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2005/03/30

かなり人に厳しそうな万博

■愛知万博開催前の特集番組で会場の様子を観たのだが、梅雨や夏の炎天下、雨よけも日よけもない「グローバルループ」というあのペデストリアンデッキを延々と歩かされて、濡れねずみになったり熱射病で倒れたりする人が出てこないのだろうか。各パビリオン前で入場者が1時間以上待ちの長い行列を作るところにも屋根がないようだし。ペットボトル、缶ジュース類の持込は禁止だというし、環境に優しい代わりに人間に厳しい万博ってことなんだろう、きっと。

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企業文化を融合する努力の悲劇

■某輸送機器メーカーの外国人社長が昨日また公の場で謝罪をしていた。社長就任以来、謝罪しどおしで気の毒な限りだ。今回、車両の欠陥についての報告が半年も遅れたのは、いかにも歴史ある財閥系日本企業らしい完璧主義と、歴史ある欧州企業らしい形式的合理主義の相乗効果だ。

財閥系日本企業の組織は、内部的な報告でも拙速は許されない。上への報告はスピードより中身の完成度、どれだけ上に配慮した中身になっているが重視される。その一方で、資料の形式的な美しさは重視されない。しかしダイムラーのような欧州企業では、ビジュアル面の訴求力も重視される。

その結果、このメーカーの社員は、上への配慮に満ちた中身の完成度と、外見的な完成度の両方を求められ、なおかつ現場の社員は極めて生真面目な人たちばかりなので、上からの要求に精一杯答えようとする。そうして、対外的な報告に気が回らないまま、半年間も遅れたのは当然といえば当然である。この報告プロセスには一点の悪意もない。おそらくこのメーカーは日本的完璧主義と欧州的完璧主義を融合させようと必死になっているに違いないが、そんなことをやっている限り、今回のように対外的な視点がおろそかになることは避けられない。

日本人社員は日本的完璧主義を捨てて、欧州的に「手を抜く」ことをおぼえ、「仕事をしないことが仕事である」という考え方を実行に移さなければならない。そうやって仕事のスタイルを大株主である欧州企業側に寄せていかなければ、同じような問題はこれからも繰り返されるだろう。

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浮遊からの浮遊、「自分とは何か」とは何か

■先日書いたが、『情熱大陸』というテレビ番組に出演していた第132回直木賞作家の角田光代の、まるで会社員のように規則正しい執筆活動と、作家にありがちな自意識過剰さや気取りのなさに、いったいこの人はどんなものを書くのだろうかと気になったので、デビュー作『幸福な遊戯』(角川文庫)『夜かかる虹』(講談社文庫)とたてつづけに読んでみた。

批評家の斉藤美奈子は彼女の作品を「心理的な『住所不定無職』の状態」と評しているが、その根無し草ぶりが単に「わたしはだれ?」というX世代にありがちな「自分さがし」、自分とはだれかに関する認識論的なレベルを突き抜けて、わたしは良く似ているほかのだれかでもありうるし、そもそもこの世にたしかに存在しているかどうかさえ疑わしいというレベルにまで達している。その底なしの浮遊感が絶望をただよわせないのは、彼女の想像力がつむぎだす登場人物が、そういう「底なしの浮遊感」からも浮遊しているためだ。

阿部和重の芥川賞と同時の直木賞受賞だが、たとえば『夜かかる虹』で描かれるような自我の輪郭の危うさや、『無愁天使』の買い物依存症の主人公の内面描写と独白の迫真性は、読者をかなり疲れさせる深さと暗さをもっている。僕にとってはクセになるタイプの作品で、すでに文庫本で三冊目にとりかかろうとしているところだ。

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2005/03/29

おいしい対日投資とライブドア

■立花隆が日経BP社のWebサイトに新しい連載を始めており、ライブドアによるニッポン放送買収を取り上げている。『WEDGE』の記事を引用して、買収資金調達のために、ライブドアがリーマンブラザーズから不利なCB発行条件をのまされた点に注目しており、小泉改革が米国の対日投資を利する方向に効いているというところで第五回は終わっている。

ここからナショナリスティックな調子の議論が展開されることは想像に難くないが、今回の買収劇に関するもう一つの観点として注目できる(先日日曜朝のTBS『サンデージャポン』でも西和彦が同様のことを言っていたけれども)。

