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2007/10/29

海上自衛隊はソマリア沖に行った方が良いのでは?

読売新聞によれば、日本のタンカーがアフリカのソマリア沖で海賊にのっとられたそうだ。「ソマリア近海では近年、組織化された海賊による船員の誘拐や人質事件が多発している」らしい。

海上自衛隊はインド洋でガソリンスタンドをやるより、ソマリア沖を航行する日本のタンカーの護衛をするほうが、よっぽど自民党の議員のみなさんの言う「国益」にかなっているのでは?

インド洋のガソリンスタンドなど、所詮「米国のケツ舐め」政策の一つに過ぎない。アフガニスタン政情の安定化について、日本が国際社会から期待されているのは、本当にインド洋の給油活動だけだろうか。そんなはずがない。日本政府が情報操作しているのは明らかだ。

日本国民のみなさんも、自民党政府にずいぶんバカにされたものだ。

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2007/10/27

矢野絢子の優しい歌声がテレビCMから

高知県のライブハウス「歌小屋の2階」を中心に地味な活動を続けている女性シンガーソングライターの矢野絢子だが、個人的に一年以上フォローしていなかったところへ、突然テレビで見たバカボン一家が登場するヨド物置のCMのBGMが、何と2007/09/19発売の四枚目のアルバム「あいのうた」収録の「恋」という曲らしい!

知らぬ間にルックスがずいぶん変わっている。僕が「てろてろ」などの曲にハマっていた頃は、どちらかといえばベリーショートのボーイッシュな髪型だったり、長いときでも日本人形のような髪型だったりしたのだが、新しいアルバムのジャケットでは長い巻き髪になって、メイクもモードっぽく、印象が大きく変わっている。

しかも彼女は来年出産を控えているという。

彼女の曲の中で僕が最も好きな『ニーナ』→矢野絢子 - てろてろ - EP - ニーナ

ちなみに、上述のヨド物置のテレビCM「家族の思い出」篇は、こちらから動画が見られる。ここにもWindows Media Playerを埋め込んでおく。

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2007/10/26

この日経記者に教育問題を論じる資格なし

今朝の日経新聞の一面「ニッポンの教育」の冒頭に、とんでもない記述があった。要約すると、十六年間にわたって、わいせつ写真を雑誌に投稿し続けた元教頭は、勤務態度に問題がなくても、教員免許を更新させないような制度にすべきだ、という主張である。

この発想は公私混同もはなはだしい。法に触れてない限り、公務員であれ民間企業の会社員であれ、プライベートで何をしようが自由である。

なぜ教員だけ、私生活でいかがわしいことをしているからといって、教員免許を即取り上げるべし!という議論になるのか。

だとすれば、毎週キャバクラ通いをしている民間企業の社員がいたとしたら、その社員も即、解雇すべし!という話になってしまう。明らかにナンセンスな議論だ。

この特集記事を書いた日経新聞の記者は、教師に対して自分が不当に厳しい評価をしていることに気づいていないのだろうか?なぜ教師だけが、私生活まで監視され、解雇の理由にされなければいけないのか?

そもそもこのように、教師という職業を「聖職」視する古くさい考え方こそが、日本の教育改革をはばんでいるのではないのか?

この記事を書いた日経新聞の記者は、知ってか知らずが、学校や教育を聖域視する旧来の発想の片棒を担いでいるのだ。学校や教育を聖域視する発想は、教育改革に抵抗する側の発想と、まったく同じではないか。

こんなことさえ分かっていないような記者に、日本の教育を論じる資格はない。

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2007/10/24

インド洋の給油活動が国際貢献ではない理由

日本経済新聞は今朝の社説でも、インド洋の給油活動を続けるための立法を急げと、バカの一つ覚えのように繰り返している。

ビデオニュース・ドットコムのマル激トーク・オン・ディマンド第324回を見て、自民党政府の「自衛隊のインド洋での給油活動が重要な国際貢献だ」というのが、かなりバカげた議論だということがだんだんと分かってきた。

アフガニスタンの人々にとって、日本は先進諸国で唯一、アフガニスタンに対する軍事作戦に関係していない国だった。本当なら日本はこれを外交カードとして使い、アフガニスタンの腐敗した警察組織を正常に機能させるなど、安定化のための真の国際貢献をすべきだった。

