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2004年12月の記事

2004/12/30

新藤兼人『縮図』

■新藤兼人監督『縮図』(1953年)を観た。溝口健二監督の薫陶を受けているにもかかわらず今まで一本も観たことがなかったので、レンタルビデオ屋にずらりと並んでいた新藤監督作品のDVDから、初期の作品を適当に選んだのがこの作品だった。

監督第四作で、原作は貧しい靴屋の娘が身売りされ芸者として身も心もズタズタになりながら家族を支えるために力強く生きぬくという徳田秋声の自然主義小説、主演は靴屋の娘・銀子役で乙羽信子、その父親役が宇野重吉、銀子を身請けする役で山村聡、山田五十鈴も出演している。

こんなにカメラがよく動く映画は久しぶりに観た。前半、芸者になったばかりの銀子が客とじゃんけん遊びをするシーケンスで、人物に寄っていくカメラがゆっくりねじを回すようにねじれていく動きや、人物の上からカメラがかぶさって乗り越えるような動き。ねじれる動きはスムーズなので機械的な機構だろうが、人物を見下ろしながら乗り越えるカットは手持ちらしくカメラが揺れる。今ならステディカムででも使うところなのだろうが、そんなものがない時代にこういうカメラの動きを要求した先進性には驚く。

もう一つ印象的だったのは、芸者の弾く三味線のアップだ。よくロックバンドのギタリストの華麗なフィンガリングをクローズアップにするため、ギターのネックの先にCCDカメラを固定して、遠近法の奥行きを効かせてフレットを撮っている絵があるだろう。新藤監督はあれを三味線でやっているのだ。もちろんあの時代に小型カメラなどないので、三味線の棹の先にカメラを固定する代わりに、おそらくカメラに三味線の棹の先を固定して、そのまま演奏させていると思われる。

本作は脚本が自然主義小説だし、新藤監督はリアリズムの作風だとも言われるが、宇野重吉演じる父親が作業している様子を、広角レンズをつかって俯瞰でとらえる奇妙に丸っこい絵なども、絵はかなり意図的に作り込まれている点が印象に残った。

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欲望の陰画としての夢

■単位が足りなくて大学が卒業できそうにないという夢を、ここ数年、数か月に一度は必ず見るようになってしまった。卒業できなければ大学院への進学も、就職もできなくなってしまう。一体どうすればいいのか、という生々しい切迫感が、夢から覚めてもしばらく残っているのだ。大学を出てからもう十年経っていて、そんなこと心配する必要などまったくないのに。しばらくしたらきっとまた同じ夢を見るだろう。最近気づいたのだが、この夢は永遠に卒業したくなかったという欲望の陰画かもしれない。

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2004/12/27

au新端末Webブラウズ定額制対象外

■今年の春、京セラ製のPHSにOperaブラウザが搭載され、内臓されているメモリ容量が許す限りでパソコンと同等のネットサーフィンができるということで話題になったが、結局、KDDIから2004/12になって発売されたCASIO製の端末に同等の機能が付いてしまった。ただしWebブラウズのパケット料金は、WIN端末のパケット定額制の対象外だ。通信速度はPHSより高速だが、通信料の点ではまだPHSが優位になる。携帯コンテンツ業者に気をつかった結果、何とも中途半端なau端末になってしまった感は否めない。(注:この記事はもともと、au新端末はWebブラウズも定額制の範囲内だと書いてありましたが、読者の方からのご指摘で、別料金であることが分かりました。そのため内容を変更させて頂きました)

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2004/12/26

放火と遵法精神の喪失

■ドンキホーテがまた放火されて二階部分がほとんど焼けたようだが、ああいう物販店は普通に考えればスプリンクラーが作動して初期消火できるはずだ。埼玉の店舗で放火があった直後にこんなことが起こる理由は二つ。埼玉の犯人が検挙されていないことと、ドンキホーテの消防法違反の疑いだ。最近検挙率は下降の一途らしいが、罪を犯しても検挙されないなら放火でも何でもやり得だ。そしてドンキホーテのような成長企業のラディカルな実力主義は、本社の監督のゆき届かない現場で法規軽視の風土を産みがちだ。消防署も臨時の立ち入り検査はするが、指導するだけで、時限の営業停止など思い切った措置に一向に踏み切らない。どちらも存在するだけで実効力をもたない法律が背景にある。

