乗り」に走る傾向があるのではないか。

もう一つ、これは大久保松恵さんと僕ら同じ世代の世代性かもしれないが、「強迫自己啓発症」のようなところがあるのではないか。

つまり、何だか理由はよくわからないけど、人間は一生向上し続けなければならないという強迫観念のようなものにとりつかれているのではないか。

例えば仕事で英語を使う機会などないのに、英会話の勉強にいそしんだり、『夢をかなえるゾウ』のような自己啓発本が相変わらずベストセラーになったり。

人間はつねに前向きで、ポジティブでなければならない、つねに向上しなければならないという強迫観念にとらわれているのではないか。

大久保松恵さんも、芸能人としての彼女は、一つは外側からの圧力として、一般人から、一般人以上に倫理的でなければならないという要求の「空気」を感じており、かつ、内側からの圧力として、つねに前向きでポジティブでなければならないという強迫観念にとらわれていたのではないか。

ましてAV女優という過去を背負っていれば、それを埋め合わせるために、余分にそれらの外的、内的な圧力を感じざるを得なかっただろう。

向上心もなく単に生き続けることが端的に悪いことだと言えるのか。

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