ところが、今回の安倍首相退任にからむ騒動で、日本がアフガニスタンの対テロ戦争支援のための給油活動をしていることがアフガニスタンにも知られてしまい、日本は重要な外交カードを失った。その結果、アフガニスタンに関しても、米国追従の外交政策しかとれなくなってしまった。

自民党政権は自らそのような結果を招いておきながら、いまさら「給油活動こそ国際貢献だ」といった、歯の浮くような議論を恥ずかしげもなく展開している。

同じようなことは、北朝鮮政策についてもいえる。日本にとって、拉致問題で譲歩することが、唯一かつ非常に強力な外交カードだった。にもかかわらず自民党政府がまったく譲歩しなかったため、ご承知のように、北朝鮮との交渉は今や日本抜きで進められている。

最悪の事態を避けるためには、「悪魔」とも手を結ばなければならないという、外交の常識を無視した日本の「潔癖症」が、かえって自らを国際貢献ができない状況に追いやっている。

そして日本国民も、拉致問題でまったく譲歩しない政府に声援を送る始末。この国民にしてこの政府あり。こと外交に関して日本の「民度」は低すぎて話にならない。

...といったことらしいのだ。なるほどねぇ。

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2007/10/22

無数の不正の上に成り立っている日本の企業社会

赤福の組織的な賞味期限改ざんや売れ残り製品の再利用は、3年前、すでに内部告発があったようだ。おそらく今回、大きな事件になったのも内部告発によるものだろう。

今日も新たな事実が明らかになり、賞味期限の末尾に「暗号」をつけて、その商品が売れ残りを再包装したものであるなどの状態を手順書にして管理していたそうだ。それでも愚かな社長は、不正は会社ぐるみではなく、経営陣の関与を否定している。

誰がどう考えたって、不正を認識しながら放置している時点で、経営陣の責任は十分問える。にもかかわらず記者会見で、営業の再開こそわれわれの使命だと言い切っていしまう社長の盲目さ加減。

客観的に自分がどう評価されているのかについて、ここまで鈍感な社長だからこそ、平気で組織的な不正を放置できたのだろう。

しかしいわゆる老舗や、オーナー色の強い会社組織が、外部の視点から自分の組織を相対化することはかなり難しいのだろう。そのような組織では、経営陣の権力が業績の維持以外の理由で正当化され、絶対的なものになりがちだ。

そうすると、従業員は経営陣に対して合理的に反論する機会を失い、違法な手段をつかってでも経営陣の指示を実現するしか道がなくなる。何としても利益を出せと言われれば、売れ残りの商品を再利用してしまうのだ。

ただ、不二家、「白い恋人」、赤福は氷山の一角であることを忘れてはいけない。

僕のような凡庸なサラリーマンでさえ、過去に在籍した企業で、組織的な不正の片棒を担いでいたくらいだから(こんなことを書くと「交通事故」を偽装して殺されそうだが)、内部告発のネタを持っていない会社員は、そう多くないはずだ。

日本社会はそういう隠された無数の不正の上に、まあなんとか成り立っているということを忘れてはいけない。

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自衛隊給油問題を支持し続ける愚かな日経新聞社説

日経新聞の社説は、ここ最近非常にしつこく「自衛隊の給油活動を継続すべきだ」「それこそ今の日本ができる国際貢献だ」と寝ぼけたことを書き続けているが、さて、米国政府が日本の給油がイラクに使われていないとは言い切れないことを認め、守屋前防衛次官の山田洋行との癒着が明らかになり、さらに、防衛省が給油量の誤りを隠蔽していたことが分かった。

それでも日本経済新聞は会社の意見として、給油活動が国際貢献だと書き続けるのだろうか。それでも日本経済新聞は、読者に対して防衛省を信用しろと言い続けるのだろうか。いい加減にしてもらいたい。

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2007/10/15

仲正昌樹著『デリダの遺言』を読まなかった

別の本を買うつもりで最寄の大型書店に立ち寄ったら、たまたま仲正昌樹氏の著作を見つけてしまい、半時間近く立ち読みしてしまった。『デリダの遺言』と『思想の死相』の2冊だ。

