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2007/07/31

ルーマン「機能と因果性」精読(7)

今回は引き続き Niklas Luhmann, Soziologische Aufklaerung 1 - Aufsaetze zur Theorie sozialer Systeme, 7.AuflageのIII、ページ数で言うと20ページから読み進めたい。

「III. 因果論的科学の機能主義に対する批判は、認識カテゴリーとしての因果性に対する批判と同一視することはできない。また、前者は後者の排除を目的としているわけではない。そして、機能主義的研究と因果論的研究の対比を指摘するのが問題なのでもない。目的論的因果性と機械論的因果性の古くからの区別を、少し更新しようとするのである。因果論的科学の機能主義に対する批判は、むしろ、因果論的関係と機能的関係が、お互いをどう基礎づけるかという関係性を反転させることを狙っている。つまり、機能とは特殊な因果関係なのではなく、因果関係こそが機能的秩序の一つの適用例なのだ」

この冒頭のパラグラフで、機能と因果性の相互関係についてのルーマンの論旨は明白だろう。これまで機能的関係を基礎づけるものとして考えられてきた因果的関係を逆転させ、機能的関係が因果関係を包摂する概念だと言っている。

「われわれは因果的秩序の概念とは独立に定義できる機能概念を見出したあと、この反転のための観点を作り出すことにしたい。そしてそこからさらに、因果関係をその機能的概念の助けをかりて説明することで、因果的判断に固有な意味が、より有効なものになることを示す」

ここではこの第三章全体の意図が示されている。

「古代ギリシアと中世の因果性が、ほとんど把握できないような意味で、存在根拠への有限の関係として理解されていた一方で、近代の始まり以来、因果性における無限の問題は無限性の問題は、避けられないものとなった。各々の因果論的命題(Feststellung)は無限なものに対する様々な方向での指示を含意する。つまり、各々の結果は無限に多くの原因をもち、各々の原因は無限に多くの結果をもつ。さらに、各々の原因は無限の仕方で他の原因と結びつき、あるいは、他の原因と交換できたりする。そこから結果の領域の中に、それに対応する多様な区別が生じる。最後に、各々の因果的過程は自らを無限に分割するとともに、無限に遠くまで追っていくこともできる」

まずルーマンは、近代以降の因果性概念がさまざまなかたちで無限という問題とからめて論じられてきたことを指摘する。

「こうした問題を見すえれば、因果性の存在論的解釈はその意味をうしなう。したがって、原因と結果を一定の存在状態と解釈することも、因果性を一つの原因と一つの結果の間の不変の関係として確立することも、もはや不可能となる。他の原因、他の結果をすべて排除することは正当化できなくなる。たしかに"ceteris paribus"を前提とすることで、社会科学の"exculping phrase"を公式な具体的言表にすることはできる。しかし、他のすべての因果的要素を事実として完全に排除できないなら、そのような言表は何ら経験的価値をもたない。そして社会科学こそは、そのような排除に成功しない典型例だ」

文中のラテン語と英語は原文のままとした。日本語訳は後日つけることにしたい。なおこの部分の論旨にあいまいさはないので、コメントは控える。

「逆に、もはや一つの原因と一つの結果を法則の形で同時に不変なものとしてとらえようと努めるのではなく、一つの原因、または、一つの結果を不変とすることで十分だとすれば、課題は軽減される。等価機能主義は、こうしたより控えめな端緒を推奨する。原因と結果は、生活実践的な根拠、または、理論的な根拠から、関心の焦点を作るが、等価機能主義は原因と結果のどちらかを機能的な関係づけの観点として利用する。つまり、等価的因果関係についての問いの、不変な出発点として利用する。一つの結果を関係の問題として評価すれば、それに関連して一定の諸原因の領域が秩序づけられる。より多くの原因の結びつきが、その結果を引き起こすのに十分なものとして明らかにされる。このように、問題となっている結果はさまざまな原因どうしを関係づけるための秩序づけの観点と見なされる。同じように原因もまた機能的な関係づけの観点と見なされうる。したがって、これらの原因の正当化は問題としてあつかわれる。その原因に対する結果の外周から、さまざまな目的が可能な正当化として選び出される。そうしてさまざまなイデオロギーが機能的に等価であることが証明される」

ここでは、等価的機能主義が原因からでも結果からでも分析を始められること、そして、特定の原因、または、特定の結果から出発することで、一定の問題領域を開き、その領域の内部においては、すべての要素が交換可能で等価なものと見なされうることが説明されている。

「その際に原因のもとでの比較可能性が開かれるが、それは結果の領域の中から唯一の結果が関係づけのための点として選び出され、抽象されることに基づいている。この抽象化は固有のスタイルをもっていて、種概念と類概念による分類的な抽象化とははっきり区別される。つまり、原因と結果のどちらかの個別的な特徴を捨てるのではなく、付随的な結果を捨てるのだ。付随的な結果をすべて考慮に入れようとすると、もはや諸原因のもとでいかなる選択もできなくなってしまう。諸原因は完全に個別で、しかも比較不可能なしかたで観察されることになってしまう。というのは、たしかに個々の原因は一つの結果をもつが、決してすべての結果を共有しているわけではないからだ。言いかえれば、一つの結果は、その原因から生じる付随的な結果を捨てれば、機能的な関係づけの観点にとって本質的な多義性を得る。それによって、より多くの原因の可能性が(それは付随的な結果によってしか区別されないのだが)、機能的に等価なものとして現れる」

この部分は、等価的機能主義が、無数の原因からたった一つの原因を、あるいは、無数の結果からたった一つの結果を選択することで、諸結果の領域、あるいは、諸原因の領域が等価物の領域として現れるという、方法論上の操作が説明されていると理解する。

このあたりの等価的機能主義の方法論的操作についての説明は、やや冗長な気がするのだが、僕が読み落としている重要な意味があるのかもしれない。

「したがって因果論的要素の機能的分析は、原因と結果の関係だけを問題にするわけではない。たしかにそのような関係は分析の端緒として前提されている。そのような関係は補助的方法としては使えるが、命題(Feststellung)の対象としては使えない。分析そのものは、結果の作用の観点のもとで可能な原因を探求するか、あるいは、原因の作用の観点のもとで可能な結果を探求するかのどちらかに集中する。あらゆる機能主義的分析は、ある選ばれた観点を前提とするので、この両方の探求を同時におこなうことはできない。観点を変えると、探求の成果も変わるからだ。そういう意味で、原因と結果の間には『不確定性の関係』がある。因果性の意味は原理的に原因と結果を同時に一義的に確立することを排除している。因果性についての存在論的解釈が獲得しようとしているものは、獲得できないのである。この洞察が機能主義的因果論の出発点を生み出す。機能主義的因果論にとって、排他的な因果法則はせいぜい分析の極端な場合であり、原因の領域にも、結果の領域にも、他の可能性が存在しないということは、絶対的に制限された等価物の極端な場合と考えることができる。しかし、因果的関係の意味は、このような極端な場合の達成にも、他の可能性の排除にもなく、さまざまな可能性を把握し、秩序づけることにある」

要するに機能主義的因果論は、さまざまな可能性の把握という、「権利の問題」の水準にあるということだ。

(つづき)

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2007/07/29

政権交代のない日本に未来はない

参院選の結果は直接、政権交代にむすびつかないので、逆に国民は安心して民主党に投票できる。それが今日の投票結果だ。

しかし、良識ある日本人なら、二大政党制が定着するまで、自民党以外に投票しつづけるべきだろう。

自民党と野党が拮抗して政権を担う体制にならないかぎり、日本は外部からのチェックが働かない官僚機構によって支配されつづける。

いまの日本の政治の悪い部分は、自民党の失政が直接の原因なのではなく、政権交代がおこらないことによる、官僚支配が直接の原因と考えていいだろう。それを止めるには、この日本に二大政党制を確立するしか方法がないことは明らかだ。

近々、衆議院が解散される可能性もあるが、そのとき自民党以外に投票するかどうか、本当に日本人の良識が問われることになる。

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2007/07/24

ルーマン「機能と因果性」精読(6)

前回に引き続き、Niklas Luhmann, Soziologische Aufklaerung 1 - Aufsaetze zur Theorie sozialer Systeme, 7.Auflageの19ページから精読を進める。

「このような意味での機能概念を、機能的変数の枠内で等価物を確立するための規制原理として理解し、因果論的科学の機能主義のかわりに等価物の機能主義を利用すれば、上述の方法論的困難は解消される。したがって『欲求』はもはや、機能主義的な関係づけの観点以外の何物でもなく、さまざまな欲求充足の可能性が互いに等価であることを明らかにするものであることがはっきりする。それらの等価物は、ある欲求が現に充足行為を動機づけるかどうか、またどれくらいの確率で動機づけるかにかかわらず、確立することができる。したがってそれはまた別の問題形式、つまり、社会システム、または、社会文脈の存続にも当てはめられる」

先に欲求と結び付けられた機能的説明が批判されていたが、ここではあらためて、特定の欲求とその充足行為の個別の結びつきから独立した、純粋な交換可能性の体系としての機能概念が提示されている。

「機能主義はしばしばトートロジー的な定式化だという非難をうけるが、以上のような説明でそのような非難は無効になる。機能的な議論は、見出された作用から、それに対応する欲求を推測し、それによって作用の存在を正当化するといった点にはない。ある論理式は、関係づけの観点の定式化と、すべての等価な実現可能性との間だけに成立する。この論理式は分析的=発見的な原則である。どのような変数値(Einsatzwerte)がそのような機能的クラス、つまり、変数に属しているのかは、逆に経験的認識に関することであり、決して関係づけの観点の定式化からは生じない」

