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2000年7月の記事

2000/07/29

人は不在によって記憶する

■人は不在によって記憶する。目の前にないからこそ、忘れることができない。それが花火の本質。一瞬にして消えてしまうからこそ、その一瞬が永遠に記憶に刻まれる。
■今日の日経朝刊にスターバックス・コーヒーが4年後に国内500店舗を目標に出店攻勢をかけるとのこと。問題はその記事の中身だ。スタバがウケている理由として(1)ブランドイメージの良さと(2)美味しいエスプレッソの2点しか書かれていないではないか。待て待て!スタバと他の喫茶店の最大の違いは「全席禁煙」だってことだろ!それを抜きにしてスタバを語るな!きっとこの記事を書いた日経の記者はどんな喫茶店でもあたりかまわずタバコをスパスパのヘビー・スモーカーに違いない。スタバが愛好される本質的な理由が全然わかっていない。こんなやつは記者失格だぁ!(喫煙者が大キラいな僕)

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2000/07/25

沖縄サミットにつぎこまれたお金800億円以上ってことで

■沖縄サミットにつぎこまれたお金800億円以上ってことで、帰国したブレア首相が英国議会で非難を受けたらしい。それだけあれば発展途上国の飢えた子供たちを何人救えるか、明らかに浪費ではないか、などなど。なぜブレア首相が非難されて森首相が非難されないのか。そうだ。実は沖縄サミットはサミットに名を借りた「特別公共事業」だったというわけだ。だから安室ちゃんのコンサートでも何でも沖縄の企業に金が落ちるなら何でもやったわけだ。たしかにとてもうまい沖縄懐柔策を考えたものだ。

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2000/07/24

沖縄サミットが終わったけど

■沖縄サミットが終わったけど、首脳に安室奈美恵の歌なんか聴かせてもよかったのだろうか。前首相の商業主義に迎合した「サミット・ソング」がそれほど意味のあるものだとは思えない。安室奈美恵が日本または沖縄を代表するアーティストとは思えないし、彼女が何かを代表しているかどうか以前の問題として、1タレントが1作曲家の一時的な流行歌をサミットのような場で歌うということに、ひどいアンチ・クライマックス(「ガク~ッ」みたいな)を感じる。かわいいお嬢さんが一生懸命歌を歌っているぐらいが各国首脳の本音だったのではないか。とにかく日本以外の先進諸国にとって日本が東南アジアの中で占める地位はかなり落ちていると見て間違いないだろう。
■今日、アーク森ビルのとんかつ屋でカツ重を食ってたら、となりに座っていた流ちょうな日本語を話す白人のアメリカ人男性が、この店の「おろしカツ」は量が多すぎるので少なくしてくれないかと店員に頼んでいた。店員がそれはできないと丁重に断ると、仕方ないと思ったのか「じゃあカツ重と、コカ・コーラ」と言った。「量が多い」と言う前にコカ・コーラやめたら?

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2000/07/21

オープン系SEに求められる能力

■『日経コンピュータ』誌最新刊「和魂IT」の後ろの方にも書いてある。社内情報システム部門は、ホスト時代の「作る」から、クラサバ時代の「使う」へ変わらなければならない、と。オープン系SEの能力はうまく「作る」能力ではなく、既存の製品をうまく組み合わせて「使う」能力で評価されるべきだということだ。

■refererにあったF社の方から早速メール頂きました。ありがとうございます。個人のWebサイトからリンクして頂いているそうです。F社に広めよぉ、think or dieの輪!(←死語)

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ジョン・ウー『m:i-2』

■昨日『m:i-2』のロードショーを観に行った。1時間が限界だった。「映画酔い」だ。電車にもバスにも自動車にも酔わない僕だが、あそこまでパンやティルト、高速なカット割りを多用されると、映画のストーリーを楽しむどころではない。1時間で目が回って、途中退場してしまった。しかしどうして指先を詰めたり、ウイルスに冒されたりみたいなシーンを入れるかな。ああいうシーンってすごく苦手。残酷なシーンで間を持たせる演出は卑怯だぞぉ!ジョン・ウー!