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2005/03/27

フィットネスと小売業界の類似性

■同じく日経の記事からだが、都心のオフィスビルを間借りして、一店舗あたりの会員数を200~300人に絞った狭小型フィットネスクラブが広まりつつあるらしい。会社帰りのOLが汗だくにならない軽い運動というコンセプトのようだ。ダイエーのような郊外型総合スーパーから、専門店・コンビニエンスストアーという、小売業界の流れにフィットネスクラブ業界も学ぶところがあるのではないか。

郊外型の大型フィットネス施設は、同じ郊外にある大型団地の高齢化とともにスーパー銭湯のような娯楽施設に置き換わるだろう。一方都心型の施設は、純粋に体を鍛えたい人たちのための専門店型ワークアウト施設と、今回日経が取り上げたような、会社帰りに軽い運動をするためのコンビニ型フィットネスに二分化するだろう。都心で大型店舗が生き残れるとすれば、六本木ヒルズ近辺にあるような外国人向け高級スポーツクラブだけになりそうだ...なんてことを僕が考える必要はまったくないのだが。

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2005/03/26

買収劇でナインティナインが見せた良識

■ナインティナインが言っているらしい。「リスナーを大事にしているのであれば、リスナーを無視して経営が変わったらパーソナリティを降りるという事を発表するのはよくないと思う。それでなくてもリスナーは不安やろうに・・・」。

さすがお笑い芸人は変な勘違いをしていない。自分たちもリスナーと同じ一市民であるという当たり前のことをよく分かっている。同じお笑い芸人のクセにサングラスをかけてインテリぶっている輩とも違うし、同じグループのテレビ局のために北海道を舞台にした相変わらず「父の許し」みたいな反動的な主題のドラマ脚本を書いて、いまだに東大卒を鼻にかけているんだか何だかの脚本家とも違う。

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2005/03/24

品川駅にまで...

■明日開幕なのはわかるけど...ref_morizo

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ライブドアを「村八分」にする芸能人たち

■タモリ、倉本聡、市川森一、中島みゆき、江本孟紀が、ニッポン放送の経営権がライブドアに移ったら、レギュラー番組をやめると言っているらしい。どうしてそこまでして、ライブドアに社会的制裁を加えなければならないのか、理解に苦しむ。50歳を過ぎたいい大人が、そろいもそろって感情的な反応をしているのを見ると、バカらしくて言葉もでない。しかしあえて言葉にすれば、結局、ラジオ局を含めたマスメディアは、自分たちを一般大衆とは一線を画した「権威」と定義しているのだ。これら下らない芸能人たちは(個人的には中島みゆきだけは「下らない芸能人」呼ばわりしたくないんだけれど実際そうなんだから仕方ない)、マスメディアに関わることで自分自身も「権威」をもっていると勘違いしている。そして、その「権威」にしがみつきたいがために、ライブドアのような何にも悪いことをしていない組織を「村八分」にしようと、わが身を犠牲にするという勘違いもはなはだしい英雄主義に自己陶酔しているとしか考えられない。フジテレビとニッポン放送がダブル上場以来、ねじれた資本関係を放置してきた経営上の明らかな失態こそが、今回の一連の騒動の原因なのに、これら下らない芸能人は、かわいそうにそういう「むずかしいこと」はよく分からないのだろう。むずかしいことの分からないこれら下らない芸能人たちは、ライブドアを「金儲け主義」のひとことで断罪することで、社会正義を代弁しているつもりでいるが、実際には単に自分たちが持っていると信じている「権威」と既得権益にしがみつきたいだけなのだ。本当にバカらしい。

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2005/03/22

あっけなく、品川公衆無線LAN

■行きつけのスターバックスに「WiFi」というステッカーが貼ってあることは知っていたけれど、@niftyとは別のプロバイダーと契約しなきゃいけないんだろうと思って無視していた。ところが@niftyのホームページを調べると@niftyのアカウントで利用できそうなことが書いてある。そういうわけで今朝、まだ肌寒いオープンスペースのスタバで、いつも携帯しているノートPCに11Mbpsの無線LANカードを差し込んでみると、ちゃんと「JRCENTRAL」というアクセスポイントを認識するじゃないか。ところがIPアドレスの取得ができない。きっとWEPの暗号化のためのキーが必要なのだろうと、今まで使っていた携帯電話のダイヤルアップでインターネットに接続して、JR東日本の無線LANサービスに接続するための設定を検索してみたが何の情報もない。仕方なく試しに無線LANの設定を、カード付属の設定アプリからWindowsXPの設定に切り替えると、あっけなくIPアドレスを取得できた。Internet Explorerを起動してYahoo!JAPANを開こうとすると、まずJR東日本無線LANサービスの認証画面が開く。そこで@niftyのメールアドレスとパスワードを入力すると、後は普通にインターネットが使えるようになる。品川駅で公衆無線LANが使えるんなら携帯電話をWINに買い換えてPacketWIN契約なんかするんじゃなかった。