『デリダの遺言』では、僕が某国立大学でフランス現代思想を研究しようと思い立つきっかけになった、高橋哲哉氏の最近の政治的発言が批判的にとりあげられているので、思わず読み込んでしまった。

思想書としては久々に面白く感じたので、購入して読もうと思ったが、ふと冷静になって考えた。

仲正氏はこの2冊の書物で、思想は「生き生き」していなければならないという強迫観念を徹底的に批判しているが、仲正氏自身、生き生きした思想とそうでない思想という二項対立の図式に、意図的にコミットしている。

仲正氏の言説のスタイルは、仲正氏の意に反して、とてもわかりやすい。なので思わず立ち読みしてしまう。しかし、仲正氏が批判の意図を明解にするには、二元論図式にどっぷり足を踏み入れる必要がある。

もちろん宮台用語でいえば、これは仲正氏の「ネタ」なのだが、西洋哲学の専門家でない僕のような単なる会社員が、仲正氏の本を楽しむこと自体、「ネタ」を「ベタ」へと転じる過程になってしまう。言い換えれば、仲正氏の受け売りで、高橋哲哉氏のサヨク的言説を批判するようなことになってしまう。

仲正氏の思想的批判書は、僕のような大衆に読まれることを、自ら否定するような自己言及的な構造になっているのだ。

そのことに気づいて、僕は自分には『デリダの遺言』や『思想の死相』を、少なくとも「真剣に」読む権利はないし、同じ理由で、高橋哲哉氏のサヨク的言行を批判する権利もないと思い直し、買わずに置いてきた。

それでも読んでやろうという方は、下記のAmazon.co.jpの任意のリンクからどうぞ。

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2007/10/14

中島美嘉の割り箸反対運動

僕は中島美嘉のファンだ。声量はないが歌が上手いことと、提供されている楽曲が良く、キーが合うのでカラオケで愛唱していること、ややエキセントリックな容姿も好きなことなどが、その理由だ。

ただ、先日、偶然、衛星放送でコンサートを見て驚いてしまった。曲間のMCで、彼女がいきなり、地球環境を保護するため「マイ箸」を持ち歩こうという話を始めたのだ。

もう20年前になるが、大学生のころ、学生劇団に誘って頂いた女性の先輩が、やはり割り箸は環境破壊につながるという理由でマイ箸を持ち歩いていた。

僕個人は、この手の草の根運動に懐疑的で、一人二人が割り箸を使わなくなったところで、日本全体の割り箸消費量が劇的に減るわけはないと、自分は同調しなかった。

その後、割り箸は間伐材の有効利用なので、環境破壊につながるというのは大ウソだ、という議論をどこかで聞いて、やっぱりと溜飲を下げた。

今回も、コンサート中に割り箸反対を呼びかける中島美嘉を見て、一ファンとして正直がっかりした。割り箸反対を呼びかけるくらいなら、石油から作られた合成樹脂が原料のCDをやめて、楽曲はすべてダウンロード販売のみにしますと宣言する方が、よほど地球環境のためになるだろうと、画面の中の彼女に向かって突っ込んだ。

...という主旨の記事を「愛と苦悩の日記」に書こうとして、僕自身の「割り箸は間伐材から作られているから環境破壊にならない」という認識が、ほんとうに正しいのか自信がなくなった。

そこで、東京大学の「環境三四郎」という団体のWebサイトに、中立的でかなり客観的と思われる論文を見つけたので、僕の稚拙な見解を披瀝する代わりにご紹介しておきたい。

東京大学「環境三四郎」

このWebサイトの資料室の調査報告書で、「割り箸から見た環境問題」の1999年版、2006年版をお読みいただきたい。

ざっと通読して僕が理解した限りでは、以下のようなことだ。

日本国内で流通している割り箸のほとんどが中国からの輸入品で、原料は間伐材ではなく、割り箸のために伐採された木材である。かつ、伐採された跡地は農地に利用され、森林再生のための植林は行われていない。