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2000/07/19

東京のLOTUS FORUM 2000に行って来た

■東京のLOTUS FORUM 2000に行って来た。会場が狭かったせいか盛況なように見えた。前の前の会社でずいぶんお世話になった国内のNotes/Dominoベンダーでは最古参のシー・アイ・エスのプレゼンを人事部や同じシステム部門の人たちに見てもらった。ダウンサイジング移行期の企業にありがちなパターンは、システム部門はパッケージを全社適用した経験もないのにパッケージを毛嫌いし、ユーザ部門はパッケージを適用したがるというものだ。世の中に完璧なパッケージなどない。そもそも「完璧なパッケージ」というのは言葉の矛盾だ。パッケージはいろいろな企業の業務形態の「最大公約数」でしかないのだから、パッケージは本質的に「不完全」なものである。それを理解した上でパッケージをどう使いこなすか。そこにダウンサイジング後の情報システム部門の腕の見せどころがあるわけだが、人間誰しも身をもって痛みを知るまでなかなか分かろうとしないようだ。
■仕事のストレスで現実逃避ということでもないのだが、本屋に平積みになっていたので、つい村上龍『希望の国のエクソダス』(文芸春秋)を買ってしまった。でも日経BPのお仕事(もちろんsideline)があるのでなかなか読む暇がない。
■最近、このページを閲覧した人のreferer(このページの直前にどのページを閲覧していたか)の統計にF社のイントラネットのURLがあるのだが、いったい誰がイントラの個人ページからリンクを張って頂いているのでしょうか?ぜひご一報を。
■クリントン大統領、サミット来日が半日遅れるらしい。沖縄に来たくないんじゃないの?
■ソニーの出井会長が最近パソコンを習い始めた森首相に対して「キーボードもけっこうだがビジョンの方が重要」と注文をつけたとのこと(政府IT戦略会議第一回会合)。おっしゃるとおり!リーダーに必要なのは些末な技術的問題にこだわることではなく、ビジョンを示すことだ。そしてみんながついてくるビジョンを作るためには、他者の言葉に耳を傾けることが重要。ところが技術にこだわる人間に限って、よくネット上の掲示板で展開されているような不毛な神学論争の隘路にはまりがちだ。技術は「どうやって(How)」をめぐる問題だが、ビジョンは「なぜ(Why)」や「なに(What)」をめぐる問題。「なぜ」と問うて現状を疑い、再考することができなければ、いつまでも今までと同じ発想で「どうやって」を考え続ける落とし穴に陥ってしまう。
■NTTも今回ばかりは評判が悪くなる前にproactiveな対応をとっているせいか、IP接続サービス(フレッツアイ)はなかなか快適である。サービス拡大するようなので対象地域のみなさんにもおすすめする。ダイヤルアップ時の接続確立が速くなったのは、僕が加入している@niftyが設備増強したためだと思われる。@niftyも他プロバイダがフレッツアイ対応で時間無制限タイプを値引きしたのに追随して、9月から月2000円で時間無制限になる。@niftyもなかなかよろしい。

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2000/07/18

やばい。雪印製品がないっての

■やばい。雪印製品がないってのは、案外やばい。ずいぶん前から朝食のトーストにはネオソフト・ハーフと決めてるんだけど、これも当然ない。よく知らないメーカーのマーガリンばっかり。一度ネオソフト・ハーフを使うと普通のマーガリンにはもどれない。トーストに塗ったとき、普通のマーガリンは黄色い脂が溶けだしていかにも高脂肪そうでイヤになるのだ。