機能主義が、すでに発見されている結果から原因を推測することで、その結果はその原因から生じたのだ、という因果論的な機能主義にとどまる限り、たしかにトートロジーに陥ってしまう。

ルーマンがここで救い出そうとしている機能主義は、交換可能な等価物=変数値と、それらを関係づける点からなり、前者はいつでも他の可能性、他の等価なものと交換できるということから、特定の原因と特定の結果に縛られることなく、他の可能な等価物を探索するための発見的方法としても使える。

「さらにそれによって、機能主義的方法がその前提となるシステムの説明に、本質的に静的かつ保守的に関係づけられるのかどうか、あるいは、歴史的発展を考慮に入れることができるような社会的変化の問題はどうなのか、といった問いをめぐる論争が解決される。機能的方法は等価な他の可能性だけでなく、システムにおける変化の可能性、交換と代用の可能性、および、それらのフィードバックの可能性をも考慮に入れつつ、システムの諸性質を分析する。しかし、機能主義的方法は特定の変化の原因を確立したり、それらを前提することへは向かわない」

機能主義的方法は、システムについて決して静的でも保守的でもない、というのがルーマンの主旨であることは言うまでもない。

「したがって、当然のことながら、関係づけの問題は特定の機能的作用から生じる事実としての結果を『説明』することはない。関係づけの問題はその逆の意味を持ち、他の可能性を指し示す。それらの様々な可能性は、関係づけの問題を比較関係および交換関係へと秩序づける。認識が獲得するのはこれだけだが、過小評価すべきではない。しかしながらこの獲得物は、伝統的な存在論的・因果論的科学では評価が困難だった。したがって、ここまで素描された研究の端緒を、さらに説明することが必要となる」

以上のように「II.」の部分は、マリノフスキーの事例から始めて、機能主義的分析の方法をルーマンが素描したものだと言える。次の「III.」でルーマンは、この最後の部分で予告されているように、機能主義的方法を伝統的な因果論的科学(学問)との比較で、さらに深く論じていくことになる。

(つづき)

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2007/07/22

ルーマン「機能と因果性」精読(5)

前回に引き続き、Niklas Luhmann, Soziologische Aufklaerung 1 - Aufsaetze zur Theorie sozialer Systeme, 7.Auflageの18ページから精読を進める。

「このような端緒から抽象化の技法と比較に技法が発見される。それらの技法は同一性、観念、類概念といった古い存在論的概念よりも柔軟で、同時に複合的である。たしかに存在論的に構想された観念論は、不確実性を通じて一般概念を獲得しなければならなかった。しかしそうした観念論は、他の可能性の排除の下に観念を絶対的存在の中に確保するために、観念の本質からあらゆる不確定性を排除しようとした。観念論は具体的な世界を―変化の規則の方へではなく―不変の性質の方へと抽象化した。そして観念に可変なものも組み込むことをせず、ただ不変なものだけを組み込んだ。したがって、たしかに一般化はあっても、それは分類の意義しかもたず、世界の変化のための戦略的概念としては役立たない。つまり、他の可能性の発見や、代替物による解決と補完的作用の文脈についての解明のための戦略的概念としては役立たないのだ。機能主義的分析にとって問題となるのは、本質において不変なものという形式で存在を確立することではなく、複合的なシステムの枠内での、可変なものの変化である。不変なものは単に変化の条件として機能するにすぎず、そのようなものとして、特定の機能に対する適応性という観点の下では、不変なものは変数なのである」

ここでは伝統的な存在論的観念論と機能主義的分析が対比されている。ヘーゲルの弁証法的観念論の評価は言及されていないが、古典的な存在論的観念論が静的であり、変化や運動を排除しているというのは、ベルクソンを引き合いにだすまでもなく、よくある論の展開だ。

「存在論的に普遍なものをこのようにすべて解消することによって、徹底的な熟慮の末、機能主義的方法は無限後退という反論にさらされる。つまり、いかなる関係の観点も、それ自身、機能的に分析できるのだとすれば、その研究はいったいどこに限界や、最終的な準拠点を見出すのか、という反論だ」

ルーマンは伝統的存在論の立場から予想される、機能主義的分析への反論を先取りしている。機能主義的分析が、いってみればつねに他の可能性へと送り返すことで成り立っているのだとすれば、機能主義的分析そのものも、機能主義的分析ならざるものへと送り返されるのではないか、という反論である。

これも絶対主義的立場から、相対主義的立場への、よくある反論のパターンだと言える。

「しかしながら、このような反論は、依然として存在論的な思考前提の枠組みの中で動いている思考の文脈においてしか当てはまらない。無限後退というのは、何物かは存在し、かつ、存在しないことはないのだ、ということの根拠に同意することへの反論だ。無限は何物も排除しないのだから、そのような根拠は無限へと解消されてはならない。機能主義的方法の枠内では、そのような根拠づけはいかなる関係づけの観点からも期待されない。逆に、機能主義的方法は、何物かは存在し、かつ、存在しないこともありうるという主張(Feststellung)、何物かは代替されうるという主張を根拠づけるべきなのだ。機能的等価物を確保するには、関係づけの観点が相対的に不変でありさえすれば十分であり、その関係づけの観点は、他の関係づけの観点によって解消される可能性があるものなのだ」

機能主義的方法は、相対的な不変性だけを確保できていればよいのであって、存在論的な絶対的不変性を求めるや否や、無限後退という反論がうまれるのは当然である。

(つづく)

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2007/07/21

ルーマン「機能と因果性」精読(4)

邦訳が出版されていない二クラス・ルーマンの「機能と因果性」のドイツ語原典を引き続き精読してみたい。

なお使っているテキストは、VS Verlag fuer Sozialwissenschaften刊「Soziologische Aufklaerung 1-Aufsaetze zur Theorie sozialer Systeme」の2007/02出版の第7版である。今回はその16ページからということになる。

「II. マリノフスキーの儀式と呪術についての分析は、機能主義研究の古典的パターンだ。儀式や魔術は感情的に困難な事態への適応という問題を参照することで説明されている。儀礼と呪術は緊張の高まる状況を経験せよ、という社会的命令を含意している。凶作と飢饉の脅威や死が迫っている場所では、儀礼と呪術が問題に対する一定の形式の表現を可能にする。儀礼と呪術は仲間の立会いの下、社会的に正しい行動の可能性と必要性を定義し、それによって緊張の経験に形式をあたえることを可能にする。その形式は同時に社会的団結を強める」

ルーマンは機能主義的研究の範例としてマリノフスキーの人類学を持ち出している。

「ここには一見して魅力的で、事実にも基づいた洞察がある。しかしここで興味深いのは洞察そのものではなく、その洞察のもつ魅力と明証性の根拠である。なぜこの種の機能主義的な主張(Feststellungen)が興味深く、明白なのか。このような認識作用はその方法論的正当性の証明をどこに見出すのか」

「こうした明証性の根拠は、機能主義的分析がそこで扱われている事実を比較可能なものにする点にある。機能主義的分析は個々の作用を抽象化された観点に関係づけ、その抽象化された観点はまた別の作用の可能性をも明らかにする。したがって、機能主義的分析の意義は(限定された)比較領域を開くことにある。マリノフスキーが儀式の機能を感情的に困難な自体への適応を容易にすることだと主張するとき、それによってその問題に対する別の解決可能性としてどのようなものがあるか、という問いを、暗に投げかけている。さらに儀式を機能的等価物のその他の可能性に関係づけている。その他の可能性とは、例えばイデオロギー的な説明のシステムや、悲嘆、怒り、ユーモア、爪かみ、想像上の逃避世界に引きこもることなどの個人的反応だ。この点がマリノフスキーの洞察の興味深いところだ。重要なのは、特定の原因と特定の結果の間の規則的な、あるいは、多少なりとも本当らしい関係なのではなく、ある不確かな(problematisch)結果の観点から、より確からしい原因の機能的等価物を確立することなのだ」

ここでは、マリノフスキーを典型とする機能的分析の意義が、比較可能な「他の可能性」、つまり等価物への入れ替え可能性を開く点にあることが主張されている。さらに読み進めてみよう。

「機能的等価物の概念はよく知られており、広く利用されている。しかしその概念は物事を定義するためのメルクマールや、方法の原理とは見なされていない。機能的等価物という概念の可能性は有効に活用されないままだ。この概念の中にこそ機能主義を因果論的方法から引き剥がす鍵がある。機能とは結果を生み出すものではなく、ものごとを規定する意味図式(Sinnschema)なのだ。その意味図式は等価な作用どうしを比較する領域を組織化する。機能とは、さまざまな可能性からある統一的な側面を把握するための特殊な観点を指し示す。この観点においては、個々の作用が具体的な出来事として比較不可能なものとして区別されるにもかかわらず、他方では、等価で、相互に交換可能で、代替可能であるように見えるのだ。したがってある機能はまったくカントが定義したような意味で『様々な表象を一つの共通の表象の下に秩序づけるための行為の統一』なのだ」

