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1998年2月の記事

1998/02/27

ダグラス・サーク『悲しみは空の彼方に』

■ダグラス・サーク『悲しみは空の彼方に』1959年アメリカ。ハリウッド・メロドラマと一口に言っても、サークには甘さがない。例えばこの作品のヒロインは恋愛結婚の幻想に身をゆだねることなく、生涯自分の夢を追いつづけ、実現し、女優として生きる。彼女の家政婦として働く黒人女性は、蒸発した白人男性との間に生まれた娘が、黒人の血をひた隠しにして自分につらく当たるのに苦悩するが、その苦悩は死ぬまであがなわれない。

『心のともしび』も、本当の善意の厳しさをヒロインが死の淵に立たされるまで追いつめる。確かにハッピーエンディングではあるが、その幸福がどれほどギリギリの選択の上に成立っているかを描く。それが、キャプラの能天気さと対象的だ。


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1998/02/26

ダグラス・サーク『心のともしび』

■ダグラス・サーク『心のともしび』1954年アメリカ。時間を経て変わってしまうものと、変わらないものを描くメロドラマの達人、デトレフ・ジールク。

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1998/02/25

アニエス・ヴァルダ『冬の旅』

■アニエス・ヴァルダ『冬の旅』1985年フランス。102分。ホームレスの少女のあてもない旅を描いたロードムービー。社会の底辺にいる人間をこれだけ淡々と素直に撮ったフランス映画って珍しいのでは?イギリスで言えばケン・ローチみたいな。

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1998/02/24

情報公開度調査で愛知県・名古屋市最下位

■全国の都道府県庁を対象にした、情報公開度調査で、愛知県が最下位、同じく全国の政令指定都市を対象にした調査では、名古屋市が最下位。名古屋というところが、いかに保守的で閉鎖的で封建的か、一目瞭然。

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1998/02/21

ジェーン・カンピオン『ある貴婦人の肖像』

■ジェーン・カンピオン『ある貴婦人の肖像』1996年イギリス。いわゆるfemme fataleものだが、シュールレアリスト風の劇中劇(映画中映画?)があったり、ほとんど気付かないほどのスローモーションカットが2か所、傾いたフレーミングなどカンピオンの繊細な技術は卓抜。こちらは一人の男に翻弄される女たちの悲劇。自由を信じたはずの女性が知らぬ間にかごの鳥に。タイトルロールでキスの魅力を語る現代の女性たちの声の意味は?結婚や恋愛に対する安易な幻想を批判したかったのか?


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トリュフォー『わたしのように美しい娘』

■トリュフォー『わたしのように美しい娘』1972年フランス。99分。一人の女性に翻弄される男たちの図。トリュフォー的な裏返しの女性崇拝。小気味よいカットの積み重ねで、軽快な語り口が悲喜劇をうまく演出している。

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1998/02/14

1年前にできたナディアパーク

■1年ほど前、名古屋唯一の繁華街である栄に、LOFTと紀伊国屋書店の入ったナディアパークという商業ビルが建った。商売下手の名古屋らしく、しけた事務所ビル街のど真ん中に、場違いなガラス張りのビルが建ったわけだが、最近ようやくオープンカフェなど、ふさわしい取り巻きたちが出来上がってきた。その一つとして、140席のドトール・コーヒーがオープンし、やっとまともな避難所を見出せた。名古屋の街を歩くと、清潔で明るい喫茶店が少ないので、足を休めるのに困る。マクドナルドやミスタードーナツは、必要なキャパシティーの4分の1の規模しかない。名古屋は最低だ。

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ベルイマン『ファニーとアレクサンドル』

■イングマール・ベルイマン『ファニーとアレクサンドル』1982年スウェーデン=フランス=西ドイツ。311分。5時間以上の映画を観たのは、学生時代に観たベルトリッチ監督『1900年』完全版の8時間以来。『1900年』は二人の男の一生を描いたものだが、『ファニーとアレクサンドル』はある大家族の2年間のドラマ。

ほぼ全シーンが室内劇でありながら、ベルイマンは人生のすべてを描き出すことに成功しているように思える。想像力は情念を形にする。舞台では描き切れない部分を、ベルイマンは映像の力を借りて形にする。死者の思いは残された者の心に生き続け、幻想と現実のチャネルを開き、そこに初めて豊饒な世界が展開される。ベルイマンのこの作品は、そのような映画だ。

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1998/02/11

岡本喜八『顔役暁に死す』

■岡本喜八『顔役暁に死す』1961年東宝。むっちゃおもろい。セリフやカットの速いテンポ、明らかにハリウッドのフィルム・ノワールにならって様式化された役者の身ぶりは日本映画ばなれしている。クライマックスの遊園地での銃撃戦。主演の加山雄三も歯切れのいい演技。おもろい。


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1998/02/10

アルモドバル『私の秘密の花』

■P・アルモドバル『私の秘密の花』1995年スペイン。以前から優れた映画作家と聞いていたけれど、初めて彼の作品を観てこれほどうまいとは思わなかった。脚本の出来が非常に良いのもあるが、セットや照明など細かいところまで監督の神経がよく行き届いた趣味のよい仕上がりで、演出自体は奇抜さもなくハリウッドの古典を思わせる手堅さ。なおかつラテン系の開放感がとても心地よい。


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1998/02/09

帝京大学ラグビー部員レイプ被害者に示談交渉

■一昨日の土曜日、地下鉄の駅で切符を買おうとしていたら、改札口から出てきたおじさんが「これ、やるわ」と言って名古屋市営地下鉄の一日乗車券をくれた。それは昼の12時ごろ。しかもおじさんは一人。あのおじさんは一人で一日乗車券を買って、しかも午前中で用が済んでしまったということだ。いったいなぜ一日乗車券が必要だったんだろう?気になってしかたない。

