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2007/01/28

女性を「出産する機械」に例えた柳沢厚労相

毎日新聞によると2007/01/27、柳澤厚生労働相は松江市の自民党県議会議員集会で「15から50歳の女性の数は決まっている。生む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」などと述べたという。

Yahoo!JAPANニュース:「柳沢厚労相 女性を「出産する機械」とも例える発言」

女性が「出産機械」なら、男性は「労働機械」兼「種付け機械」といったところか。国家にとっては国民も石油や水と同じ資源(リソース)の一つに過ぎないという、柳澤厚生労働相のきわめて合理的な発想が、それ自体「善」か「悪」かはかんたんに決められない。

少子化の一因が、男性が「労働機械」として私生活まで企業に取り込まれてしまっていることである点は、だれも反論できないだろう。産業革命直後から言われている、わかりやすい人間疎外論である。

人間が企業全体としての経済合理性のために、私生活も含めた自分の生活時間の全てを、単一の目的、たとえば「労働」という目的のためだけに使い尽くさなければならない。典型的な人間疎外だ。

柳澤厚生労働相の発想は、男性が「労働機械」として人間らしい生活を送れなくなっていることが、少子化の一因であるのに、それを女性の「出産機械」化によって解決しようとするものだ。

つまり、柳澤厚労相の思考は、経済合理性追求の帰結を、経済合理性によって克服するという風に、経済合理性の中で閉じてしまっている。

ただし、この考え方そのものは極めて合理的で、合理的である限りにおいて一貫性がある。高度経済成長期に日本の国家が男性を「労働機械」として徴発できたのは、地方の農村共同体からはぎとられた男性たちを、会社共同体にしっかりと組み込んだ日本的雇用制度の賜物である。

だとすると柳澤厚労相はその合理主義を徹底して追及するしかない。つまり、今度は女性を「出産機械」として徴発するために、日本的雇用制度のようなインセンティブを、出産適齢期の女性に与えなければならない。女性が経済合理性だけを基準にして、出産しないよりも出産することを選ぶような制度を設計しなければならない。

それこそが女性を「出産機械」と発言した柳澤厚労相の責任である。仮に柳澤厚労相が、経済合理性だけで女性を「出産機械」として徴発するアイデアも何もなしに、単なる女性蔑視から「出産機械」発言をしたのであれば、明らかに厚生労働省の長としては不適格者である。即刻、辞任すべきだ。

柳澤厚労相は、自分の発言について下手な弁解をせず、女性を出産に動機づける経済合理性のある具体的な政策を、ただちに発表しなければならない。

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