ルーマンによれば、いってみれば因果論的分析が、ものごとの統辞論的側面に着目するのに対して、機能的分析がパラダイム的側面に着目しているとされているように思える。

「このような機能概念は最終的に論理的数学的機能理論にも基づいている。これまで、論理的・数学的機能主義と社会科学的機能主義の間の断絶は安易に甘受されてきたが、機能概念の助けを借りれば、その溝をうめることができる。論理学が『~は青い』といった不完全な文を文の機能として扱うとき、特定の可能性から成り立つ限られた比較領域を開くことしか意味せず、それによって欠けているものを補完し、文を真の命題へと完成させる。『空』『私の車』『スミレ』などは、この機能にとって欠けているものを満たす等価物だ。したがって純粋な機能とは一つの抽象化である。抽象化は文の完全な意味を与えない。抽象化は一つの規則を告げるだけであり、その規則にしたがって、文の真偽値を変えることなく、どのような変数値 Einsatze(「独立変数 Argumente」)によって文を完成できるのかが決定される」

この最後の文は訳出しづらいのだが、情報科学の比喩をつかうと理解しやすいだろう。抽象化された文は一つの関数のようなもので、その関数にどのような引数(arguments)を与えるかによって、完成された文の意味が変わってくるが、真偽値が変わるわけではない、ということになるだろうか。

「Einsatz」という名詞はeinsetzenという動詞から来ているが、einsetzenは「はめこむ」というのが最初の意味になっている。したがってEinsatzwerteは、一定の値をもつあてはめ可能なもの、つまり「変数値」と訳してみた。

つづきを読み進めてみる。

「同じような根本思想は数学的機能(=関数)理論でも前提条件となっている。ただし、数学的機能(=関数)理論では、それに加えてより多くの機能的変数値の相互関係に、厳密で明白な秩序が求められている。そのような等価的変数値の秩序が計算操作を可能にしており、計算操作の中では機能(=関数)が変数値を代表している」

Funktionenが「機能」であると同時に「関数」であり、その抽象化の可能性、つまり計算可能性が、代替可能な変数を前提としていることは見やすい。

「すべての機能的等価物の可能性というクラスは、一般に変数として表される。変数とは概念であり、概念は計画的に無規定なままにとどまる。変数とは空位のことだが、変数は任意ではなく一定の方法によってのみ、個々の可能性で満たすことができる。変数は機能的な関係づけの観点によって定義され、その観点を手がかりとして、空位を埋めるどのような可能性が考慮されるかが決まる。また、その観点は別の可能性を発見するための手引きとなる。ある機能の等価物の領域は、機能的な関係づけの観点をどう定義するかに依存している。関係づけの観点の定義は、逆に機能を等価物の領域の構成に向かわせる。そして関係づけの観点を定義することは、このような秩序づけの作用によってのみ正当化される」

因果論に対する機能主義的分析の本質が少しずつ明らかにされているところで、つづきはまた次回ということにしたい。

(つづく)

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2007/07/18

ルーマン「機能と因果性」精読(3)

引き続きルーマンは機能主義的説明を根拠付けようとする努力の3つめの事例を取り上げる。

「3.この問いをさらに究明する前に、説明問題についての3つめの回答が関心をよせるに値する。グールドナーは機能的相互性の概念の助けをかりて解決策を探している。彼は機能自体は決して機能の作用を説明できないという認識から出発する。したがって彼は問題を一つ高い水準に移す。より多くのシステム間の関係という水準だ。機能的作用はふつう一方向的なものではなく、2つ、あるいはそれ以上の多方向の交換の枠組みの中で提供され、そうした交換の枠組みが、関係する諸システム(人格、集団、組織)に存続に必要な作用を供給する」

この3つめの事例では、一つのシステム内部で機能主義的説明を完遂しようとすると、どうしても特定の結果の特権化による因果論的説明を免れない点をふまえた上で、複数のシステム間の機能の相互作用という観点を導入している。

「しかしこの考え方もわれわれの問題の解決にはならない。単に問題の位置をずらすだけだ。まず、このような考え方は、欲求による動機づけがあること、あるいは、個々のシステム内に均衡維持メカニズムがあることを前提として、それらが交換の働きを制御すると考える。したがって、すでに述べたようなさまざまな困難につき当たる。加えて、システムの存続と相互作用の確保を、作用の交換を規則づける一つの『市場』としての上位システムに依存したものにしてしまう。この交換システム自体はその存続が保証されているわけではなく、引き続き必要な個々の作用が提供される想定を十分に根拠づけるものではない。したがってグールドナーは、次のような問題に答えないままになっている。つまり、下位システムはどの程度交換によって存続しているのか。どの程度「補完的メカニズム」(つまり機能的等価物)がその代理となるのか。どの程度交換が役立たないのか。そして最後に、交換システム全体と個別システム全般が存続するのかどうか。ここでも事象の因果論的複雑化だけでは十分な説明根拠にならない」

ルーマンはシステム間の相互作用という説明にも満足していないようだ。

「こうした熟考に共通した根拠となる考え方は、ここで問題となっている因果的科学の機能理論において、特定の原因と特定の結果の間に不変の関係を確立しようとしても成功しないということだ。というのは、それ以外の可能性を排除することに失敗するからである。機能的作用があるシステムの存続をもたあすのは、存在論的に存続が確保されるということではない。つまり『存在、および、存在しないものではないもの』の確立を確保するわけではないのだ。しかし存在しないものと他の可能性を排除することは、存在論的思考前提の枠内にとどまる因果的説明すべてに共通した原理となっている」

ここにいたってルーマンが因果的説明を批判する理由がはっきりする。因果的説明にもとづく機能主義は、いったん特定の原因と特定の結果の間に不変の結びつきを確立すると、それ以外の可能性を原理的に排除してしまう。

そこには存在論の欺瞞的な側面があり、それは現に存在しないものの存在を排除するということだ。ここではまだ明確に書かれていないが、むしろルーマンは、存在しないもの、つまり潜在的なものが、いつでも存在するようになる可能性自体に、システムの存続の根拠を見出そうとしている。

「以上の論述は、マリノフスキーやパーソンズ、グールドナーの機能主義理論を批判するものではない。ただ彼らの機能主義的理論と、一般的な意味での因果論的科学の標準的方法の間の違いに注意を促したいだけだ。伝統的な因果論的実証主義に立脚するとき、ナーゲルやヘンペルとともに、機能主義的理論の欠点に対する反論を解決し、機能主義的理論が厳密な学問性の要求を満たしていないことを確立しようとする傾向がある。しかしその違いを別の方向へ解消することも、同じように正当だといえる。つまり、伝統的因果論的科学の説明方法の有用性に異論を唱えることもできるのだ。しかしそれには機能主義的分析に固有の意味が、原因と結果の間の不変の関係を確立する因果論的科学の規則から独立して、うまく定式化できることが前提となる」

ここから先、ルーマンは機能主義の因果論に対する相対的な有効性についての議論を離れ、機能主義の内在的な正当化へと議論をすすめる。

(つづく)

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2007/07/16

クリーニングでズボンなくされ後味悪し

都内の下町に越してから、チェーン店のクリーニング屋が近所にないので、自営の店を利用するようになった。店番はお世辞にも愛想が良いとはいえない老婦人で、たまにお嫁さん(娘さん?)のこともあった。

お嫁さんのときには釣銭を台の上に投げ出されたことさえあり、料金が安いから仕方ないと思いつつ毎週末洗濯物を出していた。

ところが、今月最初の日曜日に出したスーツの下をなくされてしまった。会社帰りに引き取りに行くと、しばらく店内をさがしまわったが見つからないのだ。

仕方なくその週末にまた取りに行くと、もう少し探したいので4~5日後に来てほしいとのこと。そしてふたたび引き取りに行くと、やはり紛失したようなので、クリーニング代の10倍で勘弁してもらえないかという話が来た。

あまりの金額の低さに納得できず、帰宅してインターネットで調べた結果、クリーニング生活衛生同業組合の事故賠償基準というものがあった。

スーツの下だけを紛失された場合、スーツ全体が着られなくなるが、賠償範囲はスラックス部分だけだという。それでも同業組合の基準からして、店の提示した金額は安すぎる。

その店が東京都の同業組合に加盟していないことも分かり、基準にもとづいた交渉が難しそうなので、区役所の消費者センターに電話してみた。

センターの対応はとても親切で、10分後、折り返しの電話で、同業組合の基準にもとづいた賠償基準金額を連絡してもらえた。また、まずは自分で交渉することを勧められ、交渉のやり方についても細かく助言があった。

翌日クリーニング店に行き、センターに相談したことを正直に伝え、助言どおりに交渉した。しかし店番の老婦人はわずかに高い金額を提示しただけで、それ以上ゆずろうとしない。

やむを得ず店の了解をとって、消費者センターにあっせんに入ってもらうことにした。消費者センターに交渉の結果を伝えてあっせんを依頼すると、一度あっせんに入ると当事者どうしの直接交渉はできなくなること、また、今からすぐ店に連絡するとの返答。

その言葉どおりおよそ30分後、センターから結果の電話が入った。そのクリーニング店は個人商店で顧客が限られており、他の洗濯物に混じっている可能性が高いので、今月いっぱい捜索の時間としてほしい。それでも見つからなければ金額交渉に入る、とのことだった。

そういうわけで今月末まで回答待ちとなった。

こちらには何の落ち度もなく、スーツを一着損した。店番の老婦人は言葉は荒げないものの、まるで賠償を要求する方がおかしいという口ぶりで、胃が痛くなるほど不愉快だった。反対に、区役所の消費者センターの対応は、予想以上に迅速かつ親切で、とても心強かった。

