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1998年1月の記事

1998/01/29

グリーナウェイ『プロスペロの本』

■P・グリーナウェイ『プロスペロの本』1991年英仏。閉じた空間に完璧なバロック世界。デレク・ジャーマンっぽい悪趣味ささえある。一緒にグリーナウェイの初期短編集も放送されていたが、『英国式庭園殺人事件』のような物語の強い作品よりも、箱庭的な美しさの映像+朗読+「書字」こそ彼の美的世界の本質のようだ。幾重にも重なるイメージ、閉鎖的な空間を演出するための全編にわたる湿ったリバーブ、イメージの一部となった「書字」、一分の隙もないセット。観ていて息苦しくなるほどの濃密な世界。


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1998/01/27

倫理観の欠如したおじさんたち

■アメリカの真似して公務員倫理法作るとか何とか...。でも今の日本の中枢を担ってるおじさんたちには倫理観なんてないからムリでしょ。彼らは、一生懸命働いてさえいればすべてが許される、という単なる「思い込み」だけで生きているわけだから。彼らに言わせれば、一生懸命働いてさえいれば、息抜きには何してもいいらしいし。勤勉さは何の免罪符にもならないのにね。

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1998/01/24

ディズニー『ファンタジア』

■ディズニー『ファンタジア』1940年米。昨日WOWOWで目にした坂本龍一ライブが色褪せて見えるほどの、驚くべき音楽とイメージの統合。60年前のアニメとはとても思えない。逆の言い方をすれば、この60年間ディズニーは全く変わっていない。


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三菱電機の薄型ノートが売れなかったわけ

■少し前、電機メーカーのソニーと三菱電機がそれぞれ本体の薄さを誇るノートPCを売り出したが、軍配はソニーに上がった。ソニーはもはやハードウェアの技術力だけでPCは売れないことを見ぬき、PCとともにライフスタイルを売る。一方、いまだに技術力だけで商品を差別化できるという時代おくれの「モノづくり」哲学から脱皮できない三菱電機は、結局「薄さ世界一」という宣伝文句以上のものを消費者に伝えられない。たいして価格が変わらない両社の製品のうち、消費者がどちらの商品を選択するかは明らかだ。こんなところに企業間の収益格差の遠因がある。

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1998/01/23

F・キャプラ『奇蹟の処女』

■F・キャプラ『奇蹟の処女』1931年米。教会の炎上シーンなど派手な面はあるけれど、後期の作品に比べると地味な社会派ドラマ。

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エドワード・ヤン『恐怖分子』

■楊徳昌『恐怖分子』1986年台湾。ヤン監督作品は「クーリンチェ」以来。最後の10分まで、この映画のどこが「恐怖」なんだ?と思わせておいて、ラストは強烈。ほぼ全編ロケ撮影、自然光、スチルショットが多く、BGMなし。省略法や各所に挿入される抽象的な美しいシークェンス。そうした演出がすべてラストの異様な緊迫感に収斂する、完璧に構成されたサスペンス映画。


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1998/01/18

NHK『未来潮流』に辛淑玉と美輪明宏登場

■NHKの『未来潮流』という番組で、予備校教師、辛淑玉(シン・スゴ)、美輪明宏の3人が10代の若者相手に一人ひとり講義と討論をするというものがあった。何が面白かったって、予備校教師は父親的なもの、辛淑玉は母親的なもの、美輪明宏がどちらでもないものを体現していて、その対比が最高だった。サンデーモーニングなんかでは、名前のとおり辛口の辛淑玉が、この番組では、びっくりするような母親的な包容力を示していたのは、ちょっと感動的でさえあった。

とくに講義が終了してから、ひとりの女の子が今までの辛かったことを思って辛淑玉の胸に抱かれて泣きじゃくっている場面なんか、本当に辛淑玉という人は、在日韓国人としての底辺の生活から自力で這い上がってきたんだなぁと胸が熱くなった。ついでに言うと、美輪明宏が若者のリクエストでアカペラで唄った「愛の賛歌」はすごい迫力。シャンソンは実は恨み節なんだろうか。

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1998/01/17

ビタミンCの大量摂取で風邪予防

■あやうくひどい風邪をひきかけたけど、いつもどおり大量にビタミンCをとって寝込まずにすんだ。コンビニに行って、C1000やC3000とかの名前のついたジュースやタブレットを買って食べまくる。ビタミンCは必要量以上とっても排出されるだけ。これがよく効くんですよ。みなさんも「風邪ひいたな」と思ったらお試しください。