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フィットネスクラブを退会した理由

■予想されたことだが、10月に入会したばかりのフィットネスクラブを退会した。1週間を通じて20時前後以降の時間帯しか利用できない会員種類で入会した。入会まもなく仕事が忙しくなって通えなくなったこと、時間的に家の外で夕食を摂ってからジムに入り、帰りが22時を過ぎてしまうこと、いちばん通いたい金曜日が施設の休館日だったこと、ジムの雰囲気があまりに体育会系すぎてちょっと気おされたことなど、理由を挙げればいろいろあるが、根本的な理由は単純で、運動が嫌いな人間に運動は長続きしないということだ。フィットネスクラブが退会率を下げようと思えば、つねにこの単純な理由に立ちもどって考える必要がありそうだ。ジムに落ち着いたクラシックかジャズが流れていて、スタジオレッスンのにぎやかな音楽が漏れてこなければ、ジムでのトレーニングを「癒し」のイメージで売り出すこともできるのではないか。最近のフィットネスクラブにはアロマテラピーやリフレクソロジーのサロンが併設されているところが多いが、「癒し」を拡大解釈して、ジムのエリアも落ち着いて、マイペースで運動できる空間として提案することもできるはずだ。筋肉ムキムキの男が気合の叫び声を上げながらトレーニングしている横では、マイペースで運動したくてもできやしない。「サロン」としてのジムエリアという考え方で新しい顧客層を開拓するという戦略、どうだろうか。

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学校の怪談『怪猫伝説』

■ホラーやスプラッター映画は苦手なのでほとんど観たことがないのだが、『ONE PIECE 秋コレクション』に収録されている『猫田さん』という作品が、『学校の怪談 物の怪スペシャル』で矢口監督自身によって『怪猫伝説』というタイトルでリメイクされていると知って、この部分を観るためだけにVHSビデオを借りてみた。

『猫田さん』の主演は、この作品の人間になったネコ役に入れ込んだあまり相川直から改名した女優・猫田直で、『怪猫伝説』では深津絵里が演じている。『ONE PIECE』での固定カメラ、ノーカット、同時録音ではなく、普通にカット割りのある短編になっている。深津絵里と猫田直、どちらかよりネコ役にはまっているかと言えば無論、猫田直だろう。

『怪猫伝説』でも猫田直はネコを飼っている男子大学生の同級生のチョイ役で登場しているが、『猫田さん』で猫舌という設定の猫田直が、生姜湯を冷まそうと手のひらであおぐ仕草と言い、しゃべり方と言い、『怪猫伝説』の深津絵里のカラッとした演技よりも動物的だ。猫田直はそういうしゃべり方しかできないので、ネコ役にはまるのは当然と言えば当然で、『猫田さん』は『裸足のピクニック』同様、女優との幸福な出逢いで作品の完成度が高まっていると言える。

『怪猫伝説』はワンシーン、ワンカットでない分、飼い主の男子大学生の手元のクローズアップなど、ややくどいカットもあるが、大学の廊下で深津絵里がニワトリと大騒ぎするシーンのジャンピングカットや、自転車の荷台に飛び乗るシーン、ラストでいざ男子大学生が深津絵里に思いを告白しようという場面が、自転車をこぎ去る後姿のロングショットでカットになるところなど、矢口監督らしい演出が楽しめる作品になっている。

深夜に及ぶ手術の終わったネコと手をとりながら眠る深津絵里の横顔のショットは、『アドレナリンドライブ』でラーメンを作っている間に眠ってしまう石田ひかりの横顔のショットを想起させた。静かに眠る少女の横顔のショットは矢口作品の特権的な一瞬を構成しているのかもしれない。ちなみに『ONE PIECE 秋コレクション』の最後には鈴木卓爾監督の独特の世界が広がる16mmの短編カルトムービー『おっけっ毛 ビビロボス』も収録されている。