ただ、この件で東京の下町に住む難しさを考えさせられた。

狭い路地が入り組み、老人の世帯主が多い下町に、突然こぎれいな賃貸マンションが建つ。そして僕のようなよそ者が、都市郊外の生活スタイルそのままに引越してくる。

つまり、近所づきあいは一切なく、ほとんど家と職場、スーパー、繁華街の往復だけで生活するというスタイルだ。

それに対して狭小住宅のクリーニング店は、昔からそこで商売を営み、同じように昔からその地に住む老いた世帯が固定客になっている。

そこへ価格が安いというだけで僕のようなよそ者が新しい顧客になる。他の常連は洗濯物を出すついでに店番の老婦人としばらく立ち話して帰るが、こちらは用が済めば1分もかからず店を出る。

おそらく他の客は洗濯物をなくされても、日ごろの付き合いのよしみで安い額をのむだろうし、長く着たものならタダで済ませるかもしれない。

こちらが被害者なのに後味の悪さが残る、東京の下町である。

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ルーマン「機能と因果性」精読(2)

「機能と因果性」でルーマンはパーソンズの機能主義的方法を要約した上で、その批判的拡張を試みる。

「われわれはこうした批判を独自の本質的なやり方で跡づけ、拡張してみたい。
 その出発点として次のような洞察が使える。つまり、結果によって原因を説明することはもはや不可能であり、それゆえある行為の機能は、その結果を見たとき、その行為の事実としての結果を説明したり、予言を許したりするほど十分な根拠にならない。したがって、機能主義的理論は行為の結果をその機能と関係づけるが、行為の結果を因果論的な補助構造を通じてより詳細にその資格を判定する必要がある。われわれはすでに今しがた、限られた種類の結果しか機能的関係づけの観点として考慮できないことを見た。いまやその結果のもつ特別な資格がどのような方法的意義をもつかが重要になる。その特別な資格によって、結果は十分な説明根拠へと拡張されるだろう。このように試論を進めれば、以下のような3つの例が示される」

ルーマンは機能主義的方法を拡張し、結果を十分な説明根拠にする方法を提示しようとしている。

「1.より古い機能主義的理論では機能的説明が主に欲求と関係づけられ、そこから、動機としての欲求、したがって欲求を満たす行為の原因としての欲求が因果論的に有効とされた。欲求と動機がこのように真剣に同一視されると、生じた結果とそれを生じさせた原因の同一視にまで到り、それによってトートロジー的循環に迷いこんでしまう。それに対して、欲求とそれを除去する動機が分離されると、そのそれぞれを別個に経験的に確立するという困難な問題が生じる。また、欲求と動機の間の論理的(法則的?)関係という問題や、その関係を経験的検証という問題も生じる。そしてさらに、欲求概念がそれによって因果論的な説明能力を失ってしまう」

たとえば、食事という結果的行為を食欲という動機で因果論的に説明しても、じつは何も説明したことになっていない。ルーマンはここで、欲求概念に訴える因果論的説明は、原因と結果の関係性について、なんらプラスアルファの情報をもたらさないことを批判している。

「全く同様に『緊張』または『対立(Konflikt)』といった概念も、欲求の除去という動機を想定するように誘導する。それによってこれらの概念は機能的分析の中心点となり、機能的分析は同時に因果論的説明となる。それによってある科学的世界像が生み出され、その中に緊張の緩和や順応、対立の解消に向かう一見自然な諸傾向が-純粋に方法的制約のある理由から-組み込まれる。結局その根底にあるのは、問題は自らその原因を解消へともたらすものだという楽観的な見解なのだ」

ルーマンはさらに、緊張の緩和、対立の解消といった説明原理もまた、なぜ緊張が緩和されなければいけないのか、対立が解消されなければいけないのか、といった本質的な疑問に答えない点で不十分だとしている。

「2.この因果論的科学による説明の問題に対するもう一つの回答は、均衡理論だ。均衡理論もまた結果をより詳細に性格づけることで機能概念を定義するので、結果を機能的説明の根拠として利用する。均衡理論は機能的説明をもっぱら諸システムだけに関係づけ、諸システムはその環境に対して自分自身を均衡状態に保つとする」

次にルーマンが検討の俎上に載せるのは均衡理論だが、ここでも均衡状態というシステムの結果的な状態が、機能の説明根拠として利用される倒錯を指摘することになる。

「均衡概念による説明は無数に存在する。それらの説明において決定的な考え方は、潜在的な因果性というものだ。システムの中には、かく乱が起こった場合にシステムを安定した状態にもどすように作用する諸原因が存在する。したがって、たとえばお互いを妨害するように定められた機械的な諸力のシステムがあり、それらの諸力はかく乱によって解放されると、均衡を回復する方向に作用するとされる。あるいは、生きている有機体の内部の諸傾向は、特定の環境変化によって共同である原因の組み合わせを生み出し、その原因の組み合わせによって体温が一定に保たれ、流血した傷口をふさぎ、要するに有機体の特定の性質を維持する方向に働く(ホメオスタシスのこと)。あるいは、構成されたフィードバックシステムがあり、環境のある種のデータに関する情報によって、システムの出力を制御する」

ここで例示されているのは、システムの均衡状態が、システムが作動し始める以前に前提されてしまっているシステム論である。ルーマンは当然のことながら、このような決定論的なシステム観も批判の対象としている。

「これらのシステムはすべて、変化する環境の作用に対して特定の特徴を維持する点で共通している。その点でこれらのシステムは、そのような作用をシステム内部の原因によって補完する。したがってシステムは単にシステムの存続に必要な特定の原因が規則的に発生することだけに依拠しているわけではなく、それに加えて諸原因の横のつながりにも依拠しており、それによってある原因の変化という帰結をもたらし、原因どうしが互いに他を補完するように干渉し合う」

ただしルーマンは均衡状態を維持するシステムという考え方に、一つの利点を見出している。それはシステムとその外部である環境の関係から、システム内部で原因の布置そのものが組みかえらる可能性を論じることができるからだ。

「したがって、そのようなシステムの存続安定性は単純な因果関係の複合的な組み合わせによって確保されている。システムの存続安定性は特定の諸原因と特定の諸結果の関係に還元できる。しかしこの関係は、システムを規定しようとすると、法則としてしか定式化されない。つまり、システムごとに一つの変化の可能性しか持たない。熱力学と経済学はこのような意味で、均衡モデルを不変の法則を定式化するための方法的補助手段として使う。このような前提条件があって初めて、システムのある状態から別の状態を推論することができる。そのようにしてのみ、以下のような予知が可能になる。つまり、システムの存続に必要な諸原因の領域内で、環境の制約をうけた変化が起こることで、補完的メカニズムが介入し、システムの重要な特徴を一定に保つ。それに反して、社会生活の領域にはそのように規定されるシステムは存在しない。したがって社会システムに均衡概念を転用すると、概してあいまいな類比や比喩にとどまる。そして、方法的により注意深く考えると、理念形モデルとしての均衡観念が、経験的に記述できる意味なしに導入されるとき、まさにそのことによって均衡観念による説明の実効性が問題となる。パーソンズの研究は均衡観念について一つの注目すべき変種をもたらし、反応メカニズムの考え方を普遍化の概念に結びつけた。パーソンズはそこから出発して、そのような反応メカニズムによって、より確実な方法でシステムを環境の変化に左右されないものとして確立し、その限りで普遍的なものとして確立した。『メカニズム』という概念は特定の原因と特定の結果の関係を示唆し、またそれに対応するパーソンズの機能概念を示唆する。しかし普遍化という概念は、機能概念に対立するものとして構築されている。普遍的なものは独自の方法で特殊性を免れ、まさにそのことによって安定している。普遍的なものはより多くの経験的で多様な可能性に開かれている。その安定性は、イポリット・テーヌが初めて定式化したように、特定の結果に起因せず、代替可能性に起因している。象徴、貨幣、権力、快楽体験などといったパーソンズの普遍化のメカニズムは、おそらく伝統的な因果論的科学の外側に解釈を要求し、その秩序化作用を明らかにするだろう」

均衡概念に関するこの最後のパラグラフでは、パーソンズの普遍化への要求が、機能がシステムの均衡に奉仕するといった目的論的な観点から脱して、代替可能性をもとにした新たなシステム観への道を開くことが予告されている。この点についてルーマン独自の考え方は、本論の後半で展開される。

(つづく)

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2007/07/15

ルーマン「機能と因果性」精読(1)

二クラス・ルーマンの主著『社会学的啓蒙』第一巻(1970年初版)の巻頭論文「機能と因果性」は邦訳がない。

『社会学的啓蒙』の邦訳版によれば、ルーマン自身から強く訳出の要望があったが、各所ですでに引用されているので翻訳しなかったらしい。しかし、機能主義的分析を因果的分析の序列を逆転させるこの論文が、ルーマンの社会システム論を理解する基礎になることには違いない。

「機能と因果性」は次のように始まる。

「機能主義的方法は社会科学において他のさまざまな研究方法の一つと見なされ、概念構築と関連付けの特殊な手法とされる。多くの研究者が機能主義的方法に没頭し、優れた業績に達しているが、機能主義的方法を拒否し、その基礎概念のあいまいさを指摘し、機能主義的方法が一定の価値判断を含み、社会変化の問題に鈍感な点を非難する研究者もいる。あるいは、機能主義的方法を、ふつうの因果律による説明技術と区別するのを認めない研究者もいる。因果論的科学の有効性を検証する厳密な基準に比べ、機能主義的確定(Feststellung)の経験的な有効性や検証可能性の問題もまた未解決だ」