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1998/01/13

男性が女性的に生きることへの不寛容

■女性が男性的に生きることに対する社会の目よりも、男性が女性的に生きることに対する社会の目はかなり厳しい。このことは、日本の社会が本質的に「女ぎらい」であることを示している。

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都市生活になじまない名古屋人

■最近なぜかつまらないことに腹が立つ。相変わらず名古屋人は満員電車の乗り方を知らない。エスカレータで急ぐ人のために片側をあけることも知らない。混雑している街路のど真ん中で立ち話をする。都心に自転車で乗りつける。一日も早く都市生活になじんでほしいと思う。

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もっと単純な人間に生まれれば

■一昨日の日曜日はなぜか終日満ち足りた気分だった。『ラブ&ポップ』の余韻か。大江健三郎の『燃え上がる緑の木』を読みはじめたせいか。髪が伸びてきたせいか。自分でもよく分からない。もっと単純な人間に生まれればよかった。

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オムニバス『二十歳の恋』

■オムニバス『二十歳の恋』1962年/仏/伊/西独/ポーランド。トリュフォー、ロッセリーニ、オルフュス、ワイダによるオムニバス。とても贅沢な90分だが、ワイダだけ政治映画になっているのが、すごい。

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1998/01/11

オムニバス映画『世にも奇妙な物語』

■オムニバス『世にも奇妙な物語』1967年フランス。ロジェ・バディム、ルイ・マル、フェリーニの3監督によるポー作品の翻案オムニバスだが、やっぱりフェリーニがすごすぎて他の2監督はたじたじって感じ。

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1998/01/10

ハンバーガー屋の利用方法を知らない名古屋人

■栄のマクドナルド(新しくできた方)で昼食をとった。ハンバーガーを買ってからトレーをもって「席がない」とうろうろしている人が多い。席があるか確認してから買えっつーの。ファーストフードの利用方法も知らないの?名古屋にはそういう人が多くて関係ないのにイライラさせられる。『ラブ&ポップ』の舞台・渋谷は、そつなく都会生活をこなす人々しかいないので、こんなにイライラさせられることはなかった。

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庵野秀明『ラブ&ポップ』

■庵野秀明『ラブ&ポップ』封切初日。10:10からの初回。客の入りは6割くらいでエヴァと同じ劇場。あまりヒットしなさそう。単純に新人アイドル映画として観ることも可能だが、村上龍原作、あのエヴァンゲリオンの監督の初の実写映画という話題性で一般ピープルは敬遠するかも。ちなみに、パンフレットを買ってすぐ読みたい人は、かならずカッターナイフを持参のこと。袋とじになっているので、カッターがないと写真しか見られません。

■欲しかったコート買いました。似合うかどうかは別問題。

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1998/01/03

サタジット・レイ『見知らぬ人』

■サタジット・レイ『見知らぬ人』1990年/インドインド映画の名匠サタジット・レイの遺作。ぴあのシネマクラブ巻末の監督作品リストを見るかぎりでは、レイの作品は初めて観た(何か観たような記憶はあるのだが...)。ある夫婦の家に35年ぶりにおじが訪ねてくる。それだけの小事件を淡々と描いた映画が、重厚な文明批判になっているのは驚くべきレイ監督の話術。

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1998/01/02

読売新聞の保守性・日経新聞のリベラルさ

■帰省して久しぶりに読売新聞を読むと、日経新聞とのギャップに驚かされる。日経新聞のリベラリズムがいかに健全かが痛感できる。「名護市長の英断」なんてことが社説に平気で書いてあるのにはあきれる。市民の60%に背を向けるのが英断なら、読売新聞の常務会が社長を決めるときは、12人が反対しても8人が賛成ならOKなの?じゃあ何のための投票なの?小学生が学級委員選挙して、24票の山田君と16票の佐藤君なら、佐藤君を当選させるのが「英断」なの?読売新聞の記者の良識のなさがこれでわかる。

それに対して日経新聞の元日1面は日本女性の声なき反乱がテーマ。結婚した女性が社会進出の機会を奪われる日本の現実に、晩婚化、出生率の低下など、女性は静かな反乱を始めているというもの。日本は集団主義から個を重視する社会へ変革をとげる必要がある。ごもっとも!これが健全なリベラリズムでしょ?

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