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2004/12/23

猫田さん

■先日も書いた矢口史靖・鈴木卓爾監督の『ONE PIECE 春コレクション』『ONE PIECE 秋コレクション』だが、ビデオの短編作品集で、そもそも矢口史靖がカメラ固定、カットなし、同時録音で、編集作業もアフレコも不要の低予算作品を作ってみようと発案して、盟友の鈴木卓爾監督に呼びかけたところから始まったらしい。

一つの楽しみ方として、『アドレナリンドライブ』で主人公の青年が追い詰められて部屋のカーテンに隠れるシーンや、ガス爆発など、矢口監督の長編作品の細かなアイデアの元ネタを見つけるということがある。春コレクションの『バニー』など、オチがはっきりしているものはコントと変わらないのであまり面白みがないが、矢口作品では『春のバカ』(春コレ収録)、『猫田さん』(秋コレ収録)など、脚本のアイデアが光る作品がある。それに対して鈴木卓爾作品は不可解さやハズシ方が微妙で、ハズシ具合がくどいものが多い気がする。

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2004/12/21

夢の中の謎の記号「イムカtraeb」

■久しぶりに中身をはっきり記憶している夢を見たのだが、内容の余りの下らなさは最近、矢口史靖・鈴木卓爾監督の『ONE PIECE 春コレクション』『ONE PIECE 秋コレクション』を観たりしているからだろうか。自分が中小企業に就職して事業内容の説明を受けているのだが、説明者の中年女性社員から、うちの主力商品の「イムカtraeb(トライブ)」を本当に知らないのか、あんなに有名な商品なのに、と詰め寄られている。本当に知りませんと答えると、ちょっと待って、今着てくるから、と言ってその女性社員が姿を消した。しばらくすると女性社員はアメリカンフットボールの上半身のプロテクターを身に着けて登場し、これが「イムカtraeb」だと言い張った。そんな極めて下らない夢を見た。

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2004/12/19

風間志織『火星のカノン』

■トップページをご覧の方は既にお気づきのように「愛と苦悩の日記」を過去分も全て@niftyの「ココログ」というblogサービスに移行させた。所定の形式のテキストファイルに変換すれば、一気にサーバへアップロードできることが分かったので、JavaでHTMLを変換するバッチ処理プログラムを作成した。

HTMLファイルを解析して、日付別の日記の本文を、日付を示す文字列をキーに、本文をVectorオブジェクトに格納してHashMapオブジェクトに保存するクラスを定義し、そのクラスが作成したHashMapオブジェクトをココログへアップロードできる形式のテキストファイルに変換しながら書き出すといった感じのプログラムだ。

今までは直接HTMLファイルをテキストエディターで編集していたが、今後はテキストファイルを作成しておいて、それを「すべて選択」してココログの更新画面へ「貼り付け」することになる。勝手が変わるのはあまり居心地が良くないが、blogは世の中の流れなのでいつまでもそれに乗らないのも読者に不親切ということでデータ移行してみた。

風間志織監督『火星のカノン』(2001年)を観た。『冬の河童』(1995年)が淡々とした描写ながらも意外に余韻のある作品で、近所のTSUTAYAに『火星のカノン』の在庫があったこともあって観てみた。

公式Webサイトがまるでテレビドラマの番組宣伝のような軽めのデザインだったので、『冬の河童』に比べると作風が軟化してしまっているのかもと恐れていたのだが、しかし全くそんなことはなかった。テレビをデジタル液晶にしてから、ハイビジョン放送とそうでない映像の解像度の違いが気になって仕方なくて、ビデオを借りてきて映画を観ると粒子の粗さが余計に目立つ。この映画も16mmかと思うほどだが、実際には35mmで、撮影の石井勲氏が意図的に柔らかいタッチを狙っているのだろうか。