 このようにルーマンは社会科学おける機能主義的方法の評価の低さを指摘している。

「機能的方法をこのようにして限られた意義、限られた成果しか生まない特殊な社会科学的方法として扱うことは、最近キングスレー・デービスが疑問に付している。しかし彼の論文は機能主義的方法の独自性に矛先を向け、いま機能主義が陥っている方法論的困難は、ある部分は不要なものとして、ある部分は社会学と社会人類学に共通の問題として描かれている。機能主義は一面的な因果論的説明や実証的経験主義、進化論的歴史主義に戦いを挑んではいるが、現代のより成熟した社会科学の競技場において余計なもの、鋳つぶしてしまえるものにされかねないと書かれている」

ここは機能主義低方法の評価の低さの具体例である。

「統一的な機能主義的社会科学についてのこのような考え方は魅力的かもしれないが、社会科学の統一の方向ではなく、機能主義的方法の批判の形へ発展する。社会科学の方法論的統一への展望はこのように一気に疑問に付され、破壊される。われわれはこんなことを受け入れなければならないだろうか。
 機能主義的方法の特殊な地位とデービスによる批判は、一定の前提条件をつければ、機能主義と因果論的研究の関係について主要な論点となる。しかしそれらの前提条件は、めったに研究されず、特に方法論的考察のテーマにもならない。仮に研究されれば、目的論的因果性と機械論的因果性の古くからの対立に一貫して流れる観点を確立できるだろう。機能は因果論的概念によって定義されるだろうし、行為、役割、あるいは制度といったものの機能が、事実として引き起こした結果を因果論的に説明できるかどうかが問題になるだろうが、その答えはもちろん否である。したがって因果論的関係が一意的で時間的な方向付けを得て以降(因果論的関係は古代ギリシアの思想家にとっても、中世の思想化にとってもそのような方向付けを持っていなかったのだが)、もはやどんな種類の結果も原因から説明することはできない」

ここでは、因果論との対比で機能主義が真剣に論じられてこなかった点が指摘されている。

「われわれはあの有名な目的因(causae finales)に対する反論を蒸し返す必要はない。問題はそれらの反論が科学的方法としての機能主義にふさわしいかどうかだ。結論を先取りしておこう。機能主義的方法の自己理解が伝統的な存在論的因果論解釈にとどまり、結果による目的論的説明や、原因による機械論的説明とは別の選択肢に関心をもつ限り、それらの反論は機能主義にふさわしい。機能主義的方法が自分で自分を規定し、もはや特殊な因果論的関係としてではなく、逆に機能的カテゴリーの特殊な応用例として因果性が考察されるとき、それらの反論はふさわしくないものになるだろう」

ルーマンは機能主義的方法論を、因果論的方法論から独立に定義することを目指しているのだ。

「I.社会科学は、論理的数学的な機能概念にはっきりと反論するとき、機能的関係を例外なく一種の結果として定義し、因果論的科学に従属させる。目的論的概念を直接使用するとき、しばしばそういうことが起こる。そこでは特殊な結果が目的と見なされ、機能はその目的にかなった行為と見なされる。しかしこのような解釈は、その目的概念をより詳細に説明しようとすると困難に陥る。たしかに予期され、意図された目的だけを考えるわけにはいかず、社会科学の重要な問題はまさに行為の結果の中でも熟慮されなかった結果の領域にあるからだ。そうでなければ目的とは一体何だろうか。目的は行為のその他の結果からどうやって区別されるのだろうか」

ここでは、一つの行為から生まれる多数の結果のうち、特定の結果をその行為の目的として特権化することの欺瞞があばかれている。痛快である。

「これらの問いに対する説得力のある答えはまだ一つも見つかっていない。したがって社会科学、特に社会学と人類学は生物学の研究方法を手本にして、目的論から自由な機能的概念を発見した。複合的に構築された統一体、つまり一つのシステムを存続させる限りにおいて、ある行為を機能と見なしたのだ。この考え方はタルコット・パーソンズによって最も根本的な原理に完成された。パーソンズにとってシステムとは行為のシステムであり、それらの行為は相互に依存し、そのような相互依存によって環境に対して相対的に不変である。つまり環境変化から独立している。いかなる行為もそのようなものとしてのシステムの存続に貢献しており、それによって一つの機能をもつ。一つの機能はまた一つの特殊な結果として特徴づけられる」

ここはタルコット・パーソンズのシステム理論のルーマンなりのまとめだ。

「『システムの存続に対する貢献』や『システム問題の解決』、『システムの統合や順応への要求』などの定式化が単なる因果関係しか意味せず、『AはBの原因である』といったタイプの主張を根拠づける必要があることが明らになると、多くの疑問が浮かんでくる。これらの前提は、ひとたび明らかにされると、因果論的科学の通常の方法論的規則を参照することになる。つまり、一定の原因と一定の結果の間に不変の関係を固定化することで、経験的データを予言し説明する目的を参照したり、そのために必要な理論的かつ実践的な技術をも参照する。このような因果論的科学の厳密な方法論は因果論的判断の真理探究能力を決定している。その方法論がなければ、因果論的言述は原因と結果の関係について学問的有効性をまったく持たなくなってしまう。ここから、ナーゲルとヘンペルは社会科学における機能主義を、これら因果論的科学の方法的諸要求と対立させる権利を得た。その結果は概して否定的だった」

ルーマンの論の展開は速く、ここでは早くもパーソンズの機能主義が一般的な因果論の方法論を要求してしまっていることを暴いている。

(つづく)

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旭山動物園への旅:その2

いよいよ旭山動物園に入った後の詳細な報告、「旭山動物園への旅:その2」を書こうと思ったのだが、額と左手を真っ赤に日焼けしながら撮影したビデオがあるので、Windowsムービーメーカーで編集してYouTubeに掲載しておいた。まずはこちらをご覧下さい。


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2007/07/10

旭山動物園への旅:その1

2007/07/10(火)、貴重な有休をつかって札幌に来たついでに、足をのばして旭山動物園に行ってきた。札幌に来た最大の目的は、じつは決して観光ではないのだが、そのことについては別途書きたい。

年間入場者数が東京・上野動物園にせまるというので、夏休み前の平日だったが、それなりの混雑を予想し、札幌中心街にあるビジネスホテルを朝6時過ぎに出発した。

札幌から旭山動物園まで公共交通機関で往復するには、JRみどりの窓口で専用のチケット、大人5,500円を購入するのがいちばんお得だと思われる。

旭川までの往復の乗車券・自由席特急券、旭川駅から動物園までの往復のバス乗車券(ちなみに単独で買うと片道400円)、動物園の入場券、これらすべてがセットになっているのだ。

札幌~旭川間は意外に遠く、特急で1時間半かかる。旭川まで乗換えなしで行ける直通の各駅停車は一日数本しかなく、朝早く札幌を出ても旭川着が午後になるので、動物園をたっぷり楽しみたいなら特急を使おう。

僕は朝6:55分発の始発の特急に乗った。定期券をもつ通勤客もいたようで、自由席はほぼ満席だった。この分だと夏休みなどのハイシーズンにはよほど早くから並ばないと自由席は座れないに違いない。1時間半立ちっぱなしが嫌な方は、事前に指定席を予約しておこう。

特急の中は指定席も自由席も左右2列ずつでゆったり座れ、車内販売こそないものの、自動販売機や洗面所、男性用、女性用トイレもあり、設備は新幹線並みの快適さだ。

とはいえ、終点の旭川駅に到着するときの車内放送まで、音楽が「鉄道唱歌」、日本語の後に英語のアナウンスつきと、新幹線並みになっている理由は謎である。

札幌を出て15分もするとすでに周囲は大自然。進行方向に向かって左側の窓際にすわると、地図を見る限りおそらくピンネシリという山だと思うのだが、遠くになだらかな山並みが望める。

途中の停車駅周辺のさびれ具合に比べ、旭川駅に着いてみると意外なほど都会で、駅前にはA館、B館にちゃんとわかれた西武百貨店まである。

札幌にもある「エスタ」(たぶんスペイン語からとっているのだろうが)という駅ビルの前を歩いて、そのまま横断歩道をわたり、すぐ右へ曲がると少し古めかしいアサヒビルという商業ビルがある。

そのビルの東南角を左に曲がってすぐの5番バス乗り場が、旭山動物園行きの41番線、47番線バスが出る停留所だ。他の番線のバスも出るので、間違って乗らないようにしよう。

この動物園行きバスは、運転席左上の天井部分にオレンジ色の数字で料金表示が出る、いたって普通の乗り合いバスで、まったく旅行気分がもり上がらない。ここは逆に、旭川市民になったつもりで乗るのがよい。

駅前から動物園までおそよ40分もかかる。決して山道をくねくねと遠く登っていったりするわけではないのに、なぜそんなに時間がかかるのか。

旭川市の市街地も、北海道の他の大都市と同じく、タテヨコに整然と区画が割られているので、バスも平坦な市街地の中を、ほとんど曲がることなく走る。

なのにどうして40分もかかるのかと言えば、途中、旭川市民にとって必要なバス停に、ふつうに一つずつ停車しながら進むというだけのことだ。もちろん誰も「止まります」ボタンを押さず、待っている人もいないバス停は通過する。

当たり前のことを書いているようだが、動物園行きのバスは、そういう元アイヌの土地も含めて日本国中、どの街にもある当たり前のバスであり、たまたまそれを観光客が占領しているだけなのだ。