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2005/03/21

角田光代「旅先三日目」

■『情熱大陸』というテレビ番組に先日、阿部和重の芥川賞と同時に直木賞を受賞した角田光代が出演し、番組からの要請で自分自身のオーラのなさについて書いたエッセーに「旅先三日目」という題名をつけた。異国の旅先でさえ三日も滞在すれば自分が誰でもなくなる、その瞬間のさっぱりした気持ちからオーラのなさが自身の作家たるゆえんだという。

久保田早紀は唯一のヒット曲『異邦人』の収録されている『夢がたり』というアルバムで「名前も姿も顔も過去さえも変われる国まで飛ばして」と作詞している。その後、久保田早紀はカトリック教徒になることで「誰か」になったとして、世の中には自分が誰でもないことによって誰かであるような人が存在する。

たいていの人は自分が何者かであることを疑うことさえ思いつかずに日々生活しているが、少数の人は自分が何者でもないことを恐れている。それら少数の人はさらに、自分が何者かでありうる場所をさがしている人と、自分が何者でもないことによって何者かでありえている人に分けられる。僕はどうやら自分が何者でもないことに恐れるあまり、何者かである場所を探し続けているようなのだけれど、最近分かってきたことは、どうやらそんな場所などどこにもなさそうということだ。

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2005/03/13

井筒和幸『パッチギ』

■出版社の人と企画の打ち合わせの後、時間が空いたので、有楽町で井筒和幸監督『パッチギ』を観てきた。井筒監督作品を観るのは初めてだが、僕のような観客にも考えるスキを与えないやや乱暴とさえ言える短いカットのスピード感ある積み重ねで一気にクライマックスに持ち込む。そのクライマックスも複数の物語の流れが一度に登り詰める否応なしの力強いカタルシス。

ぽってりした体形でおさげ髪の沢尻エリカは最近のスマートな韓国女優ではなく崔銀姫(チェウニ)のような往年の韓国映画女優を思わせて1968年という時代設定にぴったりの配役。娯楽性を犠牲にせずに在日の虐げられた歴史をしっかり語らせる点もうまい。ベテラン監督にもかかわらず、ヘンにそつないところがなく荒削りなようでいて、しかしながら細かい言い捨てたような台詞にも捨てるところがない演出は素晴らしい。


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2005/03/12

『ナイルの一滴』は2004年版『ろうそくの消えるまで』

■一日として矢野絢子『ナイルの一滴』矢野絢子 - ナイルの一滴を聴かずに眠る日はない。

知らないとこに行きたいな ひとり歩いて

大きな木陰で 雨宿りをしたい

風に揺れてどこまでも 青い草の中を

歩いてゆきたいな 柔らかな土の匂い

知らないとこに行きたいな 嘘だよ ほんとはね

ここにいたい ここに いたいんだ

僕はまぬけな顔をしてるだろ 泣き虫 弱虫で

おまけにへっぴり腰で てろてろおかしいね

    (『てろてろ』より)

嘘つきが眠るまえに映したものはきたない

ひとつしか面のない組み立て式の正義

嘘つきが眠るまえに映したものはきたない

落ちる前に巻き戻して塗りかえた太陽みたい

どこに向かってるのかしら

    (『嘘つきの最期』より)

悲しみは きれい

晴れた空に よく似てる

曇りの空は 死の光

雨の日は やさしいよ

つぷつぷしみこんでくる

地面のもっと下の方

つぷつぷ沈んでゆく

    (『わかれ』より)

こんな僕がここにいて もしか何にも生まれなくても

なるべく遠いところへ いちばん遠いところへ

強く祈りつづけたい

もう死にたいと泣いた君に 僕は何にも言えなかった

なるべく遠いところへ いちばん遠いところへ

強く祈りつづけよう

    (『ひとさじ』より)

レモンスライスほおばって スキップしながら

世界の最初が終わるから スキップしながら

新しい靴は歩きにくくて スキップしながら

さっぱりさわやかでちょうどいい具合

    (『レモンスライスほおばって』より)

ほうきが宙を舞ってても へっちゃらポイ

きれいな灰皿 冷たい水も へっちゃらポイ

そうさ お前 男だ

    (『ソリダスター』より)