ただ、仮に日本が中国からの割り箸輸入を政策的に全面停止したら(事実上不可能だが)、中国の割り箸産業が壊滅的な打撃を受け、当然、割り箸産業に依存して生活する人々にも影響が出る。

割り箸問題一つとっても、中国の地方経済(そして地方と都市部の経済格差)と、日本の大量消費社会が、密接につながっていることを考えるきっかけになる、ということだろう。

したがって、割り箸について立ち止まってよくよく考えてみることに大きな意味はあるが、「マイ箸」を持ち歩くことに自己満足して、思考停止してしまうのは、かえって問題を見えなくするおそれがある。

短いサイクルで新曲を売り出す商業主義にどっぷりつかっているアーティストが、社会的な発言をするとき、どうすれば偽善的にならずに済むか、というのは、かなり難しい問題だと思う。

たとえば、環境保護を訴えるコンサートで、大量の電気を消費して、PAで大音量の音楽を演奏することに違和感をおぼえるのは、僕だけではないだろう。

僕自身、大量消費社会にどっぷりつかって、決して無罪ではない。そういう立場の人間が考えるべきなのは、どうすれば資源を使わずに済むかということではなく、使ってしまった資源を、どれだけ再利用できるか、ではないかという気がする。

割り箸問題についていえば、割り箸を使わずにすませることよりも、使ってしまった割り箸が再利用されるには、どういう制度設計が必要か、という議論の方が、はるかに実効性があるのではないか。

中島美嘉にこんなことを要求しても無理ということはわかっているが、有名タレントとしての発言力を利用するなら、もう少し実効性のある利用方法というのがあるような気もする。

...なんてことを書く資格が、僕のような人間にあるのかということは、棚上げして書いているのだが。


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2007/10/11

民主党衆院選大勝の可能性消える?

民主党小沢党首、衆議院の解散が遠くない今、せっかくの政権交代の好機に、「ISAFへの自衛隊派遣は違憲ではない」という主張で、党内まで分断するのは得策ではないだろう。

これで、衆院選で民主党が過半数をとる可能性はなくなってしまった。まったく残念なことだ。

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アイリバー製携帯プレーヤーに買い換えてビデオニュース・ドットコムを聴く

夏に購入したパナソニックSDカード携帯音楽プレーヤー、やはり専用の音楽転送ソフト「SD Jukebox」の処理速度がきわめて遅く、使いづらいこと、また、アルバム1枚あたりの曲数が99曲と、語学CDの管理が事実上不可能なことから、Yahoo!オークションで市価の3分の2の格安で売り払った。


そして、アイリバー社のDP100(2GB)に買い換えた。

こちらはUSBメモリと同じようにWindowsのエクスプローラーでかんたんにファイル転送でき、語学CDに不便な機能制限もない。付属耳栓型イヤホンや音響性能はパナソニック製品に劣るし、記憶容量を拡張することも不可能だが、任意の曲の間を反復再生する機能もあり、語学学習のための使い勝手は非常に良い。

本体のデザインもシンプルで悪くない。しかも、容量が松下電器製品の倍で価格が半分とコストパフォーマンス抜群。こんなことなら初めからiriver社の製品を買っておくんだった。

曲転送がパナソニックの「SD Jukebox」に比べると、大げさでなく50倍ほど高速になったので、ビデオニュース・ドットコムのストリーミング放送を「GetASFStream」というフリーウェアでダウンロードし、「PetirDecoco」というフリーウェアで音声部分だけWMA形式で抽出してDP100に転送、通勤途中で聴くということもやっている。

ようやく快適な携帯プレーヤー生活が始まった。

(ますますアフィリエイトブログっぽくなってきて申し訳ない)

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2007/10/08

ヤマハの2万円5.1chサラウンドシステムに大満足

YAMAHAの家庭用5.1チャンネル・サウンドシステム「TSS-15」だが、期待以上の性能でとても満足している。


特に、サラウンド用スピーカーを本来置くべき後方の位置に設置し(リビングの壁や天井にケーブルが這うのはやや見栄えが悪いが)、本来のサラウンドモードに切り替えて聴くようになってからは、5.1チャンネル・サラウンドが、本当にサラウンドで聞こえるので、非常に良い。