ただ、個人的にこのバスに乗っていて驚いたことがあった。それは病院の多さだ。誰か旭川市出身の人がいたら教えてほしいのだが、路線バスのルートになっている通りの南側が、おそらくおよそ1キロくらいにわたって、内科、小児科、歯科、皮膚科、泌尿器科と、ありとあらゆる病院が建ち並んでいるのだ。

旭川駅前にも、大型ホテルと見まがうばかりの総合病院の立派な建物が目立っている。旭川市は北海道の他の市よりも医者が儲かる仕組みにでもなっているのだろうか。

インターネットで調べてみると、やはり旭川四条近辺の国道39号線沿いは「病院銀座」と呼ばれているらしい。

それはどうでもいいとして、路線バスは動物園の直前でようやく、旭山にいたるゆるやかな坂道を登り、ほどなく動物園の正門前に到着する。バスは正門前の駐車場には入らず、左折して路肩の操車場のような広場に入り、ぐるっと方向転換してから停車する。

正門前の駐車場には一般車や観光バスが駐車されており、当然のことながらアスファルトで舗装され、普通の駐車場のように車一台ごとの空間が白線で描かれている。

ところが路線バスの停留所は、驚くべきことに舗装されておらず、白い砂利のまま。しかもバス停は停留所の標識がぽつんと立っているだけで、雨風よけの屋根もなければ、待合用のベンチもない。

人気動物園のバス停がこんなに貧相でいいのかと思ったが、これも路線バスを経営する旭川電気軌道株式会社の良心なのだろうか。

というのも、旭山動物園がこれだけ人気なのだから、普通のバスの内装を、ぬいぐるみを天井からぶら下げたり、園内の写真を車内に貼り付けたりして安上がりに改装し、駅前から動物園までノンストップにする代わりに、通常運賃400円を580円くらいとればちょっとは儲かりそうなものだからだ。

それ以外にも動物園人気に便乗しようと思えば、記念乗車券や、バスにホッキョクグマがまたがったぬいぐるみなど、いくらでもできそうだ。そうやって得た利益で動物園前の停留所を整備して、バス待ちの乗客目当てのみやげ物屋を開けばさらに儲かりそうだ。

旭川駅発着の特急が1時間に2本しかないので、バスは増便しても乗客の実数は増えないだろうが、地元企業も巻き込んで、地域振興のために動物園人気をもう少し活用するのは決して悪いことではないと思うのだが。

動物園とまったく関係ない話に終始してしまった。肝心の動物園の話は後半にゆずる。

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「大企業人」と中堅企業の情報システム部

ここ数年、僕は社員数百名の中堅企業で、社内情報システム部門の責任者として働いていた。入社当初からの最大の使命は、まともに機能する情報システム部をつくることだった。というのは、それまで情報システム部自体が存在しなかったからだ。

情報システム部が10人に満たないような会社の場合、部内をはっきり役割分担しても、部全体としての生産性は向上しない。むしろ個々の部員が高度な技術力をもち、自律した技術者として、いかに現場の要求に迅速かつ的確にこたえられるかが重要だ。

ただ、僕もそうだが、大企業の情報システム部門で長く働いた経験があると、どうしても大企業の整然とした組織や業務を、そのまま中堅企業に持ちこんでしまう。

そういう中途採用者のことを、最近公開された松本人志の映画にひっかけて(別にひっかける必要は全くないのだが)「大企業人」と呼ぶことにする。僕もかつては「大企業人」だった。

ところで、大企業の情報システム部門で整然とした組織や業務が成り立つのは、全社の組織や業務があるていど整理されているからだ。中堅企業で情報システム部をはじめとする管理部門だけが、組織や業務の整理を目指しても、現業部門の組織や業務が追随しなければ効果はない。

また、組織や業務を整理すること自体にコストがかかることを忘れてはいけない。どこまで部内の組織や業務を整理するかは、あくまで費用対効果を考えた上でのことだ。

たとえば、業務システムの仕様書が整備されていないとする。追加の費用をかけて文書を整備するよりも、未整備の仕様書からシステムの機能を読みとって業務の要求を満たす方が優先順位は高い。仕様書が未整備のままでは業務システムの保守・運用などできない、というのは「大企業人」の発想だ。

また、他部署からくる情報が未整備な場合に、他部署を非難するのも「大企業人」の発想だ。中堅企業では、まず、なぜ情報が未整備なのか原因を調査し、情報システム部としてIT活用策が提案できないかを検討する方が優先順位は高い。

個人的な例では、人事部からとどく社員の入社日が、1日、16日などに統一されず、月中にばらつくため、情報システム部としてユーザ登録などが煩雑になるという問題があった。

人事業務もたった2~3人でまわしているような中堅企業では、「大企業人」的に人事部を非難しても意味がない。まず原因を調査してみたところ、ある事業部の派遣・契約社員比率が8割以上だとわかった。

人手不足の折、派遣会社に「着任を16日まで待ってほしい」などと言えば他の企業に人材をとられるし、1日でも早く入社したい契約社員の入社日を会社の都合で遅らせるなど、労働者に不利益なことを企業が強要するのは難しい。

このように、入社日がばらつくのには妥当な理由があった。その事業部で正社員を雇用しないのが経営方針である以上、IT活用策も打てない。

もちろん中期的には、費用をかけてでも全社で組織や業務の整備を進める必要がある。しかし、情報システム部門の責任者は、短期的には既存の経営資源の制約のなかで、優先順位の高い対応をとるべきだ。

中堅企業が大企業のようではないことに文句をつけるのは、部員の士気低下にもつながり、非生産的だ。

日本版SOX法対応など、組織や業務の整理に全社で取り組む場合でも、部門の責任者は、既存の経営資源の制約を前提とした短期的な意思決定と、その制約自体の変更をふくむ中期的な意思決定を使いわける必要がある。

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2007/07/07

YouTube自作自演動画第二弾「月亮代表我的心」

「歌うムーディー・ペンギン」シリーズ第二弾としてテレサ・テン「月亮代表我的心」をYouTubeにアップしてみた。伴奏のMIDIデータは自作、歌は筆者自身によるもの。

WAVファイル変換した伴奏をシーケンサ・ソフト「SONAR」に読み込んだ後、SONARに直接自分の歌声をWAVファイルで録音、軽くリバーブをかけてから一本のWAVファイルにまとめ、Windows Movie Makerで音声を無音化した動画と統合。歌詞の英訳の字幕を追加、WMV形式で書き出してからYouTubeに掲載するという手順だ。

次はカーペンターズの「青春の輝き」かノラ・ジョーンズの「Don't Know Why」にでも挑戦してみるか。

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2007/07/06

Active Directory管理テンプレート.ADMファイルの文法

このページは米マイクロソフト社Webサイトの、Active Directoryのグループポリシー用の管理テンプレートファイルの文法を説明したページを、独自に日本語訳したものである。インターネットで検索する限り日本語訳が存在しなかったので訳出してみた。

Language Reference for Administrative Template Files

当然のことながら、この翻訳に基づいて作成した.ADMファイルで、あなたの会社のWindowsドメインがいかなる被害をこうむっても、筆者は何ら責任を負わない。では日本語訳のスタート。


管理テンプレートファイル言語リファレンス

このページはActive Directoryのグループポリシーを設定するための.admファイル言語の完全なリファレンスです。

各.admファイルは0個以上のポリシー設定を含み、各ポリシー設定は0以上のパートを含みます。.adm言語は下記の部分からなります。

  • 注釈
  • 文字列変数
  • クラス
  • カテゴリ
  • ポリシー
  • パート
  • 項目リスト
  • アクションリスト


    .Admファイル言語のバージョン

    .admファイルの各パートを、特定のバージョンのグループポリシー編集ツールでしか評価されないように設定できます。下記はグループポリシー編集ツールのバージョン一覧です。

    Windows XP SP2 = 5.0
    Windows Server 2003、Windows XP = 4.0
    Windows Server 2000 = 3.0
    Windows NTR 3.x and 4.x = 2.0
    Windows 95 = 1.0


    注釈

    .admファイルに注釈をつけるには2つの方法があります。セミコロン(;)かスラッシュ2個(//)です。注釈はどの行の末尾にもつけられます。


    文字列変数

    .admファイルに文字列変数を追加するには2個の感嘆符(!!)を使います。.admファイルの最後の[strings]セクションで、すべての文字列変数を定義します。文字列は二重引用符(")でくくります。二重引用符の内部に変数名やハードコーディングした文字列を含めることもできます。

    【例】


    POLICY !!LimitSize
    EXPLAIN!!LimitSize_Explain ; この文字列はstringsセクションで定義されています
    TIP1 "Limit Profile Size to" ; この文字列はハードコーディングされています
    [strings]
    LimitSize="Limit profile size"
    LimitSize_Explain="Limits the size of user profiles"

    【推奨】
    すべての文字列を[strings]セクションに記述してください。.admファイルを他の言語に翻訳しやすくなるためです。他国語に変更するとき、.admファイルの[strings]セクションを変更するだけですみます。


    クラス

    グループポリシー・オブジェクトエディタで表示されるポリシー名を定義します。

    .admファイルの最初の部分はCLASSというキーワードです。グループポリシー・オブジェクトエディタのコンピュータの構成や、ユーザの構成で、該当のポリシーをどのように表示するかを記述します。