『冬の河童』同様、激しい感情表出のない抑制の効いた演出だが、しっかりと主人公の絹子(久野真紀子)と聖(中村麻美)の感情はこちらに伝わってくる。『冬の河童』にも出ていた和久田理人が焼き鳥屋の店主役で出演している。物語は妻子のいる冴えない中年男の公平と不倫することでしか孤独を紛らせることの出来ない絹子と、偶然知り合いになった聖が、公平から絹子を奪うまでの経緯を描いている。ヘテロセクシャルの絹子が、所詮長続きしない不倫の関係に絶望した孤独のために、同性の聖と関係を持つという展開は、こうあっさり書いてしまうと明らかに無理があるし、レズビアンの位置づけが否定的なのも気になる。

しかしローキーな映像と冷静なフレーミングは、聖との関係に完全には満足できないながらもそこに逃げ込むしかなかった絹子の心情を、かなりの説得力をもって描き出すことに成功している。同性愛を描いている映画としては、かなり僕自身の理想に近い。本質的に永遠に不完全であることが運命づけられている幸福が、きちんと描かれているからだ。

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2004/12/15

風間志織『冬の河童』

■風間志織監督『冬の河童』(1995年)を観た。『裸足のピクニック』の主演女優である芹川砂織が、ピアノ教室の生徒役でワンカット(2カットだったか)だけ出演しているからだ。DVDに予告篇も収録されていたのだが、何故か予告篇は鮮明に覚えていた。ちょうど『裸足のピクニック』や『この窓は君のもの』を観ていた頃なので、たぶん当時、名古屋のどこかの劇場で観たに違いない。

固定ショットと逆光のシーンが多い淡々とした映画で、感情表出を抑制した演出のわりに人間関係が複雑だ。写実的かというとそうではなく、河童に見立てた男の子と女の子が唐突に登場したりする。絵作りは非常に美しく、監督の作家性が前面に押し出された佳作とでも評すればいいだろうか。田辺誠一が俳優としてデビューした映画でもある。だからDVD化されているのだろう。

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2004/12/12

テーマと作風の不幸な結婚~古厩智之監督『ロボコン』

もう忘れてしまったのだが、最近借りた何かのDVDの冒頭にあった予告篇で『まぶだち』(2001年)という男子中学生が主人公の映画が紹介されていた。仙頭武則プロデューサによる「J MOVIEW WARS」作品第5弾とのことだが、監督の名前を聞いてハッと思った。古厩智之(ふるまや・ともゆき)。1968年生まれで矢口史靖と同じ世代だが作風はまったく違う。

この古厩監督の『この窓は君のもの』(1994年)を、僕は劇場公開当時、そのころ住んでいた名古屋のどこかの劇場で観ているのだが、その日付を正確に調べようと昔の日記を繰ってみた。すると驚いたことに、1995/07/12、『この窓は君のもの』というタイトルだけが記されているのだが、すぐ下の行に『裸足のピクニック』と書いてある。つまり僕は『この窓は君のもの』を観たのと同じ日に矢口史靖監督の劇場公開第一作『裸足のピクニック』を観ていたのだ。

こんな個人的な因縁はどうでもいいこととして、古厩監督は1992年、第15回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)で『灼熱のドッジボール』という作品でグランプリを受賞している。この年のPFFでは矢口監督がPFFから奨学金を得て完成させた『裸足のピクニック』のプレミア上映会が行われているが、矢口監督のPFFグランプリ受賞はその2年前の1990年だ。古厩監督の『この窓は君のもの』もPFFスカラシップで製作された映画で、翌1993年のPFFでプレミア上映されているようだ。

僕は記憶力があまりよくないので『この窓は君のもの』についても細部は忘れている。けれども、主人公の女子高生(清水優雅子)が自転車で疾走するシーンや、軽トラックの荷台の移動撮影の気持ちよさが強烈に印象に残っていて、そのあまりの素晴らしさに劇場で肌を粟立たせながら観ていた記憶だけは鮮明だ。かなりゆったりとした長めのカットが多かった気がするので、移動撮影のシーンがなおさら印象的だったのかもしれない。ぜひもう一度観てみたいのだが、Amazon.co.jpで検索すると在庫切れ。インターネットで他を検索してもどうやら廃盤になっているようだ。