たとえばワールドビジネスサテライトなど、普通のニュース番組でも、ナレーションは前方からくっきり聞こえ、BGMは音楽っぽく響くので、両者がはっきり分かれて聞こえる。

何よりうれしいのが、クラシックの音楽番組を納得のいく音響で楽しめることだ。

たまたま今日、NHKのBSハイビジョンで、今年のチャイコフスキーコンクール優勝者、神尾真由子の特集を放送していたのだが、彼女の力強いチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を、とても2万円とは思えない迫力ある音で聴くことができた。

ちょっと低音が響きすぎで、下の階の人に迷惑かなと思えば、低音(ウーファー)だけ独立して音量を調節できる。

あまり低音が必要ないバラエティー番組などは、「ナイトリスニング」ボタンをポンと押すだけで、低音が切られて、人間の声が聞こえやすい中音域中心で残響の少ない設定に早変わりする。

サラウンド用スピーカーを後ろに置いて、本来のサラウンドモードに切り替えてから気づくのは、意外とテレビCMに5.1chサラウンドのものが多いということだ。いきなり背後に定位した音が響いてくると、何しろ今までにない音響体験なので、ちょっとびっくりするが、慣れると迫力があって心地いい。

よく考えると、このYAMAHAのサウンドシステムは、チャンネルを次々換えて観る「ザッピング」のために作られた製品なのかもしれない。リモコンのボタンひとつで音響設定を「映画」「音楽」「スポーツ」と、番組に合った設定に手軽に切り替えられるからだ。

またまたアフィリエイトブログのようになって申し訳ないが、2万円でこの音なら絶対買って損はないので、家でテレビを見る時間が長い方には、ぜひお勧めだ。

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「格差」という言葉でおおい隠される日本の「貧困」

休日で何もすることがないので、ビデオニュース・ドットコムの「貧困は自己責任でいいのか」という放送回を観ていた。

「格差」という言葉で、その格差の最底辺にいる人たちの「貧困」の問題が隠されてしまう、という指摘は新鮮だった。

たしかに格差はあってもいい。しかし、だからといってその最底辺にいる人たちが、憲法で保障されている「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」まで失ってもいいことにはならない。

ところが、世間一般の論調では、「活力ある社会を維持するには、格差はあってもいい」という意見がもっともらしく通ってしまい、格差社会の最底辺にいる人たちの生存権が軽視されつつある。

このビデオニュース・ドットコム放送回によれば、その背景の一つとして「高度経済成長」「一億総中流」という、後にも先にもない例外的な時代に生きてきた「団塊の世代」が、日本社会を動かすようになったことがある。

「団塊の世代」のおじさんたちは、自分たちが例外的に恵まれた時代に生きてきたことに鈍感なのだ。小泉首相の格差バンザイ政策に乗っかり、「貧困は自己責任だ」と若いワーキングプアを批判する。そういう今の日本社会の実態がよく理解できる。

ところで、このビデオニュース・ドットコム放送回で初めて知ったのだが、レオパレス21に入居するときの契約は、賃貸借契約ではないらしい。つまり、レオパレス21に入居した人は、借地借家法の恩恵を受けられない。

借地借家法では、家を借りている人が突然家を追い出されないように、解約を制限する制度があるのだが、レオパレス21はそういったセーフティーネットがかからないことになる。

そして最近は、スマイルサービスという企業があって、この企業の物件に入居するときの契約は、鍵付きの部屋を貸すというだけの契約らしい。つまり、スマイルサービスのマンションに入居している人は、法的にはホームレスになるのだ。

このような貧困層をターゲットにしたビジネスを、この放送回では「貧困ビジネス」と称している。米国の貧困ビジネスの最たるものは、貧困層の子女を米軍に就職させることらしい。国家が貧困ビジネスに加担しているということだ。

スマイルサービスのような企業が出てくるのも、小泉首相のネオリベ的政策、竹中平蔵氏の「経済が良くなれば、社会が崩れてもいい」という政策の結果、日本で「貧困」層が着実に増加しつつあることの証左、ということだ。

この放送回に出演している、東京大学大学院博士課程・湯浅誠氏の最新刊へのリンクを張っておく。

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