■カラオケBOXで19歳の女性を集団暴行した帝京大学のラグビー部員他8人が、被害者の女性と示談を成立させ、刑事責任をまぬがれたようだ。こういうことだから「レイプは、やり得」という社会通念が生まれてしまう。「交通事故は、殺し得」と同じだね。

■名護市沖ヘリポート推進派市長が当選したらしい。そりゃ、ヘリポートか過疎化か!と喉元に刃を突きつけられれば、ヘリポートを選ぶしかないよね。

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1998/02/08

『夜の大捜査線』

■『夜の大捜査線』1967年アメリカ。シドニー・ポワチエ主演。人種差別と刑事ドラマのミックスは『黒い罠』も同じ。『黒い罠』は監督の技術的アイデアが秀逸すぎて同列に論じられないが、『夜の大捜査線』は United Artists の制作だからか、派手さのない堅実な演出で別の意味で見ごたえのある映画になっている。


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李良枝『由熙/ナビ・タリョン』

■李良枝『由熙/ナビ・タリョン』。講談社文芸文庫創刊10周年記念「柄谷行人厳選50冊」で見つけた一冊。李良枝は在日韓国人二世で1955年生まれ、37歳で夭逝した女流作家。この文庫にも収録されている『由熙』で第百回芥川賞を受賞している。それほど期待せずに読んだが、ハマってしまった。映画のカットバックを思わせる自由な回想シーンの挿入があざやか。27歳の作品『ナビ・タリョン』はほとんど私小説だが、34歳の『由熙』では、彼女自身をモデルにした由熙という在日同胞留学生を、彼女を受け入れる韓国人ホストファミリーの視点から描いている。心の動きが神経質なほど細やかに描写され、胸に静かに沈殿していくよう。

『ナビ・タリョン』で京都に家出した主人公が、シアンクレールというジャズ喫茶を訪れたと語る部分がある。僕も学生時代、京都でシアンクレールを探したけれど、そこにあった建物は、壁に雨跡で「Chien Clair」の痕跡がかろうじて読み取れるだけ。60年代末からの老舗としてジャズファンには有名だったらしいが、僕が知っているのは『二十歳の原点』で高野悦子がヒマさえあればここに通っていたから。

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1998/02/07

『ギルダ』・『スローガン』

■『ギルダ』1946年アメリカ。リタ・ヘイワースがどんな女優か観てみたかったので。名作すぎてふううのハリウッド名画。最近観たばかりのF・キャプラ監督『ポケット一杯の幸福』にも出演のグレン・フォードが共演。

■S・ゲンズブール『スローガン』1968年フランス。ジェーン・バーキンとゲンズブールの初共演作。Comme ci, comme ca。

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1998/02/06

沖縄の心情を無視した基地問題報道

■最近の沖縄県基地問題の報道は、ちょっと沖縄の人がかわいそうなくらい「本土びいき」だ。普天間を廃止する代わりにヘリポート建設というのは、ガンを治してやるかわりにエイズを染(うつ)すぞ!と脅しているようなものだ。「本土」でどこも基地受入れしなかったせいで、結局また沖縄に疫病神を押しつけておいて、それを太田知事が拒否したら「わがままだ」と中央の政治家が言う。わがままなのは中央の政治家の方だろう。

いままで20年以上も基地のために苦労してきた沖縄の人たちの心情をまったく無視して、太田知事を「わがまま」よばわりする権利が彼らに(そして僕らに)あるだろうか?まず沖縄振興策を可決して、それから代替案を太田知事と話し合うのが、沖縄の人たちにたいする「礼儀」というものだろう。

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1998/02/05

カサヴェテス監督『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』

■カサヴェテス『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』1976年アメリカ。BS2の「犯罪名画特集」なのだが、犯罪映画ではない。主人公のビテリはポーカーの借金を帳消しにするため雇われて殺人を犯し、自分も命を狙われる。予想に反して、これは罠にはまった哀れな男の物語ではない。カサヴェテスが撮るのは、場末のクラブで希望と絶望の狭間に生きる人間たちの息づかいだ。ラスト近くの楽屋のシーンが、もっともカサヴェテスらしいクライマックスだろう。

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1998/02/03

篠原哲雄『月とキャベツ』

■篠原哲雄『月とキャベツ』1996年。SMAPの「セロリ」をプロデュースした山崎まさよしが、ブレイクするきっかけになった「One More Time, One More Chance」が主題歌で、彼自身が主演する映画。事故死した少女の亡霊と、スランプにおちいって田舎でキャベツ作りをする青年ミュージシャンの、一夏かぎりの共同生活。少女のダンスに触発されて出来上がっていく曲が「One More Time, One More Chance」。観ていて恥ずかしくなるほど稚拙な映画だけれど、たまにこの手の映画を観ると胸がしめつけられる。たとえば、相米慎二の『東京上空いらっしゃいませ』とか(知ってるかなぁ)。


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ワイダ『ヴィルコの娘たち』

■A・ワイダ『ヴィルコの娘たち』1979年ポーランド。静養をかねて故郷の地を15年ぶりにたずねた青年と、かつて彼を奪い合った6人姉妹の緊張を含んだ再会。この映画から受ける感動は、映画的な感動というより、上質の中編小説を読み終えた後のような、深く心に痕跡を残す感動。すごい。さすがワイダ。

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