そういう経緯で『この窓は君のもの』から7年ぶりに撮影された古厩監督の長編『まぶだち』(2001年)を観たいと思い、TSUTAYAで探していた。すると『ロボコン』という作品の派手なパッケージが目に入った。ロボコンと言えばNHKの放送で有名なロボットコンテストのことで、きっと矢口監督の『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』と同じように、やる気のない高校生が打ち込める何かを見つけ出してやり遂げるという青春映画なのだろう、自分を鼓舞するために(何に対して鼓舞するのかはよくわからないのだが)ちょっと観てやろうかと手に取ったら、何と古厩監督の最新作ではないか。

『ロボコン』(2003年)は東宝の配給で、古厩監督の初メジャーデビュー作品ということになるらしい。主演が『世界の中心で、愛をさけぶ』の長澤まさみ。本作で長澤まさみの母親役として遺影だけで出演する水野真紀とともに東宝シンデレラということでの起用なのだろうか。それからロボット部の作戦担当として「チビノリダー」(と言って分かる読者がどれだけいるか)の伊藤淳史が出演している。こういうつまらないことから書き始めているのは、この『ロボコン』という映画、古厩監督自身が最大の「ミスキャスト」ではないのかという気がするからだ。監督は役者ではないのでこの表現はおかしいのだが、それでもやっぱりミスキャストである。

やる気のなかったロボット部の部員たちが、すこしずつ結束してついに全国大会で優勝するという、ハッピーエンドの青春映画なのだから、短いカットと省略法でポンポンとテンポよく話が進んで、くだらないギャグを織りこみながらも一気にクライマックスまで登りつめるといった脚本と演出を期待するわけだが、古厩監督の作風は本作のテーマと完全にミスマッチになっている。

DVDのパッケージにしても、ポスターや予告編の内容にしても、エンディング・テーマをTVタレントのこずえ鈴が元気に歌っていたりすることからしても、この映画を配給した東宝側は明らかに「スピード感のあるちょっとおとぼけ系の感動青春映画」が念頭にあるようなのだ。しかしこの映画はカメラがほとんど動かず、長まわしやロングショットが目立つ。ロングショットの冷静さは、主人公たちの情熱と食い違っている。

冒頭、長澤が間違って優秀な方のロボット部に案内されるシーン(案内するのは最近『パルコフィクション』の第5話「見上げてごらん」や『ジョゼと虎と魚たち』で観たばかりの荒川良々)がいきなり3分近い長まわし、合宿先の砂浜で長澤が設計担当役の小栗旬と話すシーンもやはりかなりの長まわし、ラストに向けてテンポが上がるかと思えば、クライマックスの全国大会をひかえた夜、ラーメンを食べながら長澤が「今日が永遠に続けばいいのに」というクサい台詞を言うシーンも、そうとう間延びした感じがする。

演技をしない演技、あくまでリアルさを追及するという古厩監督の演出意図は映画を観ていればはっきりするのだが、やっぱりこの映画ではテーマと齟齬をきたしているのではないだろうか。落ちこぼれ部員ばかりのロボット部が全国大会で優勝するという脚本は、明らかに矢口脚本的な「超ご都合主義」だ。脚本の展開がまったくリアルではなく、エンターテインメント性の高いのに、演出にリアルさを求めれば、当然、観客からするとちぐはぐに見える。

DVDに収録されている予告篇やTVコマーシャルを見て劇場に足を運んだ観客は、おそらく矢口監督的なエンターテインメント性を求めていたはずだが、映画そのもののことなどどうでもいい長澤まさみファンを除けば、じっくり見せる古厩演出に期待を裏切られたに違いない。『ウォーターボーイズ』という類似作品がすでにあったにもかかわらず、商業的にも失敗していると思われる。