強い風の音で目がさめた ゆうべの雨はどこへ 青い光

降りた受話器の静けさ ゆうべの君の涙声

みんな傷つけあって 楽しいんだ 僕も

苦しくて 悲しくて うれしいんだ 僕は

みんな嘘つきばかりさ だまされたいんだ

    (『かなしみと呼ばれる人生の優しさよ』より)

静かやね 十二月やのに

静かやね 足音もせん

季節の町に あふれかえした

どこもかしこも 自転車ばかり

横断歩道 一歩手前で

坊やはタバコに 火をつける

静かやね 十二月やのに

静かやね 真昼間やのに

ポスター張りの 坊やは何度も

店の主人に 頭を下げる

きっと幸せの 一歩手前で

ポスター丸めて 店を出る

    (『坊や』より)。

歌詞を少しご覧頂くだけでわかるように、とにかく暗い歌か、僕らが小学校時代のNHK『みんなのうた』のような歌ばかりである。かくも時代錯誤の歌ばかりピアノの弾き語りでのどが張り裂けそうに歌う矢野絢子という高知県在住の歌手は、いったい何者なのだろうか。僕にとって1969年の寺山修二作詞のアルバム、カルメン・マキ『ろうそくの消えるまで』をほぼ完璧に代替する『ナイルの一滴』は奇蹟のような一枚なのである。


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2005/03/11

筑紫哲也とジャーナリストの円環

■筑紫哲也が夜のニュース番組でライブドアの堀江社長と話しているのをテレビで見て、筑紫哲也の言葉に違和感を抱いた。視聴者が興味を持たなくても大事なことを伝えるのがジャーナリズムの役割だ、という言葉だ。逆に堀江社長は受け手が興味のある情報を自ら取りに行くのがインターネットの長所だと語っていた。

筑紫哲也の言葉の大前提として、ジャーナリストは無数に起こる出来事の価値を、一般人より適切に判断するという考え方がある。筑紫哲也はジャーナリストを何らかの意味で一般人「より」優れていると考えるからこそ、ジャーナリストは一度に何千万人という人々に一方的に情報発信できるテレビや新聞などの特権的なメディアを利用する権利を持つと考えているのだ。それ以外にジャーナリストがマスメディアを利用する権利を正当化する理由はない。

しかし真実は、ジャーナリストの一般人に対する優位性と、ジャーナリストがマスメディアを利用する特権は、ニワトリとタマゴのような円環の関係でしかない。ジャーナリストが優れているからマスメディアを利用できるのか、マスメディアを利用できるからたまたま情報優位にあるだけなのかは、誰も断言できないはずだ。

しかし筑紫哲也は臆面もなく、ジャーナリストの存在意義が、一般人が大事だと思わない情報を伝えることにあると断言してしまう。この断言こそがマスメディアの傲慢であることに彼は気づいていないのだろうか。少なくとも彼の言葉を聞く限り、筑紫哲也はジャーナリストの自己規定、つまり、ニワトリとタマゴの円環の内部に閉じこもってしまっている。

対して、自分で情報を引き出すインターネットの利点を主張する堀江社長もあまりに素朴だが、それでもその円環を開く提言をバリバリのジャーナリスト筑紫哲也に提言できるだけ、まだ思考が開かれている。その提言に対して、番組で筑紫哲也はジャーナリストの自己規定を自己弁護するに終始していた。良心的なジャーナリストである筑紫哲也でさえそうなのだから、フジテレビやニッポン放送の組織の理論が、堀江社長に強烈なアレルギー反応を示すのは無理もない。

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2005/03/10

松下電工製浄水器のリスク?

■浄水器のカートリッジの交換時期になったので、Panasonicブランドの松下電器ではないのだが、今まで使っていたNationalブランドの松下電工製品を本体ごと廃棄して、別メーカーの新品を購入した。楽天で最安値を検索しても、松下電工の交換カートリッジと某繊維メーカーの新品本体が同じ価格だったからだ。ところが某繊維メーカーの新品、浄水モードにして水を出して、水を止めると、本体からちょろちょろと水が漏れ出す。安物だけあって欠陥品か、と思ってよく説明書を読むと、カートリッジのフィルターに水がたまったままの状態にならないように、水を止めた時点でカートリッジの内部に残っている水をすべて排水する仕組みになっているとのこと。つまり、今まで使っていた松下電工製品の方が、フィルターの中に一晩、水がたまりっぱなしで雑菌の繁殖などのリスクが高かったわけだ。浄水器も気休めに過ぎないけれど、同じ気休めをするなら読者の皆さんも、よく考えられた製品を選択しよう。