    【文法】
    CLASS 名称

    名称の部分はCLASSの名称を定義します。MACHINE か USER のどちらかです。

    .admファイルでCLASSの名称として MACHINE か USER 以外の名称を含む場合はエラーとなり、グループポリシー・オブジェクトエディタに読み込むとき無視されます。

    【例】
    下記はCLASSの記述例です。

    CLASS MACHINE
    CLASS USER

    【注】
    1個の.admファイルに複数のCLASS USER または CLASS MACHINEを定義できます。.admファイルが処理されるとき、CLASS USERはすべて一つにまとめられ、CLASS MACHINEもすべて一つにまとめられます。しかし.admファイルを管理しやすくするために、1個の.admファイルにはCLASS USERまたはCLASS MACHINEを1個だけ定義することをおすすめします。


    カテゴリ

    CLASSを定義したら、次はCATEGORYをつかって、グループポリシー・オブジェクトエディタで表示されるノード名を定義します。

    【注】
    CATEGORYを入れ子にすることで、親ノードに対する子ノードを作成できます。

    【文法】


    CATEGORY !!名称
    KEYNAME キー名
    [ポリシー定義]
    END CATEGORY

    名称
    CATEGORYの名称はグループポリシー・オブジェクトエディタのリストボックスに表示される名称のことです。変数名を二重引用符でくくることもできます。空白をふくむ名称には二重引用符が必要です。

    キー名
    キー名をつかって、CATEGORYのためのレジストリキーのパスを示すこともできます。

    レジストリーパスにHKEY_LOCAL_MACHINE や HKEY_CURRENT_USERを使わないで下さい。CLASSですでに特定されているからです。キー名を指定すると、以下のすべての子カテゴリ、ポリシーなどの部分がこのキー名を使います。違うキー名にしたい場合は、個々に指定してください。空白を含むキー名には二重引用符が必要です。

    上位カテゴリのどこにもキー名が指定されていない場合、各ポリシーで個々にキー名を指定する必要があります。さもないと、次にキー名を指定しているCATEGORYのキー名が採用されてしまいます。

    ポリシー定義
    CATEGORY内には0個以上のPOLICYを定義できます。ただし、下記の例のように、ポリシー定義は1個のカテゴリ内に1個しか記述できません。

    【例】


    CLASS USER
    ; 下記のカテゴリはユーザの構成の下に表示されます
    CATEGORY !!Desktop
    KEYNAME "Software\Policies\System"
    ; <ここにポリシーを定義します>
    CATEGORY !!InternalApps
    KEYNAME "Software\Policies\InternalApps"
    ; <ここにポリシーを定義します>
    END CATEGORY
    END CATEGORY
    [strings]
    Desktop="Desktop Settings"
    InternalApps="Line of Business Apps settings"

    サポートタグ
    グループポリシー・オブジェクトエディタは、要件フィールドを埋めるためにサポートタグと呼ばれるものを使います。このタグはグループポリシー管理ツールに、そのポリシーがサポートしているプラットフォームやアプリケーションを伝えます。例えば、system.admファイルに含まれる多数のポリシー設定は、サービスパックを特定するサポートタグを使っています。サポートタグに使われる文字列としてよく使われるのは、さまざまなOSやサービスパックを示す文字列です。

    OSのコンポーネントがこの要件フィールドでOSやサービスパックの名称を使うのに対し、アプリケーションは、サービスパックと無関係に更新される可能性があるため、アプリケーションの特定のバージョンを指定できます。サポートタグはグループポリシー管理ツールに提示されるデータの中でも非常に重要な要素なので、正確な情報が含まれている必要があります。

    .admファイルは各国語別に作成される可能性があるため、各国語対応にしやすいように、サポートタグには!!文字列変数を使うことを強くおすすめします。さらに、サポートタグはWindows XP以降のOSでしかサポートされないため、次のようにバージョン構文の中に記述してください。(こうするとWindows 2000のグループポリシー・オブジェクトエディタがサポートタグを解釈しないようにできます)

    #if version >= 4
    SUPPORTED!!SUPPORTED_MyApplication
    #endif

    CATEGORYで有効なキーワード

  • KEYNAME
  • CATEGORY
  • POLICY
  • END
  • SUPPORTED

    【注】
    CATEGORYを初期値のKEYNAMEで定義していて、同じカテゴリが.admファイル内に再度出てくる場合は、初期値のKEYNAMEが有効です。つまり、同じカテゴリですでに定義されているKEYNAMEを二度記述するとエラーになるということです。エラーを解消するには重複するKEYNAMEを削除してください。


    ポリシー

    ユーザが変更できるポリシー設定を記述するには、POLICYキーワードを使います。ポリシーとそれに付随する入力コントロールは、ポリシー設定をするとき管理画面上に表示されます。1個のKEYNAMEの中に複数のPOLICYを記述できます。

    【文法】


    POLICY 名称
    [KEYNAME キー名]
    [EXPLAIN ヘルプ文字列]
    [VALUENAME 値名]
    [CLIENTEXT グローバル識別子]
    [パート定義の記述]
    END POLICY

    名称
    ポリシーの名称はグループポリシー・オブジェクトエディタの名前空間に表示されます。

    キー名
    任意項目。カテゴリに使うレジストリキーのパスです。レジストリパスにはHKEY_LOCAL_MACHINE や HKEY_CURRENT_USERを含めないで下さい。先行するCLASS部分ですでに定義されているからです。

    キー名を指定すると、配下の各PART定義内でキーが指定されない限り、すべてのPART定義でこのキーが使われます。

    キーが指定されず、上位のどのカテゴリでもキーが指定されない場合は、該当のカテゴリ内の各ポリシーでキーを個別に指定する必要があります。さもないとキーを指定している次のカテゴリがキー名として使われます。

    ヘルプ文字列
    ポリシー設定ダイアログの「説明」タブに表示される文字列です。

    値名
    値名は値を変更したいレジストリ値の名称です。このオプションを設定すると、キー値をREG_DWORD の 1 に設定します。このオプションをクリアすると、レジストリ値を削除します。初期値以外の値を指定するには、対応するVALUENAMEの直下にVALUEON、VALUEOFFを記述します。これらは下記のように記述して下さい。

    VALUEON ONの値
    VALUEOFF OFFの値

    この記述を使うと、管理者がオプションを選択した場合、値がONの値に設定されるようになります。管理者がこのオプションをクリアすると、値がOFFの値に設定されます。

    グローバル識別子
    スナップイン拡張のグローバル識別子を指定するオプションです。

    パート定義文
    ポリシーはさまざまなオプションを指定するために0個以上のPART定義文を含めることができます。PART定義文にはグループポリシー・オブジェクトエディタの下半分に表示されるドロップダウンリスト、テキストボックス、固定テキストなどがあります。

    【ポリシー例】


    CLASS MACHINE
    CATEGORY!!DiskQuota
    KEYNAME "Software\Policies\MS\DiskQuota"
    POLICY!!DQ_Enable
    EXPLAIN !!DQ_Enable_Help
    VALUENAME "Enable"
    VALUEON NUMERIC 1
    VALUEOFF NUMERIC 0
    CLIENTEXT {3610eda5-77ef-11d2-8dc}
    PART!!DQ_EnableTip1 TEXT
    END PART
    END POLICY
    END CATEGORY
    [strings]
    DiskQuota="Disk Quotas"
    DQ_Enable="Enable disk quotas"
    DQ_Enable_Help="Enables and disables disk quota management"
    DQ_EnableTip1="Enable disk quotas for all NTFS volumes"

    POLICYで有効なキーワード

  • KEYNAME
  • PART
  • VALUENAME
  • VALUEON
  • VALUEOFF
  • ACTIONLISTON
  • ACTIONLISTOFF
  • END
  • HELP
  • CLIENTEXT
  • POLICY

    パート

    ドロップダウンリスト、テキストボックス、固定テキストなど、グループポリシー・オブジェクトエディタの下半分に表示されるさまざまなオプションを指定します。

    レジストリキーを1か0を設定するだけの単純なポリシーなら、PARTの記述は不要です。PARTはより親切なシステム管理ができるようにするためのもので、単純な入力コントロールでは収集できない情報を集めます。

    【文法】


    PART 名称 パートの型 パートの型に依存するデータ
    [KEYNAME キー名]
    [VALUENAME 値名]
    END PART

    名称
    グループポリシー・オブジェクトエディタに表示するPART名称を指定します。二重引用符でくくることもできます。空白を含む名称は二重引用符が必要です。

    パートのタイプ
    ポリシーのPARTの型を指定します。下記に有効なPOLICY型の一覧を示します。
    CHECKBOX
    チェックボックスを表示します。キー値をREG_DWORD型のレジストリに設定します。チェックボックスがチェックされると、キー値は0以外の値になり、チェックされないと0になります。

    COMBOBOX
    コンボボックスを表示します。

    DROPDOWNLIST
    ドロップダウンリストのコンボボックスを表示します。ユーザは選択肢を1つだけ選べます。

    LISTBOX
    「追加」「削除」ボタンつきのリストボックスを表示します。1つのキーに複数値をあつかえるのはこのPART型だけです。

    EDITTEXT
    英数字のテキストを入力するテキストボックスを表示します。テキストはREG_SZまたはREG_EXPAND_SZ型のレジストリ値に設定されます。