その証拠として、DVDのメイキングで撮影中の古厩監督が、「感動できる映画にしてやるぞという気になってますよ、自分でこんなことを言うようになるとは思わなかったけど」といった意味の言葉を漏らしている。監督自身、ストレートで娯楽性の高いテーマと自分の作風のズレを感じながら撮影していたのではないか。監督/脚本の劇場公開第二作『まぶだち』(2001年)は自伝的作品で、ロッテルダム国際映画祭でグランプリと国際批評家連盟賞受賞を受賞しているという。こちらもぜひ観てみたいが、作家性の強い作品こそ古厩監督の本領であることには違いない。

そういうわけで『ロボコン』ではテーマと古厩監督の作風が不幸な結婚をしてしまっているのだが、移動撮影の爽快感は健在だ。この映画でもやはり長澤まさみがかなりスピードを出して自転車に乗っている。合宿先へ長澤と小栗が幌のない軽トラックの荷台に乗っていくシーンも、荷台の縁にもたれかかる小栗と長澤の背後を高速で流れ去る背景に、突然、海が広がる瞬間が何とも言えず心地よい。長まわしのカットやつねに引き気味の絵も、テーマを抜きにして一つひとつの絵として観れば美しい。次は作風にあったテーマの作品を観てみたい。

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2004/12/11

品川駅「DEAN & DELUCA」

■以前、品川駅港南口に新しくできたアトレ品川はつかえない店ばかり入っているというグチを書いたが、その直後にとある読者の方から「DEAN & DELUCAだけはお気に入りです」というメールを頂いた。そのメールのことはすっかり忘れていたのだが、冬になって新幹線改札の屋根の上にあるスターバックスが寒くて使えなくなってきたので、さて、朝の一杯のラテをどこで飲んだものか、グランパサージュかインターシティーまで歩いてかなきゃいけないだろうかと思いながら、港南口を歩き回っていたら、DEAN & DELUCAのカフェがガラ空きであることに気づいた。

ペデストリアンデッキに向かって開いたキオスクのような店があることは知っていたのだが、その奥にある屋内のカフェがあんなに毎朝がら空きだとは知らなかった。読者の方が言っていたのはこのカフェのことも含めてだったのかはわからないが、なるほどここだけは使えると思った。

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日本に蔓延する「プロジェクトX」症候群

■いまの日本企業にはもしかすると「プロジェクトX」症候群のようなものが蔓延していないだろうか。プロジェクトの目標や範囲、経営資源の制約を厳密に考えないまま、リーダーの思い入れと情熱だけで突っ走れば何とかなったのは、日本全体の経済が右肩上がりに成長していた時代までの話。

ところがNHKの『プロジェクトX』にほだされて、このゼロ成長時代にもかかわらず、まるで経営資源の問題などどうにでもなると言わんばかりに、考えるよりも先に実行あるのみというプロジェクトが増えてきているのではないか。日本では数年来プロジェクト管理手法としてPMBOKなどが流行になっているが、それも結局はリーダーの熱意にメンバーが盲従するという、まさに『プロジェクトX』的、無謀で非合理的で体育会系のプロジェクトのブームに堕してしまっているのではないだろうか。

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2004/12/09

BSデジタル・CS110度受信に成功

■パラボラアンテナと格闘すること3日目にしてようやくBSデジタル放送、CS110度放送を受信することができた。先週末、奮発してBSデジタル、地上波デジタルチューナ内臓の液晶テレビを買ったので、せっかくだから今までどおりの地上波アナログ放送ばかり見ているのではなくて、そのチューナの性能をフルに使おうと思ったからだ。

数日前の夜、有楽町のビックカメラでいちばん安いアンテナをすき間ケーブルとともに購入した。すき間ケーブルというのは長さ30センチ、幅2センチほどの紙のように薄いケーブルで、アルミサッシの桟にぺったりと貼り付けるように這わせると、サッシをぴたりと閉めることができて、壁に穴を開けなくても、戸外に設置したアンテナから室内のテレビまでケーブルを引っ張れるという代物だ。

