東横インの不正改造問題
■ほとんどの支配人が女性であるということで、以前から女性労働力の活用(人間をモノ扱いしたこの表現、自分で書いていて強い違和感があるのだが)で注目されていた「東横イン」というホテルチェーンで、身体障害者のために義務付けられている施設をいったんは建設しながら、法定検査の後、撤去、ロビー拡張や客室を増やすなどの偽装工事を行っていたとして、建築基準法違反に問われているようだ。
「東横」という名前が付いているので、てっきり東急グループ企業だと僕も勘違いしていたのだが、東急グループとはまったく無関係だ。コンプライアンス意識が低く、「バレなければ多少の違法行為は許される」という「赤信号みんなでわたれば恐くない」的意識は、耐震偽装やライブドアに限らず、官製談合も含めて、日本の実業界にあっては「古き悪しき伝統」であり、今に始まった話ではない。
したがって、最近になって急激に日本に拝金主義がはびこっているかのような、「関口宏のサンデーモーニング的」論調は浅はかすぎて、議論としてはまったく生産的でなく、自体の改善にもつながらない。
結局、一企業の中でそのような違法行為が始まったときに、同じ組織の中でそれを阻止する自浄作用が働くしくみが、違法行為が起こる以前から組織に組み込まれているかどうかが本質的な問題だ。
こういった急成長ベンチャーに典型的なのが、創業者の周囲をかためる経営陣に、創業者に根本的な批判や疑義をさしはさむことのできない「イエスパーソン」ばかりが集まってしまうという弊害である。創業者が意図してイエスパーソンばかりを集めているというよりも、創業以来、創業者の理念に心酔して、結果的に会社の中枢が創業者の単なるフォロワーで固められてしまう、と言った方が正確だろう。
このようなベンチャー企業でコンプライアンスが正常に機能するには、創業者自身が自分とは異質なものを、監査役なり適切な位置に配置するだけの、冷静さや、相対主義的な考え方を身につけているかどうかにかかっている。
おそらくヒューザーの小島社長や、東横インの西田社長は、ある意味「純粋」な人たちであったために、自分自身の経営理念に一転の疑問も抱かず、がむしゃらに事業に打ち込み、自分の周囲がイエスパーソンで固められていくことに無自覚だったのだろう。企業理念というものに対して純粋でナイーブ過ぎるがゆえに、社内の部門間牽制が働かず、違法行為を発生させる温床を作り出してしまったのだ。
ライブドアの堀江元社長に彼らのようなナイーブさはなく、まったく逆で、意図的に法制度の限界に知的に挑戦するゲームを楽しんでいたのだろう。
多くの日本人はこれらの企業家と同じようにナイーブで、企業理念の実現を目指して仕事に打ち込む企業家の純粋さを、かんたんに称揚してしまう。拝金主義を批判する前に、一つの企業には創業者の情熱という「熱い」側面と、コンプライアンスのような、ある意味「しらけた視点」の「冷たい」側面の両方があって、初めて永続的な法人として成立するのだという、当たり前のことを思い出すべきだろう。
そして企業内に「熱い」側面と「冷たい」側面の拮抗状態を作り出すよう強制する制度が、日本の資本主義には未整備であることが最大の問題である。日本のマスコミも、関口宏の『サンデーモーニング』に典型的に現れているように、制度の未整備という本質的な点を議論せず、拝金主義批判や「お金より大切なものがある」などといった安易な道徳論ばかりをふりかざす。それが結果として制度の未整備を放置するという悪循環がある。
創業者の周囲にイエスパーソンばかりという企業は、財務諸表に現れない経営リスクを抱えているということが、もう少し経済界の常識になっていいと思うのだが、歴史大河ロマンの好きな日本人はなかなか考え方を変えられないのだろう。
2月からの日本経済新聞の連載は堺屋太一の『チンギスハン』だというし。また歴史物か、という感じで、うんざりだ。
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