    TEXT
    1行の固定テキストを表示します。このPART型に対応するキー値はありません。

    NUMERIC
    上下矢印ボタンつきの数値入力用テキストボックスを表示します。REG_DWORD型のレジストリに設定されます。

    パートの型に依存するデータ
    これはPARTに関する情報です。

    キー名称
    レジストリキーのパスのことで、任意項目です。HKEY_LOCAL_MACHINE や HKEY_CURRENT_USERは先行するCLASSのところですでに定義されているので、ここには含めないで下さい。

    キー名称が指定されないと、同じ階層内の前のキー名称が採用されます。

    値名
    この値名は変更するレジストリ値を示します。このオプションを選択すると値はREG_DWORDの 1 となり、クリアするとレジストリ値が削除されます。初期値以外の値を指定する場合は、対応するVALUENAMEの直下にVALUEON、VALUEOFFで記述します。下記のように指定します。

    VALUEON ONの値
    VALUEOFF OFFの値

    PARTで有効なキーワード

  • CHECKBOX
  • TEXT
  • EDITTEXT
  • NUMERIC
  • COMBOBOX
  • DROPDOWNLIST
  • LISTBOX
  • END
  • CLIENTEXT
  • PART

    画面に入力コントロールを追加するためにPART型を使用する

    PARTコンポーネントとともに有効なキーワードを使うと、ポリシーのプロパティ画面にさまざまな入力インターフェースを追加できます。

    その文法はお互いに関連があるので、上述の管理画面の要素を作るためのこれらPART型の文法については、作業ベースで以下に説明します。

    さまざまなPART型を使うとき、ポリシー設定を拡張するのにテキストや入力コントロールを追加できます。これらの型は上述のPARTコンポーネントとともに使う必要があります。

    CHECKBOX PART型

    このPART型はポリシー設定のプロパティ画面にチェックボックスを表示します。値はレジストリのREG_DWORD型になります。初期状態では下記のように動作します。

    初期状態では、チェックボックスはチェックされていません。

    チェックされたとき、チェックボックスはレジストリ値に 1 を書き込み、チェックがはずれると 0 を書き込みます。

    【文法】


    PART テキスト CHECKBOX
    VALUENAME 値名
    END PART

    テキスト

    作成したチェックボックスの右側に表示されるテキストです。ハードコーディングするには二重引用符でくくります。値名の前に!!を書くことで文字列変数にもできます。

    値名

    選択された値が書き込まれるレジストリ値の名称を示します。オプションを選択するとREG_DWORD型の 1 が設定されます。オプションをクリアするとレジストリ値が削除されます。初期値以外の値を指定するには、対応するVALUENAMEの直下にVALUEON、VALUEOFFを記述します。下記のように記述します。

    VALUEON ONの値
    VALUEOFF OFFの値

    これらを記述すると、管理者がオプションを選択すると、キー値がON用の値に設定されるようになります。管理者がオプションをクリアすると、キー値がOFF用の値に設定されます。

    初期の動作を上書きするには次のようにしてください。

    チェックボックスが初期状態でチェックされるようにするには、DEFCHECKEDを使います。上述の例なら、次のようになります。

    PART !!SampleChkBox_NotChked CHECKBOX 
             DEFCHECKED 
               VALUENAME "test1" 
    END PART
    

    また、VALUEON、VALUEOFFも使えます。下記の例では次のような動作をします。

  • チェックボックスが選択されたらレジストリに"Enabled"という文字列を書き込む。
  • チェックボックスが選択されなければ数値 12 が書き込まれます。

    PART !!SampleChkBox_NotChked CHECKBOX 
         VALUENAME "test1" 
         VALUEON "Enabled"  
         VALUEOFF NUMERIC 12    
       END PART
    

    1個以上のレジストリを変更するにはACTIONLISTを使います。

    CHECKBOXに有効なキーワードは下記のとおりです。

  • KEYNAME
  • VALUENAME
  • VALUEON
  • VALUEOFF
  • ACTIONLISTON
  • ACTIONLISTOFF
  • DEFCHECKED
  • CLIENTEXT
  • END

    TEXT PART型

    TEXTというPART型はポリシー設定のプロパティ画面に固定テキストを表示します。

    【文法
    PART テキスト TEXT
    END PART

    テキスト

    個々に入力したテキストがそのまま表示されます。ハードコーディングする場合は二重引用符でくくります。また、値の名称の前に!!を置くことで文字列変数にもできます。

    TEXTの使用例は下記のとおりです。「アクティブデスクトップを無効にする」ポリシーはアクティブデスクトップを無効にし、ユーザ自身がアクティブデスクトップを有効にしたり、設定変更したりすることを防ぎます。

    【テキストの例】


    POLICY !!NoActiveDesktop
    KEYNAME "Software\Microsoft\Windows\CurrentVersion\Policies\Explorer"
    EXPLAIN!!NoActiveDesktop_Help
    VALUENAME "NoActiveDesktop"
    PART !!NoActiveDesktop_Tip TEXT
    END PART
    END POLICY

    TEXTに有効なキーワードはENDだけです。

    EDITTEXT PART型

    EDITTEXTは編集可能入力欄にユーザが英数字を入力できるようにするオプションです。テキストはREG_SZ型のレジストリ値として設定されます。

    【文法】


    PART !!テキスト EDITTEXT
    VALUENAME 値名
    END PART

    テキスト
    表示したいテキストをここに入れておきます。ハードコーディングする場合は二重引用符でくくります。キー値の名所の直前に!!をつけることで文字列変数にもできます。このテキストは編集可能入力欄の左に表示されます。

    値名
    編集可能入力欄にユーザが入力した値が下記こまれる値名です。

    EDITTEXTのオプション

    DEFAULT値
    入力欄に入れる初期値です。このオプションを使わないと、初期値は空欄です。

    MAXLEN値
    入力できる文字列の最大長を指定します。入力できる文字がこの長さに制限されます。

    REQUIRED
    このPARTに値が入力されない限り、グループポリシー・オブジェクトエディタがこのPARTを含むポリシーを有効化できないようにします。

    OEMCONVERT
    ES_OEMCONVERTスタイルを入力欄に設定すると、入力したテキストがASCIIからOEMにマップされたり、逆にOEMからASCIIにマップされたりします。ES_OEMCONVERTは入力されたテキストを変換します。テキストはWindowsの文字セット(ASCII)からOEMの文字セットに変換されたり、その逆の変換をされたりします。これは、入力欄に入力された文字列をOEM文字セットに変換するCharToOem 関数をアプリケーションから呼び出したとき、適切な文字変換ができるようにするためのものです。入力欄にファイル名を入力するときにとても便利です。

    EXPANDABLETEXT
    REG_EXPAND_SZ型のレジストリ値として設定するテキストを指定します。初期状態ではテキストはREG_SZ型のレジストリ値になります。

    EDITTEXTに有効なキーワードは以下の通りです。

  • KEYNAME
  • VALUENAME
  • DEFAULT
  • REQUIRED
  • MAXLENGTH
  • OEMCONVERT
  • END
  • EXPANDABLETEXT
  • CLIENTEXT

    【EDITTEXTの例】
    EDITTEXTやTEXTをつかったPARTの記述例は下記のとおりです。

    CLASS USER 
    CATEGORY !!DesktopLockDown 
      KEYNAME "Software\Policies\System" 
       POLICY !!Wallpaper    
        EXPLAIN !!Wallpaper_Explain 
         PART !!Wallpaper_Tip1       TEXT 
         END PART 
         PART !!Wallpaper_Filename   EDITTEXT 
            VALUENAME Wallpaper 
            MAXLEN 60 
         END PART 
       END POLICY 
    END CATEGORY 
    [strings] 
    DesktopLockDown="Desktop Settings" 
    Wallpaper="Desktop Wallpaper" 
    Wallpaper_Explain="Used to set the desktop wallpaper" 
    Wallpaper_FileName="Filename" 
    Wallpaper_Tip1="Specify UNC Path for selected wallpaper"
    

    この例では入力欄に入力されたテキストはHKEY_CURRENT_USER\Software\Policies\System\Wallpaperに書き込まれます。このテキストは最大60文字まで可能です。

    ポリシー設定が「未構成」「無効」のとき、このキーは書き込まれません。

    【EXPANDABLETEXTの例】
    REG_EXPAND_SZ型データでレジストリ値に書き込む例は下記のとおりです。

    PART!!MyVariable EDITTEXT EXPANDABLETEXT
    VALUENAME ValueToBeChanged
    END PART

    【REQUIREDの例】
    次の例は必須入力値の入力がない場合、エラーを表示します。

    PART!!MyVariable EDITTEXT REQUIRED
    VALUENAME ValueToBeChanged
    END PART

    【MAXLENの例】
    次の例はテキストの最大長を指定しています。

    PART!!MyVariable EDITTEXT
    VALUENAME ValueToBeChanged
    MAXLEN 4
    END PART

    【DEFAULTの例】
    次の例は初期値を指定しています。テキスト値にも数値にも使えます。

    PART!!MyVariable EDITTEXT
    DEFAULT !!MySampleText
    VALUENAME ValueToBeChanged
    END PART


    NUMERIC PART型

    数値を入力できる上下矢印ボタンつきの入力欄を表示します。

    【文法】


    PART テキスト NUMERIC
    VALUENAME 値名
    MIN 値
    MAX 値
    DEFAULT 値
    SPIN 値
    END PART

    テキスト
    上下矢印ボタンつき入力欄の左に表示するテキストです。ハードコーディングするときは二重引用符でくくり、値名の直前に!!をおけば文字列変数にもできます。

    値名
    選択された値が書き込まれるレジストリ値の名称を示します。

    NUMERICの