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2005/03/06

A Hundred Birds 『Fly From The Tree』

■近所のTOWER RECORDSで推薦盤になっていたA Hundred Birds『Fly From The Tree』(2005/02/09リリース)を購入した。メジャーデビュー・アルバムとしては完成度が高いというのは分かるが、クラブミュージックというよりは『Feel』や『image』系のヒーリングミュージックで期待はずれだった。1曲目「BATONGA」にしても、HOUSEに「アフリカの大地」的テイストは不要だ。8曲目「FADE (dropped words)」では副題の通り詩人気取りで日本語、英語の単語がエコー付きでぽつぽつと語られるのだが、「涙」だの「愛」だの聴くに耐えない甘ったるい言葉ばかりならべるなら、はじめから詩人気取りはやめた方がいい。クラブミュージックに下手な芸術性やスケール感はいらない。クラブミュージックが快楽主義と通俗性から、そう簡単に脱却できると考えるのは間違いだろう。むしろ快楽主義的で通俗的であることがクラブミュージックの定義で、そこからはみ出そうとする試みが『image』になってしまうのは当然なのだ。


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2005/03/05

松下電器端末のないau

■2003/10/22にauがCDMA 1X WINサービスを開始して1年以上になるが、ようやく僕もcdmaOneからWINに切り替えた。主な目的はノートパソコンでのモバイル通信を高速化することで、ベストエフォートで下り最大2.4Mbpsはやはり魅力的。EZWebも随分速くなった印象がある。@niftyのアカウントでダイヤルアップしても通信速度が速くならないので、よくよく端末の説明書を読んでみると、au.NET専用の全ユーザ共通アカウントでダイヤルアップする必要があると書いてあった。auなら松下電器製の端末を買わされることがないのでいい。ビデオカメラならキャノン、HDDレコーダーなら東芝、液晶テレビならビクターなどなど、下らないソフトウェア特許係争で中堅ソフトウェアハウスに損害を与えようとしている松下電器など存在しなくとも、日本人は何の問題もなく生きていける。

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2005/03/04

汎用機の全面ダウンサイジング

■2005/03/02の日本経済新聞朝刊に、三菱電機がメインフレームの技術者不足に対応して、2007/03までにメインフレームを全廃し、UNIX機などで構成するという記事があった。「大手企業での全面的な切り替えは珍しい」とあり、どうやらIBM製汎用機の保守期限が2005年度中に切れることも理由の一つらしい。

ところが、この記事の中で「財務や生産管理など基幹業務用の大型汎用コンピュータ(メーンフレーム)を」とあったので驚いた。もう5年以上前になるが、僕が三菱電機を退職する直前、全社の汎用機の会計システムを東西2拠点のUNIXサーバに集約するという計画があったからだ。

汎用機のCOBOLを単純にUNIX上のCOBOLに変換するというものだったのだが、日経の記事が本当だとすると、このときの計画は中止になっていたということになる。やはり会計システムと言えども、三菱電機くらいの大企業になると、そう簡単にはダウンサイジングできないということだろう。あの計画を中止にしたというのは、経営者の賢明な判断だったのではないか。

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2005/03/03

社内SE2名募集中

■僕が過去に勤めていた会社が、社内SEを2名も募集する求人広告を先日偶然見つけた。僕が勤めていたころ正社員の社内SEは僕1人だけだが、正直、1人ではキツいという印象があった。以来、会社の規模はさほど変わっていないので、何人かの社内SEを失った後、ようやく社内SEは2名必要だとわかったのだろう。しかし僕が後任者を面接したときも、なかなか優秀な人材にはめぐり合えなかった。優秀な人が2名、採用できていればいいのだが。

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2005/03/02

フジテレビの二重規範

■株式の時間外取引についての法律を改正して、ライブドアが行ったような取引がこれからは違法になる。そのことについてインタビューをうけたフジテレビ社長は、「株主に対する公平性の観点から望ましいことだ」と話していたが、株主に対する公平性を無視しているのは、明らかにフジテレビの方だ。

ニッポン放送の新株予約権の発行が本気なら、どう考えたって株式の発行数を増やしてニッポン放送の株価を下げ、買収をやりやすくする意図があるとしか考えられないではないか。フジテレビは村上ファンドやライブドアをふくむ、ニッポン放送の株主を、明らかに不公平に取り扱っている。よく「株主に対する公平性」などといったことを堂々と言えたものだ。

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