ところが、付属の金具ではうちのベランダの手すりにアンテナをしっかり固定できないことがわかり、合う金具をインターネットで探した上で翌日、会社の帰りに秋葉原を歩き回って5軒目の電器量販店でその金具をようやく見つけ、その夜、アンテナを固定することに成功したはいいが、テレビで電波の入力レベルをチェックするとゼロになっていて映らない。

すき間ケーブルを這わせたまま何度もサッシを開閉したので、断線してしまったのだろうかと落胆していたのだが、インターネットでBSデジタルアンテナの設置方法についてよく調べると、アンテナの方角をそうとう正確に設定しないと受信できないことがわかった。

そこで翌日、テレビの電源を入れたままでアンテナの角度を微妙にいろいろと調整していると、無事BSデジタル、CS110度放送とも受信できた。BSデジタルでハイビジョン放送を観たのだが、もう地上波アナログの画像とは段違いの美しさで、ただただ驚いた。CSチャンネルを見ていてまた驚いた。CS991でフランス語放送が無料で視聴できるのだ。TV5というテレビ局の番組が無料放送されている。知らない間に世の中は変わっている。

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2004/12/05

矢口史靖・鈴木卓爾『パルコフィクション』

■矢口史靖監督、鈴木卓爾監督の短編オムニバス『パルコフィクション』(2002年)を観た。先日、矢口監督の長編作品はすべて観たと書いたが、短編が残っている。そのうち『ウォーターボーイズ』と『スウィングガールズ』の間に撮られたのが本作。

二人は『裸足のピクニック』『ひみつの花園』と共同で脚本を書いているが、本作のVHS版に収録されているメイキングから、二人の盟友ぶりがうかがえて興味深い。矢口監督が鈴木監督の撮影風景を家庭用ビデオカメラで撮っているのだが、鈴木監督が「今日、撮りきれるかな。撮り残しがいちばんイヤだな。時間が足りないよ」とビデオカメラのこちら側にいる矢口監督に話しかけ、矢口監督が「鈴木は現場主義だからね。現場で何が起こるかにあわせる。ボクはコンテ主義」と答えていたところが印象的だった。

たしかにメイキングを見ていると、矢口監督は現場でも絵コンテをもって赤鉛筆で加筆しながら演出している様子だが、一方の鈴木監督は俳優やスタッフと話しながらシーンを作っていっている印象があった。作品そのものはナンセンス全開のスピーディーなコメディーばかりで単純に楽しめる。最後の第5話はナンセンスさとラブストーリーのバランスが絶妙な鈴木作品。夜の大きな階段のシーンは印象的で秀逸。他の作品もそうだが、鈴木脚本は強烈な個性を持っていて、わかる人はハマるけれども、『スウィングガールズ』や『ウォーターボーイズ』のような一般ウケする映画にはなれない。商業的な成功とは無縁の作家主義的な作品だと言える。興味深いオムニバスだった。

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犬童一心『ジョゼと虎と魚たち』

■犬童一心監督『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)を観た。最近の矢口監督作品のうち『ウォーターボーイズ』(2001年)主演男優と『スウィングガールズ』(2004年)主演女優が出演しているというだけの理由。上野樹里は実年齢より4、5歳上の大学4年生と卒業1年後を演じている。

本作は大阪が舞台(ロケは東京)で上野樹里は地元の関西弁で演じているが、『チルソクの夏』『スウィングガールズ』の純朴な女子高生とはまったく違う、計算高い優等生だが女性的な弱さも(なんて書くと差別的な表現だが)垣間見せる女性を淡々と演じて、池脇千鶴演じる気丈な下半身障害者と好対照をなしている。

本作で妻夫木聡が演じる男は、観ようによっては本能だけで生きるそうとうひどい奴ということになるが、それでもいやらしさが出ないのは、妻夫木自身がもつ嫌味のなさだろう。池脇千鶴はひとこと、うまいとしか言いようがない。ラストのカット、人生を悟りきって10歳くらい一気に年をとってしまったかのような表情は、さすがだと感じさせる。という具合に俳優のことばかり書いているのは、おそらくこの監督はうまい俳優がいてこその映画監督だと考えたからだ。