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2000/07/17

ホームページを開いているとよくうける誤解がある

■ホームページを開いているとよくうける誤解がある。このホームページが僕の人格のすべてであるとか、僕自身がこのホームページと同じくらい饒舌だったり攻撃的だったりするとか、僕が四六時中日本経済や企業経営のあり方を考えているとかいったものだ。当然のことながらこの日記も僕の私生活をそのまま暴露したものでは決してない。かなり脚色されているし、そもそも本当に大事なことをこんなオープンスペースに書けるわけがない。それに○月×日に起こったことをつねに正直に○月×日の「愛と苦悩の日記」に書くわけでもない。そもそもそんな風にプライバシーを安売りするのはリスクが大きいし、僕の本当の日常生活をそのまま日記やエッセーにしたって面白くも何ともないじゃないか。つまり僕はこの「think or die」においてある程度まではウソツキである。
■...と、ここで議論が終わらないのが「think or die」の「think or die」たるゆえんだ。みなさんご承知のように、これは有名なウソツキのパラドックスである。「僕はウソツキです」と言った途端、「僕はウソツキだ」ということ自体がウソになるので「僕は正直だ」ということになる。もし「僕が正直」なら、「僕はウソツキだ」という言葉も真実だったことになり、やっぱり「僕はウソツキだ」ということになる。以下同様。しかも僕はこのホームページにおいて「完全な」ウソツキなのではなく、「ある程度まで」ウソツキなのだ。この「ある程度まで」が問題をさらに微妙にしている。結局のところ人は何が本当で何がウソかはっきり分かってしまっている世界の中で生活しているのではなく、本当とウソを見分けていくことで日々生きている。本当とウソが初めから分かってしまっているなら、こうして「生きる」ことに、そして何かを「書く」ことにどれほどの意味があるだろうか?僕らが生きているのは「要するに」とまとめられるほど単純な世界ではないのだ。
■高校時代の歴史の先生が言っていた。「要するに」を連発する人間ほど、頭の中が整理されていない、と。

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2000/07/16

すごい深夜番組『vermilion pleasure night』

■すごい番組を見つけた。テレビ東京日曜深夜の『vermilion pleasure night』。このページの読者ならすでに知っていたかもしれないが、たまたま初めて見た今日の放送分では何とCulture ClubのBoy Georgeがインタビューのゲスト。すげぇ、何なんだこの番組は。

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2000/07/15

今日スーパーで朝食用のベビーチーズ

■今日スーパーで朝食用のベビーチーズ(カルシウム補給のため)を買おうと思ったら、明治乳業製の見慣れない角切りプロセスチーズがおいてあった。乳製品売場に雪印ブランドがないっていう光景の異様さに改めて気づいた。この国は根本的なところで断絶を迎えつつあるのでは。先進諸国すべての問題なのかもしれないけど。こんな風に書くとオカルトチックになるけど、たとえば2007年以降、日本は高齢化のために人口が減り始めるという事実。大卒のうちの2割以上がフリーターだという事実。大学を出た若年人口が安月給で働いて高齢者層を支えるという所得の再配分はもう成立しないってことだ。じゃあどうやって社会全体を成り立たせていくの?それほどまでにこの社会は根本的なところで変化しつつあるってことだ。ところが今の職場にも10年間これでやってきたのだから、これからも同じ手法でやっていけると信じて疑わない人たちがいる。「会社員」って人種は基本的に惰性で生きる動物だから、「ある物事が本質的に正しい」ということと、「ある物事がたまたまうまくいってた」ということの区別をつけられない。「いちど店頭にならんだ製品を再利用して加工乳を作る」ってことが「本質的に正しい」ことなのか「たまたまうまくいってた」のか区別がつかないのだ。それが「会社員」の恐ろしいところ。そんなとき必要なことは何か?以前からこのページで繰り返し書いているように、まず「疑う」ことじゃないかな。それから、よく考えること。考えるためのネタを、ガセネタも集めてしまうリスクをおそれず、とにかく外に出て情報収集すること。それしかないでしょ。考えることをやめてしまったら、死んでしまう(think or die)。雪印って意外にその典型かも。

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2000/07/12

そごうが自力再建を断念した

■そごうが自力再建を断念した。これで再建を前提にしたこれまでの債権買取などの政策が誤りだったことになった。再建のための政策が結果的に世論の反感を買い、再建不可能な状況を作り出した。政府は政策の「副作用」を軽く見過ぎていたようだ。そごうが最終消費者を顧客とする企業であることを看過していたのだろう。ゼネコンなら事情は違ったかもしれないが。

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2000/07/10

そういえば雪印の食中毒さわぎ

■そういえば雪印の食中毒さわぎ。現場に悪いことを隠す体質が染みついてしまったら企業としては致命傷だということがよく分かる。しかし悪いことをどんどん報告させるような社風を作る人事評価制度というのもとても難しそうだ。一つ言えるのは、経営トップの現場に対するメッセージが明瞭であれば現場は仕事がしやすい。士気も倫理も向上し、悪いことを隠すような体質も生まれにくいだろう。おそらく雪印は経営トップが「よきにはからえ」式の人物だったのではないかと想像する。現場は方針が明確でないまま何らかの経営判断をせざるを得ず、しくじったらしくじったで責任を取らされて被害者意識だけが残る。やっぱり日本企業は現場主義からトップマネージメントへ脱皮しそこねているのではないかという気がする。下記のSEの話と通じる部分があるが、「森」を見ることができない職人的な気質の社員がトップになるのはあまり良くない。自分にできることでも他人に任せて、そのかわり説得性のあるメッセージを出すことができる人間がトップ向きだ。
■自営業者がホームページを作ってはやりの「e-Commerce」を始めるにしても、個人が趣味でホームページを開くにしても、まずは計画というものが必要だ。やみくもに開いて自己満足に浸るのもまぁいいけれど、ホームページを開くからにはある程度のアクセス数を達成しなきゃあまり意味がない。そのときまず最初に考えるのは「このホームページは誰に見せたいのか?」ということだろう。「みんなに見てもらいたい」ホームページは、結果として「誰も見ない」ホームページになる可能性が極めて高い。僕のこのホームページも1970年代以降生まれのためという限定付きだからこそ、多くの読者の方に読んで頂くまでに育った。日本のインターネット人口は1000万人を超えているが、ここまでマスのコミュニティーになれば、最早、単にホームページを開いたという事実だけでは誰も珍しがってくれない。ここでも重要なのは「マーケティング」のセンスなのだ。
昨日のエッセーに引き続いて社内情報システム部門の話になるが、職人肌のSEは自分にできることは何でもやりたいと思うようだ。その気持ちは分からないでもないが、会社の仕事である以上「機会損失」を常に考えなければならない。お金をケチろうとして、自分の技術力でできることをすべて自分でやっていたのでは、限られた自分の勤務時間を技術的な細部に割いてしまうことになり、肝心の「ユーザのために使いやすい業務システムを構築する」という目的が後まわしになる。まさに「木を見て森を見ない」発想だ。細部にかまけてユーザの要求に応えることがおろそかになってしまったのでは、会社として見たときに、それが販売機会の損失など様々な「機会損失」の形ではねかえってくる。最終的にそのSEが既製品を使わずに自力でやったことで節約できたお金と、会社が被った機会損失を比べれば、機会損失の方がはるかに大きいに違いない。後にはそのSE自身の「満足感」や「達成感」しか残らないということにもなりかねない。その企業が本業で情報システムの構築をやっているなら、技術蓄積として意味もあろうが、これでは本末転倒である。やはりSEというもの、職人であると同時に「森」を見ることができなければならない。別の言葉で言えば「経営の観点」を持っていなければならないということになる。サーバ管理やネットワーク設定、ワークフローの基盤技術など、技術的な細部にかまける時間があるなら、そういう箇所は「時間を金で買う」考え方で既製のパッケージソフトや外注を有効活用し、一刻も早くユーザの要求に応えた業務アプリケーションの構築に着手する。それが企業内のSEとして適切な思考回路ではないかと思うのだが。
■そういえば転職活動中に某財閥系S不動産大手の社内情報システム部門のマネージャーと話をしたのだが、SAP R/3の名前を知らなかったのには驚いた。それでよく情シ部門のマネージャーをやってるなぁと思った。そんな認識レベルの低さでシステム要員を契約社員で調達しようとしているのだから、このマネージャーこそまさに「井の中の蛙」だ。
■SOTECのPCを新調したので、今までCeleron 300MHzだったのが同じくCeleronの533MHzになった。メモリも96MBが128MBになったので思ったよりサクサクと気持ちよく動いてくれる。ディスプレーは当分GATEWAYの17inchのままだろう。しかし外付けのSCSI HDD(4GB)に対して内蔵のIDEが15GBというのは時代の流れを感じさせる。

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2000/07/08

SOTECのデスクトップPCを購入

■やたらと場所をとるゲートウェイの3年前のデスクトップPCが気に入らなくなったのでPCを新調した。たて×よこ30cmほどのコンパクトタイプ。最近『日経コンピュータ』誌でもっともサポートの悪いPCメーカーに選ばれたSOTECのPC STATIONだ。

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