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BADA 2ndアルバム『AURORA』

■元S.E.SのメンバーBADAが今年2004年に韓国で出した2枚目のソロアルバム『AURORA』についてコメントすると言いながら書かずにいたので、今日こそ買いてみたい。歌詞カードになっているブックレットのBADAがほとんど別人と言っていいほどキレイなお姉さん化していることは前にも書いたとおりだが、「山田まりあに似ている」という意見もある。ローライズのGパンでヘソピアスが見えている写真もあったりするのだ。

1曲目の「HAPPY FACE」は平井堅などに楽曲を提供し、宇多田ヒカルの編曲もやっている村山晋一郎。サビの最後でメジャーコードにさりげなく転調するメロディーが印象的かつポップ。2曲目のタイトル曲「Aurora」はイントロが美しいバラードでBADAのボーカルを堪能できる。作曲は松原憲で、やはりMISIA、BoA、平井堅などに曲を提供している

3曲目の「Eyes」はこのアルバムのWebサイトでライブの動画が公開されている曲だが作曲はTiny Voiceというグループの主催者・今井了介で、他にはISSA、DOUBLE、BoAなどの楽曲も手がけている。7曲目の「Into You」はURUの作曲でやはり平井堅、CRYSTAL KAYなどに曲を書いている人のようだ

驚くべきことに5曲目「Go By」、6曲目「Good Luck」、8曲目「Thank you」、10曲目「Dreaming」、11曲目「Higher」、ボサノバアレンジの12曲目「Blue Juice」、最後13曲目「Little Boy」と、9曲目を除く残りの曲はすべてBADA自身による作曲である。そしてもっと驚くのは全曲彼女自身の作詞だということ。ただ、歌詞カードの韓国語が読めないので内容がわからず、残念ながらコメントのしようがない。したがって曲についてコメントするしかない。

最近のR&Bはすべてそうなので仕方ないが、ほとんどの曲がゆったりした単調なループ音楽に、まったりして起伏の少ないメロディーが乗っかっている典型的なlay back系のクラブミュージックで、はっきりいって後半は退屈する。せっかくのBADAのボーカルも終始ささやくだけで、力強さやスケール感がまったくない。このアルバムは最初の3曲だけで十分だ。少し視聴したところでは1枚目のソロアルバムの方が彼女の歌唱力がよく現われていそうなので、気が向いたら手に入れてみたい。

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楽しめるDVD副音声コメンタリー

■そういえば『ジョゼと虎と魚たち』はDVD版を借りて観たのだが、監督、妻夫木、池脇の3人が全編コメントをしゃべっている副音声というのがついていて、そのしゃべりが興味深いのでついつい2回目も最後まで観てしまった。最近のDVDはこういうオマケがお得感を演出しているので、ついつい矢口監督『裸足のピクニック』(1993年)の期間限定生産DVDも買ってしまった。これも矢口監督と共同脚本の鈴木卓爾の全編コメンタリー副音声が付いているのだ。

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2004/12/02

武田國男氏「私の履歴書」完結

■そういえば武田薬品工業会長・武田國男氏の「私の履歴書」がようやく終わった。予想どおり後半はありきたりの苦労話プラス自慢話だった。やはり親の七光りだけで社長にのし上がったような人物が社長になって無茶なリストラをやっても、会社が利益を急激に伸ばせたのは、武田薬品工業という会社がそれまでの優秀な経営者のおかげで、しっかりした背骨を持っていたからなのだ。

医薬品への集中で成長軌道に乗れたのは、それまでの経営者たちが優秀な技術者を時間をかけて育てる社風を保って来たからであり、バブル期に浮かれて財テクに走らなくてすんだのは、前会長の小西氏が武田國男氏を止めたからだ。

そのように武田國男氏以外の、会社の中のあらゆるパーツがそれまでの伝統のおかげで保守的に出来ていたからこそ、氏が社長として成立していたわけで、タケダほど保守的でない会社が仮に氏のような経営者を頂いたら、おそらくガタガタになっていただろう。

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